TOOLS 46 海の上でシャワーを浴びるには / 田中 稔彦( 海図を背負った旅人 )

食事はおいしい方がいいし、シャワーだって毎日浴びられた方がいいに決まっています。でも自分たちが航海を通じて乗船してきた人たちに何を伝えたいのか、何を感じて欲しいのか、そこを外してしまって上辺だけの快適さを追求するのは本末転倒です。
TOOLS 46

海の上でシャワーを浴びるには 
田中 稔彦  ( 海図を背負った旅人 )

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自由に生きるために
自分がやりたいことの本質を見直してみよう

 

2000年の夏に帆船「あこがれ」でカナダからオランダまで大西洋を渡る航海をしました。帆船レースに参加しての航海だったのでエンジンは使わず風の力だけで走りました。その航海の様子はこちらの航海記に書きましたが、今回はそこには書かなかった話を少ししてみたいと思います。

 帆船(はんせん)とは、帆を張り風の力で走る船のこと 

 

 

 海の上では船にないものは使えない 

 

当たり前の話ですが、海の上を走っている間は他から物を補給することはできません。船の運用やクルーの生活に絶対に必要な何かが足りなくなってしまうと、港に立ち寄って補給するしかありません。しかしその航海は大西洋横断です。途中に補給できる陸地はありませんし、そんなことになったらレースそのものもリタイアです。

 

大西洋は広いので...

大西洋は広いので…

 

ということで船の一等航海士、Aさんは航海前にいろいろ計算していました。レースでエンジンを使わないので、航海に何日かかるのかもちゃんとは計算できないのですが、過去のデータからレース期間はおおむね3,4週間。やや余裕を見て30日間は補給ができない前提で考えていました。

燃料はエンジンを使わないので(発電機は回しますが)問題なし。食料もキツキツではあるけれどまあなんとかなるだろう。しかし問題は「水」でした。水は普通に使うっていると計算上はどうやっても足りなかったのです。

その航海には50人ほどが乗船する予定でした。これまでの経験から50人が一日に使う水の量は3トン強。「あこがれ」の水のタンクは47トン。そのままだと2週間しかもちません。

実は「あこがれ」には造水器という海水から真水を作る装置がついています。とはいえ作れる水は1日1トンちよっと。それも海水の状態では使用できなかったりもします。
そんな条件から一等航海士、Aさんの建てた方針はこんな感じでした。

 

◎ 水の利用量は1日あたり2トン以下を目標にする
◎ 炊事、掃除、飲料水は制限しない
◎ シャワーは2日に1回 状況によってはさらに回数を制限する
◎ 洗濯は当面不可 航海の進行状態と水の消費量とを見てタイミングを考える
◎ 洗面、歯磨きなど個人的に使う水は一日コップ3杯程度を目安に

 

これでも航海が長引いた場合にはギリギリだということで、雨水の再利用も考えていて、そのための方法もいくつか検討していたそうです。

航海前にこの方針を聞いて思ったのはシャワーのことでした。7月下旬から8月中旬の暑い盛りの時期。普段の航海でもこの時期は潮風と汗でかなり肌がべとつくのでシャワーが2日に1回というのはどうかなという感じでした。

「あこがれ」では元々「シャワーで水を出せるのは30秒」という制限もあったりしました。まず身体と頭を濡らして水を止める。石けんで身体を洗って頭にシャンプーをしてもう一度水を出して泡を洗い流して終了です。

日本の大型帆船「海王丸」

日本の大型帆船「海王丸」

 

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 世界の帆船、シャワー事情 

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ちなみにぼくが乗っていた「あこがれ」や「海星」はシャワーがありました。「あこがれ」では40人ほどに対して男女別のシャワーブースが各2つずつ。「海星」では6〜8人用の居室が4つほどあるのですが、そのそれぞれにシャワーが1つずつついています。

日本の船員養成用の大型訓練帆船に「日本丸」と「海王丸」というのがあります。2隻ともほぼ同じ仕様で定員は200名ほどです。ぼくは「海王丸」でも航海したことがあるのですが、この船にはお風呂がついています。ただし使っているのは海水です。

銭湯くらいある大きな湯船に海水を湧かしたお湯が張られています。そして洗い場にはシャワーがあるのですがここから出るのは真水です。海水に浸かって最後にシャワーで塩気を洗い流して風呂から上がるというシステムでした。

