34歳で独立してから5年になりますが、正直にお話しすると、単純に「好きだから仕事にしたか」というと、そうでもないんです。さて、かつてない職業をつくるために彼女は何をしたのでしょうか。この2人だから話せる、綺麗ごとばかりではない「独立の正直な現実」
INTERVIEW
「日本の宝である城を守りたい」
使命感から新しい職業をつくった方法
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フリーライターとして独立して5年、9冊目の出版を果たした城郭ライターの萩原さちこさん。日本のお城に関する書籍執筆のほか、講演やイベントで全国を飛び回っていらっしゃいます。オーディナリーは「好きを活かして自分らしく生きる」をテーマにさまざまな人生をお伝えしていますが、萩原さんはまさにそれを体現している方。かつてない職業をつくるために彼女は何をしたのでしょうか。萩原さんが独立する以前から知っている深井さん。この2人だから話せる、綺麗ごとばかりではない、「独立の正直な現実」にもつっこんだ対談をお送りします。
聞き手:深井次郎 (オーディナリー発行人 / 文筆家)
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【お話してくれた人】 萩原さちこ さん
城郭ライター、編集者
1976年、東京都足立区生まれ。青山学院大学卒。小学2年生で城に魅せられて以来、日本人の知恵、文化、伝統、美意識、歴史のすべてが詰まった日本の宝に虜になり、城めぐりがライフワークに。印刷会社、出版社、制作会社、広告代理店等の勤務を経て2012年独立。現在はフリーライターとして執筆業を中心に、テレビ・ラジオなどのメディア出演、イベント出演、講演、講座、ガイドのほか、お城イベントプロジェクト「城フェス」の実行委員長もこなす。お城の魅力をわかりやすく楽しく伝える、がモットー。新刊に「城めぐり手帖 / 現存天守編 ~自分だけのトラベルノート」(技術評論社)、「 旅好き女子の城萌えバイブル」(主婦の友社)。既刊に『わくわく城めぐり – ビギナーも楽しめる<城旅>34』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む 築城・攻城・籠城』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅 7つの「城の楽しみ方」でお城がもっと好きになる』(学研パブリッシング)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、「戦う城の科学」(サイエンス・アイ新書)ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載、共著多数。
連載「PREMIUM JAPAN」:萩原さちこの<美しき城>
連載「読売新聞 YOMIURI ONLINE」:大河ドラマ「真田丸」の舞台
連載「朝日新聞デジタル&TRAVEL」:城旅へようこそ
公式サイト:城メグリスト
Twitter :@shiro_meglist
PEOPLE(ピープル)とは、オーディナリー周辺の「好きを活かして自分らしく生きる人」たち。彼らがどのようにやりたいことを見つけていったのか。今の自分を形づくった「人生の転機」について、深井次郎(オーディナリー発行人)と語るコーナーです。
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「自分にしかできない何か」で独立するために
得意な「編集」と大好きな「城」をかけあわせた
深井次郎 お久しぶりですが、相変わらずお元気そうですね。今回は、待ちに待った萩原さちこさんの登場なので、「好きなことで独立するには?」というその秘訣をたっぷりお聞きできたら、と思っています。
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萩原さちこ 次郎さんもお元気そうで! さて、何からお話ししましょうか。
深井 では、さっそく。このところGoogleの広告でも「好きなことで生きていく」というキャッチコピーがありましたが、世の中「好きを仕事にしたい」という流れがあるように感じます。萩原さんの場合は、「城が好きだから、城愛が高じて仕事になってしまった」という流れなのか、この辺からお話しいただけますか?
