TOOLS 35 本当の暗闇を愉しむ方法 / 田中 稔彦( 海図を背負った旅人 )

月は明るい

月は明るい

夜の暗さを体で感じる機会は、街で暮らしている人にはそう多くない。街灯のない田舎で暮らしていたとしても、闇の中にあえて身を置いて時間を過ごすということはあまりないのではないでしょうか。自然のサイクルの中から見えてくるものがある

TOOLS 35
本当の暗闇を愉しむ方法 
田中 稔彦  ( 海図を背負った旅人 )

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自由に生きるために
日常では使わない感覚を研ぎすましてみよう

 

 

初めての航海で
念願の夜光虫をみた

 

夜光虫って知っていますか? 海に棲むプランクトンの一種です。明るい昼間に見ると、海の表面が赤錆のような濁った色になります。けれど夜になると水の中で光るのです。

ずっと昔に読んだ本の中で、南の海で夜光虫に包まれて泳ぐというシーンがありました。手足が跳ね飛ばす水しぶきや、泳いだうしろに出来る波頭、そのすべてが自然にはありえないブルーの蛍光色に光る。そのぼんやりとした光に包まれながらどこまでも泳いでいく、そんな話でした。

タイトルも全体のストーリーも今ではもう忘れてしまいました。ただ夜光虫の中を泳ぐ情景だけは、どういうわけかいつまでも鮮やかに心に残っていました。 いつか海面が青緑の光に浮かび上がる、その光景を実際に目の前にすることができれば、そう思っていました。

 帆船(はんせん)とは、帆を張り風の力で走る船のこと

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初めて帆船で航海に出た時のことです。大阪から鹿児島まで、二月の太平洋を走りました。出航してから何日かはどんよりした天気の日が続きました。雨が降ることもあまりありませんでしたが、太陽はほとんど顔を見せず、空はいつも厚い雲に覆われていました。船は大阪湾を出て太平洋に出ました。立ち寄る港も近くになく、何日かは夜通し航海を続けました。

航海の間は交替で船を動かすための作業をします。進路に向かって舵を取ったり、風に合わせて帆を調整したり。計器を読み取って航海日誌をつけたり、周りの海や他の船の見張りをしたり。その役割を航海当直といいます。船を走らせている限りは、夜中であっても、海が荒れていても、必ず何人かが船のために当直に入っているのです。

帆船で航海をする

ある夜当直中、ぼくは舳先(へさき)で見張りをしていました。曇った寒い夜でした。少し、沖を走っていたせいか、周りには他の船の明かりも見えませんでした。5メートルほど離れたところで仲間が同じように見張りをしていましたが、その人の姿も気配も感じられないくらいに暗い夜でした。

ぼくはなんとなく海の中を覗き込みました。走っている船の先端が、水を押し分けて波を起こしていました。波頭がかすかに白く浮かんでいるのが見えました。ふと、水の中にいくつもの光の粒がちらちらしていることに気づきました。よく見ないと気づかないくらいにかすかな光でした。小さな緑色の子供の頃によく遊んだ、ゴムでできたスーパーボールのような、光の球がたくさん海の中に見えたのです。ずっと光っているワケではなくて、何もないところに突然光が生まれ、ほんの一瞬だけ輝いて、船のうしろへと流れながら消えていきました。船が進むに連れて、光は次から次へと生まれ、消えていきました。それがぼくが初めてみた夜光虫でした。

後で知ったのですが夜光虫は暖かい海の方がよく見ることができるそうです。そしてプランクトンなので栄養分が豊富な、陸地の近くの方がたくさん生まれてくるのだそうです。寒い冬の海で沖を走っていて見える夜光虫は、本で読んだみたいな明るいものではありませんでしたし、たくさんの光に包まれるような印象でもありませんでした。

初めての航海。寒くて暗い冬の海。そんな中で出会った緑色の弱々しい光の粒子のような夜光虫をぼくはとても健気に感じたのです。

青緑にひかる夜光虫(参考資料)

青緑にひかる夜光虫(参考資料)

