【第276話】なぜあのリーダーの指示はコロコロ変わるのか / 深井次郎エッセイ

深井次郎最近の吉本興業の問題でも「芸人ファーストでいきます」と割り切れたら、どんなに楽でしょう。でも、現場は、経営を考えたら、そう簡単に割り切れない経営陣のジレンマもあるはずです。短期的には収益が下がるかもしれないし、競争力を生んできた今までの構造が

 割り切ってしまえば楽だけど、矛盾に対峙し続ける
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「リーダーの器の大きさ」「人間的成熟」は、なにで測れるのでしょう。

いくつかありますが、その一つが、矛盾への耐性です。矛盾を矛盾のまま引き受けることができるかどうか、その精神の強度をみます。

例えば、「自分を貫け」も「協調性が大事」も両方正解ですよね。でも、これを同時に言われたら混乱します。

アクセルを踏めなのか、ブレーキを踏めなのか。両方同時に踏むことはできないので、相手の現状を見て、相手に合ったアドバイスひとつを選ぶわけです。

でも、同じ人でも、1ヶ月前と今とではアドバイスが変わって当たり前ですね。その時の相手の状況、会社の状況、社会の状況、そういうものを総合して、意見をするので、前に「アクセルを」と言ってたものが「ブレーキ」になることもある。

最近の吉本興業の問題でも「芸人ファーストでいきます」と割り切れたら、どんなに楽でしょう。でも、現場は、経営を考えたら、そう簡単に割り切れない経営陣のジレンマもあるはずです。短期的には収益が下がるかもしれないし、競争力を生んできた今までの構造が崩れるかもしれません。

「仕事とわたし、どっちが大事なの」

この世界で一番相手を困らせる質問ですが、答えは「両方」です。この質問をしてしまう人が面倒がられる理由の本質は、矛盾への弱さ、精神の幼さでしょう。

人間として生きるものは全て、矛盾をはらんでいるもの。「対立したものを対立したまま両立させる」のは、胆力が要ります。誰だって白黒とっとと割り切って、すっきりしたい。けれど、「早く楽になりたい欲望」に負けてしまっては器は広がりません。

小学校のクラスでよく「私たちってどういう関係? ずっと親友だよね?」と言葉で確認しあってる場面をみました。友達なのか違うのか、線引きをしないと不安で耐えられないのです。少し関係がくずれると、緊張や摩擦に耐えられず、その日のうちに「絶交」してしまう。「絶交」ってものすごいことを一時の感情で即決するので、子供ながらに驚きました。もやもやを引きずるなら、絶交と決めてしまった方が楽なのでしょう。

こうやって大人になると、白黒はっきりつけてしまう弱さが克服できません。付き合っていても倦怠期に入ってふられそうな予感がしたら、ふられる前にふってしまう。微妙な距離感に耐えられないのです。熱々に燃えているか、キンキンに冷えているか。はっきりしていないと気持ち悪い。会社でも少し評価が下がると、「もう要らないってことですね」と辞めてしまいます。

「割り切りがいい」と言えば聞こえはいいですが、腹が決まっていないのです。「割り切る」と「腹を決める」は違います。

自分が決めた人生から逃げずに、気持ち悪さに耐え、考え続けるということです。白か黒か早急な結論に逃げない。決めないまま静かに堪えるのも大切な時間です。

「静観する」という言葉は、吉本問題で悪いイメージがついてしまいましたが、本来は良い言葉です。いつも善悪のグラデーションの間で揺れ続けられるのが、魂の強い人です。「竹を割ったような性格」とか「正義感が強い」とか、長所みたいに言われてますが、幼さの場合もあります。
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 現場には常に矛盾があるもの
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「現場にいる」人の話は、いつも矛盾をはらんでいます。全体のバランスをとり、ギリギリの綱を渡っている。

