「なんで断食をするんだと思う? それは貧しくて食べられない、飲めない人のフィーリングをみんなで共有するためだよ。実際に経験しないと本当のところはわからないだろう?」ラマダンの時期に行くなんてタイミング悪すぎた。空腹に弱い私は断食なんてできません。
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第11話 今すぐ先入観や思い込みを捨てよう! 自分で見たものこそが真実になるということ【インドネシア】
TEXT & PHOTO 小林圭子
イスラム教のイメージ =「危険」「怖い」
だけどホントのところはどうなの!?
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「僕たちが、誰も見ていないのにちゃんと断食の規律を守るのは、日本人が信号無視をしないのと同じだよ」
とアンディは言った。この言葉に私は意外性を感じた。と同時に、一見、軽やかな口調とは裏腹に、実はこの言葉が持つ意味はとても深いものだったと感じている。今回は、そんな「宗教」というちょっととっつきにくいテーマについて。
さて、読者の皆さんはイスラム教に対して、どういうイメージを持っているだろう? 日頃、イスラム教の国々に関して流れてくるニュースといえば、どうも「危険」「怖い」と思わされるものが多いし、「過激派」「武装派」なんてワードがデカデカと新聞の一面に載っていることもあるから、おそらく偏った情報を目にすることで、頭の中はそういうイメージに支配されているんじゃないかな、と思う。そして、実際に私もそうだった。
「イスラム教の国は危険だから、行っても大丈夫かどうかちゃんと調べてから行かなきゃ」「自爆テロに巻き込まれたりしないかな。怖すぎる…… 」と思っていたし(実際、そういう地域もあるから常に情報収集を怠ってはいけないのも事実)、正直、ポジティブなイメージよりネガティブなイメージを強く持っていた。ムスリム(イスラム教徒)である、アンディや彼の妻、リザに話を聞くまでは。
インドネシアのジャワ島はジョグジャカルタ。日本でいうところの古都、京都のようなところ。遺跡や歴史的建造物が多く、かつてインドネシアの王朝があった名残を随所に感じさせる美しい都市で、今も王族はここで生活している。
私がこのジョグジャに来たのは、日本でアジアン家具・雑貨を輸入販売する会社『KAJA』で働いている友人、ひろみさんが声をかけてくれたからだった。
「もしインドネシアに行くなら、うちの会社の現地工場や事務所に寄ってみる? 現地スタッフも紹介できるし、いろいろ話を聞いてみるとおもしろいと思うよ」
『KAJA』の話は以前、ひろみさんから少し伺ったことがあり、その時からとても興味を持っていた。どうやって日本とインドネシアでビジネスを始めたのか、現地スタッフとの信頼関係はどうやって築いていったのか、言葉も文化も習慣も何もかも違う国とのやり取りは何が大変で、それに対してどんな工夫がされているのか、などなど。なので、このひろみさんからのご提案はとてもありがたく、私は二つ返事で「ぜひお願いします! 」と答えた。
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ラマダンの時期に行くなんて
タイミング悪すぎた…
空腹に弱い私は断食なんてできません(涙)
ジョグジャの空港に到着すると、アンディとリザが私を待っていた。2人は『KAJA』現地法人のスタッフであり、ひろみさんから連絡を受け、私を迎えに来てくれていた。私は海外での「大人の社会見学」にワクワクすると同時に、実は2人に会うまでとても緊張していた。
というのも、インドネシアは世界で最も多くのイスラム教徒を抱える国であり、人口の約90%がイスラム教徒。直前まで滞在していたバリ島はヒンズー教徒が多く、観光地化されていることもあり、それほど宗教について考える機会が多くなかったけれど、ジャワ島に入るとそういう訳にはいかない。「しっかり気を引き締めねば! 」と思っていた。
しかも、この後ジャカルタで会うことになっていた別の友人からも
「今、イスラム教はラマダン(約1ヶ月間、日中の飲食を断ち、神の恵みに感謝するという、ムスリムが行う義務のひとつ)の時期で、彼らは断食をしなきゃいけないんだ。そのせいで、いつもとは街の雰囲気も違うと思うから、覚悟して来てね」
と言われており、この「覚悟」という言葉も私をビビらせるのには十分すぎた(笑)