萩原 どうだったか、今回の取材のお話をいただいて、改めて考えてしまいました。34歳で独立してから5年になりますが、正直にお話しすると、単純に「好きだから仕事にしたか」というと、そうでもないんです。
わたしは編集者をしていたのですが、キャリアの始めから「いつか何かで独立しよう」と思っていました。やってきて編集の仕事はできたので、わたしに向いているなと思った。それでいざ独立の武器を考えた時に、得意な「編集」の仕事と、大好きな「城」をかけ合わせてみたら、新しい仕事が生まれた、という感じでしょうか。
深井 なるほど。「得意」と「好き」をかけ合せるやり方。「好き」より「得意」の方がまずは仕事になりやすいですからね。ぼくと萩原さんの出会いは自由大学の講義(自分の本をつくる方法)ですが、あの頃(2010年)はまだ会社員でしたよね。
萩原 実は、講義に通っていたころ、すごく迷っていました。「城」を仕事にするかどうかで…。だって、好きなものって趣味だから好きなんですよ。もしかしたら、好きなものでお金を稼ぐためには、なにか魂を売らなくてはいけない場面もあるかもしれない。仕事となると、きれいごとだけじゃすまないこともあるかもしれない。楽しい上にお金までもらえるなんて、普通はありえないですよね。耐えられるかなあと考えました。金銭がからんだせいで、宝物のように大事な城を嫌いになってしまうかもしれないじゃないですか。
深井 うんうん。大事だからこそ、金銭からは遠ざけておきたいという気持ちはわかります。
萩原 経験的にも、広告や編集の仕事をしていると、2、3番目に好きなものが素材だといい仕事になるんですよ。一番大好きなものだと思い入れがありすぎて、冷静に分析ができなかったり、個人的な趣向が入ってしまうので、難しい。そういう経験があったので、躊躇していました。
なので、「城でいく」といよいよ決心したときは、「仕事として扱う以上、個人的な城愛と、プロとして扱う城は区別する努力をしなくては」と思いました。なかなか難しいんですけどね、少なくとも心構えだけでもあるのとないのとでは大違いです。
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マニアと仕事の絶妙なバランスを取るのが編集者
「どんなに好きでも溺れないこと」
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深井 なるほど。オーディナリーでも当初から「あえて公私混同。仕事と遊びを分けない働き方がいいよね」というメッセージを出していて、それに共感する人も多くいます。ですが、萩原さんは自分の中で公私は分けているんですね。
萩原 はい、分けています。つい城愛が溢れてしまうんですけど(笑)、城愛が大きすぎてはいけないんです。いつもプロとしての仕事の目を意識するようにしています。仕事でモノを見ている人は、必ず落とし込みを考えているじゃないですか。
仕事モードで城を巡っている時は、ただ「楽しい!」ではなくて、常に「どう面白くアウトプットするか」を考えながら情報を集めている気がします。今見ているものをどう表現するか、処理するか、どう人に伝えるかを、冷静に考えながら見るというか。ただ心を奪われるのではなく、素材として考えるようなスタンスを忘れないことですね。
深井 好きでも感情に溺れることなく、理性と客観的な視点が必要だと。それは例えるなら、恋愛と結婚みたいなものですかね。恋愛は「ただ好き」でいいけど、結婚となると「現実的に生活していけるか」も大事になってくる。ケンカしたから、感情的にすぐ別れるとかできないわけで。「一生つきあう覚悟」のようなものが仕事にも必要だと、ぼくも思います。…って、結婚してないぼくが言うのもアレですが(笑)
萩原 あはは、そうかもしれないですね。結婚となると純粋に相手に夢中なだけじゃなくて、生活があるし、みたいな。….わたしも結婚してませんが(笑)
世の中には結婚しても楽しそうなカップルがたくさんいますが、彼らはお互いの距離感がうまくとれているのだと思うんですよね。どんなに好きでも溺れない、相手と自分を同一化しすぎない、自分をコントロールする力が、好きなことを仕事にする時には必要だと思います。
深井 まさにそれは、編集者目線ですよね。関心のあるものにも距離をもち、客観的な目線をもてる。萩原さんは一人の中に冷静な編集者と熱狂的なマニアが同居しているんですね。これがね、普通はなかなかバランスとれないんですよ。ひとりで両方できる人はなかなかいないから、多くの人がチームを組んだりする。
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独立するなら、ひとりか、チームか?
「居心地のいい方、自分がより活きる方を選ぼう」
深井 今、萩原さんは、フリーランスで一人で活動されていますよね。チーム化、組織化していく方向にはいかないんですか?
