PUBLISHERS 05 影山 知明 「植物が育つように本をつくりたい」

影山 知明 (クルミドコーヒー 店主 / クルミド出版 発行人)
その未来をぼくらはコントロールできないと思っているんです。コントロールできるのは、ただ力を尽くした本をつくることだけ。それを一人ひとりの方に丁寧に届けていくというところまではできるけれど、3千部に至るまでどういう
PUBLISHERS(パブリッシャーズ)| 深井次郎がゲストと語る “本をつくる理由”
第5話|影山 知明 (クルミドコーヒー 店主 / クルミド出版 発行人)
.

小雨ふる晩秋の朝。オーディナリー編集部は東京は西国分寺駅からほど近い、クルミドコーヒーを訪れた。お店に一歩足を踏み入れると、どこか物語に迷い込んでしまったような、樹のぬくもりと穏やかな空気に一瞬で包まれる。子どもに戻った気分で店内を見渡し、置かれている絵本や小さな椅子に触れていると、このカフェに集う人たちの笑顔が見えてくるような気になる。そんな中で始まった今回の対談のお相手は、クルミドコーヒー店主の影山知明さん。『ゆっくり、いそげ』が重版されたことを祝いながらコーヒーを飲み、クルミド出版が生まれた経緯や、本をつくるということ、今後の影山さんが目指す先などをうかがった。

 

影山 知明(かげやま ともあき)
クルミドコーヒー 店主 / クルミド出版 発行人
1973年、東京・西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後独立、株式会社フェスティナレンテを創業し、2008年、西国分寺にくるみをテーマにしたこどもたちのためのカフェ「クルミドコーヒー」をオープンする。西国分寺駅はJR中央線で乗降者が最下位にもかかわらず、店内の独特の雰囲気やイベント開催が評判を呼び、「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。2012年、お店を通じて出会った仲間たちと「クルミド出版」を開始。『10 年後、ともに会いに』(寺井暁子著)『やがて森になる』(小谷ふみ著)2冊の本を発刊。手間と時間をかけた本づくりを行っている。NHK「NEWSWEB」の第4期ネットナビゲーターとして出演。著書に「ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~」(大和書房)がある。


※「PUBLISHERS(パブリッシャーズ)」とは、理想をもって出版に関わる人、メディアをつくる人たちのこと。彼らのクリエイティブアクションを紹介し、あなたの「自分らしい本づくり」を探求する読み物コーナーです。


目 次 

 1. 仲間との出会いかた  ひょっとしたら100年後のヘミングウェイに会っているのかもしれない 
 2. 天職のつくりかた  いま何に「呼ばれている」のか。あなたの目の前にあるものは何か  
 3. 経営の目的について  やっているのは「表現」。コーヒーもケーキも出版も同じ 
 4. 本の届けかた   その未来はコントロールできない。できるのは力を尽くした本をつくることだけ 
 5. インデペンデントと大手について   自分の本をクルミド出版から出さなかった理由
 6. これからやりたいこと   つくるのは本ではない。本体験をつくりたい 



ひょっとしたら
100年後のヘミングウェイに
会っているのかもしれない 

 

深井次郎 ここクルミドコーヒーには、何度も通っています。カフェの本も出している料理研究家の友人がいるのですが、彼女に強く勧められたものですから、「行ってみたい!」と。まるで自分がリスか何かになって樹の中に入ってしまったような空間で、つい長居をしてしまいます。

影山知明 ああ、それはうれしいです。

深井: さて今日は、そんなカフェから始まった出版活動の色々について、お聞きできれば嬉しいです。まずは、カフェをはじめた経緯や、そこから出版に至った経緯。出版をやりたいと思ってはじめたのか、もしくは、クルミド出版から本を出された寺井さん、小谷さんという目の前の方の力になりたいと思ってはじめたのか、そのあたりを教えていただけますか?

