もういちど帆船の森へ 【第14話】 海辺から海へ / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦マリンレジャーについて考える中で、以前から気になっていたのは、山との差です。週末の朝に電車に乗っていると、これから山に向かおうとする集団とよく乗り合わせます。登山やトレッキングは、ジャンルとしてかなり大きな規模を持っている。登山が根強い人気を持っている理由について
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。

 

 第14話   船酔いと高山病 

                 
 TEXT :  田中 稔彦
                      

ヨットに乗ってみたいときは

 

「初心者だけどヨットに乗りたいんだけどどうすればいいですか?」

この頃、そう聞かれることが多くなりました。

そういう時は

「ヨットを持っている人と友達になることです」

と答えています。

他のスポーツやレジャーと比べると、ヨットに乗るために必要な道具や装備は少ないと思います。必須なのはライフジャケットくらい。レースに出たり外洋を走るのでなければ、ウェアもシューズも普段使いのもので十分です。

たったひとつ、絶対に必要なもの、それはヨットです。これは値段も高いし維持にも手間がかかりますので、気軽に買うわけにもいきまん。レンタルとかもほとんどありません。

そんなヨットを比較的簡単に確保する手段が「オーナーさんと友達になること」なのです。

そんなアドバイスをすると次に言われるのが

「身の回りにヨットを持っている人がいないんですが」

です。

そうですねえ…。

2014年。帆船での体験航海の事業化を念頭に置いて活動していこうと決めました。ただ、実際に使える船があるわけではありません。実際に事業をスタートしても、成り立つだけのお客さんが来るかは分からない。

そこで今できることは「まずお客さんを育てること」、そう考えて動くことにしました。本物の「海」を体験する人、興味を持つ人を増やす。そのために海に興味を持ってもらうイベントや体験乗船の機会を作ろうとしていました。

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日本のアウトドアレジャー

 

とはいえ、元々のヨット人口自体もそれほど多くありません。また個人所有のものが多く、知らない人を船に乗せることをオーナーさんはあまり歓迎しません。そんなこともあり、気軽に普通の人が海に出る機会を作るのは少し難しいことでした。

そもそも、ヨット人口ってどのくらいで、他のアウトドアレジャーの市場規模とどのくらいの差があるんだろう?

そんなことが気になって国内のアウトドアレジャーの人口をざっくりと調べたことがあります。

競技としてのヨットはオリンピック種目にもなっていますが、日本での競技人口は約一万人だそうです。オリンピック種目の中でも国内の競技人口はかなり少ない部類に入ります。レースではなくクルージングを楽しむ人口はもっと多いのではと思いますが、こちらは統計がみつかりませんでした。

ただ、モーターボートも含めた、国民100人当たりのブレジャーボート保有隻数は0.2隻というデータがありました。ちなみにオーストラリアは4、アメリカは6、ノルウェーは16らしいです。100人当たり0.2隻ということは日本にあるプレジャーボートは20万隻ほどということになります。

この数字を他のアウトドアレジャーと比べてどうなんだろうと思い調べていると、マリンレジャーであるサーフィンについて書いている記事を見つけました。

サーフィン業界が深刻というのでちょっと調べてみた

この記事ではサーフィンの参加人数(一年間に一度以上行った人数の推計)は2004年で110万人、2015年で30万人となっています。またレジャー白書を見ると釣りについて、釣り人口がピークだった1990年代後半には2000万人。それが2013年には770万人まで減少したとあります。

どちらもここ10年ほどで大きく人口を減らしていますが、ヨットよりは圧倒的に規模が大きいと思われます。

ちなみにスキーについても軽く調べてみたところ、ピークは釣りと同じく1990年代後半で1800万人。それが2013年には770万人まで減っているそうです。釣りと規模感としてはほぼ同じくらいのようです。

アウトドアレジャーの人数は、いずれも減少気味です。また一人あたりの消費する金額も少なくなっていて、マーケット自体が縮小しているというデータもあったりします。

とはいえ、ヨットはそもそもの人口がかなり少ないのは事実ですね…。

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海と山の違い

 

様々なアウトドアレジャーの中で、ヨットはかなりマイナー。

しかし、いろいろな人から話を聞いていると、興味はあってもとっかかりがないという声が多いのも事実。ということはそこを何とかできれば、ジャンルとしての規模を大きくすることは可能という考え方もできます。やはり「どう間口を広くするか」にひとつのポイントがある気がします。

マリンレジャーについて考える中で、以前から気になっていたのは、山との差です。週末の朝に電車に乗っていると、これから山に向かおうとする集団とよく乗り合わせます。登山やトレッキングは、ジャンルとしてかなり大きな規模を持っているようです。