大きな組織で関係者が増えるほど、バランスは難しく。会見でのらりくらりと明言を避けてしまうのも、無理もないかもしれません。

論客や提言など、スパッと割り切った意見はかっこいいもの。でも、すっきりしている聞こえのいい話は、たいてい現実と離れた学者が机上で理屈をこねまわした空論です。生身の人間を相手にしている現場のリーダーは、歯切れが悪くなる。現場を知れば知るほど、すべての関係者に誠実になればなるほど、そうなります。

ベストセラー『怒らないこと』のスマナサーラ長老の講話に行ったら、現場でめちゃめちゃ怒ってましたからね。本では、良いこと言っておきながら、自分が実行できてないじゃないか。

矛盾があるからって、それで「この著者は信用ならない」としてしまうのは早計すぎます。「言っていることが矛盾している人の言葉」からこそ、多くのことを学ぶことができるから。

基本的に怒ってはいけないが、時には良い時もある。その「時」というのはどんな状況なのか。それは暗黙知であり、言語化して伝えることは極めて難しいんです。だから本を読むだけでなく、師匠とできるだけ一緒に過ごすことです。

アパレルのH&Mが環境問題に取り組んでいますが、「環境のためと言いながら、企業イメージのためでしょう? 偽善ですよ」と批判する人がいます。環境のためを思うなら、極論を言えば、もう服なんて大量に作らなきゃいい。でも彼らは服が好きで、新しい服づくりに挑戦したいのです。

その矛盾の中で、白にも黒にも割り切らず、今できる答えが「服を大量に作りながらも、できるだけ環境に配慮する」だったのでしょう。

「やらない善」と「やる偽善」どちらが価値があるかはわかりません。「ただのイメージアップのため」と軽薄にうつっても、そういう下心も共存させている人の方が、「100%ピュアな善人」よりしぶとく慈善活動が続いたりするものです。

人間とは矛盾のことなんです。矛盾への耐性で、精神の成熟度がわかります。これは年齢は関係ありません。

「みんな仲良く、みんな平等」が理想だけど、現実にはありえない。ありえないことをわかりつつ、どうにかこうにか理想を目指すんです。「綺麗ごと100%の世界」など、生まれてくる意味がありません。清濁あわせ呑む。この世は矛盾の中で、葛藤を通して学ぶように、うまくできているのです。

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 ルールがない組織は「信号のない交差点」?
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こうした矛盾を前に「葛藤する手間をできるだけ減らそう」という仕組みが「ルール」です。葛藤は面倒ですし、毎回いちいち議論してたら仕事効率が悪いですから、白黒はっきり決めておいたほうがいいですよね。

確かツイッターでこんな面白い投稿があって、うわー上手いこと言うなあ、と共感しました。

ルールがない組織は、自由そうに見えてストレスフル。いわば信号のない交差点だ。ルールがない組織は「なんでもできる楽園」ではなく「どこに地雷があるかわからない戦場」に近い。

組織のスタート時って、まだ数人なので、出社時間も服装も自由、肩書きもないし、評価の指標もないし、契約書もない、ルールなしのことが多いです。明文化されてないし、全てがなんとなくで決まっていきます。

冷蔵庫のケーキを勝手に食べられて大げんかになったとか、そういう事件を経て、いちいち喧嘩しないようにルールができていきます。

ルールがその組織の事件の歴史。社内にどんなルールがあるか教えてもらうと、精神の成熟度がわかります。

「ケースバイケースに対応しよう」が一番難易度が高いです。「青で進め」「赤で止まれ」というルールがあれば、子供でも老人でも安全に渡りやすいことは確かです。メンバーのレベル感をみて、信号を設置していきましょう。

 

 

 

 

 矛盾を解消すると、生命力も消える
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ただ、「より安全に」「考える手間を省くため」にルールを増やしていくと、弊害もあります。

ルールで線を引くことで、矛盾を孕む重要なニュアンスがなくなってしまうのです。

例えば、「ゆっくり急げ」という矛盾ワードがあります。これは「求める結果に早くたどりつくには、ゆっくり進んだほうがよい」、また逆に「歩みが遅すぎると求める結果が得られない」の両方の意味があります。

