TOOLS 111 嘘をつくことで交渉が有利になることはあるのか / 中嶋俊明(弁護士)

中嶋さん交渉に嘘はつきものです。交渉の場面では必ずといってよいほどみられます。そのほとんどは「自分が不利な立場につきたくない」という思いからでるもの、いわば「身を守るための嘘」です。その中で特に多いのは「ごまかし」、つまり、明らかに意図的に相手をだまそうとして
嘘をつくことで交渉が有利になることはあるのか

中嶋 俊明 ( 弁護士 ) .


自由に生きるために
誘惑に負けず、準備の時間をもらおう

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 嫌われたくないからこそ。我が身を守る嘘をついてしまう人への処方箋は?

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嘘をついてはダメだと子どもは大人から教わります。それなのに、なぜか大人の世界からも嘘が消えることはありません。

例えば、本当はお金をもらっているのに、ワイロだと知られたくないからとか、こっそりしていた仕事だから知られたくないとか、お金の出所を知られたくないからとか、いろいろな理由で、「もらっていない」と嘘を言ってしまうことがあります。

また、警察沙汰にならないレベルでも、例えば、本当はカードローンが150万円ほどあるのに、結婚を考えている恋人に嫌われないために、「借金なんてないよ」とつい嘘をついてしまったり。もし、このまま結婚して、後で嘘がバレた時のことを考えると、心配ですよね。

今回は、交渉を仕事にする弁護士の立場から、嘘をついてしまう理由と、そのリスクについてお伝えします。

基本的に、交渉に嘘はつきものです。交渉の場面では必ずといってよいほどみられます。そのほとんどは「自分が不利な立場につきたくない」という思いからでるもの、いわば「身を守るための嘘」です。

その中で特に多いのは「ごまかし」、つまり、明らかに意図的に相手をだまそうとして事実と違うことをいうのではなく、相手が誤解や思い違いをしているのを、訂正せずにそのまま自分に有利に使おうとする場合です。

また、「こういう意味で言ったんだ」というように、後で自分に都合のよいように、言い換えができるような言い回しをすることで、ごまかそうとすることもあります。

たとえば、取引先からワイロをもらっていないと嘘をついてしまった場合、お金を一部でも仕事仲間との飲食代に使っていた場合には、「仕事の現場のみんなで交流を深めるための飲食代として使っただけで、先方から御馳走してもらったという認識でした」と言ってみたり。借金をしていないと嘘をついてしまっても、「カードローンは借金じゃなくてクレジットカードの分割と同じ」と言ってみたり。

嘘もごまかしも、ダメなことはみんな分かっています。それでも嘘をついてしまうのは、「バレないし、バレても何とかなるだろう」という根拠のない自信があるからです。これは、自分に都合がよいように状況を認識する自己中心主義のバイアスによるものです。十分に準備して事前に問題を検討していれば、嘘をつくべきではないと分かることも、準備を怠っていると、ついつい安易に「大丈夫だろう」と思ってしまいます。

自分の身を守りたいと思うのは本能的な反応なので、ある意味では当然の心の動きです。人の心は弱いもの。それは仕方のないことです。

しかし、嘘は大きなリスクを伴います。もしばれてしまったら、その交渉は破談になりかねませんし、あなたの評判も傷つけてしまいます。あなたが大したことはないと思って言った、たった一回の小さな嘘が、これまで積み重ねてきた努力をすべて無駄にしてしまうこともあります。

「相手は嘘をつくかもしれないのに、自分だけ正直にいるなんてバカみたいだ」
「自分だけバカ正直にはなれない」という思いもあるでしょう。

ですが、嘘をつくことで交渉は有利にはできません。

あなたが交渉をする理由は、その交渉で叶えたい目標があるからです。交渉で目標を叶えるためには、お互いに、自分にとってはそれほど重要ではなく、相手にとっては重要なものを交換し合う必要があります。

ところが、嘘やごまかしをすると、お互いに何を交換し合えばよいか分からなくなってしまい、交渉が進みません。これではあなたの目標も達成できなくなります。

もちろん、あなたの情報をすべてさらけ出す必要はありません。交渉に不要なことまで伝える必要はありませんが、ただ、事実と違うことをいったり、相手の誤解に付け込むような手段は決してお勧めしないということです。交渉を有利にする方法はほかにいくらでもあります。どうか、嘘をつく誘惑に負けないでください。