萩原 ひとりでやっていくのは気楽ですし、わたしはそれが向いているんです。もちろん、チームもいいですよね。ひとりでできないことが可能になるし、刺激をもらえて成長できるし、なにより心強い。それぞれの輝けるポジションをもって、やっていくのもいいです。それは人それぞれで向いている働き方がありますから。
深井 確かに、ひとりなり、チームなり、向き不向きがありますよね。
萩原 それぞれに居心地がいいのが一番です。誰かがいたらいいと思うこともしょっちゅうありますけど、ひとりで考えたりフラッと動くのが好きだし、ひとりが向いていると思います。会社員時代はチームでものを作り上げることにいちばんの達成感と充実感がありましたけど、自分と同じポジションの人たちと群れるのは好きじゃなかったですね。
深井 ぼくもひとりでやってた時期もありますが、動きやすいんですね。相談なく思いつきで変更しても迷惑かけないし。ただ反面、ぼくは基本ナマケモノなので、ひとりだと自己管理ができなくなったり、糸の切れた凧のようにどこかに飛んで行ってしまうんですよね。不器用でひとりじゃできないことが多かったり、研究に没頭してこもってしまって社会と分断される危険も感じました。だから今はチームをつくって、ぼくを社会的にちゃんと機能させるように律してもらう方向に、なんて(笑)。
萩原さんは、誰も監督がいない、まったくの自由な中で、時間管理はできるほうですか?
萩原 時間管理は、フリーランスの永遠のテーマですが、自分ではまあまあできている方だと思います。時間は重要ですよ、自分を律して働くための環境づくりをしていくのは重要だと思います。さぼっていても、朝からお酒を呑んでいても誰も怒ってくれないじゃないですか。たまに「満員電車が辛いから会社辞めたい」って人がいますけど、そういうこと言う人で独立してうまくいっている人に会ったことがない気がしますね。
深井 自分を律する力がない人がひとりで独立するのは注意が必要ですね。自分から動かないと、仕事は降ってこないし、何も動かない。そこが独立の光と闇ですね。
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独立前に準備したほうがいいことは?
「実地に自己投資するのが一番学びが多い」
深井 闇にはまらないように、これから独立しようという会社員の方は、どんなことから準備したらいいと思いますか。ご自身の経験もふまえて。起業スクール、ビジネスセミナーとかいろいろな学びの場もありますが。
萩原 起業セミナーに8000円を使う前に、会社を離れてひとりで8000円払う意義について考えたほうがいいと思うんですよ。会社勤めの人にとって8000円は大金ではないかもしれないですが、本当に独立したいなら、独立の仕方を教えてもらうのにお金を積むのは違うと思っています。
ライターの仕事では、最初のうちはギャラがなくても書かせてもらうだけいいって感じですよね。でも収入がないのに、交通費とか打ち合わせの経費などを入れると、初期投資は莫大です。純利益を8000円出すには、相当やらないとダメなんですよ。
そういう収支を管理していけないと、食べられない。それをまず知るべきだと思います。そういうことを自分で考えられない人は独立向きではないですね。サバイバルを楽しめるタイプじゃないと、無理かもしれない。
深井 うんうん。
萩原 もちろん、なんでもかんでもひとりでやれというのではなく、人に知恵を借りてもいい。でも人に相談するときは、自分の意見を持っていくのが礼儀だと思っています。自分が何ももっていかないと相手に悪いですし、仮説なしにただ答えをもらっても身にならない。相談しても必ず意見やアイデアを持ち込んで、またそれに意見をいただいて仕事をつくらないと。
独立すると、スキルアップや勉強のための自己投資もして、営業もマーケティングも戦略も実行部隊も実務も全部ひとりでやらなくてはいけません。逆に言えば自分のやりたいようにできるので、やり方はどんどん変えていけばいいし、組織ではなかなかできない効率化なども、どんどんできますから。自分の頭で考えることを面白いなと思えないと、独立は楽しめないと思いますね。答えをもらわないと動けない人は、独立に向いてないかもしれません。
深井 答えがない問いばかりですからね、独立すると。答えがなくてもひとりで決断しないといけない。成功者と自分は違いますし、彼がうまくいったやり方を参考にしながらも、自分に合うようにアレンジしなくてはいけない。そのままで当てはまることはほとんどありません。なので、実際に小さなトライアルで何かしら自分でやってみたほうが学びがありますね。知識だけのセミナーに8000円出すなら、その参加費8000円を実際に稼いでみる。何か書いてみるとか、ネットオークションで売ってみるとかね。大変さも、うまくいけば面白さもわかります。
