【第213話】世界を変えた新人たちはどこが違ったのか? – あなたは仕事が好きですか、それとも自分が好きですか – / 深井次郎エッセイ

ビーチで目立たず、プレイで目立とう

ビーチで見せずに、プレイで見せよう

 

 

 

世界で通用していく作家
美術そのものが好きな人

 

ある有名な現代美術画廊のオーナーに尋ねたことがあります。サポートする作家としない作家、どこを一番に見るのですか? その答えは、

「その新人作家が美術が好きなのか、それとも自分が好きなのか」

ということ。これ、2:8くらいの割合だそうで、後者は世界で通用する見込みはほとんどないそうです。8割の新人作家は、会話をすると自分の話しかしません。自分の作品についてのこだわりとアピール、自分の次にやりたいこと、成功したら手に入れたいもの、好きな作家の話。もっと自分を認めてほしい。そういう態度をとる新人は、いくら技術があっても、その後続かず、大成しない傾向があるようです。

でも2割くらいの人は、美術自体が大好きで、美術ばなしに花が咲く。つくるのはもちろん、さまざまな美術を観てるのも好きだし、歴史の流れも勉強してて、美術オタクだ。美術にかかわってる時間そのものが幸せ。美術史という枠の中で、もっと良いものをつくりたい。自分でつくれたら最高だけど、それがもし自分じゃなくても、そういう作品が世に生まれたら、その瞬間は自分のことのように嬉しい。素晴らしい美術を目の当たりにしたい。もう美術が好きで好きでたまらない。その他には興味ないというくらいのフォーカスをしてる、ある種の狂気を感じさせるほどの美術バカでないと、「そこそこの作家」で終わってしまうそうです。

 

うるさい小言は言いたくないけど…
軌道を外した、ある社長の話

 

最近、この3年くらいで一番と思うほど、人に怒ったことがあります。その人は、起業初期から応援している起業家です。「弱者を救う」大きな理想があって、素晴らしいなと思ったし、つぶしてしまってはぼくも心が痛い。その社長が厳しい時代にお金も貸してサポートしています。

それなのに、ちょっと何千万か小金が入った途端に、高級外車を乗り回したり、オフィスを新しくしたり、つまり見栄や自己顕示の兆候が見え始めたんです。あれ、なんだかおかしい。最初の志はどこにいったのだと。他人のことなので、そこまで干渉するつもりはないけど、せめて借りたものを全部返してから、そういう遊びは余ったお金でやりましょうと。

とはいっても、だれにでもポーッと脳内お花畑になってしまう時はある。なので、少し苦言を呈しながらも、「危機を抜けられてよかったですね」と何年も見守っていたんです。そうしたら、この間、「すみません、厳しくなったので、追加で貸してもらえませんか」と。うわあ、これは危ないぞ。さすがにこれ以上甘い顔してたら彼のためにならないと思って、冷静にですが怒りました。きっとぼく以外のサポーターにもこんな対応をしてしまっているのでしょう。これでは信用を失くして、みんな離れていきます。才能ある人だし、根はいい人なので、応援したい。だからあえて腹を割って話したのです。

 

本質にフォーカスすること
スポーツ選手ならプレーで見せよう

 

表現の世界でも、起業の世界でも、本質にフォーカスできない人がまわりにサポートされることは難しいと思います。腕を磨かないで、恰好ばかりつけている人。だれかに迷惑をかけてないなら自由だけど、「必ずすぐに返しますから」と頼み込んで借りたお金を返していない。「いまお金がないので」といいつつ何年もそのままです。その間、自分の研究に専念するとか、打ち込んでいるなら、芽が出るまでなんとかと誰だって思います。

限界まで頑張ってできなかったことには、人間は寛大です。でも、仕事してると思ったら高級車のパンフレットを並べて検討している。そんな余計な時間とお金を使って…。車は自分の仕事の本質にまったく関係ありません。車関係の仕事でもあるまいし。それだから、怒ったのです。で、思ったのは、「お金を貸して口出ししないエンジェルみたいなことは、ぼくみたいな凡人にはなかなかできないなぁ」ってこと。やっぱり口が出てしまいますね。

