世界的にみると幼児教育はとても注目されていて、先進国、特に北欧諸国は、乳幼児期の教育・サポートにとてもお金をかけています。「大学生よりも幼稚園児に教育を手厚くした方が、費用対効果が高い」のは世界の常識となっている。乳幼児期の教育は重要
連載「しなキャリ図鑑」とは 【毎月1回更新 / 第4月曜】
「しなやかに生きる人のためのキャリア図鑑」の略称。キャリアカウンセラー舛廣純子が、イキイキと働く仕事人にインタビューし、その仕事に大切なチカラを中心にキャリア・仕事そのものも掘り下げます。10年後の未来に自分がどんな風に仕事をしているのかも見えづらくなった今の時代。インタビューを読むことで、自分の持っている力にも気づいたり、したことのない仕事に興味を持ったり、これから伸ばしたい自分の力を見つけられたなら、あなたの仕事人生も変化に対してさらに強くてしなやかなものになっていくかもしれません。
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第33話 幼稚園教諭のチカラ
遊び心でどんな経験も学びに変え、子どもとともに創造力を育む
TEXT : 舛廣 純子
教えてくれた人
石神 建太郎 幼稚園教諭
大学卒業後、祖父が創設した学校法人石神学園 鎌ヶ谷ひかり幼稚園に送迎バスの運転手として就職。運転手をしながら、通信課程で幼稚園教諭の資格を取った後、同園で幼稚園教諭に就く。その後、横浜市港南区金井幼稚園でも幼稚園教諭を5年間経験。鎌ヶ谷ひかり幼稚園に戻り、副園長を経て園長になる。
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<幼稚園教諭にとって大切な能力はなんですか?>
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1. コミュニケーション力 観察力 対話力 関係構築力
コミュニケーションは子ども、お母さん、職員同士でも必要ですし、誰とのコミュニケーションなのかによっても大切なことは変わってくると思っています。
対お母さんだったら、言葉をとても大事にしています。例えば、子どもが喧嘩してしまったことを報告するにしても言葉のチョイス一つで、不安にもさせるし、安心にもさせられると思うのです。あとは、信頼関係を構築するという意味でも、とても大切ですよね。信頼関係を構築できていないと、何をやってもマイナスに伝わってしまう時もありますし、まずは土台に信頼関係を構築した上で、どう伝えるかということが大切かなと思います。
対子どもとのコミュニケーションになると、もっとコミュニケーションの幅は広くなります。3歳ではまだ言葉がうまく使えない子もいますし、一方で年中の後期になると本音と建て前というものを使い分けるような子も出てきます。「先生こう言ったら喜ぶかな」と、成長の早い女の子だったりすると考えるようになったりします。先生の気持ちを読み取って行動できる事はすごい成長なのですが、それがいいかというと、また別問題で、本当は本音を出せた方がいいのですよね。なぜなら、本音ではこうしたいけど、「先生に認められたい、褒められたいからこうしよう」と先生の評価を気にする事ばかりだと、それが苦しさや融通の利かなさにもつながってきたりしてしまうからです。そういう子どもの心の動きを私たちは読み解いていかないといけなくて、そうすると言葉だけでない普段の生活の中での様々な様子、態度、目線や表情から、その子の性格や家庭での様子も含めて、子どもの理解をしないといけなくなってきます。
また私たち自身が子どもたちに何かを伝える際も、言葉では子どもに受け止めてもらえなくても、態度やしぐさで伝えられることもあります。朝泣いて登園する子どもに「どうしたの、大丈夫?」「早く支度してあそぼうよ」と声を掛けるより、膝にのせて背中をさすってあげるだけで、元気になって自分の足で部屋にいくこともあるので、やはり言葉だけでないコミュニケ―ションで子どもとキャッチボールができる事も大事だなと思っています。
