「人生は時としてうまくいかないことがある。そういう時でも、常に君は自分で選択をしていかないといけないんだよ」
特に真新しいことを言っているわけではない。だけどニコの言葉は本質をついている。私はひとことも聞き逃すまいと必死に彼の言葉に耳を傾けた。
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第21話 強面のおじさんが教えてくれた「自立」と「選択」の重要性 〈ベトナム〉
TEXT & PHOTO 小林圭子
自立したい願望が強かった若かりし頃…
だけど現実はなかなか厳しく
自立からはかけ離れています…(涙)
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昔から「自立したい」と強く思っていた。男性並みにバリバリ働いて、しっかりお金も稼いで、結婚しても仕事は続けて、やりたいことは我慢せず、いろんなことにどんどん挑戦して、強くてカッコいい女性になりたい、って。
でも今改めて「自立って何だろう」とふと思い、ちょちょいと調べてみると、どうやら『経済的自立』、『生活的自立』、『精神的自立』の3つがあるようだ。
今の私の状態をこれに当てはめて考えてみると、まず住所不定無職という時点で経済的自立とはかけ離れている…。そして、料理もできず、周りと見比べてもかなり生活力が低いことは認識しているので(「暮らしのまめ知識」的なものは一切知らない)、生活的自立は全くできていない(この3つの中では圧倒的に自信がない…笑 )。
さらに、32歳という年齢で、精神的に年相応で、また、何にも依存せずに生きているか、と聞かれると、これまた微妙な気がするので、精神的自立もおそらくできていない…。つまりは昔、思い描いていたような自立した女性像からは、どうにもこうにも程遠いってことになる(苦笑)。
とは言いつつも、こんなマイペースに旅している間も、「帰ったら何やろうかなー」「何かおもしろいことやりたいなー」なんて、帰国後どんな仕事をしようかとあれこれ考えていることを思えば、あれから10年以上経った今もなお、どういう形であれ、やっぱり「自立したい」と思っているのかもしれない。
今回は、そんな私の前に現れたオランダ人おじさんが教えてくれた『女性の自立』について。
ベトナムでのツアーの申し込み方
高くたってやっぱり日本語ツアーが良いのです!
にも関わらず…
ベトナムは古都フエ。かつての首都であり、「ベトナムの京都」と呼ばれている。非常に歴史ある街で、その分、見所も多い。私はあまり時間をかけず、手っ取り早く効率的に観光したかったので、迷わず「フエ観光1日ツアー」に申し込むことにした。
ベトナムでツアーを申し込むのはこれで2度目。1度目はホーチミンで参加した「メコンデルタ・ジャングルクルーズツアー」。ボートに乗ってメコン河をクルーズしながら、途中、ココナッツキャンディ工場や蜂蜜農園に寄って見学したり、フルーツを食べながら伝統音楽を鑑賞したり。美味しい昼ごはんもついていた。
いつも「英語ができたら… 」「あぁ、英語の壁が… 」なんて言っているけれど、ここでもそれを如実に感じたのは、なんと英語ツアーと日本語ツアーの代金の違い。英語ツアーだと$10くらい。それが日本語ツアーになると$33と実に3倍以上に跳ね上がる。ここまで違うとさすがの私もちょっと考えてしまう。やはり英語ツアーに申し込むべきか…。だけど英語であーだこーだ説明されてイマイチ理解もできず、テンション高い欧米人の輪の中にも入れず、孤独感だけを味わって1日を終えてしまうのは、なんだかとても寂しい。ここは少しお金がかかっても日本語ツアーの方が楽しめるのは間違いない!と思って、このときは日本語ツアーを選んだ。
そしてこれが大正解! ガッツ石松をもう少し柔らくしたような、優しくておもしろいベトナム人ガイドさんが、冗談まじりの日本語を使ってその場を盛り上げてくれ、参加者も日本人だけだったので、和気藹々と全てのプログラムを楽しむことができたのだった。
そんなこともあり、今回の「フエ観光1日ツアー」も日本語ツアーがあることを期待していた。寺院や王宮、数々の帝廟をまわるこのツアー。地理や歴史の話がメインになってくるだろうから、それが全て英語だとちょっとキツイ。と思っていたのに、そんな期待はあっさりと裏切られ…。
「英語ツアーしかないですよ」
と言うのはホテルのフロントの女の子、マイちゃん(ベトナム人)。きっとホーチミンのときのように、自分でツアー会社に行って探せば、日本語ツアーもあったんだと思う。だけど、このホテルで取り扱っているツアーはなぜか他よりも安い。英語ツアーで$10(入場料は含まれず)はかなりお得。「うーん… 」と悩んでいる私にマイちゃんは言った。
「うちのホテルからもう1人参加するから大丈夫ですよ。ほら、あの人! 」
彼女が指差す方を見てみると、色黒で強面のおじさんがロビーのテーブルでコーヒーを飲んでいた。
いやいや… ますます悩ましいわ!
