【第257話】ヤンキーと優等生、20年後どちらが幸せになっているか / 深井次郎エッセイ

 


「努力しても最後には何も残らないのがむなしい。
人生に行き止まり感があります」

 

33歳会社員の方から相談のお便りをいただきました。長いので(今日は全体的に長いですよ)、手を加えて要約しますが、とても考えさせられるお話なので紹介しますね。

「努力(勉強)すれば未来にいいことがある。それを信じて遊びたい気持ちを犠牲にして優等生で生きてきました。受験を頑張って第一志望の大学に進み、有名企業に入りました。激務で楽しくない仕事ですが、給料は悪くないので、それだけをモチベーションに我慢しながら10年続けてきました。

だけど今、いよいよ行き止まり感があります。次の目標が見えなくなったのです。普通、ここからは社内で出世して重役になるコースを目指すのが普通なのでしょうが、それを手に入れても根本的なむなしさは変わらない気がして、努力する気がわいてきません。 

大学に入学したときも、憧れの会社に入ったときも、うれしかったのは一時だけで、いま冷静に振り返るとそれまで恋愛や遊びなど青春を犠牲にしてきた対価としては割に合わないのではないかと。
いまは学歴が自慢できる時代でもないですし、会社名で尊敬が集められるわけでもない。ただの普通のどこにでもいる会社員です。人よりも努力してきた自負はありますが、いろんなものを犠牲にしてようやく手に入れたものが、「普通の会社員」だったのか。そしてこのまま定年まで働けたとしても会社の看板が外れたら、「ただの人」です。

趣味を夢中でやったこともありますが、モノにならないのでは意味がありません。旅をしても山に登っても、別にそれを人に語るわけでもありませんし、「どうせ忘れるし」「これが何のためになる?」と思ったらフットワークは重くなっていき、いまは趣味もありません。

何をやってもいずれ記憶は薄れてしまうし、残らないし、意味があるんだろうか。これが結婚して子どもでもいれば、なにかしら形が残せるので違うのかもしれませんが、なにか残るものを手に入れて安心したい気持ちがあり、資格をとったりしています。それが本質とずれていることもわかっていますが、いま何をしたらいいのかわからないのです。 

本当に打ち込める何か、努力する意味のある何かを見つけたいと思っています。これってこじらせているのでしょうか。「黙って働け」と言われるかもしれませんが、行き止まりを突破したくメールしました。」

 

学校にはびこる未来志向の教育

 

いや、よく頑張ってきましたね。相当な努力をされたのでしょう。何から話しましょうか。話すことはたくさんあります。

学生を終えて、会社に入り10年もするとふと目標が見えなくなるときが来ます。最初の10年は、仕事を覚えるのに必死でとにかく目の前のことをこなしています。でも、ふとまわりを見渡す余裕ができた時、次に目指すものがないことに気づくのです。

この方のように、行き止まり感を感じている人は多いと思います。考えすぎて立ち止まらないように、世間的には、結婚して子ども、ローンでマイホーム、あとは子どもの成長を見守って、親の介護、という風に「理想の人生」のテンプレートをいちおう用意しています。

いくつかの受験を乗り越えて就職するまでは、学校で教えてくれた目標がありますが、仕事を始めてからの目標は、だれも教えてくれません。自分で自分の幸せを考えるしかありません。

ぼくが今の学校教育の弊害だと思っているのが、「未来志向に偏りすぎだ」ということです。

たとえば、

アリとキリギリス。
ショートケーキのイチゴを、先に食べるか、後に食べるか。

好きなものを我慢して、後回しにできる後者が、未来志向です。学校では未来のために今を犠牲にするのが良い子だと教えます。「そもそも勉強は辛いものだから、我慢して将来のために頑張って記憶しなさい」の一辺倒です。

学ぶのって楽しいよ、というアプローチの先生がほとんどいません。「物理って不思議だね」「歴史ってロマンだね」知らないことを学ぶのは、人間が本来もつ喜びのはずなのに。

そんな我慢を強いる先生たちに反発したのが、未来を犠牲にしても今を楽しむヤンキーたちです。優等生たちは、先生の言いなり、未来のために今を犠牲にする選択をするのです。それが結果的に多くの利益を得られる賢い選択だと。

では、本当に優等生が結局幸せになれたのか。ちょっと考えてみましょう。

ここで幸せの4つのタイプの話をします。

 

 

幸せについて4つのタイプ

 

第1のタイプ: ストイックな 未来志向

出世競争する優等生

目標が叶えば永遠の幸せが手に入ると考えている。そのための努力はいとわない。将来において得するかという長期スパンで考える。校庭で楽しそうに鬼ごっこをしているを横目に塾に向かえる強い自制心。その代わり、好きなことがわからなくなる傾向。