対先生同士になると、その人と相対していない所からも伝わる事はありますよね。ちょっとした自分の無意識の態度や他の先生とのコミュニケーションの中から意図しない事が伝わってしまう事もあります。誰に何を伝えるか、その人と自分がどういう関係性にあるのかによってもコミュニケーションや言葉のチョイスは変わってきます。先生同士が、いいコミュニケーションをできているかどうかでも保育の質も変わってくるので、自分だけでなく園内のコミュニケーションが円滑になるような雰囲気作りも大事にしています。私たちの仕事はすごく幅広いコミュニケーションを必要とするからこそ、スキルとして磨いていかないといけないなと思っています。
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2. 探求心 向上心
教育の世界に、完璧や100点満点はないんですね。また教育にもトレンドみたいなものが実はあります。だからこそ学び続ける・探求していくチカラは必要です。私達の仕事は、1年目の保育者でも10年目の保育者でも同じ担任として同列に見られるわけです。でも、経験・技術・知識は違います。では、何を持ってプロとして定義するのかと考えた時に、子どものために学び続ける事だなと思いました。それができるかどうかというのがプロとして大事だと思っています。時には保育以外の事や人からの助言も含めて、おごらず、学びとる姿勢を持つ事が大事だと思っています。学んだ分だけ自分の世界も広がり、保育の仕事自体もどんどん面白くなっていっているように思います。学びのかけ合わせが自分の発想力にもつながっていたりして、それが子どもの遊びにもつなげられたりしているなと思います。
3. あそび心 好奇心 楽観性
子どもと遊んでいても心から楽しめる心が大事ですし、遊んでる最中にパッと閃いて、こんな事をしたらおもしろいかもと思いつく事もあるんですね。こういったあそび心が創造力を生み出すなぁと思っています。保育をやっていると脱線とかハプニングが一番盛り上がるのですが、そういったものも「あっ、面白い。ここからも遊べちゃうかも」「学べるかも」「糧にできるかも」と思える事が、とても大切な気がしています。
また困難や失敗があっても、それすらも楽しんで、「なんとかできる」「乗り越えられる」と思えることも大切ですよね。幼稚園で起こる一つ一つを失敗したと下を向くのではなく、これは良い経験だなと捉えられるかで、その後が随分変わってくるなとも感じています。子どもは大人が言葉にしていなくても大人の様子からなんでも見ていますから、先生は失敗をどう捉えているのか、ということを敏感に察知して、失敗というものに対しての認知を自分なりに持っていくと思います。なのでどんな事も面白がれる・楽しんじゃう大人が子どもの隣にいたら、子どもも楽しくなっちゃうんじゃないかなって思います。
人間って、あそぶために生きているって思ってるんです。仕事も、家事も、育児も、なんでも面白さを見つけて、楽しんでいく事って、すごく大事な気がしています。なのでどんな時も、あそび心だけは、忘れたくないですね。
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<なぜ幼稚園教諭になったのですか?>
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もともと私は、家業を継ぐことは全然考えていなくて、大学では理系の学部でプログラミングなどを勉強していました。でも実際、大学時代に一生懸命やっていたのはお芝居で、下北沢とか横浜の小さい劇場でお芝居に没頭している大学生活でした。殺陣とか剣劇だとかを勉強して、ショッピングモール等のヒーローショーなどにも出ていたのです。だから大学卒業時も日光江戸村でお芝居を続けることも真剣に考えていたのですが、お芝居の世界は体力勝負で先行きもとても不透明。でもプログラミングのように一日デスクワークをしているのはどうも性に合わない。どうするか考えぬいた結果、もともと子ども自体は好きだったこともあり、実家で幼稚園教諭を目指すことに決めました。全くこの世界のことをよくわかっていなかったので、今考えるととても甘かったと思います。正直この道を選んだときは志があるというよりは、保守的な選択をした自分がいました。
