あえて非効率な教育を行うこと。効率が悪かったとしても「今していることがこどものためになる」と信じているならばそれをやり続ける。時間をかける。大人が学習者のために時間をかけているということを学習者が気づいたとき、それは学習者の心を動かす。そしてそれが「信頼あり
中堅校なのに英検準1級合格者が続出した「最も効率的な教育法」
しょうた・すくーたー・さわうち ( 公立高校の英語教師 )
自由に生きるために
よく読んだ絵本を思い出そう
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オンライン。3月の上旬からこの2ヶ月間、ニュースでこれほどこの言葉を聞いたことは、高校で英語を教えはじめた2010年4月以来一度もない。コロナ予防のため、人との接触ができない状況となった今、多くの教育関係者は「オンライン教育」に関心を寄せている。
通信教育を行っている学校にも注目が集まり、休校期間を「これからの新しい教育に向けて大きな変革を進めていく機会」と見なし、オンライン教育を過度に擁護している言論も目立つ。
大きな理由として、学習方法の効率化を挙げることができるだろう。たとえば、オンライン上に添付されている授業ビデオで学習するとする。学習者は好きな時間にそのビデオを見ることができ、途中わからないところがあればその都度その授業を止めることができる。逆にすでにわかっている部分の解説であれば早送りもできる。このように学習者は「自分のペース」で授業を受けることができる。効率が良い。
では、今まで行っていた教育方法は効率が悪く、今推奨されているオンライン教育が最もよい教育方法であるのだろうか。
人間が感情を抱かず、個々の性格や感受性が完全に均一化されている動物であるのならば、オンライン教育は最も効率の良い教育であるかもしれない。ただ地球上には70億人以上の人間がいるが、だれ一人完全に同質な人などいない。この時期に学齢期のこどもがいる保護者には自明のことではあるが、その「効率が良い」オンライン授業に誰もが夢中になってやり続けるようなことはない。夢中になれるこどももいれば、当然そうでないこどももいる。休校が長引き、「学習時間が短くなった」という声も少なくない。
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ブルーノ・マーズの音楽ライブにみた「学びの本質」
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ではそもそも、こども達にとって「最も効率のよい教育」とはどのようなものであるのだろうか。この問いに対する回答を示すために、少々個人的な経験を共有したい。
あれは5年ほど前のことである。アメリカの人気アーティストのブルーノ・マーズが来日した際、友人に誘われ、そのコンサートに行くこととなった。人混みが苦手で普段休日は家にこもることが多い私にとって、人気アーティストのコンサートに行くことは少し気が引けることでもあった。会場に着いたとき、若者を中心にさいたまスーパーアリーナを埋め尽くす人の数に圧倒された。
ただ最もそのコンサートで驚いたことは、それだけの数の人々(年齢も、人生経験も、なにもかもが異なるといっても過言でない人々)が全員漏れなくピーター・ジーン・ヘルナンデス(この歌手の本名)の一語一句に耳を澄ませ、彼の指示に完全に従っていたことであった。
あのコンサート会場にいた人全員が学生時代、あのように教師の話を真剣に聞き、指示に従っていたとは到底思えない。つまり、彼ら彼女らは、ピーター・ジーン・ヘルナンデスを心から敬愛し、彼が発する言葉一語一句に興味を持っているから、全神経を集中させ聞き耳を立てていたのではないだろうか。
これが学びの本質であると私は考える。学習者にとって最も重要なことは、学ぶ内容そのものよりも、その内容を伝えようとする人が彼、彼女らにとって重要であるかどうか。言い換えると、心を許せる人からでないと学びは発生しない。ここではこの現象を「信頼ありき学習」と呼ぶこととする。アメリカの教育者の一人である、リタピアソンは “Kids don’t learn from people they don’t like” ( 嫌いな人からこどもはなにも学ばない )と言い、教師と学習者の信頼関係を重要視している。
おそらく、ここまでこの文章を読んでいる読者のあなたも、心当たりがあるだろう。人は子供であろうと大人であろうと、信頼していない他者の話を熱心に聞こうとはしない。そこまでみんな暇ではない。では「信頼ありき学習」を発動させるために教育者ができることは何か。言い換えると、どのように教育者は学習者と良好な信頼関係を築くことができるのか。