さて、アンディとリザは普段から日本とやり取りしているだけあって、日本人の性格もよく理解しているらしく、初対面の私に対してとても気を配って接してくれた。2人とも仕事があるにも関わらず、空いた時間を見つけては、どちらか1人が私を遺跡や博物館などの観光名所や、美味しいレストランに連れて行ってくれた。
私はなんだか申し訳なさを覚えつつも、そのご好意にあまえさせてもらっていた。この「申し訳ない」という感情は、単純に「仕事で忙しいのに、私に付き合ってもらって申し訳ない」というだけではなく、ラマダンの期間だったことも大いに関係がある。
というのも、2人ともれっきとしたムスリムなので、日の出から日没までの時間は何も口にできない。一滴の水も飲んではいけない。早朝3時か4時に食事を摂った後は、夕方18時頃まで本当に断食状態が続く。なので私をランチに連れて行ってくれても、自分たちは何も口にしない。ただ座って目の前でむしゃむしゃ食べている私を見ているだけ……。
これはおなかを空かせて見ている方もツラかったと思うけれど、おなかを空かせた人を前にしながら、ひとりで食べなきゃいけない私もかなりツラかった!「ひとくち食べますか?」なんて、もちろん言うこともできず、できるだけ音を立てないように、できるだけ美味しく見せないように、ただただ気を遣って食べることに終始した。
「僕は慣れているから大丈夫だよ。気にしないで」
アンディは弱々しく微笑んでくれたけれど、その笑顔が余計に私の申し訳ないという気持ちを増幅させたのは言うまでもない(苦笑)
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断食が持つ本当の意味とは?
ムスリムたちの精神力には頭が下がります…
また、アンディは移動中もイスラム教についていろいろ教えてくれた。
「なんで僕たちは年に一度、断食をするんだと思う? それは貧しくて食べられない、飲めない人のフィーリングをみんなで共有するためだよ。実際に経験しないと本当のところはわからないだろう? だからこのラマダンの期間中は、『no eat』『no drink』『no angry』『no sex』を守らなきゃいけないんだ」
それを聞いて、私は言葉が出なかった。まさにその通りだと思った。世界中の貧しい人たちがどれだけ苦しい生活をしているのか、ニュースや本から得た知識のチカラを借りて、なんとなく想像することはできる。だけどそれはあくまで想像でしかなく、100%理解することはできない。
特にこの飽食の時代において、日本にいればいつだって何だって食べられるという環境。コンビニにいけば、すぐにおにぎりやパンが食べられるし、スーパーでは季節関係なく、ほとんどの野菜やフルーツが食べられる。そんな恵まれすぎた場所で生活していた私に、そもそもこのラマダンにおける断食を本当の意味で理解できる、と思うことがおこがましいのかもしれない。それにしても、『no eat』『no drink』『no angry』『no sex』の生活を1ヶ月も続けるなんて、ムスリムたちはどれだけ精神的に強いのだろう…。
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意外に柔軟なイスラム教の規律
一番大事なのは『バランスをとること』
一方、これだけ聞いていると、イスラム教の規律はどれほど厳しいのか、と思われるかもしれないけれど、実はそういうわけでもない。もし何かの理由があって断食できない場合は、無理せずラマダン月以外で別の日に行えば良い。特に女性の場合、生理中の断食は禁止されているので、その間はしっかり食べて体調管理に気をつけ、代わりに残り11ヶ月間の中で都合の良い時に実施すれば良いとのこと。
他にも、ラマダンや断食と関係ないところで言えば、「お酒を飲んではいけない」という規律があっても、中には飲んでしまう人もいたり、「1日5回聖地メッカに向かってお祈りをする」という規律に対しても、ちゃんと5回しない人もいるらしい。祈りの方法も、立って祈るポーズが難しい人は座って祈っても良く、座るのも難しい人は寝て祈っても良い。
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規律は意外にもそこまで厳しくはなく、柔軟性に富んでいる。そしてどれくらい法典や規律、ルールを守るかは、その人自身の信心深さなどにもよるのだ。これはアンディの言葉を借りれば、『全てはバランスが大事』とのこと。
イスラム教の法典は、何もムスリムたちの行動を縛ることに意味があるのではない。無理しすぎることなく、自分らしく、常に最適なバランスを取りながら日々の生活を送ることが何よりも大事、ということだと私は理解した。