影山: 寺井さんと、小谷さんとお会いしたタイミングは、それぞれ2011年の8~9月、ちょうど時期を同じくして立て続けにお会いしました。当時ぼくは、カフェを3年くらいやってきていて、その直前に、カフェ研究家の飯田美樹さんにお会いしていたんです。パリのカフェなどを研究されている飯田さんに、「20世紀初頭のパリのカフェに、あれだけ人が集まったのはなぜなのか」というお話をうかがいました。ピカソにしても、ヘミングウェイにしても、サルトルにしても、ボーヴォワールにしても、最初から有名人としてカフェに集っていたわけでは決してないんですよね。カフェがあったことによってその場で切磋琢磨し合い、表現のチャンスを得、いまの時代にも名の残る人物に育っていったという経緯があること。「カフェという場が人を育てた」という説明を聞いて、とても励まされました。

深井: カフェの役割は、ただ「コーヒーを飲む場所」というだけではない、と。

影山: ぼくらは、この西国分寺というしがない街でやっているけれど、10年20年30年と続けていったら、そのうちにこの場をきっかけにして人が出会ったり、なにかが始まったりして。それを50年後100年後の人たちが、「なんであの頃、西国分寺にあんなにも人が集まっていたんだろう」と言ってもらえるような場所になるかもしれない… とぼんやり妄想していたのです。

ちょうどそのころ、時を同じくして、文章を書きためながらも、表現の場を探しているというお2人にお会いしました。まったく実績も名もないお2人なんですけれど、「ひょっとしたら100年後のヘミングウェイに会っているのかもしれない」なんて思ったりして。その先どうなるかはわからないけれど、ひとまずその文章を読ませてもらい、やりとりをはじめたのが最初のきっかけです。

深井: 影山さんが、この人はすごく良いな、応援したいな、一緒にやりたいなと思う観点のひとつは「エネルギー量」なのでしょうか? カフェのスタッフさんや、もともとベンチャー起業家の方々など多くの人物を見てこられたと思いますが。

影山: 「エネルギー量」ということだけで言うと、世の中で目立っている方で、すごくバイタリティーに溢れ、エネルギーに満ち溢れている人というのは確かにいるわけです。そもそも、ぼくがつき合ってきたベンチャー起業家という人たちはまさにそういう人たちなんですけど。

寺井さん、小谷さんは全然そうではなく、どちらかというと頼りない印象ですね。「あれもできるこれもできる、俺はもうこの世の支配者だ! 」 というように何かを仕掛けるタイプではありません。「自分はあれもできない、これもできない」とすごく劣等感も感じていて、「自分にできることなんて本当にあるのだろうか… 」と迷いながら歳を重ねてきて、それでも最後「これは私は信じたい」というように文筆業にたどり着いたような。表面的にみると弱いと感じるんだけど、その弱さをずっと辿っていった先に強さがあるような2人でした。そういう人は決して諦めないというか、「これがだめだったからあっちへ行こう」というふうには考えない。そういうところに魅力を感じて、一緒にやりたいと思いました。

publisher05_01

 

 

いま何に「呼ばれている」のか
あなたの目の前にあるものは何か

 

深井: 「好きなことをやって生きていきたい、仕事にしたい」と思っている方がオーディナリーの読者さんでも多くいます。それでも「やりたいことが見つからない」とぐるぐるしていたり、絞りきれなかったりもして。「どのように、自分のやりたいことを定めていったらいいのか」という質問を投げかけられたら、影山さんだったらどのようにアドバイスしますか?

影山: まず前提として、世の中で何が正しいかと言うつもりはないですけど、少なくともぼくは、「好きだからこれをやっている」とか、「やりたいからこれをやっている」とは思ってなくて。「大切なことだと思うからやっている」と思っています。

いま世の中が、好きなことをやろうとか、楽しさが大事だという傾向があるように思います。逆に言うとそれ以外の選択肢がよっぽど楽しくないんだろうな、って思うけど、結局、楽しいからやっているってことは、楽しくなくなったらやらなくなるっていう意味じゃないですか。でもぼくの場合は別に楽しくなかろうと、これは大事なことだと思うから、やっているということなんですよね。続けてきたことで、やっていることを次第に楽しめるようになり、楽しむことを身につけてきたというところでしょうか。好きなことができれば幸せ、っていうほど人間って単純じゃないというか。

