もういちど帆船の森へ 【第12話】 風が見えるようになるまでの話 / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦風を見ることは誰にでもできる。けれど、風を見るにはそれなりの準備が必要です。多くは先輩のヨット乗りに教えてもらったりしながら、そうした準備を重ねていきます。そしてある日「ああ、これが風が見えるっていうことなのか」と腑落ちする瞬間がやってきます。人生において
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。

 

 第12話  風が見えるようになるまでの話

                 
 TEXT :  田中 稔彦
                      

風は誰でも見えるようになる

 

「風が見えます」というと、ものすごく食いつかれるか、ドン引きされるかどっちかです。個人的には別に普通のことなので、周りの人の反応を見てる方が面白いです。

帆船で走っている時に他のクルーと

「湾の奥の方が、風がありそうだよね」とか
「あの岬を越えると、風向き変わってそうだよね」とか

そんな会話をよくしてます。

これ、特別なことでもなんでもなくて、ある程度ヨットをやっている人はたいてい見えます。ヨットは、風がないと走れません。特にレースに参加する艇にとって、あたりの海の風向きや風の強さを把握することは死活問題。そんなわけで「風が見える」というのは、ヨット乗りには当たり前の感覚なのです。

「風が見える」といっても、吹いている風そのものが見えるわけではありません。海面の波の様子や海の色、陸地が見える場合は樹々などの様子、そんな視覚情報から風の状況を瞬時にイメージするのです。

イメージの正確さは、インプットされる情報の多さにもよります。
また、過去にどれだけ多く海を見続けてきたか、という経験にも左右されます。
ホームにしているよく知った海域だと、さらに精度は上がります。
季節や時間帯によって、どんな風が吹くのかも分かるようになります。
風向きや風の強さから、どのくらい海面が荒れるかの予想もできるようになります。
今吹いている風だけでなく、少し先の未来にどんな風が吹くのかも見えて来るようになります。

多種多様のインプットを、瞬時に自分にとって必要な風のデータに変換してアウトプットする。「風が見える」とは、そういうことなのです。
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風向きが変わった時

 

これまで、この連載エッセイで書いてきましたが、2012年から2013年というのは「帆船」を人生のテーマにしようと考え、そのためには何が必要なのかをとてもゆっくりと考える日々でした。訳も分からないままにいろいろな場に出かけ、気になるもの全てを手当たり次第にインプットしていました。

実際に帆船にまつわる活動を始めたここ数年、その頃に出会った人とまたご縁が生まれるようになってきました。セミナーやスクールで共に学んだ仲間や、講師だった人たち。自分の作りたい未来を語り、少しずつ動き出した時に、それまでとは違う積極的な関わりが生まれてきました。セミナーの講師として呼んでいただいたり、ワークショップを企画していただいたり、まだ形にはなっていませんが帆船を使ったイベントを一緒に考えたり。

なぜ関係性が変わったのかを考えると、ぼくの意識がインプット重視からアウトプット重視に変わったからだと思います。

最近ネットに出回っているお話に、ことわざの「百聞は一見にしかず」には続きがある、というものがあります。
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百聞は一見にしかず
(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
百見は一考にしかず
(ひゃっけんはいっこうにしかず)
百考は一行にしかず
(ひゃっこうはいっこうにしかず)
百行は一果にしかず
(ひゃっこうはいっかにしかず)
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「行」は実際に行動すること
「果」は成果をあげること

だそうです。

・人から聞くよりは、自分で見たほうがいい
・漠然と見るだけではなく、キチンと頭を使って考えた方がよい
・ただ考えるだけではなく、実現するために行動するほうがいい
・やみくもに行動するのだけでなく、ちゃんとした成果をあげたほうがいい

みたいなニュアンスだと思います。

ちなみに、この言葉はおそらくガセです。詳しい辞典を見ると「百聞は一見にしかず」の原典ははっきりと紹介されていて、そこには続きとされる言葉はありません。なのですが、まあこれはこれで面白いと思うので紹介しました。

こんな言葉がわざわざ作られるというは、アウトプットすることがそれだけ難しいということなのかもしれません。アウトプットは「自ら選びとって行動する」ということです。そこには本人の意思が必要になってくるからです。

ぼくにとって、2014年というのはちょっとした転機の一年だった気がします。インプットからアウトプットへ、マインドセットが変化したのがこの年でした。
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飲み会から授業に

 

2014年が始まった時点では、ぼくには何の変化もありませんでした。「帆船を事業化しよう」という妄想も、まだぼんやりとしか生まれていませんでしたし、周囲の状況にも変化はありませんでした。

では、なにがきっかけで、ぼくの中での変化は起こったのでしょうか?

