もういちど帆船の森へ 【第38話】 楽しさの向こう側にあるもの / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦あまりに当たり前に「お客さん」なひとが多くなったんじゃないか、そんな気がする。快適な環境。わかりやすいアナウンス。確実に手に入る、ちょっとした成果。危険や失敗を避けるための、丁寧なインストラクション。不便であることが非日常ではないし、不便さを体験してもらうことが目的ではない。ただ、支払いに見合った
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第38話   楽しさの向こう側にあるもの

                   TEXT :  田中 稔彦                      


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 想像できないこととの出会い

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帆船とか冒険とか。

そんな話をいろいろな場所、ひとの前で話していて感じるのは、相手によってイメージがずいぶんと違うなあということ。

例えば「帆船で航海します」という言葉から、豪華客船なみののんびりしたクルーズを想像するひともいれば、シャワーも浴びられない山のキャンプレベルの生活をイメージするひともいます。

「あこがれ」「海星」という二隻の船でボランティアクルーをしていて、大勢の人が船を初めて目にする場に立ち会いましたが、その反応もかなりバラエティーに富んでいます。「大きい」と驚くひともいれば「小さいなあ」と不安そうになるひとも。食事を「おいしい」と喜ぶひともいれば、それほどでもなさそうに食べるひともいます。

航海の内容への感想もひとそれぞれ。同じひとつの航海でも、「厳しかった」と「物足りなかった」という真逆の感想が出てくることも。

たぶん、それぞれが、それぞれの期待や思いをもっているのだと思います。

「帆船の航海」は非日常な体験ですが、日常からどのくらい離れているのかを体験する前に正確に測ることは難しくて。どれだけ下調べをして話を聞いて準備をしても、予想とは違うことが起こる。そこには、不便だったり不快だったりといった負の要素も当然含まれます。

なにを求めて「非日常」に飛び込むかというのも、ひとによって違っていて当たり前ですが、想像の範囲を超えることと出会う、そのことも「非日常の体験」の面白さなのだとぼくは思っています。

それを楽しむこと、自分のなかに取り込んで日常を生きる糧とすること。それがぼくの考える「非日常体験」の魅力なのですが。

 

 

 フジロックは変わった?

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最近、ちょっと気になる記事を見かけました。

国内最大級のロ音楽フェスティバル「フジロック」、DJで音楽ライターでもある筆者が、20年以上に渡って続くこのイベントが「特別な場所」から「普通の場所」へと変わりつつあることを書いた記事です。

記事で取り上げられているのは「椅子」と「ゴミ」。

テントを張ることもできる野外フェスで地面に座りたくないためにアウトドア用の椅子を持ち込むひとが増えたこと。そして椅子を使用するひとの多くが、周囲の状況などまったくお構いなしに行動することが多いこと。

また以前は「世界一クリーンな音楽フェス」とまで言われ、ボランティアによる呼びかけでゴミの管理がきちんとされていたのに、いまではゴミが散らかっていても気にしない参加者が多くなってしまったこと。

マナーが失われてどうなるのか。「自由」も失われることになると筆者は言う。

自分の行動が人に与える結果を想像し、自分の行動の規範を決めること、誰かに決められたルールに従うだけではなく、自分でルールを決めること。それが「自由」。

かつてのフジロックは、ルールに縛られない自由を得るために、参加者が自分で考え行動する心意気があった。だけど、それがだんだんと失われているのではないか。そして後に残るのは、様々なルールに縛られたフェスティバル。

そんなフェスって楽しいですか?
筆者はそう問うているのです。

 

 

 参加者のお客さん化 

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もちろんこれは、あくまで筆者個人の感想と意見。イベントに参加した中には、違った感想のひとも大勢いると思う。けれど、実のところぼくも似たような感覚があって。だからこの記事が少し引っかかったのです。