ぼく自身の場合も、基本的には「呼ばれる」っていうんですかね。自分の好きなことは、「マトリックス書いて、世の中を分析して、これだ」っていうふうに探していくタイプのものではなくて、いろんな縁の中でたまたま出くわすというか、呼ばれるというタイプのものだと思っていて。そういう意味で、それぞれだれしも呼ばれている局面ってあると思うんです。でもそれに気づかないんですよね。あるいはその先を信じられないというか、そのことの方が問題かもしれません。

ぼくもカフェやるかどうかって聞かれた時に、カフェをやると何がいいのか、カフェをやった先になにがあるかなんてわからないから、その時点では自分にも周りにも何も説明ができないんです。「なんかこっちな気がする」って進んだ結果、やってみたら「カフェをやるために生まれてきたんじゃないか」って思えるぐらいの天職だったっていう。それは結果なんですよね。

自分は今、何に呼ばれているかに気がつけるセンサーを高めるためには、自分が何を好きなのか、何をやってるとワクワクするかってことに敏感であることは大事だと思います。ただ、それが見つからないからいつまでたっても一歩を踏み出せないっていうのは、おかしいんじゃないかと思うんです。

深井: これかもと思うことに出会えたら、いま目の前にあることにベストを尽くしてみる。その先に、きっと何かが見えてくるだろうと。

影山: そうですね。目的とか意味とかをあんまり考えすぎない方が良いのかも。今、すごくそういうのが求められることが多いですよね。「なんでその職業を目指すんですか? 」とか、「なんでその旅に出るんですか? 」とかね。旅に出る意味なんて、旅に出てみなければわからないのに。

深井: ああ、そうですよね、ちょうど昨日の夜、そのような話をしていたところでした。大企業を辞めて世界一周しながら、連載を書いてくれている小林圭子さんっているんですけど。彼女は旅の道中、「なんで2年も旅してるの? 」「最終的に何を目指してるの? 」って会う人会う人に聞かれるようです。そのたびに、「なんて答えればよいかわからない」と言ってました。意味とかは、旅を終えてずいぶんあとになってみないとわからないことなのかもしれませんね。

影山: だって、人生そのものがそういうものですよね。

深井: 影山さんが会社員から独立されたタイミングは、「呼ばれた」とのことですが、もう少し具体的にはどのような流れで?

影山: そこは話し出すと長いんですけど。大きくは、カフェをやるより前に、ぼくが生まれ育ったこの土地を集合住宅にするという計画があって、もともと生まれ育った一軒家を壊すってなった時に、その次にどうするか考えたことがすべての始まりですね。当時は会社員としての仕事と並行してその企画は進んでいて、最初は片手間くらいの気持ちでいたんです。でも、改めてそのプロジェクトがはじまった時に、世界中で自分が生まれた場所は一か所しかないのだな、と。その場所につくるのだったら何か意味のある、未来につながるようなことをやりたいと思ったんです。

望んで建て替えのプロジェクトが生まれたわけではなく、空き家になってしまったという現実と、築50年で取り壊さなければならないという現実がきた時に、それをお荷物だと思う感覚でさえあったわけです。そして、誰かに売ってしまうことも、駐車場にすることも選択肢ではあるのですけど、せっかくやるんだったら意義あることをしたい。じゃあどういう集合住宅にできたら面白いだろうか?と考えていったわけです。現実に流されていく過程で、その現実を自分ごとへと引き受け直していくようなプロセスでした。

深井: 生まれ育った家。縁ある、かけがえのない場所ですよね。著書には、「街のお座敷みたいなものにしたいと思った」とありますが、はじめるにあたって、なにか影響を受けたイメージはありますか? たとえば、この国のこういう状況が参考になったとか。

影山: そういうのはぼくの苦手なところで。最近だとポートランドがどうとかみんな言ってるじゃないですか。そういうのではなく、自分の内側にあるものと向き合えばいいのに、と思うんです。少なくとも、ぼくが生まれて、幼稚園時代に普通にこの家に住みながら、2軒隣の宮原さんのところにピアノに通ったり、帰ってきたら山田さん宅に勝手に上がり込んだりしながら、地域の中で育ててもらったという感覚が原風景としてもあるんですね。昔に戻るということではないけど、そういう要素があったらいいなとは思っていたし、今風に言えばソーシャルキャピタルということなんですけど、社会のつながり力を失わせていることが、世の中のいろんな問題の原因になっているというか。