萩原 会社以外にセミナーに行く人は、そもそもすごい行動力があるんですよ。それだったら実地で試してみる方が効率的です。書いたものに値段がつかない、好きで書いてもだれも買ってくれないことに気づくと、お金をもらって書いている人のクオリティーを真剣に観察するようになるでしょう。そういうトライ&エラーは自己投資になると思うんです。プロの仕事を見て学ぶと力になる。そういうことができる人が独立できるんだと思いますよ。
深井 実際に自分でブログでも書いてみると、本の読み方も変わりますね。プロの仕事を観察する目の解像度が上がります。ただの読者だった時は「このくらい自分でも書ける」なんてうぬぼれてたのが、実は相当考えられていた、というのが見えてきます。
萩原 そうですね。あと思うのは、「独立がすべてじゃない」ということです。独立がブームみたいな感じもありますが、流されず自分の生きやすいポジションでやっていけばいいんです。今の会社を辞めたほうがいい人もいるし、自分がひとり向きかチーム向きかとか、会社員のままでもやりたい仕事をする方法があるんじゃないかとか。「好きな仕事=独立」でなくても、柔軟に考えれば方法はいくらでもあると思います。
深井 本当にそう。優秀な人でも、パートナーとの相性や商材や環境次第で、まったくパフォーマンスが変わりますよね。秩序の中で活きる人もいれば、混沌の中でこそ活きる人もいる。不安定にワクワクする人もいるし、萎縮してしまって動けなくなる人もいる。自分はどんな環境で一番活きるのか、小さな実験をしながら探る。なるべく早いうちに己を知れるといいですね。
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「このままでは城が廃れてしまう」から独立を決心
情熱的な使命からはじまり、冷静な戦略に落とし込む
深井 萩原さんは、安定志向ではなさそうですよね。独立にいたる経緯を改めてくわしく教えてください。
萩原 親も親戚も会社員が少なくほぼ専門職なので、何となく小さな頃から「人というのは手に職をつけて30歳くらいで独立するものだ」と思っていました。わたしも大学を出て広告とか編集の業界で5回も転職しながらスキルをつけていきました。
周囲もどんどんフリーになっていくんですよ。広告代理店にいたときは、そこではみんなフリーになるのが前提でした。経営状況は良かったのですが、経営者の方針で会社を解散したその時、みんな独立した中で、自分は「キャリアが足りない」と思って再就職しました。当時は「城で独立」とは思っていませんでしたが、会社に所属していたとしても個で考えていたということですね。組織に頼って安定を求めている感じではなかったです。
深井 自由大学に来たときは、まだ会社員で。何年かは「2足のわらじ」でいくのかなと思ったら、もう半年後くらいには城メグリスト1本に絞ったから、攻めてるな、どうやら本気で職業にする気だ、と。その背中がみんなに勇気を与えたものです。
萩原 先ほども触れましたが、城を仕事にしていくかどうかは、とても迷いましたね。当時、メーカーの編集部に勤めていたのですが、そこにずっといるのも違うと思っていて、でも編集の仕事は好きだから、別の会社に行くか、フリーになるか、漠然としていました。
深井 独立する決め手は何でしたか?
萩原 最終的に「城でいく」って決めたのは、使命感なんです。観光地でも城に行くと不親切な解説しかないとか、もったいないなと思うことが多くありました。このままだと、城が廃れてしまうかもしれない。もっと城の面白さを伝えないといけない、と思ったんです。
考えてみると、当時、城の専門書はあっても、入門書はありませんでした。歴史のライターさんが城についても書いていますが、どうしても城については深く触れていないんですよね。「このライターさんはその城に行ったことなく書いてるな」とわかることも多くて。ライターとして戦略的に考えたときに、「城はジャンル的に空いているな」と。いま歴史のライターさんが書いている城の本を、もし私が書いたらもっと掘り下げたものが書けるな、と思いました。
深井 城専門ライターが書く、城に特化した入門書。これは誰もやっていなかったと。ただ、ビジネスで誰もやっていないということは、その前にたくさんの先人の屍があるのかも。空いてるのは「できそうでできない、なんらかの理由があるから」という可能性もありますが、その心配は?
