TOOLS 40 孤立に耐える、という経験が育むもの / 諸星久美(小説家、エッセイスト)

諸星家、3兄弟

諸星家、3兄弟。今回は長男(中央)に起きた事件のお話です

「もう学校へはいかないっ、みんな大っ嫌いだっ」下校した長男が玄関で泣いて暴れたのは、彼が4年生の冬の日でした。初めてのことに、私は驚きと戸惑いを制して、彼の心が収まるのを待ちました。その間にも、彼はランドセルを玄関に投げつけ、唇を噛んで、怒りに震えていました。

TOOLS 40
孤立に耐える、という経験が育むもの 
諸星 久美  ( 小説家  /  エッセイスト )

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自由に生きるために
自分の頭で考え、行動できる習慣を身につけよう

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「実は私も、相当心が痛んでいたよ」 
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下校した長男が玄関で泣いて暴れたのは、彼が4年生の冬の日でした。初めてのことに、私は驚きと戸惑いを制して、彼の心が収まるのを待ちました。その間にも、彼はランドセルを玄関に投げつけ、

「もう学校へはいかないっ、みんな大っ嫌いだっ」

と唇を噛んで、怒りに震えていました。学校で嫌なことがあったのだと知った私は、

「みんなって、ヒロやコウタのことも嫌いってこと?」

と尋ねました。何でもかんでも「みんな」とくくるのは、子どもの世界ではよくある話ですが、勝手にみんなとしてくくられた子の迷惑を、この機会だからと教えたかったのです。長男は私の問いかけにしばし沈黙した後、

「二人は関係ない……」

と消え入りそうな声で答えました。

とにかくそこじゃ寒いからと部屋へ促し、私は彼の前に温かいココアを置きました。ふうふうと息を吹きかける作業は、深呼吸に似ているのでしょうか、落ち着きを取り戻した長男は、ポツリポツリと話を始めました。

 

 

おおまかな内容は、クラスの川口君が、「あいつ(長男)とは話すな」と周囲に触れ回り、日に日に無視をする子が増えてきているとのことでした。私は長男の傷む心に沿いながらも、

「川口君にも言い分があるだろうし、関係のない大切な友人を、勝手に『みんな』としてくくって、簡単に嫌いなんて言うのは良くないよ。それに、パパやママに貰ったものを投げるのも良くないと思う」

と伝え、

「君自身に、何か原因はなかったのかな? 」

と尋ねました。

長男はミニバスを習っていることで、休み時間にも友達とバスケをする時間が多く、スポーツ好きの川口君も一緒に遊んでいたのだけれど、急に話してくれなくなって、今の状況になってしまった、とのことでした。

遊びバスケの中で、長男の何かしらが、川口君にとって嫌な印象に映ったのかもしれないと想像して会話を進めると、

「きっかけは分からないけど、もしかしたら、そうなのかも…… 」

と認める長男。

「でも、それは君と川口君との問題だよね。そこで終らせずに、周囲を巻き込んで広めることも、関係がないのに流されていけないことをしてしまうも、やっぱり良くない行為だよね」

と私。

こんなふうに長男と会話ができるようになったことに、場違いながらも嬉しい衝撃を受けながら、私はぼそっと本音を つぶやきました。

「私だったら、なぜそんな態度をとるのか聞いてみるな…… 」

その言葉に長男はハッとしたような表情を見せ、早速、近所に住む、無視をしている子の家へ向かいました。

部屋の隅で、静かに事の成り行きを見ていた次男の目が赤く潤んでいる様子に、私の涙腺もじわりと熱を持ちました。心を痛めているだろう次男にとっても、今は学びの瞬間なのだと思い、私はまたココアを入れる為にキッチンへ向かいました。

「フミヤさ、『僕ってなんか、流されちゃうんだよね~』だって」

玄関を開けてそう報告する長男の顔からは涙が消え、何かが吹っ切れたように、スッキリして見えました。あまりにも正直なフミヤ君の答えに、プッと噴き出した私を見て、長男もつられて笑顔を見せました。

「流される自分の弱さを正直に言うのは、素直で良いことだけど、自分の心で判断しないといけない年齢にきているんじゃないかな」

大きく肯く長男に安堵しながら、私は、「よく聞いてこれたね」と彼の頭をなでました。

翌朝、「休んでもいいよ」という声掛けに首を振って、長男は登校して行きました。一人きりの静かな部屋で、昨日からのことを思い返すと、不意に涙が零れ落ちました。仕事中も長男を想って心はざわつき、夜になって、主人の前で弱気になる私は、また涙を流しました。けれど、

