「はい、じゃあ足を大きく上げて、その場で行進して」1ヶ月近く、ちゃんと歩いていない。いきなりその場で歩けと言われても。「そんな変な歩き方してると、本当に歩けなくなるよ。はい、行進!」目をつぶって、先生のかけ声に合わせて足を大きく上げる。
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第35話 旅人は場所を選ばない − 1年の幕開けは日本の旅から− <日本>
TEXT & PHOTO 小林圭子
あれ? おかしいな…
なんだ、なんだ、この違和感
私、日本に馴染んでないぞ…
.
久しぶりの日本。にも関わらず、「あぁ、帰ってきたぞー! やっぱり日本は良いなー」なんていう感慨深さも無ければ、清々しさのようなものも無く。その代わりに感じていたのは、「あれ、なんで私、ここにいるんだっけ… 」という変な違和感。日本を離れていたのは、たかが8ヶ月だけだったというのに、なぜか日本の空気が自分にまったく馴染んでない感覚がずっとつきまとっていた。旅の間はあんなにお味噌汁が飲みたいと思っていたのに。あんなに湯船にゆっくり浸かりたいと思っていたのに。何かがおかしい。それどころか、しばらくはトイレに入ったときに、トイレットペーパーを捨てるゴミ箱を探しては、
「あ、日本はトイレットペーパー流せるんだった… はは… 」
なんてうっかりを繰り返したりする始末。そんな思っていた以上に鈍っている勘を取り戻すのに時間がかかってしまったのは、ある思い込みを抱えていたことが原因のひとつだったように思う。
と言うのも、そもそも今回はタイのチェンマイで足をケガして、それを理由に帰国したわけだけれど、実はそれまでずっと一時帰国することに抵抗があった。「2年間で世界を一周してきまーす!」なんて大手を振って出てきたくせに、たった8ヶ月で、しかも世界一周どころかアジアを9ヶ国まわっただけという中途半端な状態で、「一体どんな顏をして帰れば良いんだろう…。私ってなんてかっこ悪いんだろう…」と思っていたから。さらには、「きっとみんなも私のこと、かっこ悪いって思ってるだろうな…。あぁ、みんなとどんな顏して会えば良いんだろう… 」と、思い込みが暴走した結果、被害妄想までをも巻き起こしていた。
引きこもり娘を見かねた母
一緒に病院行ってくれるのね、ありがと
.
はじめの数日間は足のケガを理由に、家に引きこもっていた。12月中旬という季節がら、やれ忘年会だの、やれクリスマスパーティーだのと、世間はとても賑わっていたけれど、東南アジアから帰ってきた私としては、日本の冬は寒すぎて出かけるのがとにかく億劫だったし、8ヶ月間の旅について、自分の中でまだ消化できていない部分がたくさんあって頭の中がごちゃごちゃしていたから、人に会って旅のことをあれやこれやと聞かれるのもイヤだった。「旅どうだった? 」なんて聞かれたところで、とてもじゃないけれどうまく話せる気がしなかった。そして、ホントにもう、とにかくダラダラと、過ぎゆく時間を持て余していたのだった。そんな魂が半分抜け落ちてしまったような状態の私をさすがに見かねたのか、母が声をかけてくる。
「あんた、毎日毎日そんなダラダラしてたら、体が腐ってくるで。足はいつになったら治るん? 早く病院行っておいでや」
正直なところ、私にも足がいつ治るのかよくわからなかった。確かに抜糸は既に終わっている。ということは、もう普通に歩いても大丈夫なのかな。でもまだちょっと怖い。普通に体重をかけて歩いて傷が開いたらどうしよう、と思うと歩くのが怖くて、チェンマイにいたときと同じように、相変わらずできるだけ体重をかけないように左足を引きずるようにして歩いていた。お風呂も左足にビニール袋をかぶせて水に濡れないようにして入っていた。
だけどいつまでもそんなことを言ってる場合じゃないのはわかっている。普通に歩けないとどこにも行けない。どこにも行けないと、母の言うとおり、本当に体が腐ってしまいそうだ。体だけじゃなく、このままでは頭も腐ってしまう。
「あー、でも病院に行くのはイヤだなー、めんどくさいなー」
と一人で芋虫のようにモジモジしていると、またまた母が、今度はちょっと苛立ち混じりに声をかけてきた。
「あーもう! いつまでもウダウダして! お母さん、一緒に行ってあげるから、早く行くで! 」
そのあまりの勢いに気圧されつつ、私はようやく重い腰を上げた。やっぱりいつだって母は強し…(笑)
カサブタ取って完全復活!
イチ、ニッ、イチ、ニッ!
行進だってできちゃった
.