と思わず心の中でツッコミを入れてしまった(苦笑)。英語の壁と強面のおじさん…。ダブルで不安になったけれど、結局、「楽しんできてね!」とマイちゃんの笑顔に押し切られる形で、私はそのツアーを申し込んだのだった。
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強面おじさんは意外に「柔」の人だった!
安心してツアーに出発!
翌朝、いつもより少し早起きしてロビーに下りていくと、マイちゃんが朝食を準備して持ってきてくれた。パンと卵料理と果物とコーヒー。結構ボリュームがある。私は食べるのが人より遅いので、ツアーバスが迎えに来るまでに食べちゃわないと… と急ぎ気味で口いっぱいに頬張りながら食べた。
しばらくすると、昨日の強面のおじさんが下りてきて、同じテーブルに座った。一気に緊張感が走る。
「は、はじめまして… 」
と挨拶すると強面のおじさんは豪快な笑顔で挨拶してくれた。ほっ。どうやらそんなに怖い人ではないらしい。
そんな彼の名前はニコ。風貌に似合わずかわいい名前(笑)。 てっきり生粋のアジア人かと思いきや、インドネシア系オランダ人とのことだった。ソーシャルサービスコーディネーターという、何やら難しい肩書きを持つ彼は、「剛」の人に見えて、実は「柔」の人で、繊細な気配りをしてくれるとても良い人だった。
あまり時間もなかったので、自己紹介もそこそこに、私たちは急いで朝食を摂り、ホテルを出発。食べきれなかったバナナはおやつとして持っていくことにした。
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見応え抜群の古都フエ
どの建造物も素晴らしく
歴史好きにはたまりません!
私たちのホテルからの参加者は、私とニコの2人だけだったけれど、ツアー自体は他にも参加者がいて、全部で8人のグループで行動することになった。ほとんどが欧米人という中、1組だけベトナム人夫婦が参加していた。どこか別の街から観光にやってきたのだろう。ガイドさんは英語と、その夫婦のためにベトナム語でも説明をしていた。その気遣いが私から見ると超特別扱いに見えて、「いいなー、いいなー、ベトナム語で説明してもらっていいなー。日本語でも説明してよー」と心の中で1人、勝手に拗ねていた(笑)。
とは言え、私もニコがいてくれたおかげで、だいぶ助かった。ガイドさんが説明してくれた後に、ニコが必ず私に何か思ったことや知っていることを言ってくる。彼の言葉によって私は想像力を働かせ、結果、理解を深めることができた。
ツアーでまわった寺院や王宮、帝廟はどれも本当に見応えがあり、建築物としても非常に素晴らしい。特にカイディン帝廟はフランスの上品さと、中国の壮大さを併せ持っていて、一番のお気に入りの場所になった。今回まわった帝廟は3つだけだったけれど、フエにはもっとたくさんの帝廟があるようなので、次回来るときには、もう少ししっかり歴史を勉強して、自分でバイクを借りて(帰国したらまずはバイクの免許を取らねば! 笑)、ぐるっと帝廟まわりをするのも楽しいだろうなー、と歴史好きとしては想像するだけでウキウキ楽しい気持ちになった。
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気配り上手なおじさまは
もちろんマジメな話だってできちゃいます!