「じゃあ、ちょっとくらい食べても良いんじゃないの? なんでそんなに断食を頑張れるの? 」
と聞いてみたら、冒頭の言葉、
「僕たちが、誰も見ていないのにちゃんと断食の規律を守るのは、日本人が信号無視をしないのと同じだよ」
と返ってきた。さらに、
「日本人だって横断歩道が赤信号だったら、警官が見回りしていなくたって、車が通っていなくたって、ちゃんと止まって青になるまで待つだろう? あれを日本で見たときには本当に驚いたけれど、それが日本の社会のバランスなんだよね」と。
つまり、彼にとって断食も信号も誰かが見ているから守らなければいけないという庸劣(ようれつ)なものではない。自分自身との戦い。もしかしたら彼はルールを破ることで苛まれる罪悪感を嫌っているのかもしれない。
「自分のバランス」「家族のバランス」「社会のバランス」を保つために、決められたとおり断食を行い、どれだけ大変でも、ちゃんと自分で自分を律する。そしてその強い心は、毎日祈りを捧げ、「神と対話」し、「自分と対話」することで、安定した状態に保たれている。
ムスリムの生活に実際に触れてみて、イスラム教の考え方って思っていた以上に深いんだな、と考えさせられた瞬間だった。ちなみに、「まぁ、信号無視に関しては、そこまでの話じゃないけどね」とは敢えて口には出さず、心の中だけでつぶやいておいた(笑)。
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働くうえで大事なことは
「お金」じゃなくて「楽しいかどうか」!
裕福じゃなくたって、みんなニコニコ笑顔です
妻のリザは私のリクエストに応えて、『ibuibu Factory』という女性のクリエイティブメンバーが働く現場に連れて行ってくれた(ibuibuはインドネシア語で「おばちゃん」の意)。
メンバーの中には両足が不自由で車イスで生活している人がいたり、小さな子どもを現場に連れてきている人がいたりと、それぞれがいろんな事情を抱えながら働いていた。だけど、現場はとても和気藹々としていて、みんながすごくのびのび働いているように見えた。カタカタと一定のリズムで鳴るミシンの音を聞きながら、「なんだか楽しそうで良いなぁ」と羨ましく思えるほどだった。
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帰り道、リザが実情を少し教えてくれた。
「日本とのやり取りが始まって約10年。少しずつ少しずつ改善しながら、ようやくここまできたのよ。日本のお客様は要求水準が高いから、それに合わせて私たちもクオリティの高い商品を作らないといけないでしょ。でもそれを一方的に上から命令するだけでは、メンバーはなかなか動いてくれない。なぜそうしないといけないのかをちゃんと説明して、理解してもらわないといけない。それにこっちの人はお金が全てじゃないの。いかに心地よい環境で楽しく働くことができるか、が大事。だから私の仕事は、日本のスタッフとマメに連絡を取り合いながら、こっちのメンバーに正確にそれを伝えて、かつ楽しく働いてもらえるようにうまく環境を整えること」
そう話すリザの横顔は生き生きとしていて、ある種の自信が顏をのぞかせていた。また、ここにもアンディが言っていた『バランスが大事』という思想が根底に横たわっているように感じた。
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世の中のニュースが全ての真実ではない
自分の感覚を研ぎ澄ませ!
多くの日本人は自分のことを「無宗教」だと思っているかもしれないし、とにかく宗教について関心が薄い。だからニュースで流れているものを見て、何も疑わずそれが全てだと思い込んでしまう。だけど、実際に自分で見て、聞いて、感じることで、それとは全く異なる姿を知ることもあるし、自分の考えがまだまだ至っていなかったと気付くこともある。
私も旅を続けていく限り、そういうことの連続だと思う。どれだけ先入観を捨てて、出会う人や物に向き合っていくことができるか。それによってどれだけ自分が変わることができるか。その変化を楽しみつつ、これからも挑んでいきたい。(了)
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(次回もお楽しみに。毎週水曜更新です)
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『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)