「小林さん、中へどうぞー」
大阪は梅田の整形外科。ドキドキと自分の順番を待っていると、ほどなくして名前を呼ばれた。恰幅の良い50歳くらいの男の先生が迎えてくれる。私はベッドの上に傷口が見えるようにうつ伏せで寝っ転がった。
「どうされましたか?」
「あ、チェンマイにいるときにガラスで足を切ってしまって、5針縫って、もう抜糸も終わってるんですけど、経過を診ていただきたいと思って… 」
「……チェンマイですか? 」
「チェンマイです」
訝しげな目でさらに説明を求められる。
(はいはい…。そんな目で見なくたって良いじゃん… )
しばらくタイにいたこと、そのときにケガをしてしまったこと、現地の病院にかかっていたことなどなど、ひと通り説明し終わったところで、先生が私の左足裏を冷たいピンセットのようなもので触り始めた。
「痛みはありますか? 」
「いえ、大丈夫です」
「これはもうちゃんと治ってると思いますよ。カサブタが残っているので、これだけ取っときましょうか」
(えぇ!? カサブタ取るの!? 怖いよぉ… )
治っているという言葉にホッとしつつも、思わず目をつぶり、両手の拳にチカラが入る私。ピンセットとカサブタが擦れる音が続く。カリカリカリカリ…。痛みはないのに、なぜか拳の中の手の平にじんわりと汗をかいていた。
「はい、じゃあ一応、消毒しておきますけどね。もう大丈夫ですのでね、ちょっと靴を履いてココに立ってみて」
起き上がってベッドの側に立つ。
「はい、じゃあ足を大きく上げて、その場で行進して」
(えぇっ!? 行進!? 無理無理! )
1ヶ月近く、ちゃんと歩いていない。いきなりその場で歩けと言われても…。
「そんな変な歩き方してると、本当に歩けなくなるよ。はい、行進、行進! イチ、ニッ、イチ、ニッ! 」
(ええぃ、もうどうにでもなれぃ! )
目をつぶって、先生のかけ声に合わせて足を大きく上げる。右、左、右、左…。
(あ、歩けた… )
唖然とした私の顏を見た先生は「ほら見ろ」とばかりに笑って言った。
「はい、じゃあこのまま行進しながら家まで帰ってね。もし何かあればまた来てください」
「ありがとうございました」
こうしてようやく長かった私の片足生活が終わった。もうお風呂もビニール袋なしに入ることができるぞ。ひゃっほーい。
そして帰り道、普通のスピードでスタスタ歩く私を見て、母親がひとこと。
「行きはあんなに引きずって歩いてたくせに、あれは何やったん!? あんた、ほんまにいい加減にしぃや」
「はは… 」
世界放浪はちょっと休憩
やってきた縁とタイミングに乗って
国内旅行にレッツゴー!
.
懸念事項がひとつ無くなるだけで、心は随分軽くなった。あんなに外に出るのが億劫だったのに、「さて、せっかく日本に帰ってきたことだし、いろいろ出かけるか!」なんていう気になってくる。本当に単純きわまりない。そしてやはり物事にはタイミングというものがあるらしく、これを期に友人たちから次々に連絡が入ってきた。その中には、
『けいちゃん、今週末、大阪に行く予定があるので、お茶でもしませんか? 』
『クリスマスの時期だけど、空いてる? 1泊2日で大阪行こうかな』
『年末、名古屋に帰省するついでに大阪まで行くよ。ゆっくり話したいな』
などなど、ありがたいことに、わざわざ遠方から会いに来てくれる人も何人かいた。しかもそうやって来てくれる人は、不思議といろんな縁も一緒に運んできた。
「けいちゃん、諏訪大社行ったことある? 私、この前行ってきたんだけど、すっごくパワーが強い場所だったよ。もし行ったことないんだったら、オススメだからぜひ行ってみて」
諏訪大社か、そういえばおばあちゃん家も同じ長野県にあるのに、諏訪方面には行ったことがなかった。…と、ここで、チェンマイで仲良くなったネネちゃんに言われた言葉を思い出した。
『家系図を調べてみたら、おもしろいかも。何か旅のヒントになるんじゃないかな』
という、あの言葉を。
(よし、せっかく日本に帰ってきたんだから、おばあちゃん家に家系図を調べに行ってみよう! そして、ついでに諏訪大社にも足を延ばしてみよう! )
と自分の中で、トントン拍子に話が進んでいく。
また別の友人には、
「これからセミナーなんかをやっていきたいと思ったりしてるんだけど、どういうのが良いかな?」
と相談を受け、一緒に考えているうちに、だんだん楽しくなってきた。そういえば、旅の間は全くやっていなかったけれど、こうやって何か企画を考えたり、アイデアを出したりするのはわりと好きだったんだ。
「こういうのはどうかな? おもしろいと思うんだけど」
「お、いいね、いいね」
なんて話し合ってるうちに、
「よし、じゃあ、一緒にやってみようか! 」
と、なぜか自分も参加する方向で話がまとまってしまった。お調子者の本領発揮(笑)そんなこんなで、年始からの予定がサクサクと埋まっていった。
元日に出発して
→ 滋賀県長浜へ家族旅行