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どのように信頼関係を築くのか
この問いに対する私の回答は、あえて非効率な教育を行うことである。効率が悪かったとしても、「今していることがこどものためになる」と信じているならば、それをやり続ける。時間をかける。大人が学習者のために時間をかけているということを学習者が気づいたとき、それは学習者の心を動かす。そしてそれが「信頼ありき学習」につながっていく。
一つの例として、英作文添削の話をする。私が2年前まで勤めていた高校はいわゆる「中堅校」と呼ばれ、可もなく不可もない生徒が集まる一般的な公立高校であった。私は英語の教員として5年間その高校で教鞭を執ったが、ALT(英語補助教諭)のK氏とともに共同で多くの授業を展開していた。
K氏はカリフォルニアで生まれ育ったアメリカ人で、日本で英語を教える経験はなかったが、非常に熱心に仕事に取り組んだ。私の赴任最後の2年間は彼女と”writing project”というものを立ち上げ、生徒の英語で書く力を養うために、毎週あるテーマについて100語程度の英作文を書いてくるよう一学年の生徒全員(278人)に指示した。その課題の確認はすべてALTのK氏にお願いした。
その際、K氏には「生徒の作文を読み、文法上の誤りは特に訂正せずに、生徒の文章に対してできる限り前向きなコメントをする」ようにお願いした。彼女は、授業の合間や放課後すべてを使い、1枚1枚丁寧にコメントを残した。
ただ、中堅校の高校1年生の実体はそれほどよいものではなく、他の生徒の文章を写す生徒もいれば、google翻訳を活用する生徒も非常に多く見受けられた。また、せっかく数行にわたってK氏がコメントを残したとしても、80%以上の生徒は返却された時に、特にそのコメントに目を通すことなく済ませていた。
彼女はその生徒の実態を把握していた。ここで効率化を追求するのであれば、コメントを読まない生徒に対しては特にコメントを残さず、意欲の高いコメントを読む生徒のみしっかりコメントを残せばよかった。しかしそれでも彼女は、全員の作文にコメントを書き続けた。彼女は、彼女が書いた英語のコメントが一人でも多くの生徒に届くよう願い続けた。
その「非効率」な教育活動で生まれたのは、実際に彼女のコメントを熟読していた20%の生徒の変化であった。非効率であったとしても、そのALTの強い意志に心を打たれ、彼女のコメントを読んでいた生徒の英語学習に対する態度が変わった。授業に対する姿勢や課題への取り組み状況が飛躍的に改良された。その学年の3年間での英検2級の合格者が50名を越え(その前の学年は20名程度)、英検準1級の合格者は6名出た(それより前5年の間に合格者は一人もいなかった)。その合格者ほとんどのライティング技能は他の技能に比べ突出して優れていた。
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最も効率的な教育方法は?
非効率な方法で学習者と関わること
従って、あえて非効率な教育を行うことによって、「信頼ありき学習」を発動させるのである。これが最も効率の良い教育方法であると私は信じている。確かに、非効率な教育が常に教育的効果を発揮するとは思わない。しかし、信頼ありき学習に到達する上で「非効率だけれども生徒のためになる」と教育者が信じた教育活動は、数値で測ることができない大きな力を含んでいる。
ますます多くの市場原理主義者が教育について語り、コロナウィルスの影響でオンライン学習の必要性が叫ばれ、「学校そのものが必要ない」という効率を重視する極論が一部から提唱される昨今、少しでもこの「非効率の力」における認知度が高まることを期待する。教育を本当によりよくするためには、我々一人一人(教育者もそうでない人も)が「なにが学びに繋がるのか」を熟考すべきではないだろうか。
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まとめ:「信頼ありき学習」を発動させるには?
1. 「子どものためになる」と信じることをする
2. 非効率に見えても、時間(=愛)をかけて、やり続ける
3. 「自分に時間をかけてくれている」と気づいたとき子どもの心は動く
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