【第278話】意見が変わる先生こそ親切 / 深井次郎エッセイ

ゆっくりでいいよ 

前々回、矛盾について書いたのですが、もう少し書きますね。

「あの人、意見がコロコロ変わってない?」
「だよね、矛盾してるよ」

会社の上司でも、有名人のSNSでも、そう混乱させてしまうことがあります。

ビジネス書の世界でも、矛盾の例がある。

『一番いいのはサラリーマン』
『サラリーマンなんか今すぐやめなさい』

両作を、同じ著者が出版しているのです。

「真逆のアドバイスをするなんて、節操ないな」

多くの嘲笑が拡散しましたが、実はこれ、全然おかしくないんですね。読者対象が違えば、アドバイスも変わって当然なんです。

不器用だし、自分で責任を負いたくない、頭に汗をかかず楽をしたい人は独立したら苦労しますから、『一番いいのはサラリーマン』。

反対に、自走し、期待を超える仕事ができる人は独立に向いているので、『サラリーマンなんか今すぐやめなさい』と発破をかけたわけです。対象読者の状況、向き不向きによって、アドバイスが変わるのは当然です。

守破離の守の段階にいる初級者には、「石の上にも3年」だし、まだそれ以前の、極めたい道が定まっていないふわふわ段階の若者には「3日坊主OK。ピンとこなかったら我慢せず辞めていいのでは?」とアドバイスする人が多いと思います。

基本的にぼくは「チームには多様性が大事」というスタンス。ではありますがプロジェクトを立ち上げる最初の時期、たった数人のチームには「イエスマンしかいらない」と言っています。

生まれたてのアイデアは、赤ちゃんみたいなもので、刺激に弱い。少し厳しい反論があるだけですぐに潰れてしまうんですね。いいね、いいねで肯定して、注意深く守って伸ばす保育環境が必要なんです。ブレインストーミングで、「どんな発言も否定しない」というルールがあるのはそういう理由です。「いや、それってどうかなぁ、うまくいかないと思うなぁ」いちいち反論するメンバーがいると、生まれたてのプロジェクトは前に進むことができません。慣れない作業、未知のものを形にするのに精一杯で、反対派を説得してまで進める余力は残っていない。

しかし、ステージが進めば話は別です。軌道に乗り、人数も増え、社会的影響力も大きなプロジェクトに育ったら、あえてチーム内に違う視点や反対意見を持つ人もいれ、多様性を持つのが大事。どうしても過去の成功体験にとらわれて、自惚れたり、イノベーションが生まれなくなるからです。

「多様性が大事」と言いながら「イエスマンしかいらない」。これだけ聞くと矛盾した人に見えますが、そうじゃないことはお分かりですね。

対象とする相手によって、アドバイスは変わるもの。なので、本、特に実用書は「自分が読者対象なのか」を考えて読み進めないと、真逆のアドバイスになりかねません。本は、たくさんの人にメッセージを届けられる反面、一人ひとりへのカスタマイズができないのがもどかしいところ。もし本を読んでいて「つまらないな」「なんか違うのでは?」が続いたら、自分が読者対象ではない可能性を疑ってください。合わない本を最後まで読む必要はないんです。

ぼくの講義は、なるべく少人数で双方向を意識して進めているのは、相手の顔を見て現状をヒアリングした上でフィードバックできるからです。なので、AさんとBさんでは、真逆のアドバイスになることも当然ある。

もし本で車の運転を教えるとすると「直進するには、ハンドルは真っ直ぐに保つ」と書きます。でも、人によっては、もともと車体の軸がゆがんでいるケースもあって、自然に左に寄ってしまうかもしれない。講義なら、その個別ケースが把握できるから、「あなたの場合は少しハンドルを右に維持するといいかも」と教えることができます。

誰に対してもオウムのように決めゼリフをくり返す人より、相手によって言葉を選べる人のほうが親切です。


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。