飲料水は貯めてある雨水。雨水をそのまま飲む国があるって聞いたことはあったけれど、まさかそれを自分たちが体験するとは。またそれと同じくらいビックリしたのはお風呂。ただでっかい樽みたいなものにホースを使って水を貯め、桶で汲んで頭から浴びる。まさに水浴び。
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第16話 果たせなかった役割と超えられなかった壁 〈タイ / ワークキャンプ後編〉
TEXT & PHOTO 小林圭子
誰にでも役割がある
ちっちゃなことから考えてみよう
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「ここでの自分の役割って何だろう? 」とよく考える。これは、旅に出てから考えるようになったわけじゃなくて、かなり前から意識していたこと。たとえば学校や会社、サークル、習い事教室、ボランティア団体。一番身近なところだと家族。そうやって誰でもいくつかのコミュニティに属しているわけだけれど、それぞれにおいて、ちゃんと自分の役割がある。それはもしかしたら知らず知らずの間かもしれないし、まだ自分で気付いていないこともあるかもしれない。
役割なんて大げさな言葉だけど、本当にちっちゃいことでも何でも良い。たとえば、いつも冗談ばかり言って人を笑わせる役割とか。手先が器用で几帳面だから洗濯物をキレイにたたむ役割とか。鍋にだけはこだわりが強いから鍋奉行の役割とか。これは、「キャラクター」や「係」って言葉に置き換えても良いかもしれない。どのコミュニティにいても、この自分の役割ってものが見つからなければ、徐々に居心地が悪く感じられるようになっていく。そして、これこそが今回のコースコーンでのワークキャンプにおいて、自分が悩まされることになった最も大きな原因だったように思う。
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島での予想以上の生活にビックリ!
不便さに勝ったのは非日常へのワクワク
さて、前回書いたとおり、私たちワークキャンプに参加しているメンバーは、朝から夕方まで決められた時間どおりに、農作業をやったり、魚を穫りに行ったり、子どもたちと遊んだり、をしながら、日本での生活とはまるで違う、とても充実した時間を過ごしていた。経験は人をひと回りもふた回りも大きくしてくれる。私は既に何ヶ国かまわってからの参加だったし、ある程度、島での暮らしというものを覚悟していたはずなのに、それでも驚かされたことが多々あった。今回のメンバーの中には初海外という子も何人かいたから、その衝撃といったらかなりのものだっただろうな。
たとえば、まず、飲料水は貯めてある雨水。雨水をそのまま飲む国があるって聞いたことはあったけれど、まさかそれを自分たちが体験するとは思っていなかった。またそれと同じくらいビックリしたのはお風呂。蛇口をひねってもお湯が出ることはなく、シャワーなんて便利なものもあるわけなく、ただでっかい樽みたいなものにホースを使って水を貯め、それを桶で汲んで頭から浴びる。まさに水浴び。いくら南国の島とはいえ、浴びる水が冷たいと体が縮こまってブルブル震えてしまう。何より昼間の疲れが全く取れない。
やっぱりはじめは、みんなの間に動揺が走り、どうしても不安の色が隠せなかったけれど、そこは大学生が持つ順応性の高さなのか、すぐに馴染んでしまった。もしかしたら、それよりも非日常のワクワクの方が勝っていたのかもしれない。そして、そんな普段の生活ではできないような経験を共にしていると、どこか運命共同体というか、有無を言わずにすぐ仲間になれちゃうというか、驚くほど彼らは打ち解けるのが早く、日が経つにつれて、その仲はどんどん深まっていった。
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気持ちをちゃんと言葉にする勇気と
場の空気を読む繊細さ
そのバランスがなかなか難しい
ところで、多くの日本人は自分の意見を他人に伝えるのが苦手だと言われている。言いたいことを直接的にではなく、オブラートに包んだ柔らかな言葉に代えたり、口にせずにその場の空気や雰囲気でどうにか伝えようとしたり。空気が読める、読めない、なんて言われ方もするほど。これは日本人が持つ美徳でもあるんだけど、時として、そういう気遣いが行き過ぎて本当に言いたいことが言えなくなってしまい、その結果、誤解を生んでしまうことだってある。
