もういちど帆船の森へ 【第9話】 小さいから自由 / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦「そういえば、1年くらい海に出てないなあ」帆船での航海経験はそれなりにあるのですが、実はヨットにはほとんど乗ったことがないのです。知り合いにヨット乗りはいるものの、週末にヨットに乗せてもらったりすることもありません。そもそも
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。

 

 第9話    小さいから自由

                 
 TEXT :  田中 稔彦
                      

大きいから無理

 

2013年3月、ぼくのマザーシッブだった帆船「あこがれ」はその事業を終了しました。2003年に事業を終了した帆船「海星」に続いて、ボランティアクルーとして関わってきた帆船はなくなってしまいました。船のオーナーである大阪市が事業の中止を決定、「あこがれ」は競売にかけられることになっていました。

数年前から売却の話は水面下ではたびたびささやかれていたのでそのこと自体にはそれほどショックはありませんでした。帆船を使った体験航海事業、セイルトレーニングを自分の出来る範囲で盛り上げていこうという意思も変わっていませんでした。

とはいえ2013年の前半の時点では自分がプレイヤーになることは全く想像していませんでした。自分が得意で興味のある分野、具体的には文章を書くことやメディアの運営、イベントの開催などを通じて、セイルトレーニングの意味や存在価値を提示していく。それがその頃考えていた全てでした。

実際に船を運用する側にまわることを考えなかったのには理由があります。規模が大きすぎて自分で関わるには手に余ると思われたからです。「あこがれ」や「海星」クラスの船を維持するとなると、年間に最低でも億単位のコストがかかります。

クルーの雇用、日常的なメンテナンスや定期検査で必要なドックの手配。
港湾や桟橋を使用するための申請。
プログラム立案と集客。
運営資金の確保。

これまでずっと、技術者として請負で仕事をしてきた人間にとっては、自分が経営する立場に立つというのは想像もできない未知の体験でした。ボランティアクルーとして船の上でのことは手伝ってきましたが、運用についてはとてもやりきれるものではないそう感じていました。

まずは自分にできることをやろう。そして少しでもセイルトレーニングに興味を持ってくれる人を増やそう。それが2013年の初め頃にぼくが考えていた全てでした。

 

一年間も海に出ないなんて

 

2013年の春頃にふと思いました。

「そういえば、1年くらい海に出てないなあ」

最後に海に出たのは2012年の5月でした。

帆船での航海経験はそれなりにあるのですが、実はヨットにはほとんど乗ったことがないのです。知り合いにヨット乗りはいるものの、週末にヨットに乗せてもらったりすることもありません。そもそも週末に働いて平日にヒマなことが多いという仕事なので、乗りたくても乗れる機会はなかなかありません。

そんな時に一通のメールが届きました。二度ほど乗ったことがある、沼津を母港とする帆船Amiからの夏の長期クルーズのお誘いでした。

Amiは54フィート(16m)2本マストのスクーナー型の帆船です。初めて乗ったのは2007年。たまたまwebサイトを見つけて、沼津で二日間セイリングを楽しみました。

オーナーが何度か変わり、2006年に今のオーナーの個人所有になり、チャーターヨットとしてお客さんを募集し始めたとのことです。初めて乗った時はまだあまり知られていませんでしたが、その後少しずつ船関係の仲間の間でも知られるようになりました。2010年には海星で知り合ったメンバーでチャーターして、横浜での航海も企画されたりもして、付かず離れずな感じでご縁の続いている船でした。

1998年に帆船のボランティアクルーになってから、少なくとも一ヶ月、多い年には三ヶ月余りを海の上で過ごしてきました。ここはひとつできるだけ長く乗ってみよう。ということで、沼津を出て紀伊半島を回り、瀬戸内海をクルーズして再び沼津に戻るまで、2週間の航海の全行程に参加することにしました。

 

360 → 10

 

船の大きさを表すのに「トン」という単位を聞いたことがある人は多いと思います。この「トン」は一般的に使われる重さを表す「トン」とは違います。船で使うトンは船の容積、つまりどのくらいにスペースが船内にあるのかを示す単位、つまり容積の単位なのです。なんでそんなことになったのかという話は始めるとかなり面倒くさいのでここでは簡単にしか触れません。

トンの語源は「樽」です。トンという単位が使用され始めたのは15世紀後半頃ですが、その頃によく使われていた252ワインガロンの樽が基準になっています。樽にワインを一杯に詰めた重さが1トン。そして船の大きさはその樽を何個積めるかで表したので同じトンを容積の単位として使うようになったのです。

これまでぼくが乗っていた「あこがれ」は360トン、「海星」は180トンです。そして2013年の夏にぼくが航海した「Ami」の大きさは10トン。

「あこがれ」や「海星」には数十人が寝られるベッド、シャワーやトイレ、厨房施設が備え付けられています。船内は空調も完備しています。食料を保存する人が立って入れるほどの大きな冷蔵スペースもありますし、海水から真水をつくる装置などもあって、1-2週間なら陸地に寄らずに航海を続けられる能力を持っています。