おそらく震災以降、世の中には体験型のイベントが圧倒的に増えた気がします。

農作業体験や田舎暮らし。DIYでのリノベーション。林業やものづくり。はてはビーチクリーンや街のゴミ拾い。

よく言われる「モノ」消費から「コト」消費への流れとか、震災をキッカケに生きる力とはなにかという問いかけが生まれたとか、理由はたくさん語られてきているし、指摘のほとんどは正しくて。そんなこともあって、体験型イベントの敷居は下がっている。企画する側にとっても、参加する側にとっても。

多種多様な体験型イベントが企画され、参加するひとの幅も広くなった。そんななかで「参加者のお客さん化」がだんだんと進んでいる。ぼくはそんな気がしてならない。

もちろん参加者は参加費を払ってイベントに参加する。そういう意味では「お客さん」であることは当然だけど。

けれど、あまりに当たり前に「お客さん」なひとが多くなったんじゃないか、そんな気がする。

快適な環境。
わかりやすいアナウンス。
確実に手に入る、ちょっとした成果。
危険や失敗を避けるための、丁寧なインストラクション。

不便であることが非日常ではないし、不便さを体験してもらうことが目的ではない。ただ、支払いに見合った対価を得ることが、予定された素敵なゴールにたどり着くことが、当たり前過ぎないか、そう感じたりするのです。

最近注目されてきている「グランピング」なんかは、その典型なのかもしれません。

グランピングとは、グラマラス(魅惑的な)とキャンピングを掛け合わせた造語で、テント設営や食事の準備などの煩わしさから旅行者を解放した「良いところ取りの自然体験」に与えられた名称と言われています。

キャンプという非日常な時間のなかで、参加者の負担や不快や要素は極力排除されて。

もちろん、楽しむためにはそれで正解だと思います。でも本当にそれはキャンプでしか体験できない楽しさなのでしょうか? グランピングで切り捨てられたもののなかにも、そこでしか体験できない楽しさはあったんじゃないでしょうか? そう感じるのです。

 

 楽しいだけでは手に入らないもの

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帆船のボランティアクルーとして、たくさんの航海を経験してきました。

予定した時間、港にたどり着けなかったことも何度かありました。そのせいで、飛行機や列車のチケットを取り直したり無駄にしたり、タクシーで何千円もかけて移動したりする羽目になった参加者もいました。

予定の時間に予定の場所で解散する。そんなの、イベントにおける基本中の基本です。だけど、時としてそんな人間の思惑どおりにはいかない。それが自然というものなのです。

天気が穏やかで、プログラムは予定通り進み、参加者同士も仲良くなった楽しい航海があります。一方で、毎日悪天候に見舞われ船は木の葉のように翻弄され、予定していたこともできず、参加者はみな船酔いに苦しむ航海もありました。

普通に考えれば、穏やかな航海のほうが満足度が高いと思いますよね。
実際に、アンケートを取ったりするとそういう答えが出てきます。

けれど、実はつらい航海を体験した同士の方が航海が終わった後も交流が続いたりするのです。普通の「楽しさ」のその向こう側に、体験を通してしか手に入らないなにかがあるのです。

だからといって、嵐に向かって舵を取ろうというわけではありません。

ただ、あまりにも快適であること、便利であること、あるいはわかりやすく楽しいことに軸足を置きすぎていませんか? 与えられたものをなんの疑いもなく消費していませんか?

もちろん日常を生きる中ではそれでかまいません。だけど非日常の時間のなかには、そんなあなたの想像できない楽しさも隠されている、そのことを知っておいて欲しいのです。

 

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 
第28話 その先を探す航海(2018.10.10) 
第29話 過程を旅する(2018.11.10) 
第30話 前に進むためには(2018.12.10) 
第31話 さぼらない(2019.1.10) 
第32話 語学留学とセイルトレーニングは似ている?(2019.2.10) 
第33話 問われる想い(2019.3.10)
第34話 教えない、暮らすように(2019.4.10)
第35話 心の火が消えることさえなければ(2019.5.10)
第36話 「大西洋の風」を伝えるには(2019.6.10)
第37
話 伝統と未来と(2019.7.10)

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。