TOOLS 59 子どもの自立心を育むには / 諸星 久美( 小説家 / エッセイスト )

ずぼらな私が、自分が楽をしたいという発想から実践してきた子どもたちへの関わりと、その結果育まれつつあるであろう自立心についてのお話です。もしかしたらそのようなスタイルを、自分勝手、母親の自覚がないと思う方もいるかもしれません。
TOOLS 59
子どもの自立心を育むには
諸星 久美  ( 小説家  /  エッセイスト )

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自由に生きるために
何でも手をかけることが、愛情ではないと知ろう

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3人の母親であるにも関わらず自分好きな私は、少しでも多く自分時間を捻出するために頭を回転しながら子育てをしてきました。

もしかしたら、そのようなスタイルを「自分勝手」「母親の自覚がない」と思う方もいるかもしれませんが、我が家のルールやスタイルをつくるのは、主人や私や子どもたちなのだと思うようになってからは、こうあるべき、という理想の母親像を持たずに子どもたちと関わってきました。

そして、そのように関わるようになってからの方が、さまざまな情報に振り回されず、育児を楽しめるようになったと感じています。

今回は、ずぼらな私が、自分が楽をしたいという発想から実践してきた子どもたちへの関わりと、その結果育まれつつある(であろう)自立心についてのお話です。

 

寝かしつけ時間の工夫


小さなお子さんの寝かしつけって大変ですよね。

特に赤ちゃんの頃は、抱っこしたまま眠ってしまった子をベッドに寝かせるタイミングは本当に難しく、そ~っと、そ~っと下ろして、下にある手をゆっくり引きはじめると、待っていたかのように「ふん、ふん… 」と泣きだすので、もう少し我慢すればよかった… と、自分の忍耐のなさを責めたものでした。そして、また抱き上げ、眠りにつくまでゆらゆら揺らすというループを数回くりかえす経験から、「子育ってって甘くないかも… 」と思ったものでした(これが夜中に数回ある授乳期は、本当にヘロヘロになります)。

添い寝での寝かしつけができるようになってからも、添い寝をはじめて1時間が過ぎると、さすがにこちらもしびれをきらしてきます。

小さな体をトントンとする私の手からは、「早く寝ないかな… 」「寝てくれたら、自分の時間が持てるのに… 」というような、早く寝てくれ光線が出てしまっているのか、こちらが寝て欲しいと願うほどに、小さな我が子の目はギンギンと光り輝いていくという負のスパイラルに陥るのです。

今ならそんな日々も懐かしく思えるのですが、初めての子である長男の時は、私も若く余裕もないことから、早く寝て欲しいと思うイライラが、トントンする手のリズムを強くしてしまうという未熟な夜を、いくつも超えてきたように思います。

ですが、やはりこれではいけないと思い、私は改善策として、読み聞かせにもなるし、暇つぶしにもなるかな、と添い寝時間に絵本の音読をはじめたのです。長男は、天井をじっとみつめたまま聞き入り、すぐに寝てしまう日もあれば、用意した本を全部読んでもギンギンしている日もありました。

そんなギンギンの日には、次の展開として、私は小さなライトを消して闇の中で歌を歌いました。自分の好きな歌を順々に歌い、気がつくと長男が寝ているという状況は、本当にストレスがなかったように思いますし、仰向けに寝て歌を歌うという時間は、若干の腹筋運動とストレス解消にもなっていたように思います。

たくさん泣くと、すんなり寝れたりもする。2人で寝てくれると楽だな~

たくさん泣くと、すんなり寝れたりもする。2人で寝てくれると楽だな~

 

子どもによって、対応を変えることも大切

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ですが2歳違いの次男君は、寝かしつけの音読や歌よりも、なぜか私の鼻を触るというのが安心する眠りのスタイルらしく、小さな手でなでるように触られるくすぐったさを必死で我慢する、というのが、新たな寝かしつけのスタイルになり、結果、音読も歌も歌えなくなりました。

ですが、長男という友人がいる安心感からか、次男の必須アイテムであるおしゃぶりをしながら、20~30分鼻を触らせておけば満足するようで、「じゃ、おやすみ~」と言って部屋を後にしても泣いて引き留めることなく、長男3歳、次男1歳の頃には、2人で眠りにつくことができるようになりました。

ただ、寝かしつけには苦労のなかった次男君ですが、本の読み聞かせや、歌を聴くという時間の積み重ねが長男よりも乏しいせいか、長男に比べ、本や音楽への興味の浅い子に育ってしまったな… と思うことが成長の先でわかり、長男と同じような時間を重ねられなかったことを申し訳なく思うこともありました。

そんなこともあって、3番目に生まれた長女には、長男と同じように読み聞かせ&歌の添い寝を再開しました。そして、3人目ということで、私にも多少の余裕ができていましたし、もしかしたら最後の子かもしれない、という思いもあるせいか、ひとつひとつのことを丁寧に時間をかけて楽しんだような気がします。

「大好きよ~」「可愛いよ」「ずっと一緒にいようね」「また明日も遊ぼうね~」と声をかけながら添い寝をつづけ、ある程度の時間がくると、「ママ、隣の部屋にいるからね」と声をかければ、お気に入りの人形たちと一緒に眠れるようになりました。