野球選手でも、プロになってお金が入ると色気付くことはある。でもプレーがイケてないのに、車や服や髪型だけイケてても、それは外野から野次が飛びます。

「おい、プレーで目立てよ!」

見た目だけカッコつけてて、実力がともなってない人ほど滑稽なものはありません。お洒落でしかもダントツに強かったらそれはカッコいいけど。まだまだ理想とはほど遠いのに。ああ、小金で気が散ってしまう人なんだな、見栄をはる人なんだなと、目指している星の小ささが露呈します。こういう人は野球が好きなのではなく、自分が好きなのです。

 

エネルギーを節約するために
天才たちでさえ意識していた

 

エネルギーを本質にフォーカスすること。そのためには、余計なエネルギーを使わないようにすることも大事です。いつも同じ服を着ているといえば、ジョブズが有名ですが、アインシュタイン、オバマ大統領、ザッカーバーグも同じそうです。彼らは、本当に大切なことに脳のキャパシティーを使いたいから、買い物や服選びに余計なエネルギーをつかうことはしません。意図的にそうしています。彼らのような、脳のキャパが大きい天才でさえ、フォーカスしている。ならば、ぼくら常人は、なおさらフォーカスを意識しないと良いものなんてつくれないだろうと思うのです。

世間では、「丁寧な暮らし」の流れが広まっていて、それは素晴らしいことだし憧れます。けれど、作家や起業家は工房を巡って茶碗を選んでる暇があったら、自分の研究を深めましょう。お気に入りの家具に囲まれる? ゆったり朝食? 丁寧な暮らしを語ってる作家たちは、それが仕事だし、自分の研究分野だからいいのです。そこをぼくらは間違えないように。スポーツ選手が「丁寧な暮らし」とかやり出したら、「その前に練習しな。きみには他にやるべきことがある」となる。作家だったらつくろう、書こう、探求しよう。起業家だったら、お客さんと向き合いましょう。

 

普通の人と同じことやって
バランスなんてとってたら
普通のことしかできない

 

もちろん、いろんな人がいていい。ぼくが言ってることは偏ってると思います(偏ってるとなかなか結婚できないので注意が必要ですが)。それでも、少なくとも自分が貴重なエネルギーをつかって応援する人は、本質にフォーカスしている人であって欲しい。それができる人しか残念ですがサポートしきれません。とくに初めて起業して最初の5年、10年って、「そこそこ、ほどほど」でうまくいくほど甘くないと思っています(うまく行っちゃう人は一握りの天才なんです)。脳のすべてを注がないといけない。波があって、一時うまくいっても気を抜くとすぐにまだ違う問題が次々に起こる。人並みの幸せな生活やワークライフバランスなんて諦める覚悟がないと、「そこそこ」もおぼつかない。道を探求するってそういうものだろうと思います。

中学生がバンドを始める動機が、「モテたいから」であってもいいし、ほとんどの人はそうかもしれません。けれど、プロになってもずっとそれが原動力じゃ、道の探求は難しい。「音楽そのものが好き」という地点に早い段階でたどり着けるかどうか。どの分野でも、道の探求は奥が深い。どんなに練習して勉強しても理想には届かない。道は終わらないのです。終わらない趣味。全員がいけるわけではないけど、そっちの世界にいけるかどうか。

 

人の振り見て、我が振り直せ
ぼく自身も気をつけます

 

とくにぼくは、不器用だし、仕事も遅いという自覚があるので、フォーカスをぶらしてはいけないのです。ちょっと真面目なこと言い過ぎて、このエッセイはつまらないかもしれないけど、大事なこと。亀の歩みでも、進む。もしいつかぼくがギラギラした高級車を何台も乗りまわしたり、これみよがしのブランド服着たり、タトゥー入れだしたり。モテオヤジ雑誌に影響されて色気付きだしたら、「あいつはここで成長止まるな」と思ってもらって、そして優しい方は、野次を飛ばしてもらえるとうれしいです。

「おーい、それ全然カッコ良くないぞ。練習しな!」

きっと我に返り、恥ずかしそうな顔して練習に戻ることでしょう。

 

(約3334字)
Photo:luke chan

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。