幼稚園に就職したのちは、バスの運転手を二年間させてもらって、その間、通信課程で幼稚園教諭を勉強して、資格が取れたのち、担任を二年間持たせてもらいました。資格を勉強し出した頃から、他園の先生と一緒の勉強会にも参加していましたが、その時に、久保田先生という幼児教育で著名な先生と出会ったことが、幼児教育に対する自分の考えを大きく変えていきました。それまで本当に甘い考えだった私ですが、一緒に勉強する先生方の情熱や久保田先生の子ども達に対しての考えや姿勢から、次第に自分自身の中に幼児教育に対する思いや情熱みたいなものが生まれてきたように思います。
でも二年間担任を務めたころ、当時園長だった父と考え方が合わずに、園をやめることになりました。父と考え方が合わないという以上に、今振り返ると自分が思い描いている理想の保育者としての姿を自己実現できない事に対しての葛藤や、若さゆえの未熟さもあったのだと思います。若さゆえの勢いで、後先考えずに辞めることを決断してしまいました。実は男性幼稚園教諭の就職の受け皿はあまりなくて、辞めると決めた後、どうしようかと考えていた所、たまたま知り合いだった横浜の金井幼稚園の園長先生に声をかけて頂き、そちらの園に転職する事になりました。
その園では5年間幼稚園教諭としてお仕事させて頂きました。金井幼稚園の園長先生は、私のいわば「保育の父」といった存在で、その先生から学ぶ事がとてもたくさんありました。子供一人一人を本当にしっかりとみていらっしゃる先生で、保育のいろはや園長として大事な事等、園だけでなく時に、園長先生の自宅や研修に行く車の中で、本当にたくさんの話をして頂きました。5年間、たくさん愛情をかけて育てて頂いたなという実感があります。私自身は絶対に父の園に戻るつもりはなかったのですが、金井幼稚園の園長先生に「あなたなは戻らなければいけないよ」と背中を押されていた事もあり、5年務めて鎌ヶ谷ひかり幼稚園に戻ることを決断しました。戻った後は副園長になり、現在は園長二年目になります。
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<幼稚園教諭とはどんな仕事?>
保育する、つまり遊びや生活を共にする中で、子ども達のよりよい育ちを考え援助したり、カリキュラムや教材を作ったり準備する、園行事を取り仕切る、保護者との連絡や情報共有等が主な仕事です。後は、研修や本を読んだりして研鑽を積む事も大事な仕事の一つです。
私たちの園では活動や集まる必要がなければ、外であそんでいる事が多いです。子どもはかなり自由度高くあそんでいます。今日しているあそびを、明日する事も出来るんですが、同じように盛り上がる保証はないので、もしそのあそびが大切だと担任が判断したら、予定していた活動を延期する事もあります。一方、全部自由な時間ばかりだと、子どもたちの関係性が狭まってしまたり、経験の差が出てきてしまうので、みんなで絵を描いたり、ハサミ・のり等の道具で製作したり、グループ活動が入ってきます。またあそびの中だと仲良しのグループであそぶ事が多いので、いろんな子に出会えるようにグループを作り、出会いの幅が広げられるようにもしています。でも基本は自由にやりたい事を尊重して子ども自らがあそびを見つけてあそび込む中で、学ぶ事を大切にしています。子どもも自分が尊重されていると感じると、安心して自己主張が出来るようになります。そうすると年長ぐらいになると、僕とも対等に話してどんどん自己主張してくるようになりますね。たまに子どもに、本気で怒られる事もあります(笑)