だけど、こんなにこのツアーを楽しめたのは、ただ歴史的建造物が素晴らしいというだけでなく、やはりニコの存在が大きかった。
彼は場所が変わるごとに「写真撮ってあげようか? 」といちいち聞いてくれて、実はこれ、めちゃめちゃありがたい言葉。と言うのも、ひとり旅だとなかなか自分の写真を撮るのが大変で、そのへんにいる人に勇気を出して「写真撮ってください」ってひとこと言えば良いだけなんだろうけれど、「カメラ持って逃げられたらどうしよう」と思うとなかなか言い出せず(ビビリすぎ… 笑 )、結局、風景なり建物なり現地の人なりを撮って終わってしまうことが多い。なので彼の優しさと気遣いには本当に感謝! だった。
そして、彼はなぜかカタコトの英語しか話せない私のことを、とても気に入ってくれたようで、いろんな話をしてくれた。彼は3人兄弟の真ん中で、「兄貴は英語が話せないから旅行はあまり好きじゃないんだ」とか「大学生の娘と息子がいて、2人ともマジメに勉強してエライだろ?」とか「オランダには素敵な場所がたくさんあるから、遊びに来たら、いろんなところを案内するよ」とか。どうやら自分の話をするのが好きな性格らしい。私はニコのオープンマインドな話しぶりとフレンドリーさにすっかり安心して、彼の話を楽しく聞いていた。かと思えば、急にマジメな顏をして、マジメな話をしてくる。
「ケイコは何の仕事をしているんだい? 」
(辞めたとは言わず)「会計士だよ」
「おぉ、それはとても良い仕事だね。女性だからといって、絶対に人(男性)に依存してはいけないよ。女性でも仕事は絶対に持っておいた方が良いよ」
(ますます辞めたとは言えず)「う、うん、そうだね。私もそう思うよ」
そう言えば、彼の仕事、「ソーシャルサービスコーディネーター」は日本ではあまり聞かない肩書きだし、詳しくはよくわからないけれど、話を聞いていると、就職カウンセラーのようなこともやっているのかな、と思った。きっとオランダでもこうやって「女性でもしっかり仕事を持って自立すべきだ」という持論を展開しているに違いない。彼の一生懸命なその姿を想像するだけでなんだか微笑ましく思えた。
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人生は選択の連続
あらためて考える
選択することの大事さと難しさ
「人生は時としてうまくいかないことがある。そういう時でも、常に君は自分で選択をしていかないといけないんだよ」
特に真新しいことを言っているわけではない。だけどニコの言葉は本質をついている。私はひとことも聞き逃すまいと必死に彼の言葉に耳を傾けた。彼は繰り返す。
「君はまだ若い。これから何度も選択を迫られる場面に遭遇するだろう。仕事も結婚も全て。絶対に妥協してはいけないよ。君が自分の意志で自分の道を選択するんだ」
この『選択する』ということ。誰もが日頃から当たり前のようにやっていることだけれど、実はとても難しいことなんじゃないかと思う。例えば、自分はAの道を選びたい。だけど、世間体を考えるとBの方が良いんじゃないか、とか。周りから「すごいね」って言われたいからCの道を選ぶ、とか。自分はDでもEでもどっちでも良いから、周りに合わせてDにしとくか、とか。ついつい選択の基準に「自分」以外の「他人」が入ってくることは少なくない。
仕事を辞めるという選択をした自分。旅に出るという選択をした自分。そこだけ見ると、他人の目なんか気にしない人だと思われることも多いけれど、実際はそんなことは全然ない。根が小心者だから、旅に出た後だって、「普通の旅人はこっちを選ぶんだろな」「これを選ぶ私は旅人としてはへっぽこすぎるよな」なんて、つまらないことをいつも気にしているし、旅をはじめて半年以上経った今だって、自分の選択に自信が持てないことが多々ある。
ニコの言葉を聞きながら、「そうだよなぁ。もっとしっかり自分の基準で選択できるようにならなきゃ。選択もできずに自立した大人になるなんて、おかしな話だもんなぁ… 」と一人考え込んでしまった。
そんな私に追い打ちをかけるように、彼は続けて言った。
「Life is short. So, not tomorrow, but now !! 」
(人生は短い。だから明日に先延ばししちゃいけない、今やらなきゃ! )
他の参加者たちが、ガイドさんの話を聞きながら熱心に帝廟を観察している中、私とニコは座って、持ってきたバナナを食べながらそんな話をしていたものだから、ツアーの時間はあっという間に終わっていった…。
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別れのとき
そして心の中で誓った「これからの自分」
そして翌朝、チェックアウトするニコを見送るため、私はまたまた少し早起きしてロビーに下りて行った。一緒に過ごした時間はたった1日だけだったけれど、彼は私のことを自分の娘のようにかわいがってくれたし、私にとっては彼は先生のようにも感じられた。彼からたくさんの言葉を受け取った。はじめは単なる強面のおじさんだったのに、やっぱり人は見た目で判断しちゃダメなんだな(笑)。
「じゃあね、ケイコ。またどこかで会おうね」
そう言って、ニコは私のほっぺたにキスをした。ほっぺたが引きちぎられるじゃないかと思うくらいのビッグキスだった(笑)。
もしまた本当に会うことがあったとして、そのときまでにはもう少ししっかりと自分基準でものごとを選択できるような、自立した自分になっていられたら良いな、と心から思う。(了)
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【写真でふりかえるベトナム】
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(次回もお楽しみに。毎週水曜更新です)
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連載バックナンバー
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第5話 最初の国の選び方。わたしの世界一周はフィリピンから(2014.12.03)
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小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)