ひとつの星座 – 3児のママが小説を出すまで【最終話】 怖いもの見たさで覗いた世界の先で見つけたもの 2017年~2018年 / 諸星久美

morohoshi

けれど不思議と焦りは微塵もなかった。また書ける時が来ると信じて、1歳だった次男を背負い、3歳の長男を遊ばせながら読書をしていた頃のように、疲れた体をソファに沈めたまま、映画を観て、本を読んで過ごした。そしてまた小説を書くお仕事をいただく
連載 「 ひとつの星座 」 とは  【毎月25日公開】
母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。

.

最終話   怖いもの見たさで覗いた世界の先で見つけたもの 2017年~2018年

TEXT : 諸星 久美

 

. .

 もの凄くこわくて、もの凄く楽しい

 

センジュ出版代表の吉満明子さんからの依頼を受け、ドラマ『千住クレイジーボーイズ』のノベライズ本を書かせてもらうことになったところまでが、前回のお話。

ノベライズとは、映画やテレビドラマのシナリオを小説化すること。文字に起こすと簡単なようにも思えるが、ノベライズを書くのはいかんせん始めてのこと。さてどこから進めようか……と楽しみに思う気持ちと、最後まで書ききれるだろうか……という不安が天秤のようにぐらぐらと揺れる時期を支えてくれたのは、たくさんの書籍を担当されてきた編集者でもある吉満さんの「大丈夫」という言葉と、お借りした資料本、町雑誌『千住』の存在だった。

町雑誌『千住』の制作者は、故・大野順子さんと、舟橋左斗子さん。小冊子とは言え、内容はものすごく濃く、全21巻どこを切り取っても面白い。銭湯特集に、千住の祭り特集。職人さんの手仕事特集に、宿場町特集や遊郭特集。一冊読むごとに、制作者のお二人の千住愛をビシバシと感じるとともに、住んでいる人たちに愛されている街だからこそエネルギーがあるのだな、と千住魂のようなものも感じることができた。

けれど、魂を感じたからと言って、私がその魂をすぐに持てるわけではない。

それでも、少しでもいいから近づきたい。
触れられるだけ触れて、作品に投影させたい。

そう思う私が、自身の未熟な想像力を埋めるためには、足を動かすしかなかった。北千住で働いていたこともあり、仕事の行き帰りや休憩時間などに時間を見つけては、私は千住の街を歩いた。関心を持って街を歩くごとに、千住の街を好きになっていくのが分かった。そして、好きになった街の中を、ドラマの中で生きるキャラクターたちが動き回る感覚は、本当に楽しいひと時だった。

 

 

 真剣勝負の連続

 

編集者のアドバイスによって、自身の想像力の幅を、ひと枠もふた枠も広げてもらうという体験は、苦しくも、痺れるほどに楽しい時間の連続だった。創作の中で遭遇する、私自身の新たな一面との対面は、書くことを通して自分を知りたい私にとって、至福の時間でしかなかった。

そして何より「良い作品を創る」という一点に、妥協なくまっすぐに向かっていく、原作者の高羽彩さんと吉満さんのプロフェッショナルな部分に触れられたことは、何より貴重な経験だったと思っている。

ひとつの描写。
ひとつの言葉。
ひとつの感情。

一稿、二稿と重ねながら、その、ひとつひとつの制度を上げていく。
物語からはぐれないように。
高羽さんが生み出したキャラクターが歪んでしまわないように。 

「できるよね」と投げられたボール(修正の赤)を、「もちろん」と、ポーカーフェイスを装って(内心はもの凄くビビりながら)平然と打ち返していく(改稿していく)作業の繰り返しは、ヒリヒリとした緊張の張りつく真剣勝負の連続。けれど、ひるみそうになる勝負の中で、自分がここまでと思って引いた線が、ぐんぐんと太くなって伸ばされていく先で迎えた校了の瞬間は、それまでに感じたことのないエクスタシーを私にもたらした。

そのエクスタシーは、どこか出産に似ていたように思う。ついさっきまで、もがき苦しんでいたはずなのに、私の体から生まれ出た命を抱いてしまうと、その素晴らしさに、痛みも苦しみも一瞬でぶっ飛んでしまい、いつかまた経験したい! と思わせる。そんな中毒性を含んだそのエクスタシーは、男の人と交わることで感じる快楽や、出産で経験する快楽の他には、「もう、これ以上の快楽を、私は見つけることができいないじゃないか?」と思うほどにスペシャルな体験だった。

 

 

 腑抜けから、新たな快楽を求める時間へ

 

