TOOLS 81 人生を変えるほどの映画に出会ったことがある?/熊谷ゆい子 ( 映画愛好家/映画館マニア )

映画都市・東京には、素敵なオリジナリティのある映画館がたくさんある。こんなに多くの個性的な映画館があるのに、行ったことがないなんて本当にもったいない!それぞれの映画館の雰囲気も楽しむつもりで東京映画館散歩に出かけてみてはいかがだろうか。
TOOLS 81
人生を変えるほどの映画に出会ったことがある?
熊谷ゆい子 ( 映画愛好家/映画館マニア )

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自由に生きるために
個性的な映画館に出かけてみよう

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わたしがこれまでの人生で多くの時間を費やした場所のひとつは間違いなく映画館である。映画館に行くときは、一人で行くことがほとんどだから、青春時代の大半の時間を暗闇の中で過ごしたかと思うとなんとも言えない複雑な気分に陥ることもある。がしかし、あの暗闇の中では、様々な人間模様を盗み見ることができ、自分の実人生では体験することのできない世界と出会うことができた。

少し話がそれるが、わたしは散歩をしながら、立ち並ぶ家々を見るのが好きだ。ひとつひとつの家を眺めながら、「この家ではどんな人がどんな風に暮らしているんだろう」と想像するのが楽しくて仕方がない。映画についても、少なからず同様の気持ちを持っている。「自分以外の人たちは、一体どうやって生きているの?」という好奇心や疑問を満たしてくれる。もちろん、それだけの理由ではないけれど。

 

世界有数。多様な映画を観られる都市、東京。

 

東京にはたくさんの映画館がある。シネマコンプレックス、ミニシアター、いわゆる二番館と呼ばれる公開時期の過ぎた映画を二本立てで上映してくれる名画座、公共の施設として運営されているフィルムセンターなど、数えたらきりがないほど。映画業界の端っこで仕事をしていたときに出会ったとある海外の映画関係者も、東京について「毎日、こんなに多種多様な映画を観られる都市は世界にもわずかだよ」と言っていた。

たとえば、1920年代の海外の名作や、小津、成瀬、溝口など日本代表する映画監督の作品、アジアや中東などの珍しい地域の映画も観ることができる。それが東京という都市だ。映画好きな私から見れば、ほんとうにパラダイスである。「あれもこれも上映しているんだ!」と、想像しただけでもワクワクしていたものだ。


わたしが選ぶ、東京の個性的な2つの映画館

 

そんな映画都市である東京の映画館の楽しみをもっとたくさんの人たちにも知ってもらいたいという気持ちから、わたしの個人的な体験とともに、完全なるわたしの独断と偏見で東京の個性的な映画館をピックアップしてみたいと思う。

その1 ユーロスペース(渋谷)
渋谷の映画文化を醸成した老舗映画館 
http://www.eurospace.co.jp/
 Source:  f.hatena.ne.jp

言わずと知れた1980年代ミニシアターブームの先駆けとなった映画館。映画館の運営だけではなく、様々な映画の配給も行っており、ヴィム・ベンダースやアキ・カウリスマキ、レオス・カラックスなどたくさんの映画監督を日本に紹介してくれた。

個人的には、わたしの人生を変えてしまった映画館と言っても過言ではない。この映画館と出会わなければ、映画配給の仕事には関わっていなかったと思う。そして、珍しくひとりではなく友人と一緒に行った回数が一番多い映画館である。ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『ソドムの市』(サディズムの言葉の由来ともなったマルキ・ド・サドの作品が原作。観るのに勇気がいる映画とも言われているらしい)を友人と一緒に怖いもの見たさで行ったときには、途中で席を立つ人がちらほらいる中で、少々気分が悪くなりつつも最後まで観て明りがついた映画館の中で友人と顔を見合わせた瞬間を忘れることはできない。

また、ヴィターリー・カネフスキー監督の『動くな、死ね、甦れ!』(第二次大戦直後のロシアが舞台。53歳で監督デビューしたカネフスキーの自伝的作品)を当時の同僚と観に行った際には、ラストの衝撃でほんとうにしばらく席を立てなかった記憶がある。