柔軟に予定を変更できる事と、もう一つ大切にしているのは、職員みんなで子ども達を見るという事です。それは、子どもの「やりたい」を尊重したいという事と、いろんな人に出会って欲しいという事、そしてもう一つ「待つ」事をできるようにしたいからです。発達の見通しはもちろん持っていますが、一人一人発達・成長の仕方・速度は違うので、それを待ってあげたいと思っています。先に先にと急いでしまうと、どうしてもこちらから「あぁしなさい。こうしなさい。」になってしまい、子どもの「自分からやろう」といった主体性を削いでいってしまいます。待つというのは簡単なようで難しいのです。担任一人でクラスみんな見なさいと言ったら、その待つや自由を保障する事が中々できないと思います。なので職員みんなで協力して、支え合う。そういった事を大切にしたいなと思っています。
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<一日の仕事スケジュールは?>
8:00 朝礼・朝の掃除・保育準備
8:30 子ども達、順次登園
保育
14:15 降園・お迎えの保護者へ連絡(主に子どもの様子を)
14:30 掃除・バス通園の保護者へ何かあれば電話で連絡・休憩
明日の準備・保育の反省・記録
16:30 終礼・残った仕事があれば残業します。夜7時過ぎまでなんて事もあります
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<仕事のやりがいや面白みはどんなことですか?>
やっぱり子どもが変化した時、成長した瞬間を見ることができた時です。子どもが変わると保護者の方へ、子どもに対しての見方が変わって、「こんな事もできるんだ」「こんな一面もあるんだ」「こういう事が大事なんだ」と気づかれたり、変化されていきます。例えば、最初は洋服を汚してはいけないと、ママの事を気にして泥遊びができなかった子が、他の子どもの遊んでいる様子を見たり、私たちとの関わりを通して、少しずつ泥遊びができるようになって、イキイキと泥遊びをしている姿を見ると、お母さんも気付く事があるんです。そして、そういった子どもの成長をお母さんや職員同士で共有し合う時は、仕事のやりがいを実感します。
また子ども自身も皆「大きくなりたい」「できるようになりたい」という気持ちを誰しも持っているものだと思います。大きくなりたいという思いを胸に、日々自分の興味のあるものに挑む中で、例えば高い所から飛び降りるなんて事は良くあるのですが。怖いからまだ跳べない...と躊躇する時もあります。でもちょっと勇気を出さないとできない事も、私たちの励ましであったり、友達の行動を見ての刺激だったり、「忍者に変身したらなんか出来ちゃった!」みたいなきっかけを見つけながら自分の力で乗り越えていきます。それが今日できるかもしれませんし、1週間後、1カ月後かもしれません。「待つ」ことは大変ですが、子どもが自分で自分の殻を抜け出せた瞬間を見ることができると、「やっと抜け出せた」と喜びもひとしおです。そして出来たという瞬間、大体子ども達はその気持ちを共感して欲しくて、こちらを向くんです。その時に顔を合わせて、お互いにやった!って気持ちを共感できる瞬間は、とても心に残りますね。
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<もっとも嬉しかった・印象深かった経験はどんなことですか?>
担任を持って1年目の3月に、お泊り会があったのですが、ちょうどその時に、目をけがしてしまった子がいて、お父さんとお母さんに連れられて病院に行き、その後深夜に戻ってきたのです。病院に行った後なので、なかなか寝つけなくて、夜中にその子と色々話していた時に、将来何になりたいのと聞いてみたんです。するとその子は「幼稚園の先生になりたい」「だって先生楽しそうなんだもん」って言ってくれたのですよね。