萩原 確かにそうですね。でもどちらかというと、「城を守らなきゃ」という使命感と、「誰もやっていないから独占市場だ」という気持ちが勝っていました。
ちょうどそのころ城が注目を浴びだした頃で、あと3年くらいでブームがくるなと感じました。2006年に「日本100名城」が選定されてから、城で若い女性に会うことが増えてきたり、「歴女ブーム」とかいろんな要素が出てきていましたし。メディアでも「日本を見直そう」とか、「登山ブーム」とか、いろんな流れがあって、「これは絶対、城くるな」と肌感覚でも感じていました。でも現状、入門書として読みやすい城の本はないし、媒体もないし、書く人もいない。
深井 ついに私の時代、城の時代が来たと(笑)。もともと小学校2年生のころから城マニアだったんですよね。
萩原 昔はマニアは肩身が狭く、隠すものだったのですが、「電車男」とか「秋葉原」とか「コミケ」とかその辺のオタクブームから、ニッチなことに没頭する人に世の中が寛容になったじゃないですか。マニアにやさしい世の中になったな、とちょっと思いました。
深井 だいぶ多様性が受け入れられてきましたよね。今でこそ、そういう「ニッチな人」をゲストに呼んでマツコさんとトークするみたいなテレビ番組もありますが、確かに昔、ぼくらが小学生の頃はなかったかも。城マニアだったけど、ついにそれを隠さなくてもいい、胸を張って職業にまでできる時代になった。
萩原 しかも城は全国どこにでもあるものなので、ビジネスコンテンツとして有効だし、ポテンシャルがあるものだと思います。数年の流行で終わるコンテンツではなくて、いくらでもアイデアが出てくるし、本以外のコンテンツも可能性があるので、長く食べていけるジャンルだと思います。もちろん世間の城熱は波がありますけど、見てると城を好きになった人はずっと長く好きな傾向があるようです。
深井 城ファンは、どんな方が多いのでしょう?
萩原 傾向としては、やはり年配の方が多いです。「定年になってから地元の城や歴史に興味を持った」とか「時間ができたらいつか行きたいと思ってた」という人も多いんです。城は動かずにずっと地域にあるものだからこそ、長い間関心をもつ人がいるし、多くの人が興味を持つ可能性があるし、潜在顧客が多いので、焦らなくても仕事は存続し続けると思っているんです。
深井 特に、ライトな愛好者向けの入門書は一番広く必要とされますからね。そのジャンルへの案内人、ナビゲーターはずっと必要です。
萩原 なんでも一緒ですね。たぶん、それは他のジャンルでもそうなのではないでしょうか。
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かつてない職業。どのようにお金をいただくか
「使命に向かえば、きっと仕事は回り出す」
深井 コンテンツをビジネスにするには、「なくては生きられないもの」を扱うのが王道と言われます。例えばミリオンセラーになった実用書を並べてみると、大きく分けたら「お金」「人間関係」「健康」がテーマのものがほとんどですね。あとは、「幸せ」「成功」「衣食住」。「育児」は「人間関係」ですけど、これらはビジネスとして成立しやすいテーマです。
その点、カルチャーは難しい。城は「知らなくても生きていけるもの」です。このように衣食住に関係のない、そういう文化的なコンテンツを作って食べていきたい人たちはどうやっていったらいいのか、参考になる話を。
例えば、本を書く、セミナーとか講演、ツアーガイドで教える、イベントとかフェスを企画するとか、企業にコンサルティングとか、マネタイズの方法はどう考えていますか。
萩原 わたしの場合、どうやってお金にするかよりも、使命感で仕事が成り立っているんです。全国の城を守りたい、というのがまずあります。城に誰も興味を持たなくなると、城が廃れてなくなってしまいます。地元の人が価値に気づかないと取り壊されてビルが建ってしまうし、整備をしないと自然に朽ち果ててしまう。誰も興味を持たず観光客もいなくなったら、地域の人にとっても必要ないものになってしまいます。そうやっていつか消えてしまう。城は誰よりも地域を知っていて、大切な日本の叡智が詰まっているのに…。
城を守るためには、誰かが書いたり話したりして、価値を伝え認知を広げていかないといけません。今はありがたいことに、地方での講演で地元の方にお話しする機会が増えてきました。地元の方が動かないとその地域の城が守れないんですよ。お金というよりも、自分がその使命に向かって何ができるかということを考えているうち、結果それが仕事になって回っているという感じがします。
仕事って何のためにやるのか考えていないと、自分の名前で仕事をする以上、なんだかわからなくなってしまいます。お金さえもらえればなんでもいいや、ではいつかモチベーションが続かなくなる気がします。顧客に依頼されたレベルをクリアするのは当然ですが、それに自分ならではのものをプラスして、さらに気づかれない程度に「城を守る」という使命も添えるように仕事をしています。
深井 経営にはビジョンが大事。どの社長もおっしゃいます。その使命感が、「最初からある人」と、「後付けで考える人」がいますけど、どちらですか。
萩原 前者ですね。「わたしがやらねば誰がやる」と思える仕事をずっと探していたんだと思います。使命があれば、自分と城との距離がとれるじゃないですか。使命なんですから、好きだということだけじゃいけない。叶えるためには自分のポジションはこうでいこう、こうでいたいと思えるように、そこをうまくやっていくために、客観的なスタンスをもたないと、果たせない。
だから、ただ城をビジネスのためだけに利用するのとは違います。仕事だけれど、個人としても大切なものなので、分けていこうと意識しています。わたしは城の研究者ではなく、かといって城ビジネスの人でもない。基本は「城が好きな人だ」ということがブレてしまっては意味がありません。城が好きで、その好きな城を守れればいいな。そういう仕事ができたなと思って人生を終えることができたら、と思っています。
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せっかく大好きな仕事を、嫌いにならないためには?