怖いとか衝撃という言葉ばかり並んでいるが、ユーロスペースは決してそんな衝撃的な作品ばかり上映しているわけではなくて、ユニークで多様な価値観を提示してくれる映画を数多く上映してくれる映画館なのである。「キノハウス」というビル名がついている通り、ユーロスペースが入っているビルには他にも、古今東西の名作を二本立てで上映してくれるシネマヴェーラ渋谷という名画座や、落語などを上演しているユーロライブ、映画を学ぶ施設である映画美学校が入っており、映画やエンターテイメント好きにはたまらない場所になっている。カフェも併設されているので、1日中キノハウスに籠って映画のはしごをすればなんとも濃密な1日を過ごせそうだ。

 

その2 ラピュタ阿佐ヶ谷 
古い日本映画の新たな魅力を再構築する映画館 
http://www.laputa-jp.com/

Source: allabout.co.jp

『ガリバー旅行記』で描かれている天空に浮かぶ島ラピュタをイメージしてつくられたという建物が目を引く映画館。阿佐ヶ谷駅から歩いてこの映画館に向かい、木々に囲まれたこの建物を目にすると、どこか架空の物語の世界にでも迷い込んでしまったかのような不思議な感覚を覚える。ここでは日々、日本の古い映画を、テーマや監督、俳優などで集めた特集上映が行われている。たとえばここ最近では、「昭和の銀幕に輝くヒロイン 香川京子」とか「稀代のエンターテイナー! フランキー太陽傳」などの特集名が並んでいる。

わたしがこの映画館で観た思い出深い特集は、日本の古い映画と言っても、日活ロマンポルノである。日活ロマンポルノと言うとあまり馴染みがない人のほうが多いとは思うけれど、当時の若い映画監督の登竜門的な役割も果たしていたし、作家性や芸術性の高い作品も多数生まれていたのである。日活ロマンポルノとは、ざっくりと定義すると、「10分に1回絡みのシーンを作ればあとは何をやっても良い」という自由な精神で作られた映画である(もちろん他にも細かな制約はある)。

とはいえ、日活ロマンポルノは基本的には成人映画館で観られることが多い映画だったので女性はなかなか観ることが難しかったのだが、ラピュタ阿佐ヶ谷で特集上映が組まれることにより、多くの女性に作品と出会う機会を与えたのではないかと思う。かく言うわたしもそのひとりである。当時わたしは、「性と愛のフーガ 田中登の世界」と題された特集に通い、田中登監督の描く叙情的な物語や映像の美しさに夢中になったものだった。

ここは日本の古い映画を上映しているため、いまだにフィルムで上映されているのも魅力のひとつである。たまには、昔ながらの映写機がカタカタ回る音を聴きながら昔の日本映画の世界に浸って
みるのも、素敵な時間の過ごし方ではないだろうか。

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とまあこんな風に、わたしが好きな映画館を2つだけ挙げてみたけれど、映画都市・東京には、他にも素敵なオリジナリティのある映画館がたくさんある。こんなに多くの個性的な映画館があるのに、行ったことがないなんて本当にもったいない!上映されている映画もさることながら、それぞれの映画館の雰囲気も楽しむつもりで東京映画館散歩に出かけてみてはいかがだろうか。

なお、東京では、ここ数年で閉館してしまった素晴らしい映画館がたくさんあるので、それについても機会があればいつか記録として書いてみたい。

 

人生を変えるほどの映画に出会う方法
1. 東京は映画パラダイス。多種多様な作品がいつも上映されている
2. 渋谷の文化発信地に出かけて、映画のはしごをしてみる
3. フィルムの映写機が回る空間で、古い日本映画を再発見してみる

 


熊谷ゆい子

熊谷ゆい子

くまがい ゆいこ 映画愛好家/映画館マニア 1980年生まれ。岩手県出身。田んぼと畑に囲まれた田舎で育つも、物心ついたときから、ここは私のいる場所じゃないなあという違和感を感じながら過ごす。幼少の頃は本をたくさん読んで過ごし、その後、徐々に音楽や映画、パフォーマンスなどアート全般に興味を持ちはじめる。高校卒業後、映画制作を学ぶため多摩美術大学に入学。大学はとても楽しく刺激的だったが、周囲の友人たちの個性や表現力に触れ、自分はつくる人ではなく、つくる人やつくられたものを広めるサポートの役割が向いていると気づく。大学卒業後は念願の映画の配給関連の仕事をするものの、29歳のとき、別の世界も見てみようとWeb制作の勉強をはじめ、現在はWebサイトや紙媒体制作などのディレクションを生業として暮らしている。