これも「ゆっくり」or「急げ」に線を引かれてしまう。いくら「分かりづらいから」と言っても、それではやっぱり片手落ちでしょう。

「丁寧さを失わないギリギリのスピードで仕事を進めよう」とぼくは解釈しています。つまり「最適なペースで」。ただ最適は個人個人違うので数値でのルール化はできません。

カオスすぎも良くないし、整然とした規律も人間から生命力を奪い、病んでしまう。

カオスとバランスのいい塩梅を見つけるのが、リーダーであるあなたの仕事です。

インドで驚いたのは、信号がないことでした。交通量が多いのに、信号がなくても猛スピードで走っている。初日は道も渡れなかったのですが、やがて慣れて、信号を待つよりこっちのほうがいいかも、と発見がありました。

インドは、ルールなしのカオスの中で、現地は異様な生命力に溢れていた。毎日がサバイバル。たしか交通事故数は日本の50倍のようですが、逆にその程度でおさまっていることに驚きです。

 

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 揺れている人と組織が、生き延びる
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ルールで線を引くたびに、生命力は失われていく可能性があります。

ルールをつくる理由は、「この方が成功する」と思い込んでいるからですよね。

例えば「売上至上主義」を掲げて、うまく出世したリーダーは、その後もその成功法則に縛られてしまいがちです。「品質至上主義」を唱える部下がいても、「社員の幸福至上主義」を唱える側近がいても聞く耳を持てない。

同じ指標ばかり追うと、いずれ敗北します。勝ち続けて「勝ちパターンをつかんだ!」と思ったら、危険。それはバランスを崩し始めた合図だと、自分を戒める必要があります。一方に偏っていることを自覚し、勝ってる時こそ、うぬぼれず自己否定できるか。過去の成功体験が、未来の失敗の原因になってしまうのは、歴史が証明しています。

ルールはつくってもいいけれど、よく考え抜いていますか。
ルールによって失うものを意識すること。
ルールをつくっても、矛盾に対峙し続け、必ず例外をもうけること。
しばらくしたら、一度つくったルールを見直すこと。

これを意識したい。

対立があるときの方が、システムは活性化します。

「ゆっくり急げ」

丁寧さも、スピードも。この対立する二つを葛藤させることで、あなたは両方の能力を同時的に開花させることができます。

政治の世界も、対立する政党があることで、活性化してますよね。

会社経営も、長年続いている会社は、先代と正反対のタイプを社長にします。細かい社長の下は、おおらかな副社長というように。同じタイプが続くと、膠着したり荒れたりバランスが崩れてしまうようです。

また、ルールのデメリットを挙げると、ルールをひとつつくると、賛同者と反対者が生まれます。つまり必ず敵ができる。ルールをつくるたびに、実は不満分子が増えて行くのです。

また、行動もルールに習うので当然パターン化します。スポーツでも武道でも軍事でもお笑いでも、生き延びるために一番大切なことは「予測させないこと」。

攻撃の動線を読まれてしまったら、どんなにパワーのある選手でも止められてしまいます。
予測されやすくなると、競争力は弱くなるのです。

 

 

 矛盾が学びを起動させる
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最後にまとめますと、この地球で人間として生きるには、矛盾があるのが当然。矛盾を割り切るのではなく、対立したものを対立したまま両立すること。

結論を急がないこと。
結論は出ないんだから、考え続ける。

キレて投げたりしない。
良い意味での「ふてぶてしさ」「のらりくらり」が生きる力です。

ぼくだって早く白黒つけてスッキリしたいし、ルールをつくりたい衝動はいつもあります。
毎日葛藤しているけど、安易なほうへ逃げないようにしています。

「自由」と「秩序」は当然ながら対立します。
矛盾があるから、問いが生まれ、学びが起動するんです。
矛盾に対峙し続けることでしか、精神の進化はありません。

できるだけルールをつくらないのがルール。
この矛盾を楽しめる人が、生き方上手です。

 

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「好きなことで生きていくために」
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深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。