「同じ素材でも、さまざまな料理の仕方があります」
深井 365日24時間、城のことばかりだと、お腹いっぱいになったり嫌いになったりしたことはありませんか?
萩原 幸い、今のところまだ嫌いになったことはないですが、「いかに好きなことだけやって気楽に生きていくか」ということを心がけています。嫌いにならないように、ラクで楽しいことだけしたいんだと思います(笑)。いかに嫌なことをしないで生きていくか、いかにうまく組み合わせていきていくか。それは「1日3回の食事をいかにおいしいものだけ食べるか、好きなものだけ食べるか」みたいな計画ですね。同じ素材でも工夫次第でさまざまな料理の仕方がありますし、城もいろんな部分がありますし。
人にやれと言われてやるのも、同じことを繰り返すのも苦手なので、いろんなフィールド、いろんなアプローチで仕事ができるというのも向いていますね。城というカテゴリーは広くて深くて、やりたいことも知りたいことも底なしのジャンルなので、飽きることもありませんし。
深井 いいですね。人から命令されて動くことができないタイプは、自分からやりたいことが次々溢れてくるかが生命線です。萩原さんの場合、「やりたいことが尽きちゃう」のもなさそうですね。
萩原 はい、これで9冊目が出たんですけど、きっとあと30年はネタがなくなることはありません。自分の能力とか機会や運が尽きたとしても、城についてはやることがいくらでもあって、仕事があると思っているんです。
城は「過去に紐づいた歴史の遺物」だと思っている人が多いですが、「目の前にある現実と結びついた懐の深いコンテンツ」なんです。城のまわりで人々は衣食住をし、商業を営み、文化を生みだし、発展してきました。城なくして現在は存在しないわけです。政治や経済のシステムの中心でもありますから、ビジネス的な観点からの切り口も考えうるはずですし、誰にとっても縁が見出せるマルチな存在なんですよ。
だからこそ廃れさせてはいけないと思うし、使命感に燃えてしまう。言葉は悪いですが、一生食べていける金脈のようなネタでもあります。「みんなも城ライターやればいいのに」と思うけど、なかなか続いてきませんね。
深井 続いてきて欲しいですか?
萩原 はい。大勢で盛り上げた方が、城が守れますから。
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城郭ライターはどのように営業したのか?
「良い前例を研究して、ブログを立ち上げよう」
深井 営業はどうしていますか? 独立起業した人が倒産した原因を調査した人がいて、その第1位が「営業力のなさ」でした。制作ができなくてつぶれる人はいないんです。営業ができなくて、仕事がもらえなくてつぶれていく。
萩原 実は、営業は一度もしたことありません。これは運が良かったにつきますが、出版社さんからお話をいただきます。入り口はいろいろで、「ブログを読んで」とか、「他の書籍を読んで」とかですね。
ただマーケティングは大事ですね。書籍なら、書店で前例を探して、売れている本の戦略を逆算します。どうやっているのか観察して、自分に置き換えて、動いていけばはまっていくようです。そういう戦略が好きな方ですね、わたしは。
深井 まずスタートは「城メグリスト」という冴えた名前を考えて、その次は具体的にはどんなアクションをしましたか。ホームページとブログを書き始めたんですよね?