私にとって担任の一年目は思うように自分のやりたいことが実現できなくて、すごく苦しんだ一年でした。子どものやりたいことをなかなか実現させてあげられなかったり、大人の思いを押しつけてしまっていたな、と今振り返ると思います。本当は子どもとキャッチボールするようにやりとりしながら、あそびや保育を作り出したかったのですけれど、それがなかなかできずに、すごく悩んで苦しかった一年でした。その一年の最後に、その子にそう言ってもらえて、一年間、悩み・苦しんでやってきた中で、すごく報われたんです。反省は多々あった1年目でしたが、少しでも子ども達になにかを残す事が出来たのかなと思えました。
そして今でもその言葉が、仕事を続けていくモチベーションにもなっていて、もしその子が大きくなって再会できた時に、「やっぱり素敵な仕事だな」と思ってもらえるような先生でいたいと10年たった今も強く思います。今までで一番印象深く、自分のチカラになった言葉、経験でしたね。
<逆に今まででもっとも大変だった経験は?>
1年目の理想と現実のギャップで苦しんだ経験はとてもつらかったですが、他にも保護者の方と思いがずれてしまった時は、よく悩みました。
以前いた園で、園の方針が合わなかったり、「保護者の行事の参加が多い」という事をクラスのお父さんに言われたんです。そのお父さんとは、何度も話し合っていたのですが、考えがなかなか一致せず、お互い歩み寄りも出来ず、ずっと平行線だった事があって、担任をしていた一年間はなかなか大変でした。今考えると最初の時点での私の対応・伝え方の至らなさもあったと思います。でも最後私が園を辞める時に、そのお父さんがわざわざ来てくださって「次行っても頑張ってね」と言って頂いたので、認めて下さっていた所もあったのかなと思っています。でも適切なコミュニケーションをとる難しさ・大切さを実感した経験でした。
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<幼稚園教諭の仕事の未来はどうなっていくと思いますか?>
ひと昔前までは「幼稚園教諭は女性の職場で、結婚前の腰かけ」みたいに言われていた頃も、実はありました。結婚・出産後も続けていくのがとても難しい、と考えられていたからです。今でも年収や社会的地位としても、それほど認められていないと思いますが、世界的にみると幼児教育はとても注目されていて、先進国、特に北欧諸国は、乳幼児期の教育・サポートにとてもお金をかけています。「大学生よりも幼稚園児に教育を手厚くした方が、費用対効果が高い」のは世界の常識となっているんですね。それぐらい乳幼児期の教育は重要なのです。そういう世界の流れの中で考えても、日本における幼稚園教諭はもっとその存在が見直されていくのではと考えています。
専門職としての地位も認められていくべきだと考えていますし、そのためには幼稚園教諭自身も、専門職として知識・技術・経験・人間力をもっともっと磨いていく必要もあると思います。これからはAI・ロボットが人の仕事を奪い10年後、20年後になくなる仕事もあるかもしれませんが、この仕事がなくなることはないと思います。人の心を育てられるのは、人だけだと思っています。
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<今の仕事と同じように向いていそうな仕事はありますか?>
どんな仕事でもやりたい自分がいるのです。調理師免許をとって「料理人もやってみたい」と思ったり、子どもの遊具とかを作っていると「家具職人もいいかな」とか、「造園業も楽しそうだな」とか、子どもとザリガニや虫をとったり、野菜を育てていると「漁師とか農家とかもいいな」と思ってしまいます。なんでもやったら楽しそうです。たぶんそれは幼稚園という職場の中で、いろんなことを子どもたちと一緒に経験してきたからなのですよね。向いているかどうかはわかりませんが、楽しそうでやりたい職業はいっぱいあります。
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キャリアカウンセラー舛廣純子の シゴトのチカラ考察 .
