ひとつの星座 – 3児のママが小説を出すまで【第2話】 理想の母親にはなれず、もがく中で書くことに出逢う 2002年 / 諸星久美

morohoshi2出産を機にアンバランスになった理由。それは、「このまま放っておいたら、誰かに属するだけの自分になってしまう」という危機感からくるものだったのかもしれない。きっと私は、私という存在を確立するために必死でもがいていたのだろう。つくづく私は、妻としても母としても、なんて欠点の多い、自分好きなわがままな女なのだろう、と呆れて
連載 「 ひとつの星座 」 とは  【毎月25日公開】 母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。

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第2話   理想の母親にはなれず、もがく中で書くことに出逢う 2002年 

TEXT : 諸星 久美

   
長男誕生    

2002年、初夏。

私は男の子の母になった。
出産の経験は、本当に素晴らしい体験だった。

ものすごいスピードで体が変化していくことも、数時間前まで体内で動いていた胎児が、私の体から離れて赤ちゃん(私の子ども)になることも、摩訶不思議な体験だった。まだ名もない小さな赤ちゃんを抱いて、「これからよろしくね」と言いながらも、実際は、未知なものと出逢った戸惑いや驚きの方が、胸中を多くを占めていたような気がする。

小さな手足。小さな鼻や耳。それらをもの珍し気に見つめる私の横顔は、はたから見れば、愛しいものに触れてほほ笑む新米ママのように映ったかもしれない。

けれど内心は、「私の中から出てきたけど、君は本当はどこから来たの?」と問いかけては、ぺちゃんこになったお腹をなで、「一体何が起きているのやら……」というアンバランスな気持ちでいっぱいだった。

そのアンバランスさは、ゆったりとした妊婦生活から、本当に母親になってしまった! とおたつく私の心を、いつも不安定にグラグラと揺らした。

結婚前は幼稚園に勤め、多くの子どもたちと関わってきた経験から、初めての育児もなんとか上手くこなせるだろうと、どこかで過信していた私の傲慢な自負は、3か月もたたぬ間に崩壊した。

泣き止まない。
寝てくれない。
思うように自分の時間が持てず、ペースが崩される……。
可愛いけど、可愛く思えない時も、自分が傷つくほどに多くある……。
育児雑誌の中で、優しそうに微笑む母親と自分との差異に、気持ちが内に籠っていく……。
思うようにいかないことの連続と、睡眠不足で、心と体が消耗していく……。

「痩せすぎよ。一度病院にいってきなさい」

母に促されて大学病院にでかけてみたところで、名の付く診断が下されるわけもなく、「まあ、上手く息抜きをして」と諭されるくらいだったが、診察室で謎の涙を流したことが、ある意味、負のスパイラルから抜ける突破口になったと思っている。

私はその日から、我慢もせずにだらだらと、よく涙を流した。自分の子を、心の全部で可愛いと思えない自分を責めては泣き、夜中に起こされて朦朧としながら泣き、お風呂で骨の浮き上がった自分の体を撫でながら泣いた。そして、弱虫で泣き虫なママでごめんね、と小さな長男を抱いて泣いたのだ。

私も成長したいな……

泣いているうちにも、長男はすくすくと成長し、一人で座れるようになり、よく笑うようになり、ハイハイするようになった。猛スピードで成長していく彼を前に、私はやっと、いつまでも泣いている自分が恥ずかしく思えるようになった(泣くことに飽きたという部分も大いにあるので、飽きるまで泣くって案外大事かも…… と学んだりもした)。

この子の成長のスピードにおいていかれたくない。

そんな思いから、私は何かを始めたくて、通信教育でパソコンを習い始めた。

長男が寝ている間に、パチパチ、パチパチ。

でも、明確なビジョンがあって始めたものでもなく、私は早々にパソコンのスキルを身に着けることに行き詰まってしまった。

けれど、文字入力はどうにも楽しくて、好きなアーティストの曲をループで聞きながら文字に起こしたり、好きな作家の小説をワードで書き写す時間を楽しむようになった。

そのうちに、自分でも短い物語を書くようになった。

幼少の頃より、絵本に親しんできていたし、幼稚園勤務時代も多くの絵本に触れてきていたこともあり、なんとなく、「絵本を書いてみたいな……」という思いが芽生えた。

けれど、何となくで書けるほど甘くはない。書いても、書いても、どれも、どこかで読んだような話ばかりが生まれる。

そんな中、私は、私にしか書けないものはなんだろう? と思いを巡らせながら、夫との出会いについての物語を書き始めた。12年ほどお付き合いした人と別れて、付き合って2週間で結婚を決めた主人との繋がりは、私にとってはなかなかドラマティックなものだったからだ。

長男が起きてくるまでの、朝の束の間の時間や、昼寝中や、就寝後に。時間を見つけては、パソコンに向かった。それは、記憶をたどりながら綴る、長い長い日記のようなものだったけれど、気が付いたら、原稿用紙で300枚ほどの文字数になっていた。

そして、それをある出版社の文学賞に送ってみると、「賞はもれましたが、自費出版でだしてみませんか?」との答え。自費出版って何? というところから資料に目を通して、出版を見送ることにした。高額な金額を支払ってまで出そうという意欲も(疑いの気持ちも)、専業主婦の身で、それを主人にお願いすることも、実際、その作品をどうしても出したい! と主人に言えるほどの熱量も、当時の私にはなかったからだ。

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自分好きなわがままな女

それでも、初めて書いた作品に対しての、僅かなりとも講評のようなものをもらえたことは嬉しかったし、何よりも、パソコンに向かう時間の楽しさや、終わりがどこかも分からずに書き進めて、あっここが終わりだ、という場所で「了」を書いた時の感覚が、喜びの衝撃となって私の中に刻まれたのは確かだった。

パソコンに向かっている時間は、私が、私という個人の時間を生きることのできる時間そのものだったのだから、その貴重な時間を手放すわけにはいかなかった。結婚して、〇〇の奥さんと呼ばれるようになり、母になって、〇〇君のママと呼ばれることに、私は喜びよりも不満を抱くようなアマノジャクだったから、誰かの妻でもなく、誰かの母でもない、私として生きられる場所を見つけた瞬間に歓喜していたのだと思う。

私が出産を機にアンバランスになった理由。それは、

「このまま放っておいたら、誰かに属するだけの自分になってしまう……」

という危機感からくるものだったのかもしれない。

きっと私は、私という存在を確立するために必死でもがいていたのだろう。

そうだとしたら、つくづく私は、妻としても母としても、なんて欠点の多い、自分好きなわがままな女なのだろう、と呆れてしまうけれど、次回は、そんな女が、懲りずにまた子どもを産む(次男誕生)というところから連載を続けようと思う。
  

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<本の紹介> 「千住クレイジーボーイズ」諸星久美
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。

本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。              

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<ドラマの紹介>

ドラマ「千住クレイジーボーイズ」【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ  ウェブサイトはこちら   .  

(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー

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諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)小説家、エッセイスト。1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。