もういちど帆船の森へ 【第41話】 扉を開く / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦これまでに仁さんとした雑談とかのなかから、いろいろネタを引っ張り出してはなしあったのですが、仁さんはどれにもいまひとつピンとこなくて。この話、最終的に「理由なんて特にないけど、やってみたいんだよね」「ですよねー。知ってた」となりました。理由は「やりたい」だけというところににたどり着いてしまって、これどう
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第41話   扉を開く

                   TEXT :  田中 稔彦                      


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 申請書を書く

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以前、起業スクールに通っていたときに補助金、助成金取得についての授業があり、授業の一環として自分がいま取り組もうとしている事業について、実際に募集している補助金や助成金への申請書を書いてみましょうという課題がありました。

文章書くのは嫌いではないのでそんなに手間はかからないと思っていたのですが、想像より圧倒的にてこずり、なんかもうムリって気持ちになり、自分を見つめ直すためにちょっと旅にでますと言い残して伊東の温泉に行く、というわけのわからない展開になったことがあります。
 
演劇界だと補助金や助成金を取っている劇団はたくさんあって、助成金が取れた取れないでスタッフのギャラとか待遇が変わったりとかすることもよくあるのですが、このときは本気でコンスタントに公的な助成を取っている制作さんたちを尊敬しました。
 
引っかかったのは

「あなたはなぜ、その事業を行いたいのですか」

みたいな質問でした。

自分と面識のない人。共通の下地がない人。そんな人に自分が思う「価値」を説明することって、とてつもなく難しかったのです。誰にでも伝わるように、多くの人に価値を感じてもらえるように。そう気をつけながら書いたものは、手を入れるたびにどんどんと、ぼくの気持ちからは離れたものになってしまうように思われて。

 

 

 クラウドファンディングで見えてきたこと

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石川仁さんという冒険家の活動サポートをさせていただいてます。
水辺に生えている葦という草を束ねた船を作る人です。
普段は一日でふたり乗りの小さな葦船を作って海や川を航海するというワークショップをしていますが、いまは大型の葦船での太平洋横断を目指しています。
草ですよ。草。
草で船を作るってわけわからなくないですか?

葦船 田中
 

知り合ってから2年ほどですが、鎌倉で葦船を作って海に浮かべるWSから始まり、上野のアートイベントでオリジナルの葦船作りを手伝い、和歌山の熊野川を葦船で下り… これまで普通の船でずっと航海してきた自分にはとても新鮮な体験なのです。ちなみに初めて葦船と出会った話はこらちに。
 
そして一年ほど前から太平洋航海のプロジェクトをお手伝いするようになりました。いまは太平洋航海に向けてのテスト船プロジェクトのクラウドファンディングを実施中です。(共感いただいた方は拡散、支援にご協力いただけると幸いです)

クラウドファンディングの説明文は仁さんとぼくで相当のやりとりをして作ったものです。プロジェクトの最終的なゴールは「サンフランシスコからハワイまで、北太平洋を葦船で航海すること」なのですが、クラウドファンディングの説明で一番苦労したのは「なぜ太平洋を航海するのか」という動機でした。
 
「資金を出してもらうにはその趣旨説明が大事」という認識から仁さんにヒヤリングを始めたのですが… どうしてもしっくりくる言葉が見つからなくて。

「世界初の北太平洋での葦船航海を成し遂げたい」
「太平洋に古くから伝わる伝統航海術のネットワークと繋がりたい」
「北米のネイティブインディアンに伝わる葦船文化を継承したい」
「海を通して、異なる文化が繋がりたい」

これまでにの雑談とかのなかからいろいろネタを引っ張り出して話あったのですが、仁さんはどれにもいまひとつピンとこなくて。多分、どの理由も嘘ではないし、だけどどれもピッタリと心に適うものはない。

わかりやすい理由で説明してしまうと、仁さんが長い間心の奥で温め続けてきた本当のやりたい理由からどんどん離れていってしまうみたいで。まだ誰もやっていないことをやる理由を言葉にすること。それがこんなに難しいなんて、やってみるまで思っていなかった。

何度か話し合うなかで、しっくりこない言葉で語るのはやめようかとなった。

いまはまだ言葉にできない。自分の「やりたい」を言葉にできないのなら、シンプルに「やりたい」と伝えることが一番正直じゃないか。

それがぼくたちの結論だった。

でも「理由はやりたいから」ってどう受け止められるだろうかと、クラファンのプラットフォームの担当者と相談したら「共感が呼べるなら理由やりたいだけでもいいと思いますよ」という助言をいただました。これまでのクラウドファンデイングのプロジェクトでもそれで成立したものはいくらでもあるとのこと。