子どものような笑顔で楽しそうに会話をされる石神さん。インタビュー中も子どもが横に座りにきたり、「けんたろうせんせい~!」と声をかけにやってきました。偉そうな、何かを教えてくれる「先生」というよりは、子どもたちにとって安心感のある、同じ目線に立ってくれる存在、そんな風に私の目にはうつりました。ちょこんと先生の横に座るその子どもの表情からも先生である石神さんと子どもたちとの間に、信頼関係があるのだなということは感じ取れましたし、それは日ごろの「コミュニケーション」の賜物なのだと思います。
子どもから大人まで、そしてチームで仕事をしていくからこそ、幼稚園の先生には幅広い人とのコミュニケーション力が求められます。特に子どもにおいては、言葉だけでなくノンバーバルコミュニケーションがむしろ大事なのは、この仕事の特筆すべき特徴でしょう。あえて言葉ではなく、ノンバーバルコミュニケーションやスキンシップで伝えることが有効な時もあるというお話は確かに自分の育児経験を振り返ってもなるほどと思いました。
また、「あそび心」のお話も、遊びを創り出す創造力につながるだけでなく、子どもの失敗に対しての認知にも関わってくると聞き、保育に関わる人の資質が子どもの人格形成にも大きく関わることを改めて実感しました。そう、子どもは大人が何をどう捉えているのかを非常に冷静に観察し、そこから学んでいるのです。
大切なチカラには挙げられていませんでしたが、「待つ」こともチカラだなと、お話を伺っていて痛感しました。自立させたいばかりに先を見すぎると、ついつい子どもを「待つ」ことができなくなります。それがひいては子どもの主体性を奪い、むしろ自立を阻んでしまう…。対人支援職であり、親でもあるからこそ、心に響きました。「待つ」こと、それは子どものありのままを受容することなのだと思います。
石神さんのひとつひとつの言葉に温かさとプロとしての意識の高さ、保育に対しての熱い思い「意欲」を感じたインタビューでした。子どもに関わる仕事、教育の仕事だけでなく、対人支援職の方にはきっと共感するところやハッとするところがあるお話なのではないのでしょうか。
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(次回もお楽しみに。毎月1回、第4月曜に更新します) =ーー
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連載バックナンバー
第0話 連載開始に寄せて(2016.11.14)
第1話 NPO法人ディレクターのチカラ – 宮崎真理子さんの場合(2016.11.28)
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第3話 セラピストのチカラ – 狩野香織さんの場合(2016.12.26)
第4話 ソーシャルワーカーのチカラ – 金子充さんの場合(2017.1.9)
第5話 イメージアップコーディネ―ターのチカラ – 矢吹朋子さんの場合(2017.1.23)
第6話 石のインポーターのチカラ – 根岸利彰さんの場合(2017.2.13)
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第8話 弁護士のチカラ – 中嶋俊明さんの場合(2017.3.13)
第9話 秘書のチカラ – 上澤未紗さんの場合(2017.3.27)
第10話 新規事業プロデューサーのチカラ – 大畑慎治さんの場合(2017.4.10)
第11話 結婚カウンセラーのチカラ – 金田和香子さんの場合(2017.4.24)
第12話 ウェディングフォトグラファーのチカラ– 菊川貴俊さんの場合(2017.5.08)
第13話 建築家のチカラ– 仲村和泰さんの場合(2017.6.12)
第14話 子育て女性キャリア支援起業家– 谷平優美さんの場合(2017.6.26)
第15話 フードコーディネーターのチカラ– watoさんの場合(2017.7.24)
第16話 企画・編集者のチカラ– 内山典子さんの場合(2017.8.14)
第17話 公認会計士のチカラ– 岩波竜太郎さんの場合(2017.8.28)
第18話 グラフィックデザイナーのチカラ – 仲平佐保さんの場合(2017.9.11)
第19話 企業人事のチカラ– マチダミキさんの場合(2017.9.25)
第20話 自然栽培料理家のチカラ – 溝口恵子さんの場合(2017.10.9)
第21話 演劇人のチカラ – 山中結莉さんの場合(2017.10.23)
第22話 育爪士(いくづめし)のチカラ / 嶋田美津惠さんの場合(2017.11.14)
第23話 造作大工のチカラ / 齋藤久洋さん 髙山和之さん(2017.11.27)
第24話 観光協会職員のチカラ / 渡辺美樹さんの場合(2017.12.25)
第25話 理学療法士のチカラ / 斉藤桃さんの場合(2018.1.22)
第26話 ライフプランナー(生命保険営業)のチカラ / 日野悟さんの場合(2018.2.26)
第27話 サプライチェーン業務プロセスオーナーのチカラ / 新倉菜摘さんの場合(2018.3.26)
第28話 シニア不動産コンサルタントのチカラ / 若杉アキラさんの場合(2018.4.23)
第29