深井: ええ、たしかに。

影山: 最近だったら保育所が足りない、待機児童がとか、そのためには保育のための予算を4000億円用意しなければみたいな話が出てきていますが、「そもそも保育所がいらない街ってできないのかな」って思うんですよね。子育ての負担感とか、子どもがのびのびと育てないのは、1つは地域のつながりを失っているから。孤独死の問題もそうだし、なかなか職を得られない人がいるとか、結婚したくてもできない人が多いとか、世の中で起こっている好ましくない事象の多くが、人とのつながりから目を背けているからだと思っていたし、いまも思っているので、そういうことを考え直すきっかけになればいいかな、ということはありましたね。

 

publisher05_09

 

 

やっているのは「表現」
コーヒーもケーキも出版も同じ

 

深井: 経営者で「出版したい」という人の中には、お客さんが増えたらいいなとか、露骨に自社の宣伝になるような内容の本が多いと感じています。そんな中、クルミド出版の寺井さんの本も小谷さんの本も、「クルミドコーヒーに来てください」ということは一言も書かれていないし、お客さんを増やすためにやっていないという、そのやり方に気持ちよさを感じました。

影山: まず、経営の目的が「お客さんを増やすことではない」と思っていますからね。もちろん、お客さんが増えて売上げがたち、利益が増えていくことはとても大事なこと。それがなければ成りたちません。世の中のいくつかの活動においては、利益をないがしろにしている経営者も目につきます。そんな経営者は経済を回していくことに、ちゃんと向き合っていないんじゃないか。二宮尊徳の言葉で「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」とあるように、「寝言いってんじゃないよ」って思いも正直あるんですよね。こんなことやったって成り立たないじゃないかって。そういう意味で、経済が成り立つということは極めて大事だと思っているんですけど、でもそれが目的ではないんです。

ぼくらがやっているのは、口幅ったい言い方をすれば、「表現」なんだと思うんですね。コーヒーもケーキも、出版もまったく同じなんですけど、そういった具体的な形をなしてないもの、例えば日々の挨拶であったり、ぼくらがどういう立ち姿でお店にいるのか、ということでさえ表現のチャンスというかね。そういう一個一個の表現に対して、ぼくらは力を尽くしていく。

深井: すべてが表現。

影山: そう。これは、他の人から言われてその通りだなと感じたことなんですけど、そういう挨拶のような一個一個の表現がもたらす波及効果というのは、とんでもなく大きいのだと思うんです。瞬間的には大したことがない1つの接点でも、それが人に与える、人を鼓舞するような効果だったり、人を癒すような効果だったり。すごく平たく言えば、「お店に来てくれた人が、来た時よりも元気になって帰る」というね。カフェをやっているぼくらは、それをできるチャンスに恵まれているんですね。そのために力を尽くしてやったのであれば、あとはその先に何かが起こっていくことを楽しみに待てばいい。ぼくらにとっては、その媒体がコーヒーだろうと本だろうと、変わらないということですね。

 

publisher05_07

 

 

その未来はコントロールできない
できるのは力を尽くした本をつくることだけ

 

深井: 800部や500部でも回していこうというリトルプレスであったり、手づくりで5部しか刷らないようなZINEという表現もある中、影山さんがこれから面白いと思う出版のあり方はどういうものでしょうか?

影山: ひとり出版社とか、リトルプレスって言葉も聞かれるんですけど、ぼくは(そう呼ばれるのは)嫌いで、「小っちゃいって誰が決めたの? 」って思うんですよね。ぼくは小さいことがやりたいわけではないんです。

いま、寺井さんの本は800部、小谷さんは500部を超えて600部近くまで売れていて、一応かけた原価は回収できているわけですから、そういう意味ではとっても大事な第一ステージをようやく越えられたくらいなのですけど、本当はそれを一桁あげたい。

よく仲間内で話しているのが、3千部というイメージがあって。つまり文章を書いている人にとって仕事になっていくということが、編集している人にとっても、印刷している人にとっても、製本している人にとっても良いというか。そういう意味では、数百部というのはダメだと思いますし、3千部っていうところがつくり出せるようになっていって、3万部ということも実現できる出版社になりたいなと思っています。それを、今の大手の出版社がやっているやり方とは別のやり方でやろう、というだけのことなんです。

