もういちど帆船の森へ 【第29話】 過程を旅する / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦「みなさんはどうしたいですか」懸念していたとおりに、問いかけへの積極的な反応はありませんでした。やはりうまくいかないのか、と自分のなかでの不安が強くなってきたその時、「ぼくはなるべく長く、帆を張って走りたいな」最年少で小学生の男の子が、口を開きました。その一言がキッカケになり、何人かが喋り始めました。
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

.
.

 第29話   過程を旅する

                   TEXT :  田中 稔彦                      

.
.
.

前回のエッセイでも書きましたが、11月3、4日に50人乗りの帆船、「みらいへ」を使った一泊二日の航海イベントを行いました。

「みらいへ」は、元は「あこがれ」という名前。2012年に事業主体が変わって、船の名前も変わりました。ぼくが海と出会ったマザーシップです。

1997年からゲスト、ボランティアクルーとしてこの船に関わり続けてきました。ボランティアクルーとしては、航海中のプログラムの立案、運営をするインストラクターやセイリングマスターというポジションの人をサポートしていました。

これも前回のエッセイに書きましたが、長く船に関わっているうちに、プログラム内容についていくつか思うことがありました。自分が考えていることが実際にはどうなのか肌で感じてみたいと思い、船をチャーターして航海を企画したのです

 

 

 ぼくがやりたいことなんて

.

航海が始まってまだ三時間くらいしか経っていないタイミングで、行き先を参加者に決めてもらうことにしました。航海前には、横浜から南に下り、東京湾を出て外洋に出るつもりでした。けれど天気予報を見ると、南に下がるにはちょっとしたリスクもあったのです。

南に下がると、「外洋」という本当の海を体験できる。けれど時間の制約が生まれて、セイルを張ったり帆走する時間が短くなるかもしれない。

北に上がると、帆を張ったり、風の力で走る時間は長く取れる。けれど船から見えるのは、ある意味では見慣れた景色。

横浜から北に上るか南に下るかで、かなり違う航海になる。そのことが、出港のタイミングでわかっていました。どっちがいいのか迷うなかで、だったらいっそのことそこも参加者に決めてもらおうか、そう思ったのです。

航海の内容を参加者に決めてもらうことは、最初から考えていました。
でも、このタイミングではなかったのです。
ある程度の時間を船で過ごしてもらい、航海ってどんなことなのか知ってもらう。決断のための情報も、自分たちで時間をかけて集めてもらう。その上で、どんな航海を作るのかを考えてもらうつもりでした。

だから参加者に選択してもらうタイミングをそこに設定して、狙い通りにワークするかどうかはかなり不安でした。参加者のほとんどは面識がないし、お互いを知り合う時間もまだなく、それどころか船で過ごした時間もほんの少し。まだお互いの関係性がほとんど見えていないタイミングで、果たしてみんなが納得のいく形で意思決定ができるのか?

天候や風の情報。
北と南、それぞれの行き先のメリットとデメリット。
できることと、できないこと。

ぼくが持っていた情報と考えていることのほとんどは参加者に伝えて、そのうえで、「みなさんはどうしたいですか」と問いかけてみました。

懸念していたとおりに、問いかけへの積極的な反応はありませんでした。
やはりうまくいかないのか、と自分のなかでの不安が強くなってきたその時、

「ぼくはなるべく長く、帆を張って走りたいな」

最年少で小学生の男の子が、口を開きました。その一言がキッカケになり、何人かが喋り始めました。対話、とまでは行きませんでしたが、それぞれが航海に何を期待し、いまの状況をどう感じているのかを話してくれました。

そして、船は北に進むことになりました。「帆を張る」「帆で進む」ことになるべく多くの時間を使いたい、という意見が多かったからです。

そこまでの過程にも結果にも、ぼくは個人的にはとても満足していたのですが、ゲストにお呼びした探検家の石川仁さんからは、

「本当は南に下って、外洋に出たかったんじゃなかったの」

と尋ねられました。

確かに「外洋」はひとつの大事なキーワード。帆船でできる非日常体験の象徴として、これまでも何度か語ってきました。東京湾を抜けて外洋に出たい気持ちは、確かにありました。

けれど、本当に大切なことは、そこではないのです。

数年前から、なるべく多くの人に海に出てもらうおうとイベントを企画してきました。参加者を募るためには、当たり前ですが、どういう旅で何が魅力なのかを伝えなくてはなりません。
自分が感じる海の旅の魅力、それを伝えるために考えることを続けてきるなかで、以前から漠然と感じてきた自分が理想とする旅、それが少しずつ見えてきました。

ぼくがやりたいことや見せたいもの、伝えたいことが実現できることなんて、どうでもよかったのです。

目的ではなくて過程。
リーダーシップではなくファシリテーション。

ぼくが大事にしたいのは、そういう旅だったのです。

田中稔彦帆船

 

 予定を捨てて旅する

.