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初めての外洋航海で知った
本当の満月の明るさ

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「月が明るい夜ばかりではないよ」というセリフがドラマなどで使われることがあります。捨て台詞として言われることがほとんどで、月が出てない夜は暗いのでそんな時に襲われないように気をつけろ(あまり調子に乗ってると襲ってやるぞ)という意味の脅し文句なのですが、ぼくにはずっとこの表現はピンときませんでした。生まれてからずっと街中で暮らしてきたので、月の光がどのくらい明るいのか、全く実感することはできないのです。月が出ているかどうかでどのくらい夜道の印象が変わるのか想像することさえできなかったので。

月光の明るさがどのくらいのものなのかちゃんと感じたのも、初めての外洋航海の時でした。航海が始まって何日かして、いつものように見張りをするために夜のデッキに出ました。寒くて暗い夜のデッキにももう慣れていたのに、その日は様子が違っていました。航海をスタートしてから初めて雲がすっかり晴れた夜だったのです。

月のない夜は、すぐ近くにいる人の姿すら見えませんでした。ただ闇の中から聞こえてくる声だけがお互いの存在を確認する手段なのでした。当然、デッキの様子も何ひとつわかりませんでした。目を凝らして注意深くゆっくり歩いているつもりでも、つまずいたりぶつかったり、そんなこともしょっちゅうでした。

けれどその夜は、デッキの様子がすっかりと見て取れたのです。デッキの後ろにある舵取りのための舵輪とその周りにいる人たちも見えました。手すりのありかもちゃんと分かりましたし、その足下にあっていつもつまづかされていた小さなあれこれもちゃんと見えていました。一緒に見張りに立つ人の姿もちゃんと見えていました。それどころかその人の表情の変化さえ、それほど苦労しなくても見て取ることができました。曇った夜が続いていたので気が付かなかったのですが、その夜は満月でした。生まれて初めて知った、本当の満月の明るさでした。

.帆船で航海

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闇の中に身を置く時間
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帆船で外洋を航海するようになって知ったことに「夜は暗い」というのがあります。当たり前なことです。けれどその当たり前だと思っている夜の暗さを体で感じる機会は、街で暮らしている人にはそう多くないと思います。そして街灯やネオンサインのない田舎で暮らしていたとしても、闇の中にあえて身を置いて時間を過ごすということはあまりないのではないでしょうか。

航海していてる船は基本的には外に明かりを漏らさないようにしています。その理由は周りの船に自船の状況を正確に伝えるためです。船のルールでは夜間に、船のどの位置にどのような色の光を点灯するのかは決まっています。ルールに沿った明かりを点けることで、周りからその船がどのような向きで走っているのかやどういう目的で走っているのかを知ることができます。それを分かりやすくするためにルールで定められている以外の明かりは外からは見えないように厳重に遮蔽されているのです。

帆船を操縦

もうひとつの理由は周りの状況を見やすくするためです。夜に車を運転するときのことを考えると分かりやすいかも知れません。自分のいる場所が明るくて周りが暗いと、辺りの様子が見えにくくなってしまいます。夜に航海する船の操舵室は、レーダーや航海計器などを読み取るための最低限の明かり以外は、照明器具は使わないのです。そんな暗さの中で過ごすことで気づくもの、見えてくるもの。船で暮らすうちに、ぼくはいくつかそんなものに気づくようになりました。

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一番の星空
大西洋ど真ん中で
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夜中の当直は昼間よりもストレスを感じます。暗い中ではいつもは簡単なことでもいちいち手間がかかります。おまけに、海の状況によっては船が揺れていたりもするのでなおさらです。だから月の光が明るい夜はそれだけでずいぶんと気分が楽になります。

じゃあ月のない暗い夜がキライかというと、実のところぼくはそれほどでもありません。暗い夜にはそれなりの楽しみもあるからです。夜光虫もそんな楽しみのひとつですし、晴れているけれど月のない夜には満天の星を見ることもできます。

星の話をするとよく「今まで見た中で一番キレイだったのはどこで見た星空ですか? 」と聞かれたりします。何個か印象に残った星空はありましたが、それは例外なく陸地から遠く離れた海で見たものでした。