正直、理由はよくわかりません。いっぱいになった湯船からお湯が溢れ出すみたいに、そこまでの何年間かでインプットしてきたものが、自然に溢れ出すようになったように感じます。

そして、アウトプットしたいと考えるようになったのと同時に、不思議なことに周りの人からもそれを後押ししてくれる動きが出てきたのです。

2014年の3月に「東京にしがわ大学」(通称:にわ大)という多摩地区で活動している市民大学で、海図をテーマにした授業を持つことになりました。「帆船」や「海」をテーマに、自分自身の言葉で不特定多数の人に向けてする初めての発信でした。

にわ大のコーディネーターに知り合いがいたことから生まれた授業ですが、実ははじめはただの飲み会の企画でした。にわ大では、授業を中心に知り合った人同士でコミュニティーが生まれたり、スピンオフ企画が生まれたりと、参加者同士の様々な交流があります。

そのひとつに「地図部」という活動がありました。地図や地形に興味があり、街歩きや地図をつまみに飲み会をやる「地図」が大好きな人の集まりです。

ある時、地図部部員でありにわ大授業コーディネーターの友人との話のなかで、

「地図が好きでも、海図は見たことないよね」

という話題になりました。じゃあこんど地図部の飲み会に海図を持って遊びにいく、という話になりました。

しばらくして彼女から、

「この前の海図の企画、いろいろ事情があって、にわ大の授業としてやることにしました」

と連絡が。

にしがわ大学は多摩地区の市民大学です。多摩地区には、ご存知かと思いますが、海はありません。また実際に海にでるまでの道のりも遠いですし、海と地域の関わりがあるわけでもありません。

友人にはそんな話をしましたが、

「いやいや、多摩川は海につながってますし、海のないところで海について考えるのも悪くないですよ」

と押し切られて授業をすることになりました。

友人がまとめてくれた授業のコンセプトは、こちらのにわ大のWEBサイトから見ることができますが、そうとうの無理矢理感を感じずにはいられません…。

告知期間もあまりなく、いろいろと不安もあったのですが、驚くべきことにこの授業は満員となりました。

2時間、海図の話だけで間が持つのか心配で、ロープワーク用のロープや船の写真集など他の資料も大量に用意して行ったのですが、参加者からの質問が活発にでたので、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。参加者からの評判もよく、自分で思っていた以上の出来となりました。

 

風を見るには準備がいる

 

この年の前半は、他にもいくつか、帆船や海に関わる活動をする機会がありました。

和歌山県新宮市で「地域おこし協力隊」として活動していた友人宅に居候していた時に、滞在費代わりに海図のワークショップをやりました。

友人は、にわ大で授業をやったことを知って、期待してオファーしてもらいました。会場の手配から宣伝一式をやってもらい、当日の様子は地元紙に取材もしていただきました。

田中稔彦 帆船

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また、ここ ORDINARY に初めて記事を書いたのもこの年でした。イベントで編集長の深井さんに何年振りかでお会いした時に、こちらから「船をテーマにして書かせて欲しい」と頼み込んで実現しました。

その時は、まだどういうものを書くのかキチンと自分の中で絞りきれなかったこともあり、一度書いたきりでしばらくそのままとなってはしまいましたが…。

ともかく、2014年の前半は、自分の中でもそして周りからも何かが変わり始めた、そんなことを感じている時期でした。

ハッキリとしたきっかけがあったわけではありませんが、それまで積み重ねてきたものが少しずつ形になり、そのことが次の流れを呼んで……。そんな感じでこれまで「帆船をテーマに活動しよう」と思っていたもののどうすればいいのか決めかねていたのが、だんだんと道が見えてきた、そんなふうに感じていました。

風を見ることは誰にでもできる、と書きました。
けれど、風を見るにはそれなりの準備が必要です。

必要な情報を手に入れるには、どこを見るのか、何を見るのか、を知っていること。それまでにどれだけたくさんの海や周囲の様子を見続けてきたという経験の量。そして、気象についての知識。

多くは、先輩のヨット乗りに教えてもらったりしながら、そうした準備を重ねていきます。そしてある日、「ああ、これが風が見えるっていうことなのか」と腑落ちする瞬間がやってきます。

人生においても、そういう瞬間はあるのでしょう。

それまでにやってきたことが、ジグソーパズルのピースがはまるようにつながって、「風向きが変わった」と自分で感じられる瞬間が。

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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)

 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)

 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう



田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。