陸の旅でも、天候などの外部の条件で、その印象は大きく変わります。
海では、周りの環境の影響がもっと強くなります。
同じ場所に行き、同じプログラムを行っても、天気や海の状況で参加者の感じるものは何もかも違ってきます。

天気がよくて海が穏やかなら、楽しい船旅。海が荒れて船酔いでもしようものなら、それが一瞬にして苦しい時間になります。ずっと、そのことをリスクだと思っていました。企画側が思ったとおりの結果にならないことが。

帆を張って風を受けて走ることにチャレンジしたいと思っても、海が穏やかすぎると達成感も冒険心も生まれません。向かい風や向かい波に逆らって目的地を目指しても、船の乗り心地は最悪で、ちっとも楽しくないこともあります。

どこにいくか、なにをするか。
普通の旅やイベントなら、もっとも大事なのはそのことです。

でも海の場合は「どこ」や「なに」にこだわりすぎると、もっと大切なことが見えなくなる。
ぼくは、そう感じるようになってきました。狙い通りの結果がでないことは、リスクではない。海というむき出しの自然を感じられるシチュエーションを活かすプログラムを、作ればよかっただけなのです。

海を旅すると、視点が変わる。

イベントを企画したときに、よくそう語ってきました。

「視点が変わる」のなかには、「目的ではなく過程を楽しむ旅」というのもあるのです。
どこに行くかよりも「誰と」「どうやって」旅をするのか。
そして周りの環境が変わっていくなかで、旅の目的を変えていく。
それが当たり前で、というかそのこと自体を楽しむ。
そんな旅があってもいいんじゃないのかな。
そう思いませんか?

田中稔彦帆船みらいへ

今回の二日間の航海。事前には、かなり綿密に予定を立てました。
そして前日の午後、予定を一旦すべて捨てました。

「出港してすぐにセイルを2枚だけ張る。そしてその後で、参加者に行き先を決めてもらう」

出港の時点で決まっていたのは、たったそれだけです。無責任とか無謀と思われるかもしませんが、それでうまくいくとも思っていました。

いや、本当にやりたいことは、そういうことだったのです。

誰かが用意したプログラムを受け取るだけではなく。
予め決められたゴールを目指すだけではなく。

自分たちで考え、意志を伝え、他人の声に耳を傾け。
その日、その場所、そのメンバーでしかできない航海を目指すこと。

それが、ぼくが作りたい航海。
みんなに見てもらいたい景色なのです。

田中稔彦帆船みらいへ

20年間、ぼくは海を旅してきました。
陸の旅と海の旅は、どう違うのか。
海というフィールド、そして帆船というツールでしかできないことってなんなのか。
そんなことを、ずっと考えてきました。

今回はぼくが20年間乗り続け、慣れ親しんだ帆船での航海でした。
船のこともクルーのことも、よく知っていました。
そして参加者も、ほとんどが面識のある人たち。
航海デザイナーとしては、とても条件がよかったと感じています。

航海でずっと頭の中で考えてきたことが少し形になってその先が見えてきた、そんなかすかな手応えもありました。もちろん、まだまだおぼろげなのですが。

もっともっと、海でできることを考えていかないと。
素敵な航海を続けるために。

次はあなたとも、海の上でお会いしましょう。

 

 

写真: tomoco   .

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

  =ーー

連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 
第28話 その先を探す航海(2018.10.10) 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


編集部

編集部

オーディナリー編集部の中の人。わたしたちオーディナリーは「書く人が自由に生きるための道具箱」がコンセプトのエッセイマガジンであり、小さな出版社。個の時代を自分らしくサヴァイブするための日々のヒント、ほんとうのストーリーをお届け。国内外の市井に暮らすクリエイター、専門家、表現者など30名以上の書き手がつづる、それぞれの実体験からつむぎだした発見のことばの数々は、どれもささやかだけど役に立つことばかりです。