船に乗るまでに見た一番キレイな星空は富山県の立山連峰の山小屋で見たものでした。それは確かに美しい星空でしたが、足下の遠くに目をやると富山の街の灯りが、ぼんやりと夜空にかかっていたりしました。あの街の灯りがなければもっと星がくっきりと見えるのに、その時ぼくはそう感じていました。

船に乗るようになって陸を見ながら夜の航海していても、街が明るいことにはいつも驚かされました。街のない陸地は暗く沈んでいて、その所々に明かりがぽつぽつと浮かんでいるだけです。けれど少し大きな街になると遠くからだとその辺り全体が発光しているようにみえます。海図で確認したりしなくてもただ辺りを見渡しただけで、そこに街があるのだとすぐに分かる、それほど街は明るいのです。

ぼくが見た星空の中で一番感動したのは、大西洋のど真ん中を航海している時でした。全ての陸地から遠く離れ、辺りには他の船の姿もない。大西洋の夏は湿気が少なく、空も澄んでいました。航海を共にしている仲間達と夜のデッキに寝転び、ずっと星を眺めていたのはとても貴重な思い出です。真っ暗だったので当直で仕事をしている人に踏まれそうにはなりましたが。

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疲れのピークに
夜空に光の道がかかった
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「黄道光」も陸ではまず見ることができない空のイベントだと思います。「こうどうこう」と読むのですが、ぼくも船に乗るまでは聞いたこともない言葉でした。

夜明け前や日が暮れた直後、帯のように淡い光の道が地平線から空の頂点に向かって一筋に伸びるのです。黄道というのは太陽の通り道で、そこにある塵が太陽の光を反射したものだと言われています。秋口や春先、空気が澄んでいて周りの光がほとんどない時に見られる現象だそうです。

一度だけ、航海の途中に黄道光が見えたことがあります。残念ながらぼくは見ませんでした。眠っていて見損ねたのです。夜中に当直に入っていたメンバーが明け方、見たことのない光を見て、ベテランの船乗りさんが黄道光だと教えてくれたそうです。

本当にかすかな光だったそうです。けれど夜空に光の道がかかったのは分かったと言います。目にすることができなかったのは残念ですが、夜明け前というのは夜の当直のなかでも一番疲れの出てくる時間帯です。そんな時に現れた黄道光は、当直中のメンバーへのちょっとしたごほうびだったのかもしれません。

明け方は疲れがピークに

明け方は疲れがピークに

 

船仲間と寝ころび
闇の中をただ楽しんだ時間
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航海中の話ではないのですが、東京のはるか南、小笠原諸島の父島に行ったときのことです。3月くらいだったと思います。ぼくは帆船で島を訪れていたのですが、たまたまその時現地のユースホステルに以前からの友人が泊まっていました。電話して一緒に夕食を食べようということになり、彼の泊まっているユースの近くのビーチで待ち合わせすることになりました。

船の仲間何人かを誘って待ち合わせ場所に向かいましたが、約束の時間より少し先についてしまいました。月のない夜で、街灯もなく、辺りには人影もありません。待ち合わせ場所はビーチにある東屋(休憩用の建屋)でした。ぼくたちはそれぞれ東屋のベンチに寝転びました。

お互いの姿は見えません。空には星が弱く光っていました。波の音だけがずっと聞こえていました。ぼくたちはしゃべることさえしませんでした。ただ闇の中にいることを楽しんでいました。

しばらくして、待ち合わせていた時間ぴったりに友人がやってきて寝ているぼくたちに声をかけました。みんなは口々に彼に文句を浴びせかけました。

「もっと遅れて来てくれたらよかったのに」

闇の中で何もせずに過ごす中で、見つかるもの、見えてくるものもきっとあるんだと思います。(了)

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本当の暗闇を愉しむ方法
1.  自然のサイクルの中に身を置いてみる
2.  そこで見ることのできる小さな奇跡を感じてみる
3.  そして自分内面を見つめ直してみる

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 田中稔彦さんが帆船に乗ることになった話 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)

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写真:SHIMA TRIP (1枚目)、mutolisp(3枚目)、その他は筆者本人


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。