海王丸のシャワー。みんなで節水です。

海王丸のシャワー。みんなで節水です。 Photo:Burt Lum

その後何隻か世界のあちこちで帆船を見る機会がありましたが、お風呂がついていたのはこの2隻だけでした。もっとも、大型の帆船は海軍や商船学校所属のものが多く個人で乗船することも少ないので、外国の帆船でもついているものはあるかもしれませんが。

大型の船と比べて定員が50人以下の中、小型帆船では、どの船も水のタンクや配水の設備に割けるスペースに限りがあるのでシャワーがついているのがせいぜいでした。小型の船にはシャワーがついていなかったり、設備としてはあっても使われていないものもありました。「あこがれ」もオランダ寄港中にシャワーのついていない船のクルーにシャワーを貸してあげたこともありました。

アメリカで見たある帆船はそこそこの定員があるのにシャワーが一つしかついてませんでした。クルーに「シャワーが一個だと不便じゃない? 」と質問すると「別に航海に快適さを求めているわけではないのだから、1日、2日シャワーを浴びなくても大丈夫だ」という答えが返ってきました。

そうだよね。ぼくはその答えに深く納得させられました。セイルトレーニングの目的は別に快適さではないよね、と。

 

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 すべては自分たちが目指すもののために 
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体験という形のないものを提供して、そこから参加者(トレーニー)一人一人の中に生まれてくるものを大事にする、それがぼくが考えるセイルトレーニングりの本質です。航海の間の食事はおいしい方がいいし、シャワーだって毎日浴びられた方がいいに決まってはいます。でも自分たちが航海を通じて乗船してきた人たちに何を伝えたいのか、何を感じて欲しいのか、そこを外してしまって上辺だけの快適さを追求するのは本末転倒ですよね。

前回のエッセイに船で食事を作ることについて書きましたが「自分たちの食事を用意すること」もセイルトレーニングのプログラムとして活用することは充分にできます。オランダの「ヨーロッパ」という帆船では、航海中に、夜間の当直担当のトレーニー達が翌日分のパンを焼くというのがプログラムとして組み込まれています。実は「シャワーを浴びる」や「洗濯をする」というのもプログラムと考えてデザインしていくことをやっている船もあります。

ただ快適さを求めるのではなく、船の設備やサイズ、運用の哲学に基づいて、船で暮らすための全てのものごとをプログラムとしてトレーニーに提供して行く、これがセイルトレーニングの本質だと考えています。逆に、プログラムとしてトレーニーの中に何かを呼び覚まさないものはセイルトレーニングには必要ないとも言えるのです。

 

洗濯もプログラムのひとつです

洗濯もプログラムのひとつです

 

 

普通に仕事や企画を進めていても、より良くしようとブラッシュアップしていくなかで、最初に考えていた目的を離れた方向に話が進んでいくのもよくあることだと思います。

一般論で「良い」とされていることが本当にそのプロジェクトにとってもプラスになることなのか、そのことは常に気をつけなくてはならないと思います。「良い」を目指すことで、ムダなエネルギーを費やしてしまっていないか、企画のエッジが削がれて当たり前のものになってしまっていないか、そもそもの本質に立ち返って見直す姿勢が必要なのです。

大西洋横断航海の話に戻りますと、結果、水の使用量が2トンを越える日はほとんどありませんでした。クルーみんなの節水の意識がしっかりしていたことと、大西洋の気候が思っていたよりも湿度が低くカラッとした暑さだったからでした。日を浴びているとかなり暑いのですが、日陰にいるとそれほど暑さを感じず汗もあまりかかなかったのです。

そういうこともあって水が足りないことでドキドキすることはなかったのですが、実は航海中に予想外のものがなくなって大騒ぎになりました。

それはトイレットペーパーです。

航海の終盤に足りないことが分かり、一時はレースをリタイアしてエンジンを回して港に入ることも考えたのです。結局は最後の数日はティッシュペーパーで代用することになりました。1人につきティッシュ1箱が支給され、残り1週間ほどは各自これで対応しろということでした。しかしティッシュペーパーはそのままトイレに流すことができないので、そこからまたいろいろな問題が発生したのですが…… その話はまたの機会にしましょうか。(了)

 

 

海の上でシャワーを浴びるには
1.  いまあるもの、できること、やれること、を整理してみる
2. 「より快適に」を目指すことが「やりたいこと」にとって必要なのか考えてみる
3.  目指すものにたどり着くためのあらゆる手段を使ってみる

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 田中稔彦さんが帆船に乗ることになった話など 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法(2015.5.15)

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写真:Dave R (1枚目)、その他は筆者本人


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。