帆船を使った体験航海、セイルトレーニング。これを事業として成立させるにはどうすればいいのか。それは「持続性のある事業プランであること」でした。乗る船をなくした経験からそう思うようになったのです。最初に考えたのは船のスペックでした。
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは 【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。 |
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」
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数字から帆船を考える
前回の第4話では、ぼくのマザーシップである「あこがれ」が競売にかけられ、それをきっかけに「帆船を経営する」ことを具体的に考えるようになったことを書きました。
今回は、その辺りをもう少し詳しく書いてみたいと思います。
「あこがれ」が競売にかけられるにあたって、「はたしてどの程度の売り上げがあれば、少なくとも赤字が出ない程度の運用ができるのか」ということを試算してみました。あわよくば、出資を募り船を落札することまで考えていました。
しかし、ざっくりとした試算の結果はかなり厳しいレベルで、ぼくは黒字化できるだけのプランを描くことができませんでした。
「無理ゲーだなあ… 」
試算を改めて見直して、ぼくはそう呟きました。
将来的に黒字化、または事業の社会的な価値で許容されるレベルの赤字に抑えられる見込みが全く感じられない数字でした。この時点で「出資を募ったり他の人を巻き込むことはできない」と判断しました。そして「競売には参加しない」と決めましたが、数字から帆船について考えることは、ぼくには全く初めての体験でした。
それまでぼくにとっての帆船は、自分が何かを与えてもらえる場でした。また夢とかロマンとか自由の象徴でもありました。けれど経営側の視点で「事業として」帆船について考えてみると、見えるものや捉え方が大きく変わったのです。
「どんな船を、どう運用すれば、健全な経営ができるのか」
帆船についていろいろと考える中で、だんだんとそのことを考える時間が増えていきました。
失うという体験
日本ではこれまで二隻、一般の人が乗船して「セイルトレーニング」という体験学習プログラムを受けることができる帆船がありました。大阪市が所有していた「あこがれ」と日本セイルトレーニング協会が運営していた「海星」です。
ぼくはこの2隻にボランティアクルーとして乗船し、プログラム実施のお手伝いをしていました。その期間は1997年から2012年まで、約15年に及びます。その間は、他に仕事をしながらも、毎年数ヶ月は船で暮らしていたのでした。
航海の中で普段の生活ではできない経験をいくつもしました。年齢も属性も様々なたくさんの人と出会いました。帆船のゲストのみなさんにとって航海の体験はとても貴重なものだったと思いますが、それをサポートする立場のぼくにとってもとても大切な時間でした。
しかし、どちらの船も最後には経営難から営業を停止することになり、ぼくは乗る船を失うことになったのです。
二隻の船の運用には、ぼくと同じ立場のボランティアクルーが数多く関わっていました。みな、仕事や学校の合間に、航海に参加したり、メンテナンスを手伝ったりしていました。あるいはただ遊びに来たり、イベントや飲み会を企画したりと、それぞれの立場で帆船に関わる人たちのコミュニティーを支えていたのです。そのあたりのことは過去の記事でも少し触れています。
「船がなくなる」という体験は、ぼくだけでなくそうやって帆船に関わってきたたくさんの人々にとっても、大きなできごとでした。船を核として動いていたおかげで、普段は出会わない多様な人が集まるコミュニティーがキレイさっぱりとなくなってしまうのですから。
帆船を使った体験航海、セイルトレーニング。これを事業として成立させるにはどうすればいいのか。そのことを考える中でぼくにとって大事なこと、それは
「持続性のある事業プランであること」
でした。
二度の乗る船をなくした経験からそう思うようになったのです。
あたらしい船を手に入れるなら
漠然とセイルトレーニングについて考えていた頃から少し踏み出して、具体的な帆船の事業化に思いが向かう中で、最初に考えたのは船のスペックでした。
自分がやりたい航海に必要な仕様と、運用やメンテナンスにかかるコスト。
そんなことに留意しながら、自分が手に入れるなら、どんな船なのか?
