【第272話】道徳は最強のサバイバル術である / 深井次郎エッセイ

深井次郎 文筆家ゾッとしたので、ずっと覚えていて、これはつまり「すべては自分につながっている」という教えです。すべては対岸の火事ではない。実は自分に関係ないことなどないのです。赤い髪の人が攻撃されているのを見たとき、黙っていたのがすべての発端。もし
 見ぬ振りしない。すべて自分につながっているという話
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「パワハラを見ても見ぬ振りをしてしまう。どう止めたらいいか」

という相談を受けました。どんな言葉で止めたらいいのか。言葉の専門家にアドバイスが欲しい、とおっしゃるのです。

決まったセリフなどありませんが、まず「不満を態度で示す」こと。なぜか、というのが今日の話。途中ちょっとズレるかもしれませんが、すべてつながっているので聞いてみてください。

最近、女性タレントが起こした「ひき逃げ事件」が話題になりました。映像も公開され、猛スピードで歩行者に突っ込んでいく事故そのものも衝撃でしたが、多く意見が出たのは「目撃者たちが何事もなかったように素通りしていく姿」についてでした。

目の前で事故があったのに、その場に居あわせた通学途中の中学生くらいの子たちは助けに行かず、まるで感情がないかのように無視してテクテク歩いていく。この光景に「助けないなんて冷たすぎる、怖い」という声が多く上がりました。

でもこれ、子供だったら、しかたありません。「大人たちがなんとかするだろう」「面倒なことに関わらない方がいい」という判断か、たぶん、映画のような衝撃にパニックになり、「思考停止してルーティンの行動をとり続けた」という理由が大きいのではと想像します。

子供ならまだしも、大人になっても「我関せず」をよしとすることは、実は「自分にとって大きなリスクとなる」ことを忘れてはいけません。 もし、ぼくがこの子たちの担任の先生だとしたら、こう教えます。

①自分の安全を確保し落ち着くこと  
②もし余裕があるなら小さなことでもできることをしようね

子供だから救助の知識がないにしても、「誰かー!」とまわりに助けを求めてあげることはできる。「ぎゃー!」と叫ぶだけでもいい。何か異変があったのだ、とまわりの大人が気づくので。どうしたらいいかアイデアが浮かばなくても、何か良くないことが起きていることを全身で表現するだけでも価値があります。何か感じたわけだから、ざわつくリアクションはしよう。 これは単なる道徳的な説教ではなく、将来自分の身を守ることにつながるからです。異変が起きたら、声を上げる。黙ってる習慣ができると、大人になってから「気づいたら自分が不利な位置にいた」ということがあります。

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 攻撃を黙って見ていると、いずれ自分にも向かう

たしか、小学生の頃に図書館で読んだ外国の本で、こんなような話を覚えています。細部はうろ覚えなのですが。

「はじめ、彼らは赤い髪の人たちを攻撃した。私は違うから黙っていた。次に茶色い髪を攻撃した。私は違うから黙っていた。次に白い髪、次に金の髪…… 最後は自分も攻撃される側になったが、誰も助けてくれなかった」

ゾッとしたので、ずっと覚えていて、これはつまり「すべては自分につながっている」という教えなのです。すべては対岸の火事ではない。実は自分に関係ないことなどないのです。

赤い髪の人が攻撃されているのを見たとき、黙っていたのがすべての発端です。もし、「おかしい、かわいそう、いやだな」と思ったなら、見ていたまわりが態度や言葉で伝えていたら、未来は変わっていたでしょう。

パワハラも、同じ。社内に発生した最初の「攻撃する文化」を放置すると、順番でそのうち自分が攻撃を受ける番が回ってきます。上司だけの責任ではありません。場は全員でつくっているんですね。最初から「攻撃する文化」を認めない努力はしたい。

ぼくの人生を振り返ると、たまたま、チーム内に大きないじめやパワハラはありませんでした。それでも小さな危ない兆候に直面したことは何度かあって、例えばリーダーがイライラして結果がでないメンバーを攻撃しだすことがありました。それでも、「まあまあ、落ち着いて!」と間に入るメンバーがいつも必ずいました。深刻化する前に、誰かしらが「彼なりの事情もあるから」などと弱者の側に回るのです。

知人で、パワハラを受けた人がいます。休日出勤も残業もして、身を粉にしても思うように営業成績が伸びずに、上司に「バカか、辞めてしまえ」と怒鳴られグチグチと追い込まれた。人前で大人が泣くって、明らかに異常事態ですよ。それでも、その姿を部員たちみんな無視して仕事を続けていたそうです。聞いてるだけで、泣けてきますよね。

もし下手に上司の機嫌を損ねたら、自分に飛び火するリスクがあるから、触らぬ神に祟りなし。それもわかります。ただ、黙認していると、パワハラを助長させてしまう。「攻撃する文化」の醸成に一役買ったことになります。

「部長、どうかここはひとつ、お茶でも飲んで落ち着いてください」

コミュニケーション上手な人なら、こうやって食い込んで行けますが、多くは怖くてなかなか近寄れませんね。それでも、不満なら不満を示すことです。あらゆる方法で。まわりの偉い人にSOSを求めるのもいい。

そもそもの前提として、上司のご機嫌をとることは、部下の仕事じゃないです。仕事のうちに含まれていない。大人にもなって自分のご機嫌とりも自分でできないようでは、お子様すぎる。上司の器ではありません。そういう人が出世するなら、その組織の未来はないので、抜けたほうがいいです。 抜けるのも、意思表示です。

たまに、パワハラ文化に染まってしまって「上司のおかげで、メンタルが鍛えられた」みたいな話する人もいますが、そのメンタルは仕事に必要ないですよ。パワハラやDVへの耐性がつくだけです。仕事の能力や人間的成長につながるわけじゃない。我慢しないで、さっさと抜けてください。その向上心は、意味あるトレーニングに使ってください。

上下関係がある場所には、いつもパワハラの可能性が生まれます。「成績が悪い」「態度が悪い」という理由で、誰かが攻撃されることがあります。その小さな兆候が見えた時に、どんなに自分が一番下の立場でも、「仕事の指導なら受け入れるが、攻撃は認めない」意思表示をするようにしています。恐怖でしか人を動かせない人は、マネジメントに向いてないです。

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 道徳はサバイバル術

悪いことをしている詐欺会社が長続きしない理由は、内部で人間不信になるからです。社長はもちろんメンバー全員、平気で人を騙すような人たちです。心からは誰も信じられません。「俺だけはお前の味方だよ」と詐欺師に言われても信じられないでしょう? メンバー全員、疑心暗鬼です。誰が先に裏切るか、裏切られる前に裏切ってやる、というチキンレースになり、早々に内部崩壊するのです。外から取り締まるまでもなく、悪い会社は繁栄し続けられません。

良心に従うこと、倫理的に生きること。これが一番、ビジネスとしても効率がいいし、生存率が高い。

小さいころ、親に説教されたような「当たり前の教え」は、鬱陶しくつまらないものだと感じていました。

「他人の悪口に乗ってはいけないよ」
「弱い者いじめはやめなさい」
「誰が見てなくても、お天道様が見てるからね」

これらは、ただの道徳ではなく、とても実用的なサバイバル術だったのです。 小学生の頃からルールには歯向いたくなる子で、規則はいろいろ破ってきました。それでも「道徳には実用性がある」と納得した途端に、態度を変えました。道徳さん、現金な奴でごめんなさい。「当たり前の教え」は身を助けるから、何千年も言い伝えられているのですね。

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(約4450字)

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。