このワークキャンプでは、毎晩、約1~2時間、メンバーと現地スタッフ全員、合わせて17名でミーティングを行った。その日の出来事に対する感想、意見、反省、改善案、今後の希望、良かったことや悪かったこと、嬉しかったことや悲しかったこと、何でも良いので1人ずつ順番に発表して行く。それぞれが抱えている想いを全員で共有し合い、このワークキャンプをより良いものにしていこうという狙いがあった。
私としては、自分よりもひと回りも若い世代が、海外でこんなに貴重な経験をしている中で何を考え、それが2週間の間にどう変化していくのか、とても興味があった。そして、それを間近で感じられることにある種の喜びを感じていた。だけど、出てくる意見としては、
「今日のゲームは難しかった」
「島の子どもたちがたくさん来てくれて嬉しかった」
「農作業中、間違えてバッファローの糞を頭からかぶってしまった」
「レディボーイ(いわゆるおかまちゃん)とバレーボールやって楽しかった」
などなど、どちらかと言うとちょっと表面的というか、ストライクゾーンからボール2つ分くらい外れたようなことばかり。確かにそれもウソではないと思う。実際、ゲームはリズムゲームもあれば、ちょっと頭を使うものだったり、みんなで協力して答えを導きだすものだったり、自分自身の心に問いかけるようなものだったり、と確かに難しかった。子どもたちがたくさん来てくれて嬉しかったのも事実だし、糞を頭からかぶって臭かったのも事実、バレーボールをやって楽しかったのも事実。全部事実は事実。だけど、「ここで求められている意見はそういうことじゃないんだよね… 」と私は思っていた。
そう、個人的にはもっと本質的なことが聞きたかった。ゲームをやったことで自分の心の中にどういう変化があったか。子どもたちと接する中でどういう発見があったか。そしてそれは自分にどういう影響を与えたか。もう一歩、自分自身に踏み込んで、噛み砕いて、そこから生まれたちっちゃな種が見つけられることを望んでいた。たぶんそれは私だけじゃなく、運営をサポートしてくれている現地スタッフもそうだったんじゃないかと思う。だけど、その望みは2週間の間、決してかなうことはなかった。そこには、
「こんなことを言うと、場の空気が悪くなってしまうかもしれない」とか
「自分はこう思ったけれど、他の人はそうじゃないかもしれない」とか、
上で書いたような行き過ぎた気遣いや遠慮のようなものが少なからず働いていたんじゃないかな。あるいは、早々に生まれた運命共同体や仲間意識に傷をつけたくなかったのかもしれない。いずれにせよ、彼らは良くも悪くも最初から最後まで日本人だった。
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役割がわからず
スタンスも中途半端
最後に残ったのは自分の未熟さだけ…
そんな中、私は私で「ここでの自分の役割って何だろう? 」とずっと考え続けていた。みんなよりもちょっと長く生きている分、聞かれてもないのに、「こうした方がもっとうまくいくよ」「こうやると効率的にまわるよ」「こういうことを考えるのも大事だよ」なんて小賢しいアドバイスをすればよかったのか。いや、いま自分に求められているのはそういうことではないはず、と思った私は「考えてもわからないし、とりあえずここは一歩引いてみよう」というスタンスを取ることにした。
その理由はふたつあって、ひとつは、もし何か問題や壁にぶつかったら、彼らに自分で考えて、自分で答えを見つけてほしいと思ったから。ときには意見をぶつけ合いながら、そのこと自体も大切なことだと知ってほしい。そして、なんならこのワークキャンプはそういう場にしてしまっても良いんじゃないかと思ったし(激しくてすみません…苦笑)、もっと言えば、おこがましいかもしれないけれど、彼らのような若い世代の子たちが、この経験の中で何かを掴むことができるなら、そのためであれば自分ができることは何でもやってあげたいと思った。(こういう気持ちって何なんだろう。自分も30代になって後続の人材を育てないといけないという使命感なのか、はたまた単なる親心に似たものなのか… )