そのころ思っていたのはこんな船でした。
・小型船舶サイズ(プロの船員でなくても船長ができるサイズ)
・20〜30人程度が乗れる(セイルトレーニングを行うにはこのくらいの規模)
・一泊程度の宿泊航海ができる(できれば船で寝る体験をしてほしい)
・設備については必要最小限で(水回り、調理器具などの快適さは追求しない)
これまでに自分が関わってきた船よりも、ずっと小さい船がいいと思っていました。
理由のひとつは、船を動かすのに必要な資格。下位の資格でも動かせる方が、さまざまな面で柔軟な運用ができると思ったからです。また最も大きい理由は、小さな船の方が初めて乗った人でも「自分で船を動かす」という実感を持ちやすいからです。ゲストではなくクルーとして船と向き合う。そんな気持ちになれる船にしたかったからです。
長期航海については、すっぱりとあきらめました。これまでの経験から、週末の一泊二日、もしくはデイセイルはかなり高い乗船率を叩き出していましたが、平日の航海や長期の航海は極端に乗船率が低くなることがわかっていました。
企業研修などで平日の需要をカバーするという考えもありましたが、安定してそういう顧客をつかめるかは難しいと感じていました。あこがれ、海星ともに長期の航海に出られるだけの能力はありましたが、平日が絡むと集客が難しいことから、だんだんと長い航海は少なくなっていきました。
船の能力と実際の運用に、大きなギャップがあった。
だから、「いらない機能は削ってしまえばいい」と考えたのです。
日本でセイルトレーニングをやっていくには
実は、このサイズの船を使った事業にはモデルがありました。2003年に視察させてもらった「LAMI」です。
LAMI(Los Angeles Maritime Institute)はアメリカ、ロサンゼルスにある、1992年に設立された団体です。1938年に作られた70フィートの木造帆船「SWIFT OF IPSWICH」を運用していました。
この団体のプログラムは、ほとんどがデイセイル。そして宿泊を伴うものでも長期航海ではなく、拠点となっているロサンゼルス郊外の海事博物館の近くで、島や陸に上陸してのキャンプと組み合わせたものでした。
船の運用コストや運用リスクを抑えたプログラムを展開し、2002年には「IRVING JOHNSON」 と「EXY JOHNSON」という110フィートの帆船を二隻、新造できるだけの実績を積み上げていました。
この二隻の船はとてもシンプルな作りになっていました。ゲストの部屋は食堂、教室兼用の大部屋が一つで部屋の周囲の壁がベッドになっていて20人ほどが寝泊まりできるようになっていました。シャワーもトイレ兼用のものが二つだけ。厨房や食料庫も簡易的なものしかありません。
設計思想は明確だと感じました。宿泊は主に陸上で。船内で寝るとしても一泊だけなのだから、快適な設備はいらない。食事もレトルトやシリアルなどで充分。暖かいお茶が飲めればそれでいい。設備にコストをかけるのではなくて、プログラムでゲストを満足させる。
視察に訪れた当時、事業化や経営ということにほとんど興味はありませんでしたが、LAMIの割り切ったプログラム運営については感銘を受けた覚えがあります。
2012年に改めてLAMIを視察したときのことを思い出して、当時感じたことをまとめてみました。
・プログラムや経営規模に応じた適切なスペックの船を使うこと
・ユーザーが利用することを見込めるプログラムを展開すること
ぼくにとってLAMIが印象深かったのはこの2点でした。
それを参考にこれまで日本でぼくが関わってきた二隻の帆船を事業ベースで考えたところいくつかの問題点があったのではと思うようになりました。
・事業継続に可能なユーザー層が存在しないサービスを展開しようとしたこと
・ユーザーのニーズを考えないプログラム(商品)を販売していたこと
・主力の商品に対して、運用している帆船がオーバースペックで必要以上に運営費用が発生していたこと
帆船の「ロマン」だけが一人歩きした地に足のつかない内容だったのではないか、ぼくがこれまでのセイルトレーニング帆船を事業としてはそう評価しました。
ならば、自分が作る船、団体はどういうやり方を目指すべきなのか、少しずつ自分の中で具体的な考えが進み始めていきました。
とはいえ、それが形になるのは、まだまだ先の話なのですが。
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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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