深井: 関わるすべての人が幸せになれるのが3千部ではないか、と。では、3千人読者をつくって届けていくには、どのような方法を考えていますか。本屋はもちろん、カフェや雑貨屋にも置いてもらったり、イベントで手売りするとか、いろんなやり方を試みている人たちがいますが。

影山: ぼくはこう考えているという意見なんですけど、まず「3千部販売するためにはどうしたらいいか? 」という問いの立て方はしないですね。ぼくは「植物を育てるように本を出したい」と思っていて。植物が最終的にどういう方向に枝を伸ばして、どういうふうに葉っぱをつけて、どういう高さになるかというのは、最初においては決まっていないわけですよ。

樹形は、あくまでも結果だと思うんです。ぼくらがこうして本をつくり、ぼくらなりの発信を続け、店頭なり、もちろんウェブ上でやることもあったりして、時にそういうことで出会う人たちがいて、読み手だったり、「本を置いてもいい」と言ってくれるお店の人だったり。そういうことで、その読み手が次の読み手を呼んでくださったり、置きたいと言ってくださる方を通じて、思いがけない方向に枝を伸ばしたり、葉っぱをつけたり、花をつけていったりするわけですよね。結果的にそれが力のある本だったのならば、3千部に届くかもしれないし、届かないかもしれない。

「その未来をぼくらはコントロールできない」と思っているんですよ。ぼくらにコントロールできるのは、ただ力を尽くした本をつくることだけ。そしてそれを、一人ひとりの方に丁寧に届けていくというところまでは、ぼくらはできるけれど、3千部に至るまで、どういうマーケティング戦略でいくかという考え方はしないということですね。

 

深井: なるほど。今まで発行された寺井さん小谷さんの本と、新しく出版された『りんどう珈琲』などがありますが、その枝が広がっていく様子が見られた具体的なエピソードがあったら教えていただけますか?

影山: いま、数としては40か所くらい置いてくださる場所があって、それを多いと見るか少ないと見るかはわからないですけど、ぼくらにとってはとても多く、ありがたいことだと思っています。都道府県で言っても「1都1府13県」になってきている中、不思議なもので、ある場所に固まる傾向があるんですよ。

深井: それは、どんな?

影山: 具体的には松本と高松なんですけど、不思議とご縁が深いんです。本をとても熱心に取り合うかってくださっているところも、松本には2か所、高松にも3~4か所ですかね。何となくそういう書籍や本、出版ということに関心が強く、想いをもってやってらっしゃる方が多い土地柄というものがあるのかもしれませんね。

特に、高松のケースでは、「なタ書」さん(店主は藤井さん)という古本屋さんがあるのですが、著者の寺井さんがたまたま別の雑誌の取材を受けて、その雑誌を「なタ書」さんが店頭で扱っていて、その縁で「寺井さんの本がある」って聞いて、仕入れたいと連絡がきたんです。で、卸したんですけどしばらく店頭にも置かれておらず。うちのスタッフがたまたま故郷を訪ねる一環で、「なタ書」さんを訪ねてくれて、その時に、「クルミドコーヒーで働いてるものなんですけど… 」というやり取りを通じて、「じゃあ、本きてるから店頭に並べてくれない? 」って言ってくれて。

実は店主の藤井さんは半信半疑だったようなのです。2500円+税っていう決して安くはない本だし、まったく実用書でもなく時事ネタでもない、売れる要素がない本で、こんな本売れるのかな… という思いもあったのだと思います。ですが、うちのスタッフが並べた翌日だかに、学生さんくらいの若い子が買ってくださったそうなのです。そこで藤井さんは驚いて、本を読みなおしてくださって、彼自身も気に入ってくれて、地元の雑誌『せとうち暮らし』の書評欄に、他の本を書くのが決まっていたのをひっくり返してまで、寺井さんの『10年後、ともに会いに』を読んでと、書いてくださったのです。それがすごく想いを持った力強い文章で、ぼくらも嬉しくて。それを縁に、地元の紀伊国屋書店高松店さんが置いてくださるようになり、他の本屋さんが置いてくださるというように、高松界隈および、瀬戸内を囲んで岡山とか広島とかにも飛び火していったということがありましたね。

深井: そういう広がり、素晴らしいですね! それは書き手のエネルギー、本の力があったからということでしょうか。

影山: ということもありますし、あとはやっぱり、著者の寺井さんやうちのスタッフが行ったからこそということもあると思います。行ってくれたスタッフの気持ちをすごくありがたく思っています。

深井: 著者のお2人は、本を出す前と出した後で、なにか変化があったようですか?

