もういちど帆船の森へ 【第13話】 海辺から海へ / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦自分では当たり前だと思っていることの中にも、周りには知られていない、面白いと思われることもたくさんあります。新しい何かに挑戦するときには、自分の棚卸しから始めてみるのも一つの手段。「海図」というキーワードにたどり着いたことで、その後の活動がずいぶんと楽になり
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。

 

 第13話   海辺から海へ 

                 
 TEXT :  田中 稔彦
                      

「海辺」と「海」の距離

 

先日、雑談の中で、西洋型の帆船(マストが2本以上)と和船(帆柱が1本)の違いについて話していました。

マストが2本あると船の安定性がいい、みたいな内容でした。

すると聞いていた人の中から、

「日本では、マストを2本にした方がいいことを誰も思いつかなかったんですね」

という質問が出ました。

「いや、江戸時代以前は普通に作られてましたが、江戸幕府が航海能力を制限するために帆柱が1本の船しか作ってはいけないと決めたんです」

と答えるとすごく驚かれました。

船好き界隈では割と当たり前の話題なので、あまりにも知られていなくて逆にこっちがそのことでびっくりしました。海の物語やエピソードはまだまだ知られていないものが多いのですね。

海のマイナーさを感じることはよくあります。例えば登山やハイキングなど山を楽しむ人とマリンレジャーを楽しむ人では、その絶対数に大きな差を感じます。さらにマリンレジャーでもメジャーなのは釣りやダイビングといったところで、ヨットやボートで実際に海に出るという人は少数派です。

これまでヨット経験がない人から

「一度ヨットに乗ってみたいんですが、どうすれば乗れますか?」

と聞かれることが時々あります。

自分の船があればいいのですが、ぼくは船を持ってないので

「ヨットを持っている人と知り合いになれば乗れます」

と答えています。当たり前すぎて面白くもなんともない答えですが。

そうするとたいてい

「身の回りに、ヨットを持っている人なんていません」

という答えが返ってきます。

色々な場でヨットや帆船、船の話をしていても「ヨットや船に乗ったことがある人と知り合ったのは初めてです」と言われることが多いです。

「釣り好き」と言われると誰でも頭に知人の誰かの名前を思い浮かべることはできるのではと思います。「ダイビング」をする人も、よくよく考えると一人くらいは思いつくことができるのではないでしょうか。それと比べると、趣味でヨットやボートをやっている人と出会う機会はかなり少ないようです。

マリンレジャーとひとくくりに呼びますが「海辺」で遊ぶことと「海」で遊ぶことは少し意味合いが違うのかなと感じます。マリンレジャーそのものもなんとなく敷居が高く感じられるものですが、「海辺」から「海」へ進むこともまた少しハードルが上がる感覚があるのでしょう。
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フックを探す

 

2014年、海についての情報発信をメインにして活動していくことにしました。当面の目標は海にそれほど興味、関心がない人に海に興味をもってもらうこと。そのために具体的に何をどうすればいいのか、そこを見つけるまでが大変でした。

普段の生活の中でも「海辺」を意識することはそれなりにあると思います。海が見える場所に訪れることもあるでしょうし、テレビや雑誌、ドラマやマンガにも、様々な形で「海辺」は暮らしの中に紛れ込んできます。

では「海」と出会うことは、どのくらいあるでしょうか?

ぼくが伝えたいのは「海辺」ではなく「海」の魅力でした。

実際に航海する楽しさ。
海で繋がる人や歴史の物語。

ぼくにとってはごく当たり前なのに、多くの人にとってはとても遠いその面白さ。

「海辺」ではなく「海」に興味をもってもらうキッカケとはなんだろうか?
海に興味のない人を惹き付けるフックになるようなものはないだろうか?

最初に考えなくてはいけないのはそこだと思い、そしてたどり着いたのが「海図」でした。

前回のエッセイにもその経緯は書きましたが、地図好きな友人との会話の中で地図好きな人の集まりに海図を持っていくという話になったのがキッカケです。地図に心惹かれるという人は世の中にはかなり多いと思われます。だったら「海図」って海に興味をもってもらうとっかかりとして強力なのでは、そう思ったのです。

イベントを企画することを考えても

「海の話をします」

よりも

「海図を見ながら海の話をします」

のほうが、よりイメージが具体的になって興味を引く感じがしますよね。

イベントの場合は告知からはイベント内容がはっきりしなくても、少なくとも「海図」という見たことのないものが見られるという、最低限のクオリティーを担保する意味もあったりします。

そして実際にこの選択は成功しました。何度かのイベントでも海図を軸に話をすることで、海辺ではなく「海」を感じてもらうことができましたし、海に縁のなかった人の興味を引くこともできました。

「海図」は今でもイベントなどを開くに当たってかなり強いフックになっています。また他にそれをテーマにしている人が少ないのも有利なポイントでした。

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ヒントは自分の内に

 

その後、活動していくのに「屋号」とか「肩書き」みたいなものがあった方がいいと思い「海図を背負った旅人」という名前を考えました。そこでも「海図」という単語を入れた方が引きが強いのではと思ったからです。

こちらはまだ狙い通りにワークしているとも言い切れないところもありますが、ある程度は浸透している感触はあります。「海図」にたどり着いたことで、その後の活動がずいぶんと楽になりました。

ただし海図を見つけるまでは、そう簡単ではありませんでした。自分の経験や知識を棚卸しして、その中で役に立ちそうなものを探し続けました。多分、その時間がなければ地図から海図と繋がっていくこともなかったのではと思います。

冒頭の帆柱の本数の話みたいに、自分では当たり前だと思っていることの中にも、周りには知られていないこと、面白いと思われることもたくさんあります。

自分が持っているものの価値を見直すこと。
何が自分にとっての有効な武器となるのかを考えること。

新しい何かにチャレンジするときには、まず自分が当たり前だと感じていることの棚卸しから始めてみるのも一つの手段ですね。
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田中稔彦の海図

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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)

 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)

 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう



田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。