快楽の後には、しばしの放心状態が続くもの。

『千住クレイジーボーイズ』が出版された後の私は、快楽に火照った体や頭を冷やすのに、随分と時間を要してしまった。その間、少し前に提出していたポプラ社の新人賞の最終選考に残りつつも、落選したことも腑抜けに拍車をかけ、私はぼんやりと秋を過ごし、冬を迎えた。

一作出せたからと言って、次にまた仕事が入るという約束はない。そして私は三児の母であり、ただのんびりと次の仕事を待つことはできない身。2017年は、存分に楽しませてもらった。だから2018年は、仕事もしっかりやりながら執筆時間もコツコツと重ねて行こうと決め、移動時間削減を狙って、北千住のカフェ&ベーカリーを辞め、春から近所の新設保育園に転職した。

0~2歳児だけの小規模保育園。久しぶりに触れる小さな彼らは、想像以上に小さく、心のままに生きている人たちだった。入園から1か月の間にも、彼らは日々目覚ましい成長を見せてくれるというのに、42歳の私は、仕事を終えて帰宅し、夕飯を作るとともに電池が切れてしまうという有り様だった。応募しようと思って文学賞リストも作り、書きかけの作品があるにも関わらず、4月中はパソコンを立ち上げることすらできなかった。

けれど、不思議と焦りは微塵もなかった。また書ける時が来ると信じて、1歳だった次男を背負い、3歳の長男を遊ばせながら読書をしていた頃のように、疲れた体をソファに沈めたまま、映画を観て、本を読んで過ごした。

そして、のほほんと連休を過ごしたあたりで、有り難くも、また小説を書くお仕事をいただくことができた。詳細は記せないが、私はまた、あの痺れるほどの快楽を求めて、ヒリヒリとした真剣勝負の中に身を投じていくこととなったのだ。

新しいチャレンジに挑むのは、もの凄くこわい。
そして、それ以上に、もの凄く楽しみでもある!

【終わり】

諸星久美

*全12話でちょうど1年。私をとりまく環境は変わりましたが、怖いもの見たさで覗いた世界の中で、本来の私を見つけることができたような気がしています。連載「ひとつの星座」にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

お知らせ

今回の連載中に登場する、町雑誌『千住』の発行人、舟橋佐斗子さんが、2018年5月に『足立区のコト。』(彩流社)という本を刊行されました。お子さんもいて、区の職員でありながら、本の執筆も行う。『千住クレイジーボーイズ』は私に、そんな素敵な先輩との出会いももたらしてくれました。お手にとっていただければ幸いです。

 

 インタビュー掲載

一人ひとりが輝く未来のウェブマガジン「STARRY FUTURE」にて、中安加織さんにインタビューしていただきました。連載と合わせて読んで頂けると嬉しいです。
「妻であり、母であり、私である」諸星久美さん(主婦・保育士・小説家志望)

 

.
.

<本の紹介> 「千住クレイジーボーイズ」諸星久美
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。

本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。              

.
.
.

.

<ドラマの紹介>

ドラマ「千住クレイジーボーイズ」【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』2017年8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ  ウェブサイトはこちら   .  

(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー

ご意見ご感想をお待ちしています 編集部まで


.
.

連載バックナンバー

第1話 2017年、痺れるほどに熱い夏(2017.8.25)  
第2話 理想の母親にはなれず、もがく中で書くことに出逢う 2002年(2017.9.25)
第3話 多忙で書くことから離れ、読書に明け暮れる日々。2004年(2017.10.25)
第4話 書くことを再熱させてくれたもの 2009 – 2011年(2017.11.25)
第5話 自費出版から営業へ。数年後への種まきシーズン。2012 – 2013年(2017.12.25)
第6話 12歳の長男が、夢の叶え方を教えてくれた。2014 – 2015年(2018.1.25)
第7話 書きたいものを模索する日々 2015 – 2016年(2018.2.25)
第8話 小説を学ぶ中で、自分の不足と向き合う日々 2016年(2018.3.25)
第9話 動いたことで繋がったご縁について 2014年(2018.4.25)
第10話 生きたい場所が明確になる 2017年~(2018.5.25)
第11話 動き始めた! 2017年~(2018.6.25)


 諸星久美さんの家族エッセイ 

TOOLS 68  子どもの情緒を安定させるアイテム <BOOK編>
TOOLS 62  子どもの情緒を安定させるアイテム <音楽編>
TOOLS 59  子どもの自立心を育むには
TOOLS 56  子どもの危機回避力を高める4つの方法
TOOLS 52  感謝の心を育てるには
TOOLS 48  運動神経の育てかた<ゴールデンエイジ篇>
TOOLS 43  シンプル思考で「まずは動いてみる」
TOOLS 40  孤立に耐える、という経験が育むもの
TOOLS 36  肯定のループが育む賑やか5人家族
 

 

 


諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。