影山: 単に歳を重ねたという部分もあるのでしょうけど、踏ん切りがついたようには感じます。特に寺井さんについては、自分の収入をどうつくっていくかを考える中で、「勤め人でいるべきか否か」という選択肢は常によぎるはずなんですけど「自分は文章を書いていくことを仕事にするんだ」という覚悟を備えてきたように感じています。本を書いたことによって自分と向き合えたということや、800部とはいえ、自分の作品を読んでくれた人がいて、本屋の藤井さんのようなリアクションを受けて喜びや達成感も味わえるし、自分の持っている力の可能性を信じられるようになったのではないかと思います。

深井: 書き続ける自信になったのですね。続けること…。書く仕事でも、画家やアーティスト、俳優でもそうですが、20代後半~40歳前後で揺れる時期ってあると思うんです。現実的な収入のことを考えると、このまま続けていいのだろうか、とか。続けるか否か迷う人に対して、いつもどのような声をかけていますか?

影山: ぼくはあまり物事をそんなに上段に考えないというか、夢はなんですかとか、夢を追いかけようということを推奨していないというか。別に夢の力を信じてないわけではないんですけど。「今ここ、この瞬間、目の前の人、コトにベストを尽くしていけばいいんじゃないの? 」としかあまり言いません。組織の中でもいいし、独立してもいいし。

自分を含めて、そういう時期があることはわかりますけど、迷っていてもしょうがない。迷いやためらいもいいけど、まずは何かやって、今の自分に精一杯向き合ってみたらどう? って思うんですよね。それで結果的に道は開かれていくのではないかと。やった結果、組織を辞めて自分の道を行く人もいれば、組織の中で生きることに夢を感じる人もいるだろし、家族を大事にしていくんだという人もいるだろうし。あまり、夢か現実かということではないように思います。どの選択肢にも両方があると思うんです。

 

publisher05_04

 

 

 

自分の本を
クルミド出版から出さなかった理由

 

深井: ご自身の本『ゆっくり、いそげ』を大和書房さんから出してみて、インデペンデントと大手の出版社との比較、良いところ、そうでないところが見えてきたところはありますか?

影山: まず、「なぜ自分の本をクルミド出版から出さなかったか」ということについては、自分たちのお金で自分たちのことを書いた本を出すということは、本意が伝わらなくなる可能性があると思ったからです。結局自分たちの宣伝をしたいがために…

深井: という捉え方をされるかもしれない。

影山: そうです。ぼくはまったくそういう想いではこの本を書いていないので。客観性を持たせたいというか、出版社が出版社の判断において、これを出すべきだと思ってくれたという背景があることではじめて、本に込めたいメッセージが冷静に伝わると思いました。

深井: 大切な、ご自身1冊目の本。数社から出版依頼があったと聞きましたが、最終的に大和書房を選んだ理由はどの辺にありましたか?

影山: もちろん、あれもこれも選べる立場ではないですしね。ただ、最初に大和書房の編集者の高橋さんが送ってくれた手紙がとても丁寧で、ぼくの真意を酌んでくれるものだったので、彼を信じた部分が大きいですかね。

深井: 出版依頼があった当初、どんな本をつくろうと思っていたのですか?

影山: ビジネス書とは呼びたくないけど、経済書というか、経済という言葉を再定義するような本にしたかったんです。普段、経済書なんて読まない人でも、読んで面白いと思ってもらえるような経済書をつくりたいと思っていました。

深井: 実際にでき上がっていかがですか?