 

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準備が足りないから嘘をつく

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あなたが嘘やごまかしをしてしまう理由の多くは、準備してなかった厳しい問題や予想してなかった質問に直面して、どう答えたらいいかわからなくなってしまうから。ついつい安易に嘘やごまかしをして、その場を逃れようとしてしまいます。

「準備が足りていない」ということが理由ですから、その解決方法は、追加で準備の時間をもらうということ、それだけです。

厳しい質問をされた場合、「そのことについては、誤解がないようにしたいので、回答に少し時間をください。」と遠慮なく言いましょう。

「なんでこんな大事なことを検討してないんだ!」
「自分のことなんだから、今この場でこたえられるでしょ?」
「いま答えられないということは、嘘だと認めるということですね?」

というように、こちらにプレッシャーをかけてくるかもしれません。

ですが、その場で即答しないといけない決まりはありません。即答しないことで何かが決まったり、取返しのつかないことが起きることもありません。「そういう気がする」だけです。

逆に、その場で自分の身を守ろうと、安易に嘘やごまかしをした場合にこそ、取り返しがつかなくなります。回答すること自体を約束すれば、ほとんどの場合相手は待ちます。交渉決裂に比べれば、待つことなんて大したことではないからです。

相手は即答するように何度もプレッシャーをかけてくるかもしれませんが、どうか臆せず、嘘をつきたい誘惑に負けず、準備の時間を追加でもらうようにしてください。

そして、準備の時間を得た後に、嘘やごまかしではなく、あなたにとって一番ベストな答え方を十分検討しましょう。答えることと引き換えに相手にも何か行動を求めるなどして、むしろあなたの交渉のチャンスにできるかもしれません。

例えば、ワイロをもらっていた場合、改めて時間をもらって、どう回答するか考えます。お金をもらったことは言うべきですが、それが不正かどうかは経緯や使われ方にもよります。

自分の欲求だけのために使ったのであれば、嘘やごまかしは意味がありません。それよりも素直に謝罪して、どう返金するかをこちらから積極的に提案することで誠意を示すことができます。

仕事のチームとの飲食代にお金が使われ、チームの結束も高まったということであれば、そのメリットの面を伝えるべきです。チームがどうよくなったか等を伝えて、ワイロ自体の問題から論点を変えることもできるかもしれません。

カードローンがあるのに婚約者に「借金がないか」と聞かれた場合、回答を保留すること自体、なかなかハードルは高いとは思います。ですが、この場合でも、「きちんと説明したいから少しだけ待って」と伝えましょう。カードローンのことを伝えるべきかどうか、伝えるとしてどう伝えるべきか、考える時間があるかどうかで回答は全く違ってきます。

嘘をつきたいと思った理由が、「婚約者に嫌われるから」ということであれば、そもそもその程度では嫌われないのではないか、理由が大事だと思い至るはずです。

どんなときでも準備の時間を絶やさなければ大丈夫です。自分の身を守るのは、嘘やごまかしではなく、準備の時間であることを覚えておいてください。

 

嘘で身を滅ぼさないために

1.   嘘のリスクを自覚する
2.   自分の情報をすべてさらけ出す必要はない
3.  回答に困ったら、時間が欲しいと遠慮なく頼む

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 中嶋俊明さんの過去のエッセイ  

TOOLS 88   与え合う交渉術 – 与え合うことが最上の結果を生む!


 


中嶋俊明

中嶋俊明

(なかしま としあき)弁護士。1980年6月28日生まれ。2008年に神戸大学ロースクールを卒業し、同年に司法試験に合格。大阪において、企業から個人まで幅広い分野で多くの裁判を手掛け、刑事事件でも逆転無罪を勝ち取るなど活躍する。2014年に弁護士法人東京新宿法律事務所に移籍。多くの訴訟を経験していくなかで、「相手を徹底的に追い込む裁判では、勝訴をしても必ずしも依頼者の満足に応えることができない」ことを感じるようになる。「事前に紛争を予防するためにはどうすればよいか、紛争が起きたときに協同して解決する道を探すことはできないか」という視点を常にもつようになり、以後、紛争予防や和解による解決に力を注ぐようになる。現在は、所属事務所において業務の傍ら「与え合う交渉術」を普及・実践している。