 

第2のタイプ: 快楽的な 現在志向

感情に流されるヤンキー

今が楽しさが最優先なので、若気の至りや準備不足で将来後悔することがある。嫌なことは後回しなので、大事な義務まで後回しにすることもあり、致命的な失敗をすることも。未来のことを心配しないので不安にもならず、案外幸せな場合も。努力は苦痛以外のなにものでもない、という考え。毎日できれば楽して楽しく生きたい。

 

第3のタイプ: 悲観的な 過去志向

無気力になってしまった人

幸せになることをあきらめてしまった人たち。「何をやってもうまくいかないよ。今までもどうせ何もモノにならなかったし」もともと1か2のタイプだったが、失敗を重ねるうちに、ここに行きついた。

 

第4のタイプ: 現在も未来も楽しむ 連続志向 

無邪気で幸せな人

今をとるか未来をとるかの二者択一の思考にとらわれず、両方とれる可能性を模索できる人たち。本気で遊んでいたら、それが仕事になる可能性もある。今の楽しみが未来の楽しみに連続していると信じられる人。

 

相談者は、典型的な1タイプの未来志向です。未来の幸せのために現在を犠牲にできる我慢強い優等生です。いい大学に入るために、いい会社に入るために今は(我慢して)勉強しよう、と過ごしてきたのでしょう。

だいたいの人は、人生とは1か2の2択だと思っています。

食べものひとつとっても、

1の優等生は、 健康にいいけど まずい食べもの
2のヤンキーは、 健康に悪いけど おいしい食べもの
3の無気力くんは、 健康もおいしさも諦めて、不健康でまずいもので妥協します。

あなたは、どのタイプですか? でもこれ、どれも幸せじゃないですよね。

第4の選択肢、「健康によくて美味しい食べもの

ってあると思いませんか。にんじんジュースって、健康にいいけどすごく甘くておいしいですよ。


「どちらか」ではなく、「両方どちらも」という考えかたです。今も楽しみながら、未来も楽しみます。もちろんすべてではありませんが、多くの場合でこれが可能です。

たとえば、健康のために運動したほうがいいと言っても、ランニングマシーンを淡々と走っているのはぼくには退屈です。それが同じ距離を走るのでも、バスケなら楽しいのです。バスケの日はいつもより早起きしてしまうくらい、楽しみでしょうがない。こうなると健康のための努力ではありません。バスケ自体が好きなのです。今バスケを楽しむことが、未来の健康にもつながっている。楽しみながら利益を得られるのですから、こんなに最高なことはありません。

 

 

第4の選択肢「今も未来も楽しい」はありえる

 

現在も未来も、どちらも犠牲にしない。幸せな人をよくよく観察すると、あまり我慢をしているように見えません。一挙両得をやっていることに気づきます。

優等生は、NO PAIN. NO GAIN で、なにかを犠牲にしなければ、と考えてしまいます。でも、ちょっとゆるい人は、「両方できる方法はないの? 」と無邪気に考えます。好きな表現活動をやりながら、それを仕事として成立させることはできないの? しかも、とびきり豊かになることはできないのかな、と考えます。

二者択一から自由になることです。

ぼくも基本的に未来志向なので、今の楽しみを犠牲にすることが多かったです。会社を辞めて独立すると決めた時、「夢(仕事)以外のすべてを後回しにする」と決めました。普通と違う人生を自分のわがままで選んだのだから、「代わりに普通の幸せはすべてあきらめる」と誓いました。好きなことをやらせてもらうのだから、それ以外はもう何も望まないと覚悟したのです。

人並みの暮らし、結婚、マイホーム、休日、安定、プライベート、世間体…。

普通の幸せがどんなにうらやましく見えても、それにはなびかないぞ、すべては夢のため。「欲しがりません、勝つまでは… 」戦時中か! というストイックさでした。

だからこそ、20代で本づくりに関われたり、経営経験や信用など、得たものも少しはありますが、その裏で犠牲になったものに思いを馳せることもあります。仕事優先で飲み会にも同窓会にも行きませんでしたので、旧友たちとの連絡も途絶えました。長年連れ添い結婚を考えていた彼女も失いました。それだけ思いをかけてきた起業も、大成功とはいえない、他企業への事業譲渡という形で軟着陸という結末。

ぼくのやってきたことは正しかったんだろうか。
この延長上に幸せはあるんだろうか。

ひとつ目の会社を手放し、ひとりぼっちになったときに、むなしさに向き合いました。得たものと失ったもの。はたしてどちらが大きかったのか。

30歳を目前にしてようやく、第4の選択肢の存在に気づきました。いや、本当は知識としては知っていましたが(自著にもそれを偉そうに書いているくらい!)、それが30歳になってようやく体感として腑に落ちてきたのです。