影山: 中身は、ぐっといろんなことを詰めこみすぎかなとも思うんですけど、それはそれで良かったかなと思っていて。この本一冊で体験が完結しないというか、この本を読んでお店に来てくださると、「ああ、そのことか」と実感してくださるとか。たまたま何かのご縁でお話をした時に「そういうことか」と思えたりね。出会った人がさかのぼって本を読んでくださった時に、「あそこで言っていたことは、こういうことだったのね」とわかっていくとか。そういうことに立ち返れる一つの基軸になっていくように、「この本だけですべてが届かなくてもいいのでは」と今は思っています。

深井: 確かに。話題が広く盛りだくさんで、ひとつひとつの話題でもっと先を読みたいところがありました。きっとページ数の都合で泣く泣く削った部分もあったのではないかな、と想像しました。

影山: ぼくの気持ちとしては、いろんな経験をしてきているので、1章1章で1冊ずつの本が書けるくらいに言いたいことはあるんです。

深井: 気が早いかもしれませんが、次の本が楽しみです。1冊書いてみると、次の本、次の本、とアイデアが出てくる著者が多いですが、影山さんはどうですか?

影山: いや、まあ、書くのって大変なんでね(笑)。やってみてわかったことで、割合はわからないけど、世の中に出ている本の多くは著者本人が書いたものではないですよね。小説とかは別ですけど。ぼくはそういうことはやりたくなくて自分で書いたんですけど、これも10万~12万字いってるんですけど、大変は大変でしたね。だから、2冊目って安直には決められないのですが、もちろん改めて次書くんだったらこれ、というふうに思うことはありますから、いくつか構想はありますけどね。

 

publisher05_05

 

 

つくるのは本ではない
本体験をつくりたい

 

深井: 影山さんは、出版の依頼が来る前から、すでにウェブや講演などさまざまなところで発信していたり、目次をまとめて何を書くか準備していたと聞きました。「本を出したい」という人がぼくらのところにも相談に来ます。半分以上の人はその時点で何も書き始めていないので、「出版社からの依頼を待っていないで、まずは書きはじめて、発表しはじめた方が早いですよ」とすすめているのですが。「いや… でも、頑張って書いてもそれが本にならなかったら骨折り損でしょう? 確実に本になるという依頼があれば書くけど… 」って言う人が案外多くて。「何らかの形で人に見てもらわないと依頼もないでしょう」と。本を出したい人は、何を準備するのが大事だと思いますか?

影山: 確実に本を出したいなら、「自分でつくってしまえばいいんじゃないの」って思いますね。自分で自分のことを書くことで客観性が失われることへの懸念は必要ですが。思うのは、大手の商業出版のやり方は、効率や売上げなどを優先するやり方だから、まったく経験がない状態でそこに乗っかると、「本づくりってこんなもんなんだ… 」って思ってしまう危険はあるかもしれません。

それよりもむしろ、素人の人間が、「自分が本をつくるとしたらこういうふうにやりたいな」って突きつめてやってみた方が、今の時代は良いものができる気がしています。

どうしても大手出版社だと、年間何点出さなきゃいけないとか、今期の売上げがというところにどんどん引っ張られて、最後の最後で魂を込めきれないというかね。そこはもっと、インデペンデントでやったらいいんじゃないと思うから。そういう意味でもオーディナリーさんとか深井さんがやっていることを応援したいなという気持ちがとってもあります。

深井: ありがとうございます。では逆に、大手の出版社で出して良かった点はありますか?

影山: やはり流通の力は大きいなと。発売日に日本中、津々浦々の本屋さんの店頭に置かれているというシステムはすごいですよね。1冊単位でも取り寄せてもらえるとか、それがあることで届いた読者の方たちもいますしね。ぼくらがクルミド出版で出したものよりも、今日までの時点でも桁が一つ違うかたちで流通できているのは、彼らのやり方に乗せてもらったからだと思います。

本屋さんは本屋さんで、今すごくくっきり分かれていますね。チェーンの中でもその店舗によってはこの本をすごく平積みしてくれるところもあれば、在庫が切れたら次の仕入れをしてくれないというところもあるし。やっぱりそれを辿っていくと、ある書店員さんがいて、その人が「良い」と思ってくれて、意識して並べてくれているという、人の意志がまだちゃんと残っているんだということも感じましたね。それはすごく嬉しいことです。

深井: 書店員さんの力は大きいですね。想いをこめたポップですとか、ひとりの書店員さんが本気で「売ってあげたい」と思ったら売れていくんだろうなということは、ぼくも経験でわかります。人の想いを通じて広がっていくのは面白いですし、生き物だなと感じますね。影山さんの『ゆっくり、いそげ』は重版が決まり、多くの方の手に渡っています。この本が広がっていくにあたり、印象的なエピソードや、感動されたことはありますか?