萩原 そうです。最初に執筆依頼をくださった出版社の方は、ブログからでした。実はわたしも編集者の時、著者やイラストレーター、デザイナーを探すのによく彼らのブログを読んでいました。ブログを読むと、その人の感性とか表現力がわかるんですよ。マメに更新するなとか、観点が面白いなとか、まとめるのが上手だなとか。そういう観察から学んだことを反映して自分のブログを作ったので、編集者に注目されたのだと思いますね。
城のブログを書き始めて、半年で出版です。最初に連絡をくれた編集者さんは「サブカル関係で面白い人」を探していたみたいで、テーマが城というので、ピンときたそうです。城のブログなんて前例がないはず、それも調査済みでしたし。
深井 「城メグリスト」としてお金をもらった、最初のお仕事をどのようにつくったか教えてください。それは書籍でしたか?
萩原 いえ、知り合いのイラストレーターさんに紹介してもらった編集プロダクションの仕事でした。「お城について詳しいのであれば、こんなの書けますか?」と。まだ会社員でしたし、ご飯代くらい、ページ数千円くらいでした。最初は「知り合いの紹介」次は「ブログを見て」。
今は著書を読んだとか、雑誌のインタビューを見たとか講演を聴いたとか、わたしを知ってくれたきっかけはいろいろですけど、自分から売り込んで仕事をとる、ということはやったことがないです。
深井 なるほど。編集者は城の本を作りたくて、「誰かいないか」と探して萩原さんに行き着いたのですかね? それとも…
萩原 いえ、編集者も城に詳しい人はいません。相手もよく知らないジャンルなので、「一緒に何かできませんかね?」という入口です。打ち合わせして、こちらから城テーマで企画を出すという感じですね。すでにあるレーベルに合わせたり、自由が効きそうなら温めてきたもので出したりとか。そういう感じです。
著書にバリエーションを出せているので、派生して他のリアルなイベントなどの企画に展開もします。例えば今は地域振興・活性化の仕事をやっていきたいので、おのずと地域に特化した記事や書籍を書きたいと思いますし、そういう講演の依頼もいただけるようになってきましたね。
深井 「城」×「地域」ですね。これが例えば「山城」だと、「城」×「山」。登山好き、アウトドア好きたちも興味を持ちますね。
萩原 そうです。やっぱり有名どころの城がニーズが高いのでよく扱いますが、それでも考えて切り口を変えたりとか、今回は「美」に特化しようとか、裏テーマを設定しようとか。
深井 「城」 ×「 何か」。キーワードを掛け合わせていくことで、広がりがあるんですね。
萩原 広げていかないと、わたしの仕事として成立しないと思います。ニッチな専門書じゃないですから、城以外の要素を何か入れていかないと、わたしが書く意味がない。狭く深い研究者ではなく、間口を広げる「ナビゲーター」の役割だからです。
城について、別に個人として言いたいことがあるわけじゃないし、知識を披露したいわけでもないんです。城の面白さに気づかせたい、興味を持つ人が増えればいいと思っているだけなので、いろいろなとっかかりを作りたいと思っているんです。
わたし自身は城の「軍事面」から興味を持ちましたが、「旅」「食」「写真」「地域」「美」「戦国武将」どこから攻めても入っていけるジャンルなんです。たくさんあるアプローチにいかに気づいてもらえるかということ。
営業に関しては、わたしは運も強いですね。仕事がひとつ終わると、次のお話をいただけるのはありがたいことです。仕事の大小じゃないんですよ、使命につながるとか、自分の成長にプラスになればギャラに関わらずお引き受けします。カバン持ってひとりでどこでも行きますから、気軽に声かけていただきたいですし、できるだけ引き受けて、世界を広げるようにしています。
ただ、5年たったところで、そろそろ他の誰かができるような仕事はやらないようにしています。書籍の企画も自分から出せるようになっているので、他の人ができる仕事は他の人がやればいいと思うんです。
深井 「自分にしかできない仕事を」ということですね。「自分にしかできない」と信じてやった仕事ほど、次につながっていく傾向がありますね。きっとそういう仕事は必然的に前例のない仕事になり、自分の強みを活かせるのでクオリティーも高くなる。「自分にしかできない」という自負もあるので、当然自分のモチベーションも高い。結果、その仕事は人の心をとらえるし、次も声をかけてもらえるのでしょうね。
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波のあるフリーランス。「いつか仕事が途切れたら」の不安とどうつきあうか?「もし暇になったら城に行きます」
深井 萩原さんはいつも忙しそうだけど、フリーランスだと「まったく仕事がない、暇だ」という時期もあるものです。いつか仕事が途切れたら、という不安はありませんか?