そんなこともあって、いまの説明文では太平洋航海に挑戦する理由については、ほとんど触れないことになりました。それが正解かどうかはわかりませんが、無理に言葉を組み立てるよりはずっとすっきりしていると思います。

葦船 田中

 

 

 未知への扉

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クラウドファンディングがスタートして10日ほどが経って、支援してくれた人からの応援メッセージが投稿されているのですが、読んでいるとこのプロジェクトを支援する想いも人それぞれだなと感じます。

人と人との関係は一通りではないし、こちらが思うところに価値を感じてもらえるとも限らないし、また自分では気がつかない魅力を掘り出してもらえたりすることもあって。クラウドファンディングは、そのことだけでもずいぶんと面白い体験です。

ぼく自身は葦船と最初に出会ったときに感じたものを、いまでもうまく表現できていません。
そして「仁さんのプロジェクトをサポートしたい」と思った理由もよくわかっていないし。

ただひとつ言えるのは、葦船で海に漕ぎ出したという体験があること。そのときに感じたこれまで知らなかった感覚と、もっと大きな葦船で外洋に乗り出すとどういうことになるんだろうというワクワク。

社会への貢献とか学術的な意味とかそういうわかりやすいステキな言葉なんてなくて、ただ面白そうで、ワクワクするから。ただ仁さんの「やってみたいに」共感してしまったから。

一方で、世の中には葦船を知らない人たちのほうがずっとたくさんいる。
このシンプルすぎる思いは、そうした人たちを巻き込むには足りないのか。
いや、いろいろと説明するよりも、その熱や想いを伝えるだけで充分なのか。
それは、まだよくわからない。

人生のいろんなタイミングで「意味」や「理由」を求められることはあって。そのたびに真面目に答えなきゃってずっと思ってたけれど、他人のプロジェクトと真剣に付き合い対話を続ける中で、別にそんなこともないのかなって思ったり。

むしろ誰もが納得するような意味や理由を作るなかで、失われることもあるんじゃないか。熱量とか、まなざしとか。そう感じるようになってきました。

時として「意味の呪縛」から逃れることを、もっと意識してもいいのかな。
どうしても意味に惹かれがちな自分を顧みて、そんなことを思ったり。
そして周りの人の意味のない純粋な想いにも、もっと寄り添ってみよう。

ただひとつぼくにとってはっきりしているのは、葦船の航海を体験したことがいまのぼくにダイレクトにつながっていること。そしていまぶち当たっているのは、その価値を体験したことのない人に言葉で伝えるにはどうすればいいのか。結局、ぼくの課題はいつも同じ。

日常と体験の境目にある壁にどう穴をあけるか。ドアを付けるか。窓をあけるか。
言葉はわかりやすいけど、それはいつも体験にどこかフィルターをかけてしまう。
そういう話に戻ってくる。

それでも体験は、人が自信をもって未知なき道を歩くための助けになる。
だから、日常から非日常へのけもの道を探し続けよう。
扉を作り続けよう。
誰も足を踏み入れたことのない場所へ続く扉を。

 

葦船 田中

▼古代葦船で海を渡る。25年越しの大航海、第一章の幕開けへ!
「EXPEDITION AMANA(エクスペディション アマナ)」
 クラウドファンディング実施中です。
 https://readyfor.jp/projects/expedition-amana

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 
第28話 その先を探す航海(2018.10.10) 
第29話 過程を旅する(2018.11.10) 
第30話 前に進むためには(2018.12.10) 
第31話 さぼらない(2019.1.10) 
第32話 語学留学とセイルトレーニングは似ている?(2019.2.10) 
第33話 問われる想い(2019.3.10)
第34話 教えない、暮らすように(2019.4.10)
第35話 心の火が消えることさえなければ(2019.5.10)
第36話 「大西洋の風」を伝えるには(2019.6.10)
第37
話 伝統と未来と(2019.7.10)
第38話 楽しさの向こう側にあるもの(2019.8.10)
第39話 誰かが描いた美しすぎる絵(2019.9.10)
第40話 抗い難く心惹かれる(2019.10.10)

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。