いまでも、力むとつい未来志向に偏ってしまうことが多くありますが、そんなときはそこで思考をとめず、その先の第4の選択肢はないか、考えるようにしています。

学生たちにも、「今しかできないことをやりなさい。好きなもの打ち込めるものを見つけなさい」と教えています。今の幸せが将来の幸せにもつながることがわかるからです。

昔の20代のぼくなら、「遊んでないで将来のために学生のうちからビジネスの経験を積みなさい」と、お尻を叩いていたかもしれません。

楽しい仕事 = 食べていけない
楽しくない仕事 = 安定して食べていける

この思い込みも疑うことです。楽しくて、十分食べていける仕事を、あきらめずに見つけるのです。なかったら、がんばってつくってやるくらいの気概を持つ。今も楽しみながら、未来も楽しむ。それは、可能なのです。

偉人の自伝を読むと、「あのころは大変だった。でも楽しかった」という話がよく出てきます。もちろん将来のための努力でもあったけど、今この瞬間も楽しんでいたのです。決して、今を犠牲にしながら苦痛を耐え忍んでいたわけではありません。練習それ自体も楽しかったのです。彼らは、今の楽しみも諦めないし、きっと未来も明るい、と信じることができていたのです。

そう意味で、「いま好きなことをやりましょう。それが幸せへの道だ」とぼくは勧めているのです。無責任に「キリギリスになれ」と言っているわけではありません。これは特に、今を犠牲にしがちな優等生たちに、伝えたいことです。

 

第4の選択肢でも「すべてが楽しい」はありえない

 

ここで注意すべきことが、ひとつあります。「今を楽しむ」と言っても、全部が楽しいことはありえませんよ、ということです。好きなことを仕事にした人も、国民の義務である税金の申告書をつくるのは気が重いし、気が進まない営業活動もしないといけないし、資料づくりは面倒だ。部屋の掃除も、食事の洗いものも面倒です。

やるべきことは、楽しくなくてもやらないといけません。それはやりながら、可能な限り、多くの時間を今も未来も楽しめるものに工夫するのです。どんなに工夫しても、楽しめない時間は必ずあります。それはしかたない。黙って、やるしかありません。

すべては無理だけど、できるだけ多くの時間を、今も未来も楽しめることに使うようにする。この工夫とバランスです。

 

好きなことが見つからない、のは未来志向の特徴

 

やりたいことが見つからない、という人は、自制心が強い人に多い。好き嫌いよりも、やるべきことを優先してきたから、感情を揺れさせるのに慣れていないのです。押さえることが癖になってしまっているのです。

小学校時代から、放課後、校庭で遊んでいる友人たちを横目に、塾へ向かった。そういう小さなころからの習慣ですので、骨の随までしみついている。楽しそう、と思っても、いかんいかん勉強しなきゃ、と。カチーンときても、ここで問題起こしたら内申書に響くな、と冷静に抑制してきました。自制心は、どのジャンルでも成功する上で欠かせないものですが、押さえすぎると感情自体がなくなってしまいます。

気を散らさずに寄り道せずに、最短距離で成功に行きつくことよりも、その時どきで感情を復活させてあげるようにしましょう。喜怒哀楽を出す。多少のんびりペースでも目の前の景色を楽しみながらも、成功の山を登っていく。というバランスが必要なのです。

地元のヤンキー女子だった木村さんは10代で結婚して子どもが何人もいます。それを見て、未来志向の優等生たちは、「よくもまあ後先考えず。将来どうすんのかね」と心配していましたが、ヤンキーはヤンキーでなんとか楽しく、実に幸せそうににぎやかな家庭を築いています。親もまだ若いので子育てを手伝ってくれますし、経済的な支援もしてくれます。

優等生たちが会社で「いまが頑張り時、子育てでキャリアを中断させるわけにいかない」と迷ってるときに、ヤンキーたちは早くに結婚したので、まだ若い36歳で子どもも手が離れ、好きな仕事を本格的に始めたりしています。

優等生たちは、「意外にヤンキーたちの選択のほうが賢かったのかも」とか後になって言っていたり。自分があんなに打ち込んできた仕事って、人生かけるほど大事なことだったのだろうか。会社での自分のポジションが、若い子でも簡単に入れ替え可能な現実を見て、さびしく思うわけです。

だから、家庭か仕事か、ではなくどちらも。良いバランスで目指してみるのがいいと思います。もちろん、仕事が楽しいなら、がんばってもいいと思います。でも、楽しくもないのに「将来のために我慢」って人は、ちょっと立ち止まって考えたほうがいい。

 

優等生が、今を楽しめるようになるには

 

