もういちど帆船の森へ 【第26話】 あなたの帆船 / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦昼間だけではなく夜景を見るナイトクルーズもあって、反応はとてもいいみたい。そんな彼が最近腕を怪我して操船が不自由になったので、たまに手伝いで船に乗っています。主に船を陸につけたり離したりするときのサポートで、時々操船も。陸の近くで街を眺めながら操船するのは新鮮。新しい発見もあって、楽しく手伝っています
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第26話   あなたの帆船 

                   TEXT :  田中 稔彦                      

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 標準語は英語

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Airbnbでは体験のシェアも販売しているのですが、友人がそこで「東京をボートから見るツアー」というのをやっています。

隅田川の河口を出たあたりは竹芝と晴海とお台場そしてレインボーブリッジに囲まれていて、東京という街をサラウンドに感じられます。そのあたりから羽田空港あたりまでが、お客さんを案内するメインのフィールド。昼間だけではなく夜景を見るナイトクルーズなんかもあって、反応はとてもいいみたいです。

そんな彼が最近腕を怪我して操船が不自由になったので、たまに手伝いで船に乗っています。主に船を陸につけたり離したりするときのサポートで、時々操船もやらせてもらっています。どちらかというと発地と着地の違う長い航海をすることが多かったので、陸の近くで街を眺めながら操船するのはかなり新鮮。新しい発見もあって、楽しく手伝っています。

集客のプラットフォームがエアビーなので、お客さんのほとんどは海外の方。標準語は英語です。お客さんをアテンドしないといけないタイミングもありますけど、自慢じゃないですが、英語はほとんどしゃべれません。身振り手振りと片言の英語、そして堂々の日本語でアナウンスしてます。

みなさんも似た感覚はあると思うのですが、海外の人と身近に接していると、もう少し英語が話せればと思うことがよくあります。

2000年から2003年の間は、帆船の関係でよく海外に出かけた。
クルーとして、ゲストに英語で説明しなくてはならないことも多かった。
またゲストとして、クルーや他のゲストとコミュニケーションをとることもよくあった。
イギリスの船に乗って、たったひとりだけ日本人で2週間暮らしたこともある。

言葉が伝わらない、わかららないことで悔しいこともよくあって、この時期は本気で英語を磨きたいと考えたりもしていました。

田中稔彦さん帆船

東京を海から見る

 

 

 

 素の自分以上になれる 

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実のところ、元々は海外に出かけることにそれほど興味はありませんでした。
というか、今でもそうなのかもしれません。

これまでに訪れたことがあるのは9カ国。アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、オランダ、ルーマニア、ハンガリー、中国、韓国。どこも舞台関係の仕事か船に乗るためで、普通の観光とかで外国に行ったことはありません。そもそも2000年の帆船レースに参加するために訪れたカナダが初の外国で、もう30歳を過ぎてからのことでしたし。

旅をすること、移動することは昔から大好きでした。じゃあなぜその気持が海外に向かなかったのかと考えると、めんどくさいからかなあと思います。

思い立ったら、ふらりと適当に旅をすることが好きでした。だから、パスポートやビザを取ることとか、乗り物チケットや宿の手配を慣れない環境ですることが、めんどくさかったのではと。それと日本にいてもそうなのですが、知らない人とコミュニケーションを取るのが苦手なところもあって、そのあたりも海外への興味をさえぎるバリアなのだと思います。

ほんの少し環境が違っていたら、一生外国になんて行かないまま過ごしていたのではないか。本気でそう思っています。

仕事で海外に行く機会もあるのですが、海外で条件が悪い状況でも、

「あの人はなんか海外でもうまいことやってくれそう」

という漠然としたイメージでオファーされるらしくて、必ずしも技術やコミュニケーション能力を評価されてるわけではないみたいです。なので少しイメージが変わっていたら、そういう機会も少なくなったていた可能性があります。

だから多分、ぼくと海外とのつながりは、帆船に乗ることで生まれたのです。

帆船に乗るようになったキッカケは、初めてORDINARYに書かせてもらったエッセイで触れています。

1997年の冬に初めて帆船で航海しました。
その時は本当にたまたま帆船と出会っただけのこと。
なのにそれから三年半が経って、帆船に乗り続けていたおかげでぼくは
人生で最高の瞬間」と出会うことになったのです。

繰り返しになりますが、帆船を知ったのは本当にたまたまで、帆船が人生の大事なところを占めることになるなんて思ってもいませんでした。帆船に乗ることで、自分が元々持っている狭い興味や価値観をはるかに越える大きな世界を垣間見ることができた気がします。一生、行かないだろう場所、会わないだろう人とめぐりあえた気がします。

人生を変えたというと大げさかもしれませんが「遠くまで見通せるようになって人生を楽しくしてくれた」、ぼくにとって帆船はそういう存在です。

 

 あなたの熱源 

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今月の後半、韓国からロシアへの帆船レースに参加します。

ハッキリ言って、いろいろとめんどくさいです。なんだかんだで一ヶ月近く家を空けるので、スケジュールの調整も準備も大変です。ロシアはビザがないと入国できないので、その申請もめんどくさかった。こんど乗るのは小さな船。設備もあまり整っていないので、何を持っていくのか考えるのもめんどくさい。

書いてて思いましたが、どうもぼくの行動基準は「めんどくさい」がとても重要なのだなと(笑)でもまあ、誰にだってあるんじゃないですかね。妄想から実行の間に横たわるバリアは。

もちろん、思い立ったことや興味を持ったことを真っ直ぐに行動に移せる人もいて、それはそれですばらしいことだと思う。

でも、ぼくはそうじゃない。「めんどくさい」っていう壁越しにしか世界と向き合えないぼくに、壁を乗り越えるだけのエネルギーをくれたもの、それはいま仕事にしている「舞台」と「帆船」のふたつだけ。

誰にでもそれはきっとある。
ずっと生きてきて、いろんな人と出会って、そう思う。
自分を取り囲む壁を乗り越える力を与えてくれるなにかは。

ある人にとってはマンガやアニメやゲームがそうなのかもしれない。コスプレなのかもしれない。アイドルかもしれないし、ジャニーズかもしれない。鉄道とかフェリーとか航空機とか。

他の人から見ると、なぜそこまで情熱を注ぐのか理解できないことはたくさんある。でも情熱は、注いでいるのではなくて、関わることで湧き上がってきている。ぼくにとっての「帆船」はそんなもので、そしてあなたにもそうした熱源は必ずある。

まだ出会ってないかもしれないけど、きっと出会える。
あなたにとっての帆船に。

 

帆船はぼくを世界とつないでくれた

帆船はぼくを世界とつないでくれた

 

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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。