だけど自分が持っている答えをそのまま与えることだけはしてはいけない。そもそも答えなんてひとつじゃなく、人によって違うもの。だからそれぞれにそれぞれの何かを見つけてほしいと思っていた。でもそんなふうに考えること自体、単なる自分のエゴでしかないのかもしれないし、そもそもこんな暑苦しいのは今の若い人にはウケないのかもしれないけど… ね。
ふたつめに、このワークキャンプにはメンバーの中に始めから決まったリーダーがいて(もちろん大学生)、みんなをまとめたり導いたりするのは彼の役目。うまくできなくても、そこは彼自身が頑張るところ。そして、彼のサポートは運営スタッフが一生懸命尽くしてくれる。だから自分が出しゃばって目の上のタンコブになってはいけないなと思った。(こういうとき、年齢って邪魔だな… と心から思う… 苦笑)
だけど、そうなると私としてはますます自分の役割が見つけられずに、ひたすらもがき続けることに。また不本意ながら、「けいこさんは何も意見を言わない人、あまり熱意のない人」だと思われていたかもしれないけれど、「一歩引いてみるスタンス」と「熱意を見せる」という相反する両方のバランスを取るのは正直難しく、それをうまくできなかったことは、自分の未熟さや器の小ささを痛感させられることとなった。
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試されていた自分
超えられなかった壁
次こそはきっと…の想い
結局、自分にとって、今回のワークキャンプはひと言で表すと、『コミュニケーションの重要性』、これに尽きる。年下のメンバーとどうやってコミュニケーションを取るか、言葉の通じない現地スタッフとどうやってコミュニケーションを取るか、というわかりやすいものから、コミュニティにおける自分の役割をどうやって作っていくか、自分に求められているものをいかに素早く汲み取り行動にうつせるか、というちょっと踏み込んだものまで。
さらに、2週間もの間、朝から晩までずっと他人と一緒に時間を過ごす中で(部屋も1人ずつ割り当てられていたわけではなく、みんなで大部屋に雑魚寝だった)、いかにオンとオフを切り替えながら自分を保つことができるか(ちょっとでも1人の時間がないとやっぱりだんだん疲れてしまうので… )、普段とは全く異なる環境でいかに自分を適応させることができるか、などコミュニケーションとひと言で言っても、その幅を広げるとキリがない。
また後になってよくよく考えると、「若い世代に… 」なんて思っていたけれど、実は試されていたのは他でもない自分だったのだと気付く。そして、そのコミュニケーションの点において最も結果を出せなかったのも自分だと思うし、正直、あの2週間で何ができたのか、何をすべきだったのか、の答えは今でも見つかっていない。
ということは、今後の旅の中で、このコミュニケーションについての試練はまたやってくるということになる。クリアできるまでこの試練ってやつは手を代え品を代え、また襲いかかってくるようにプログラムされているのだろう。あぁ、なんて厄介なんだ… と嫌になるけれど、次こそちゃんとこの試練を乗り換えられるように、そのときまでには少しでも成長していたいと心から思う。
【最後に】 今回、いろいろ気にかけてくれた現地スタッフの方や、貴重な時間を一緒に過ごしたメンバーのみんなに改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。みんなにとってもきっとそうであったように、私にとっても本当に刺激的で素晴らしい2週間でした。みんなが帰国して日常の生活に戻ってからも、それぞれが頑張っている様子をSNSを通して目にして本当に嬉しく思うし、個人的に連絡をくれる子も何人かいて、あぁ、良い出会いだったな、としみじみ…。またいつかみんなに会える日を楽しみにしています。(了)
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(次回もお楽しみに。毎週水曜更新です)
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連載バックナンバー
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小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)