まずは、やりたい、楽しそう、という衝動を許すことから始めてみてはいかがでしょうか。

「YOUTUBEばかり観て、休日を無駄にしてしまった」ではなくて、「たくさん笑って、エネルギーを充電できた。ああ、いい時間だった。これでいい仕事もできるだろう」と。

スケジュール帳が、やるべきことで埋められているのも優等生の特徴です。忙しすぎると、好きなことは見つかりません。感情が顔を出す余地がないからです。それに疲れきっているときは、何かをやりたいという気も起きません。ひたすら眠りたい、という気持ちだけです。

空白の何もしない時間をつくること。朝起きて、「さあ今日何しよう!」という小学生の夏休みのような日をつくることです。

あとは、それが何の意味があるかとか、将来モノになるかとか考えないこと。「楽しいから」だけでいい。

絵を描くのが好きだったら、時間をつくれる限り描いてみましょう。本業に支障をきたすくらい描いてみる。手に絵の具をつけながら出社すると同僚に気づかれます。「なに、絵を描いてるの?」 あなたは絵の楽しさについて、ついテンション高く語ってしまいます。すると、きっと言われる質問がこれ。

「あなた、いったい何を目指してるの?」

仕事以外の何かに打ち込んでいる人は、これ言われたことがあると思います。ブログを毎日書いていたら、「何を目指してるの?」とか。

本人は、楽しいからやってるだけです。あれって、なんで聞くんでしょうね。純粋な疑問なのか、「そのエネルギーを本業にまわせよ」という嫌みなのか。

「そんなに頑張っても、いまさらプロになるわけでもあるまいし、無駄なことしてるなぁ」と思ってるのか、もしくはちょっぴり羨ましいところもあるんでしょうね。何かに打ち込んでる人って、独特の恍惚感が出てますので、いいなぁと。

この「何を目指してるの?」と聞く人には楽しさは理解されないので、軽く流すのがいいです。なんか楽しいんですよ、あははーと。

 

あなたには「残したい」という才能がある

 

今回の相談者のユニークなところ。「何も残らないのが嫌だ」まず、そう思えることが才能です。これ、全員が思うわけではありません。そう思えるユニークな自分を面白がってしまいましょう。

「人生はただの暇つぶしでしょう、好きなように生きて、さらっと死ねたらいいよ」

という人も実際多いでし、毎日機械のように忙しくて「幸せとは」なんて考える暇なく老いる人も大勢います。

そんな中、あなたは、何かを残したい、という。せっかくの生きた証を残したいという欲求が強い。ユニークなところ、自分の才能を見つけて、伸ばしていきましょう。

「どうせ忘れてしまうんだから、旅してもしょうがない」なんて面白いじゃないですか。そんなこと考えたこともなかったよ! という人もいますよね。

その点で、あなたはユニークなのです。その衝動を大切にしてください。たとえば、「忘れたくない。残したい」という衝動から、幸せな瞬間を撮り続けた写真家にジャック=アンリ・ラルティーグ がいます。彼は、幸せな瞬間がすぐに目の前から消え去ってしまうのを幼いころから異常に恐れていました。幸せな瞬間を永遠に残したい、とカメラに夢中になったようです。アマチュアのカメラマンですが、彼の死後も世界中で展覧会が開かれ続けているくらい、ファンの多い写真家です。

あなたも、そんなに残したいのなら、何を残すか、どうやって残すか、考えてやってみたらいかがでしょう。それが「打ち込む意味のあるプロジェクト」になるかもしれません。

 

さいごに。人生に行き止まりはあるのか

 

ニッチもサッチもいかない。ぼくも「行き止まり感」を感じることが5年に一度くらいあります。壁というよりも、「もうこの向こうは何もない。完全な行き止まりだ」という感覚。越えようとすることすら無駄、と思えてきます。

そんなとき、いつも思い出すのは理科の授業で習った、「宇宙には行き止まりがない」という話です。

古今東西、多くの優秀な科学者が探し求めてきた、宇宙の果て。発見したといっては、いやそれは間違いだ、と議論をしてきました。

宇宙の行き止まりはどこにあるのか。すべてのモノは有限なので、どこかに完全な行き止まりはあるはずだという前提で調査されてきましたが、世界にはまだ見つけた人がいません。

「どうやら、行き止まりはないようだ」

宇宙に行き止まりがないのですから、この自然界、地球上には行き止まりがありません。ぼくたちの世界には、行き止まりがないのです。

一見すると行き止まりに見えるものはたくさんあります。でも、固い岩にぶつかったら、それを掘ってみたり、回り道してよけてみたり。なにか工夫すれば、その向こうにいける可能性が必ずある。どうやらそれが宇宙の真理のようです。

みんなのためになる質問、シェアしてくれてありがとうございました。絶望しそうになっても、そこが完全な行き止まりではないとわかれば、何か手はあるのです。

 

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(7800字)


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。