→ 弟と2人で岐阜県馬籠(まごめ)へ
→ 長野県諏訪で友人と待ち合わせ
→ 長野のおばあちゃん家へ
→ 東京でセミナー開催
→ 大阪に戻る
という感じで、ざっくりと約2週間の予定を立てた。世界放浪の旅の途中で、国内をちょっとだけ旅するのもなんだか良いじゃん。そう思うと、急にワクワクしてきた。
「待ってろよ、諏訪大社! 待ってろよ、家系図! いざ出陣! 」
それが私の2015年の幕開けとなったのだった。
【写真でふりかえる タイ 】
(次回もお楽しみに。毎週水曜更新目標です 旅の状況によりズレることもございます… )
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連載バックナンバー
第1話 世界一周、ふたを開けたらため息ばかり(2014.10.8)
第2話 旅は準備が一番楽しい。出発までの10ヶ月なにをしたか(2014.10.22)
第3話 ダメでもともと、初めての協賛(2014.11.5)
第4話 出発まで5日。ついに協賛決定!(2014.11.19)
第5話 最初の国の選び方。わたしの世界一周はフィリピンから(2014.12.03)
第6話 カスタマイズ自由が魅力のフィリピン留学(2014.12.17)
第7話 出国していきなりの緊急入院で知った、フィリピン人の優しさと健康に旅を続けていくことの難しさ(2014.12.31)
第8話 世界の中心でハマったいきなりの落とし穴 。負のスパイラルに突入だ!【オーストラリア】(2015.1.14)
第9話 いきなり挑むには、その存在はあまりにも大きすぎた! こんなに思い通りに進まないなんて…【オーストラリア】(2015.1.21)
第10話 いざ、バリ島兄貴の家へ!まさか毎晩へこみながら眠ることになるなんて…【インドネシア】(2015.1.28)
第11話 今すぐ先入観や思い込みを捨てよう! 自分で見たものこそが真実になるということ<インドネシア>(2015.2.4)
第12話 心の感度が鈍けりゃ、人を見る目も曇る。長距離バスでの苦い出会い 〈マレーシア〉 (2015.2.11)
第13話 海外に飛び出すジャパニーズの姿から見えてくる未来 〈マレーシア〉(2015.2.18)
第14話 欲しい答えは一冊の本の中にあった!「旅にも年齢がある」という事実 〈マレーシア / タイ〉(2015.2.25)
第15話 ボランティアで試練、身も心もフルパワーで勝負だ! 〈タイ / ワークキャンプ前編〉(2015.3.4)
第16話 果たせなかった役割と超えられなかった壁 〈タイ / ワークキャンプ後編〉(2015.3.11)
第17話 目の前に広がる青空が教えてくれた、全てに終わりはあるということ 〈カンボジア〉(2015.3.18)
第18話 偶然か必然か? 新しい世界の扉を開くとき 〈カンボジア〉(2015.3.26)
第19話 強く想えば願いは叶う!? 全ての点が繋がれば一本の線になる 〈ベトナム〉(2015.4.2)
第20話 移動嫌いな私をちょっぴりほっこりさせてくれた、ある青年の純朴さ 〈ベトナム〉(2015.4.8)
第21話 強面のおじさんが教えてくれた「自立」と「選択」の重要性 〈ベトナム〉(2015.4.16)
第22話 ワガママだって良いじゃない!? 自分が楽しんでこそのコミュニケーション! 〈ベトナム〉(2015.4.22)
第23話 吉と出るか凶と出るか… 全ては自分の感覚を信じるのみ! 〈ベトナム→中国〉(2015.5.06)
第24話 人との出会いが旅を彩る – 大切なのは出会い運があるかどうか 〈中国〉(2015.5.15)
第25話 異国で受けた『おもてなし』と中国人に対するイメージの変化 〈中国〉(2015.5.23)
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第29話 人種や言葉を超えてひとつになれた夜 〈タイ〉(2015.8.5)
第30話 ミラノ EXPO 2015 レポート – 日本パビリオンに翻弄された2日間 – 〈イタリア〉(2015.8.22)
第31話 次々に降り掛かる災難! 初めて感じた先の見えない恐怖 〈タイ/事件勃発 前編〉(2015.9.17)
第32話 私から自由を奪った足かせと募るジレンマ 〈タイ/事件勃発 中編〉(2015.10.14)
第33話 感覚を研ぎ澄ませ! ハプニングの裏に潜むメッセージ <タイ/事件勃発 後編>(2015.11.4)
第34話 やっと全てがひとつに繋がったよ「さぁ、日本に帰ろう!」 <タイ>(2015.12.09)
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小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)