「おまえ、料理くらいできなあかんぞ。料理ができないヤツっていうのはな、他人を喜ばせる気持ちが無いってことやねん。常に他人が幸せになることを考えなあかんねん。いつでも自分が幸せになろうとするヤツは幸せになんかなられへんわ」
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第10話 いざ、バリ島兄貴の家へ!まさか毎晩へこみながら眠ることになるなんて…【インドネシア】
TEXT & PHOTO 小林圭子
兄貴って何者!?
実はあまり知らずに
会いに行っちゃいました…
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「お前、オレのこと知らんやろ……? 」
沈黙を破るように兄貴が言った。
「え……? 知ってます、知ってます! 本も読んだことありますし! 」
目を泳がせながら、顏を引きつらせながら、必死に否定するも、きっとバレバレだったに違いない。そう、正直、そのとき目の前に座っていた『兄貴』について私はほとんど知らなかったのだ。にも関わらず、ミーハー心だけで何も考えずノコノコと兄貴に会いに行ってしまった。
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この『バリの大富豪・兄貴』のもとには年間2000人もの人がわざわざ日本から訪れると言われているけれど、兄貴にとって、こんなに「何しに来たかよくわからないヤツ」が来ることは珍しかったんだろうな、と思うほどに、数日間、私と兄貴の間には何とも言い表せない微妙な空気が漂っていた。
あぁ、今思い出しても、情けないやら、恥ずかしいやら、申し訳ないやら…。「もし旅の中で一週間やり直せるとしたら? 」と聞かれたら、迷うことなく、この「兄貴のところに滞在した一週間! 」と答える。それくらい、私にとって兄貴と過ごした貴重な時間は、カカオ97%のチョコレートくらいほろ苦い思い出となって今も脳裏に焼き付いている。
兄貴のことを知ったきっかけは一冊の本だった。たまたま本屋で目にした兄貴の本。そのときの私はまだキャリア志向バリバリのサラリーマンで、きっとビジネス本か自己啓発本でも探しに行ってたんだと思う。だから、兄貴の本が平積みされているのを見て、「へぇ、こんな人がいるなんて、すごいな。いつか会ってみたいな」と、なんとなくの好奇心を持ちつつも、そのときはそれだけで終わっていた。
その数ヶ月後、何かに導かれるように旅に出ることを決める。ゆるりと旅の準備を進める中、ざっくりとルートなんかを考えているときに、ふと、「そういえば、バリには兄貴がいるんだった! せっかくだから会ってみたいな。会えるかな」と、また兄貴への想いが沸々と蘇ってきた。そして、あのとき生じた好奇心をなんとか実現させられないかと頭が働き始めた。
とは言え、そんな人気者の兄貴のところにどうやって行けば良いのだろう。「会いたい! の気持ちだけで、いきなり会いに行っても良いのかな。いや、さすがにダメだよね」なんて思いつつ、とりあえずインターネットで調べてみた。どうやら『兄貴に会いに行くツアー』に参加するのが一番確かなようだ。だけどこのツアー、当然ながら日本発着で日程も固定。つまり、どこかの国にツアーで旅行するのと何ら変わらない形態なのだ。
バックパッカーの自分にとって、そのときどこにいるかもわからず、先の予定がなかなか立てられない身としては、このツアーに参加するのは正直難しい。はてさて、どうしたものか…。そのまま特に良いアイデアも思い浮かばないまま、私は日本を出発することになったのだった。
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こんな身近なところに縁が!