影山: もう、感動しっぱなしなんですけどね。ひとつは、ぼくの友人の友人が「この本を読んで、カフェを始めた方がいる」というのを聞きました。もちろん、それだけではないと思うけれど、背中を押したひとつの要素にはなったのかなと思いました。

また、嬉しかったのは、両方のタイプの人から反響が返ってきたことですね。この本をだれ向けに書いたかというと、「うちのスタッフ向けに書こう」と思ったのが出発点にはあるんですね。今までの生き方や働き方に必ずしも納得できていなかったり、生き辛さを感じていて、うちの店にたどり着いたというスタッフもいて。「その人たちが見てきた世界がすべてではないんだ。そうじゃない世界のつくり方や社会のありかたもあるんじゃないの? お金儲けだけじゃないはずだと思うよ」ということを、ぼくなりにクルミドコーヒーでやってきたつもりだし、そこに込めてきた想いを言葉にして残しておくことが、今回の本を出した動機だったものですから。「今の世の中のありように疲れてしまっていたり、生き辛さを感じている人に届く本になればいいな」というのが一義的なぼくの想いだったんです。

だけど一方で、かつて一緒に仕事をしていたような、バリバリにグローバル経済の中で頑張っていて、大きな組織の中で働いているタイプの人の中にも、「これは、これからの経済とかビジネスのありようの、先行きを照らしてくれる本になると思う」と言ってくださる方なんかもいて。両方がちゃんと受け止めてくれているということが、すごく嬉しいことでしたね。

深井: ゆっくりタイプにも、いそげタイプにも、両方ためになる本ということですね。どちらかではなく、どちらにも。なかなかそういう本はないので、大きな可能性を感じます。では最後に。今後こういうことをやっていきたいということはありますか?

影山: 1つは本屋さんをやりたいなと思っています。カフェをやっていて大事だと思うのが、「つくることと、届けることの距離が近い」ということですね。ぼくらがつくってカフェの店頭で届けるということだけではなく、ぼくらはぼくらで責任をもって、本を届けていく場所をつくるというところまで関わりたいなと。そうしたら、自分たちがつくった本だけでなく、クルミド出版の活動を通じて出会った、丁寧な作品づくりをしている方たちがいることにも触れてきているので、そういう作品をご紹介できるなってことは思いますね。

あとはやっぱり、「ぼくらがつくりたいのは本ではない」とすごく思っていて、ぼくらにとっては「表現の媒体」であると思っているんです。物をつくって終わりではなく、それを読み手の方に届けて、受け取って下さる方がいて、その先に何が起こるかという、その後にまでコミットしたいと思うんですね。本というよりも本体験をつくりたいと思っているので、そこについてどういう知恵をだせるかなと。他にも、本をつくる過程にだって、もっと多くの人に参加してもらいたいなとか。その拠点に、ぼくらみたいなカフェや本屋がなっていくという可能性はあると思っています。

深井: 影山さんが手がける本屋、どんな素晴らしいものになるんだろう、たのしみです。今後もどんどんこの西国分寺から魅力的な動きがありそうですね。今日は、お話しできて、新しい視点をたくさんいただきました。また、くるみとコーヒーをいただきに来ます。お忙しいところ、ありがとうございました!(了)

 

publisher05_02

構成と文と写真 :  ORDINARY


編集部

編集部

オーディナリー編集部の中の人。わたしたちオーディナリーは「自由に生きるための道具箱」がコンセプトのエッセイマガジンであり、小さな出版社。個の時代を自分らしくサヴァイブするための日々のヒント、ほんとうのストーリーをお届け。国内外の市井に暮らすクリエイター、専門家、表現者など30名以上の書き手がつづる、それぞれの実体験からつむぎだした発見のことばの数々は、どれもささやかだけど役に立つことばかりです。