登山が根強い人気を持っている理由について考えること。これにより、ヨットがあまり受け入れられないわけを知ることになるのではと思いました。

準備の手軽さでいけば、冒頭でも書きましたがヨットの方が手軽なのではと思います。普段使いのもので十分対応できるのですが、ただその手軽さが知られていない気はします。また体力的には圧倒的にヨットの方が楽なのですが、そこもあまり理解されてないのではと思います。

つまり「ヨットに乗る」「海に出る」とはどういうことなのか、何が起こるのかの具体的なイメージが足りないというのが、ヨットが敬遠される一つの理由ではあるのです。

また、登山の場合は、山ごとに様々な難易度があります。頂上に到達するという、はっきりとした目的もあります。また頂上までの過程にも寺社を訪ねたり、そこでしか見られない風景と出会ったりと、いろいろな楽しみ方が用意されています。登山のいいところは、参加者それぞれの能力や興味に応じた達成感を感じられること、そう思います。

こうした体験によって「何を手に入れられるのか」をはっきりした形で伝えていくことも、ヨットというレジャーに足りない部分なのです。船を持たない自分ができるのはそういう部分を埋めること、2014年のぼくはそう思っていました。

 

sickness のその先に

 

「船乗ってみませんか」

と誘った時に一番よく返ってくるのは

「船酔いが心配で…」

という言葉です。

こればっかりはどうしようもありません。

実は、プロの船員さんでも船に弱い人というのはいます。友人の船員さんで、学校を出て初めて乗ったのが琵琶湖の遊覧船だった人がいます。数年間琵琶湖で働いて、外洋を走る船に仕事を変えて

「そういえば、俺は船に弱かったんだ」

と思い出したそうです。琵琶湖は湖なのでそれほど大きく船が揺れることはなく外洋とは雲泥の差。

また船酔いには「慣れ」もあり、船上に長く身を置いていると感じなくなってきます。外国航路の船員さんは2,3ヶ月の連続勤務と1ヶ月程度の休暇を繰り返します。長い休暇明けにいきなり悪天候になると船酔いして

「そういえば、俺は船に弱かったんだ」 

と思い出すこともあるそうです。

ぼく自身もコンディションよっては酔います。けれど、ぼくだけではなくほとんどの人にとって、あくまで「コンディションによっては」なのですが。

寝不足だったり疲れていたりすると、船酔いする確率はぐんと上がります。一方、体調が良くて海のコンディションもいい時に船酔いする人はほとんどいません。外洋に出るとうねりが大きく、不規則になり、船酔いしやすくなるのですが、東京湾や相模湾、瀬戸内海などの内海を走っている限りでは、ほとんどの人は船酔いとは無縁です。

船酔いにはメンタルの要素も結構大きいので「わたしは船酔いしやすい」という思い込みや、「船酔いしたらどうしよう」という不安感が大きいと、症状がでやすくなる気がします。

海と山の比較すると、山の世界にも「高山病」というものがあります。

船酔いは英語で sea sickness
高山病は altitude sickness です。

船酔いは「海」でかかる病気、高山病は「高い」場所で発症する病気ということでしょうか?

高山病は、だいたい標高2400mを超えると発症すると言われているそうです。初心者でも慣れた人と一緒なら、そのくらいの山にチャレンジすることはそう珍しいことではないのではと思います(この辺りは山に詳しい人に聞いてみたいところですが)。しかし高山病が心配で山に行くことを諦めるという話はあまり聞かない気がします。

ぼくは中学生の頃に、富山県の立山という3000m級の山に学校の行事で登ったことがあります。事前に高山病についてはアナウンスされ、実際に不調になったりもしたのですが、それが山に行くことを辞めようと思う動機にはなりませんでした。

その辺りの感覚の違いというのは今でもぼんやりとしか分からないのですが、船酔いへの抵抗感を少なくしていくことも、間口を広げるという意味では大切なことなのではと思っています。

「海に出る」という体験から何を得ることができるのかを伝えること。
そして、「船酔い」というバリアを取り除くこと。

2014年の時点でぼくが必要だと思っていたのはそんなことでした。

そのヒント自体はそれまで帆船で暮らしていた中でたくさん持っている気はしていました。船に弱いことを自覚していて「1日や2日じゃ楽しめないから」と長い航海にしか乗ってこない知り合いもたくさんいました。

最初の抵抗感を乗り越えた時に、その向こうにどんな新しい世界が待っているのか。不安を上回るだけのワクワク感を提供すること。それにはどうすればいいのか、そんなことを考えていました。

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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)

 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)

 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう



田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。