思い立ったら即行動でシドニーからバビューン
ある日、兄貴に会うことを諦めかけていた私のもとに、一件のFacebookの投稿が目に入ってきた。なんと、私の友達が兄貴と楽しそうに写真に写っているではないか! なになに、そこに書かれている文章を読むと、どうやら私のような単なるミーハー心で兄貴に会いに行ったのではなく、ちゃんとビジネスの話をしに行ったようだ。ということは、かなり兄貴と仲が良いのではないだろうか(という希望的観測、笑)
私は早速、その友達にメッセージを送ってみた。
《私も兄貴に会いたいんだけど、どうやったら兄貴に会えるのかな? 》
そして、そこからのやり取りはビックリするくらいスムーズに進んだ。彼はすぐに私と兄貴を繋いでくれ、私は兄貴にメールで会いに行きたい旨を送った。
《来週やったら比較的ヒマやからええよ。その次の週はまた忙しくなるからちょっと難しいかもしらんけど》
兄貴の気さくな言葉を受け、そのときシドニーに滞在していた私は、すぐにバリ行きの航空券を手配し、荷物をそそくさと整理し、兄貴に会えるという嬉しさと緊張を抱きながら、足早にシドニーを後にした。兄貴にメールを送ってわずか2日後というスピーディな展開に我ながらビックリしつつ(笑)。
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ぼったくりは無かったけれど
リアルマリオカートで生きた心地せず(笑)
バリ島はヌガラ。バリ国際空港からタクシーで4時間かけて、兄貴の家へ。まず、この「タクシーで4時間」にかなりビビってしまった。
「本当に大丈夫かな。バリって治安はどうなんだろう。タクシー代ぼったくられたりしないかな。てか、ちゃんと兄貴の家に連れて行ってくれるのかな。変なところに連れて行かれたらどうしよう。監禁されて売り飛ばされたらどうしよう」などと、考えれば考えるほど不安が募っていく。
そして、そんな私を尻目に、硬派なタクシーの運ちゃんは何も言わずに時速100キロ以上の速さで車を飛ばしていく。前の車をびゅんびゅん追い抜き、対向車線も関係なく我が物顔で走る。はじめは「ひぃ~! 怖い~! どこか連れて行かれる前に死ぬ~! 」と目をつぶって、手を合わせて、静かにただただ祈っていた。嫌な汗をかき、生きた心地がしなかった。
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だけど、だんだんそのスピードにも慣れ、私はリアルマリオカートをやっているような気持ちになってきた。
「おぉ! すごい、すごい! 行け、行け~! 」
なんと最終的にはその状況を楽しんでいたのだった(笑)。その運ちゃんは途中途中で人に道を聞きながらも、ちゃんと兄貴邸まで私を運んでくれた。ぼったくられもせず、変なところにも連れていかれず、リアルマリオカートで私を楽しませてくれた彼には、本当に感謝!
さて、兄貴の家はというと、想像どおりの大豪邸だった。何十人もの従業員がいて、みんなニコニコと私を出迎えてくれた。庭にはプールやビリヤード台が並んでおり、とても長閑(のどか)な空気を感じさせた。また部屋の中には時代を感じさせる兜の置物やでっかいテレビが置いてあった。そんなだだっ広い部屋に私ひとり。そこで初めて、「あれ、来るところ間違えたかも… 」なんて勢いだけで来てしまったことを少しだけ後悔しつつ、緊張をなんとか抑えながら、ソファにちょこんと所在無さげに座って、兄貴が来るのを待った。
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いよいよ兄貴登場!
気さくな兄貴とは対照的に
ガチガチに萎縮してしまった私
「おぅ! 着いたか! よう来たな! 」
突然、どこからか声が聞こえた。きょろきょろと辺りを見回してみると、なんと階段の上から兄貴が私に向かって手を振っている。もともと知り合いだったかのようなフレンドリーさに、私は驚きを隠せないまま、なんとか声を振り絞って挨拶をした。
「あ、あの! はじめまして! こ、こばやしけいこと申します! よろしくお願いしますっ! 」
そこから二人で何を話したのかは、正直よく覚えていない。
だいたい兄貴のところに来る人って、兄貴の本を読んで兄貴の大ファンになった人や、仕事やなんかで悩みがあって兄貴に相談したい人などなど、とにかく兄貴に対していっぱい質問を持ってくるものだと思われる。それに比べて私ときたら、ただ本屋で兄貴の本を見かけてパラパラ立ち読みした程度で、実際、そこまでしっかりとは読んでいない。もともと兄貴に関する知識が無いのだから、兄貴に対して質問のしようが無い。
大学の講義で「質問は無いですか?」と聞かれても、そもそもちゃんと理解できておらず、何を質問して良いのかわからない学生と全く同じである。また、これから世界を旅しようとしているのだから、特にビジネスの話にも関心を示すわけでもなかった。兄貴が気を遣っていろいろ話してくれるのに対して、ただただ必死に笑顔を作って、黙って聞いている私のことを、「なんや、こいつ…。何しに来てん? 」と兄貴が思ったとしても不思議ではない。
「まぁ、ゆっくりしていきぃや」
話を早々に切り上げ、兄貴は席を立った。ちーん…。初対面の会話は30分で終了。私は心臓がキュッと縮むのを感じながら、大きくひとつ、息を吐き出した。「やっぱり来るところ、間違えたかな… 」と思いながら。
完全に準備不足な自分を反省すると同時に、この状況をなんとかせねば! ということで、私は兄貴邸にある兄貴の関連本を片っ端から読み始めた。兄貴がそこにいるにも関わらず、その隣で兄貴についての本を読む私。「おまえはバカか! 」というお叱りの言葉がたくさん飛んできそうだけど、そのときはそうするしかなかった。兄貴と面と向かって話すのが怖かったし、なんだか躊躇われたから。
毎日1冊ずつ。全部で6冊の本を読んだ。そして心に刺さった言葉については、自分のノートに書き写した。そんな私を、兄貴はケラケラ笑って見ていた。
「おまえ、くそマジメな学生みたいやなぁ」
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なんと兄貴を独り占め!?