「Ami」は乗船定員こそ20人ですが狭いベッドが6つあるだけです。簡単なコンロはありますがせいぜいお湯を沸かすくらいしかできません。トイレやシャワーは狭くて使い勝手の悪いものしかありません。そもそも水のタンクもそれほど大きくないのでシャワー何て使ったらあっという間に水がなくなってしまいます。

航海に出る前、Amiで二週間暮らすことがいまひとつイメージできませんでした。これまでに乗っていた船とサイズや設備があまりにも違っていたので。船そのもののスペックも違いますし乗っている人数も違います。これまで関わってきた比較的大きな帆船と違ってAmiではできることがとても少ないのではないか、そんな気分でぼくは航海に出かけたのです。

 

小さいから自由

 

結論からいうと2週間の航海はとても楽しいものでした。そして今までとは違うサイズの船で航海することで新しい発見もたくさんありました。中で最もメリットだと感じたのは船の小ささでした。

まずは操船の自由さ。喫水(水面から下の部分の深さ)が浅いので陸の近くや岩礁や浅瀬の多い場所でも入っていくことができます。陸に近づけると景色が変わります。遠くから引いて見る島や陸は美しいですが、どこか絵葉書を眺めているような印象があります。しかしAmiではこれまで乗っていた船よりずっと陸に近づくことができます。海岸に建つ家の様子、走っている車や自転車、港で働く人々の様子。人が住み、日々の営みを行っている場所として陸地を見ることができるのです。

そして自然との近さと反応の良さ。大きな船では風に合わせて帆を操作するのは大勢の人の力が必要な作業です。その一方で、帆を調整したことで目に見えてスピードが上がったり、船の傾きや揺れ方が変わるのを感じる機会は少なめでした。もちろん、帆を調整することでコンディションは確実に変わります。けれど船自体のサイズが大きいので注いだエネルギーと比べる変化があまり感じられないことも多いのです。

けれど小さい船ではその反応がとても早い。セイルのバランスを変えたり、進路を少し調整したり、ほんの少しの判断と変化で船のスピードや乗り心地が大きく変わってきます。本当に自分の力で航海をしている、自然を利用し乗り越えて進んでいる、そんな感動を強く感じることができるのです。

大きな船ではエンジンを止めていても様々な電子機器や生活のための機械類を使うために発電機を止めることはできません。エンジンが回っている時よりはかなり静かにはなりますがそれでもかなり大きな音が、デッキでもキャビンでもいつも響いています。小型の船だと設備が少ない分電気もあまり使わないので、船が出すノイズをほぼ完全に止めることができます。波の音、風の音、セイルのはためく音、それだけをBGMにして航海することができます。

食事をしたり、風呂に入ったり、そしてただ眠るだけのことでも、日常の細々したことのやり方も違っていました。食料庫がないので陸に着いたら買い出しに出かけ、貧弱な調理器具で食事を作ったりします。港の近くで銭湯や温泉施設を探して一日の航海で浴びた潮気を洗い流します。狭い船内では航海の間はベッドも荷物置き場になっていたりします。夜になると航海する状態から眠るための状態に荷物を動かしたり毛布を出してきたりしないとベッドにもぐり込むこともできません。そんなこともすべてぼくにとっては初めての体験でした。

 

ぼくのセイルトレーニングを探すとば口に

 

Amiでの航海では、これまで乗ってきた大きめの帆船で得られるような、仲間と力を合わせて船を進めていく感覚はありませんでした。そのことは事前に予想していた通りでした。セイルトレーニングを行うという意味では、小さい船は向かないのではないか、ぼくはそう思っていました。

その考えは半分当たっていましたし、半分は間違っていました。みんなで船を動かしていく感覚は薄いですが、自分の力で道を切り開いて進む、風や潮を感じながら操船する、そうした本当の意味での自然の力は小さな船の方がよりダイレクトに、リアルに、体感することができる。二週間の航海の中でぼくはそんなことを感じるようになりました。

大きな船はある意味ではアパートのような共同住宅がそのまま海の上を移動しているようなものです。どこに行っても生活する環境自体が大きく変わることはありません。しかし小さな船だと、周りの環境が変わると生活の様子も変わります。暑くなれば寝苦しいし、雨が降ればデッキを叩く雨音は船内にやかましく響きます。

そしてこれもまたセイルトレーニング。二週間の航海を通じてぼくはそう思うようになりました。自分がこれまで知っているものとは少し違うけれど、自然の中で航海することで心の内側の何かを呼び覚ます力がある、それがセイルトレーニングだとすると、このAmiという船でも十分にセイルトレーニングを行える可能性がある、そう考えるようになったのです。

Amiという帆船と出会い航海した体験は、もう少し後で「ぼくの」セイルトレーニングを考えるきっかけにもなりましたし、具体的なプランを考える上でも大きな要素となるのですが、それはまた少し先のお話です。

 

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)

 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)

 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学「みんなの航海術」 帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう



田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。