萩原 不安はないです。基本ポジティブなので、不安という発想自体がないですね。本当に行き詰まったら、どうにかすればいい。対処することに思考力とエネルギーを使えばいいと思います。
深井 ああ、さすがデキる人の意見だ、正論です(笑)。でもそうは言ってもですね、受注仕事だと景気や相手の都合で波がありますから、自分だけでコントロールできない要素が多いと将来の不安を抱えるフリーランスは多いんです。不安と付き合うコツを、と思ったのですが。
萩原 いつか依頼が来なくなるタイミングはあると思うんです。でも、もし暇になったら、城に行きます。仕事の依頼がないなら、前からやりたかった取材をしちゃおう、ふふん、とか(笑)。わたしの場合、現場に行ってなんぼなので。本当にお金に困ったらバイトでもやればいいんじゃないかと。人ひとりなんてどうにでもなります。
深井 あはは、明るいなぁ(笑)
萩原 バイトしてでも続ける。そのやる気があれば、何か手が打てるはずです。心配はそれだけ時間の無駄。どうしよう… と悩んでいるなら、具体的に手を打てばいいだけです。それにちゃんと仕事をしていれば、誰かが見ててくれて、いつか仕事が回るものだろうとも思いますし。
わたしも、転職の間で1年くらい無職だったこともあるんです。これ!と思わないと適当には就職できないタイプなので。でもその無職期間も楽しかった。そういう経験があるからこそ、仕事がなくても別に楽しく生き延びられるな、というのはあります。ないならないで、楽しく過ごすことはできる(笑)
深井 そう! 不安定に慣れた人は、メンタル的に独立に強いですよね。わかるなぁ。
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城メグリストのこれからは? 先のことは考えすぎず今に集中「どんな絵ができるのか楽しみ」
深井 最後に、これからの展望を。9冊著書を出して、これからどうしますか。どの辺に力を入れていきますか。
萩原 実はあんまり先のことは考えていません。今はいろんな仕事をいただいて、それをどういう風に自分なりにつくるかということに興味があって、その日暮らし的な思考です。遠いビジョンに向かって大きいパズルの外側から埋めている感じ。外側のピースを確実に入れているイメージです。
深井 まだまだ核心にはとりかかっていない?
萩原 まだまだですね。まずは外側が埋まったら、ランクを上げてもう一つ内側ができるんだろうなぁ。いつか中心にたどり着いて全体の絵が見えてくるんだろうなぁ、城の仕事としても。それくらいの感覚です。
深井 城メグリスト5年、まだまだ外堀なんですね。
萩原 端っこは大事ですからね、いかにきれいに埋めていくかが今の仕事です。自分のペースと世の中のペースを見ながら。もういいやって止めないように、飽きないように、自分のペースを探りながら、考えつつ、ひとつずつ達成感を味わいながら淡々と。そういう仕事の仕方を大事に生きていきたいので。
深井 最終的にはどういう絵になるのでしょうね。
萩原 どんな絵になるのか、楽しみです。埋まるのも一定のペースとは限らないですから、バタバタと一気に埋まるかも。人生の最後の最後まで城の仕事をして、「次はあれが書きたい…」と思いながら絶筆、みたいなのが憧れです。でも今はそんなに考えすぎずに、進めていきたいと思っています。
深井 久しぶりにたくさんお話できましたね。今日は、楽しかったです。読者さんたちにとっても、好きなことで独立するための、リアルで濃厚なレクチャーになったのではないでしょうか。城を守るため、使命があるからこんなに力が湧いてくるんですね。読者のみなさんも、自分の使命は何か、考えるきっかけになるといいなと思っています。(了)
構成と文 : モトカワマリコ( オーディナリー / タコショウカイ )
取材日 : 2016.10