ラッキーな状況とは裏腹に
へこまされる毎日に自信喪失
先に書いたとおり、兄貴の家には毎日ひっきりなしに客人が来るらしい。にも関わらず、幸か不幸か、私が滞在していた一週間はあまり来客が無かった。つまり、兄貴を独り占めできる時間がとにかく長かった、ということ。
この状況、兄貴ファンの人から見れば、めちゃめちゃ羨ましがられるだろう。だけど、そのときの私の心情としては、「もぉ、なんでよー!! もっとお客さん来てよぉー!! 今日も兄貴に詰められるのか…(怖)」という感じで、日に日に憂鬱な気持ちが深まっていった。
そして、兄貴邸の夜は長い。19時頃から兄貴の会社で働く従業員の方なども含めて、おしゃべりしたり、ゲームをしたり、映画を観たりしながら、ダラダラと時間をかけて夕食をとる。そろそろ眠くなってきたなー、と思い始める夜中の2時頃、そこから今度は夜食の時間が始まる。兄貴はかなりのラーメン好きで、夜食はラーメンが多かった。そしてそれを食べながら、引き続きおしゃべりしたり、映画を観たりし、就寝は明け方6時頃。
普段の生活とは全くリズムが違い、はじめはビックリしたけれど、兄貴邸で出される食事はどれも美味しかったし、兄貴自身が料理を振る舞ってくれることも珍しくはなかった。料理のできない私としては、とても肩身が狭く、兄貴からもはっきりと説教された。
「おまえ、料理くらいできなあかんぞ。料理ができないヤツっていうのはな、他人を喜ばせる気持ちが無いってことやねん。常に他人が幸せになることを考えなあかんねん。いつでも自分が幸せになろうとするヤツは幸せになんかなられへんわ」
そんな調子で、毎晩毎晩いろんなことを言われる。
「おまえには童心が足りへんねん。何を大人しくしてんねん。今のおまえは単なるつまらん大人やで」
「おまえ、ハメはずしたことあるか? 恥ずかしいって感情を取り除かなあかんわ。自分のフィルタを外すねん。まずはそこからやな」
それをキツイ関西弁でギロリと睨まれながら言われると、もう蛇に睨まれた蛙状態だ。
もちろんありがたいことはわかっていた。こんな出会ったばかりの小娘に対して、正面から向き合ってはっきりダメなところはダメだと言ってくれるなんて。だけど、さすがに面と向かってキツイ言葉を言われ続けると、へこんだり、泣きそうになったり、反発する気持ちが出てきたり(でも言い返せないけれど、苦笑)、と複雑な気持ちになり、そして悶々としたままベッドに入って、ひとりでまた考える。そんな日々だった。
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意地だけで居た一週間
「何事も続けることが一番大事」
兄貴の言葉を胸に、これからも前へ!
なぜ、毎日へこみながら、一週間も兄貴邸にいたのか。もっと早く出れば良かったんじゃないか。と言われると、正直自分でもなぜかはよくわからない。確かに居心地悪く感じることもたびたびあった。だけどそれ以上に、『何かを掴みたい』という欲求のほうが強かったんじゃないかと思う。別にそこにいたからと言って、何かを掴めるなんて保証があるわけじゃないけれど。
そして、私は追い込まれるたびに『自分が試されている』とも感じていた。だから、そんな気持ちを抱えたままそこから去るということは、自分に負けたということのような気がして、弱い自分から逃げたくなかった。つまり、言ってみれば、単なる意地だったのだろう。
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その後、バリを出て他の国を旅をしながらも、兄貴に言われたことや本からメモした言葉をたびたび見返しては、「あのとき、兄貴が言ってたのはこういう意味だったのかな」なんて、考えることも少なくない。言われたときにはよくわからなかったことでも、時間が経つにつれて、冷静に自分を客観的に見てみたり、そういう場面に出くわしたりすると、「今まで気がつかなかったけれど、確かにそうかもしれないな」なんて反省したり。
兄貴が言うことは、どれもシンプルだけど、実際にやってみようとするとなかなか難しいことも多い。
「何でも続けることが一番大事や! 」
兄貴が言っていたとおり、これから先も旅をしながら、自分がやるべきことをコツコツと続けていきたい。そして、旅が終わったら、また兄貴のところに行こう。次は少しでも兄貴に褒めてもらえますように。(了)
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(次回もお楽しみに。毎週水曜更新です)
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連載バックナンバー
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第2話 旅は準備が一番楽しい。出発までの10ヶ月なにをしたか(2014.10.22)
第3話 ダメでもともと、初めての協賛(2014.11.5)
第4話 出発まで5日。ついに協賛決定!(2014.11.19)
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小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)