そんな彼女は、女の子ということもありますが、「ママが好き」「ママが一番大好き」と嬉しい言葉のシャワーをかけてくれるのです。自分のことを、飽きることなく「大好き」「一番好き」と言ってくれる人(子)が私の人生にいるということの素晴らしさを思う時、やっぱり、その人に恥じない人(親)でいなければと思うのです。

そして、長男、次男にも、もっと言葉をかけてあげれば良かったな… と胸を痛め、今からでも返せるものはあるはずと、頭を回転させて関わっているところです。

いつもお出かけには、本か漫画を持参。隙あらばページをめくる

いつもお出かけには、本か漫画を持参。隙あらばページをめくる

 

お手伝いの工夫 

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長男に初めてチャレンジさせたお手伝いは、次男のオムツをとってもらうとか、使用後のオムツをゴミ箱に入れるという簡単なものでしたが、「ありがとう」とできたことを褒めると、本当に嬉しそうにしていたものでした。

その後は、できる範囲で食事のテーブルセッティングや、自分の食べた食器を運ぶということをさせてきたこともあり、次男、長女は、長男の様子を見て育ったことで、言葉をかけなくても自分もそうするものだと、自然と動いてきたように思います。

また、1年生になったことをきっかけに、長男には、毎朝の玄関そうじにチャレンジさせました。起きてご飯を食べた後から学校に行くまでに、自分で時間を作って行う、という約束でしたが、長男は自分の好きなことが優先順位上位にきてしまう子なので、なかなか自発的に行えず、声をかける私にもストレスになり、これを続けることには意味があるのだろうか…? と思ったものでした。

しかし、教えてあげればできる簡単な仕事ですし、「朝、キミがそうじしてくれると、綺麗になってみんなが嬉しいよ」と励まし、5年生になるまで続けてくれました。その後は次男が玄関そうじを引き継ぎ、現在は2年生の長女がやってくれています。

玄関そうじの後は、お風呂そうじにランクアップ。なんとな~くやっている時にはやり直しを命じて、「どうせやるなら一回で綺麗にしようよ」と言葉かけも続けてきました。また、洗剤を大量に使うと流し作業が大変になるということや、栓を適当にしめると湯が溜められずに、後で入浴しようと裸になった人からクレームがくるという経験も学べたと思っています。

また、現在も3人が共通して続けているお手伝いとして、洗濯ものたたみがあります。これは、乾いた洗濯ものの中から自分のものを選びとり、たたんで、自分の引き出しにしまうというお手伝いなので、結果私は、主人と私のものだけをたためば良いという楽が生じています。

たたみ方は三者三様。長男は「それはたたむのではなく、丸める!」と私に言われること多しで、次男は集中している時の綺麗さと、雑な時の差が激しく、長女は丁寧にたたむものの、引き出しにしまう作業は忘れてしまう、ということもあります。

ただ、日々細かくチェックすることで、嫌々行う習慣が身については本末転倒なので、時折私が綺麗にたたんで、引き出しの中も整理し、「こうやって入っていたら気持ちいいよね」「この状態キープできるといいね」とアドバイスし、たたみ方レッスンや、しまい方レッスンを行い、常に完璧を求めることはしていません。

さすが女の子、キッチンのお手伝いも喜んでやります

さすが女の子、キッチンのお手伝いも喜んでやります

 

 

お手伝いが育むもの 

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テーブルセッティングで、誰かがお箸を配っていたら、僕は飲み物を用意しよう、と考えて動くこと。買い物や遊びに出かけた後、自分の持てる荷物を選んで車から家まで運ぶこと。

年齢に応じて、「いまキミにできることは何? 」「みんなが動いているのに、キミは動かないの? 」と声をかけてきたこともあってか、所属しているミニバスチームや、主人のスポーツクラブでも、進んで仕事をしている彼らの姿が見られますし、バスケのコーチ達からも、率先してチームのために動いていることを褒めてもらうこともありました。

その様子からもわかるように、私の、自分が楽をしたいという願望からお手伝いをさせてきたことは、その時、その場所で、自分にできることは何か? と考えて行動する力を、少なからず彼らの中に育ててきたと言えるでしょう。

みんな(チーム)のために自分のできることをする。

このシンプル思考が習慣として身についてしまえば、さまざまな集団、組織の中に入っても、自分のできることを探し、実行することができると思います。

また、習慣になっていることでフットワークが軽く、頼みごとをされたとしても、嫌々行わないという姿は、彼らの成長を豊かにする大きな要素になるのでは、と期待もしています。

そして、その成長の背景には、主人がボランティアでバスケチームのコーチをしている姿や、私が小学校のPTA役員をボランティアで行ってきた姿も、少なからず影響を与えているのでは? と思っています。

口を動かさずに体を動かす。親自身がそのような姿を見せていくことが、子どもの自立心の育みにつながると信じて、私たち夫婦はそのような生き方を選び続けていくことでしょう。

 

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子どもの自立心を育てるために
1.  こうあるべき、という理想に縛られず、その子に応じてできることはやらせてみる
2.  できたことを褒め、達成感、満足感を育てる
3.  親自身が、動く姿を見せる


PHOTO : Travis Swan(一枚目),その他、筆者本人


諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)小説家、エッセイスト。1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。