「君があんまり泣くと、次に何かあった時、あいつ何も報告できなくなるかもよ」

と言う主人の言葉に、ごもっともだと腹をくくった私は、毎朝、長男を笑顔で送り出し、下校した長男を、また笑顔で迎える、という日々を淡々と重ねました。

 

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 自分で考えて行動できる人は
結果も受け止められる人
 
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しばらくしたある日、

「ママ、僕もう大丈夫かも」

と、帰宅した長男は笑顔を見せました。話を聞くと、同じクラスのケイ君が、

「川口に何言われてもいいから、俺はお前と話すよ」

と、かなりカッコいい発言をしてくれたとのことでした。私は震えるほど嬉しくて、自分の考えで行動したケイ君の勇気と、頑張って登校し続け、川口君とも話し合う時間を持った長男の勇気を褒めました。そして、ひとしきり褒めた後で、

「もしもまた同じようなことが起きるようなら、その時は君の中に何らかの原因があるのかもしれないね」

と、警戒を示す言葉もつけ加えました。

ちょうどバレンタインデーだったその日の夕方、ピンポンと、家のチャイムがなりました。一年前にも長男にチョコをプレゼントしてくれたサツキちゃんが、今年も一人で会いにきてくれたのです。それだけでも嬉しいことですが、このタイミングで勇気を見せてくれたということに、私は、感動と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

「君のために、自分の考えと、想いだけで行動してくれた子が二人もいたね。ありがたいね。すごく嬉しいね。忘れないでいようね」

と話しました。

 

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 ジャッジの基準になるような存在を自分の中に持ち、
「 彼ならどう動くか? 」と想像する習慣を身につけよう
 

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そして、ミニバスをしている長男の憧れのNBAプレイヤー、コービー・ブライアントや、レブロン・ジェイムスのことを例にあげて話をしました。

私自身のジャッジの基準は、「家族に恥ずかしくない生き方をしているか? 」ですが、4年生の男の子にそれは難しいのでは? という思いから、彼の憧れの人を持ち出して、「彼らならどう動くか? 」と問いかけ、考える習慣が身につくよう、時折そうしてNBAプレイヤーの名をあげるのです。

そして次に、ミニバスのチーム内でも彼が憧れている先輩の名前をあげ、さらに身近な人の行動を想像させて、彼らならどう動くかと自問する時間を持たせます。コービーやレブロンは言うまでもありませんが、長男が憧れるミニバスの先輩たちも、自立しているな、と感じられる要素が多く見られます。そして、その子たちに共通しているのは、堂々としていて、しっかりと自分の言葉を持ち、なおかつ人の話を良く聞けるということです。

大多数の意見が正しいと簡単に思う(信じる)人たちは、自分の心と対話する時間が少ないように思えます。主人も私も、3人の子どもたちが、自分で考え、行動できる子に育って欲しいと願っています。単純に、意見の多いものを選択する方が安心だとか、楽だという考え方が身についてしまうのは、危険だと思っているからです。ですから、こうして何か事が起きた時に、チャンスとばかりに自分で考える時間が持てるよう言葉がけをするのです。

自分で決めて動いた結果は、自分自身のものです。それが上手くいかなかった場合、時間がかかったとしても、自分で選んだ結果として受け入れることができるでしょう。反対に、「みんながそうだから」とか、「誰かが言ったから」という容易な判断で動いて出た結果が悪かった時、「それでも自分で決めたことだから」と受け入れるのは、難しいように思えるのです。

人に流されない、と言うことは、人の意見を聞かないということではありません。人の意見も聞きながら、自分とも対話を重ね、最終的にベストと思える答えを自分の中から生み出すことです。

今回のことで長男は悲しい時間を過ごしましたが、同じ年齢の子でも、自分で考えて行動できる子がいるという事実を知ったことは、彼にとって、とても大切な収穫だったと思います。

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自分で考え、行動できる子に育って欲しい


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 さらに一歩進むために、
 相手のことも受け入れよう
 
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「よく耐えられたね。たぶん君は、少しお兄さんになったよ。でもね、少し先でもいいから、無視した子のことも許せるようになると、君はさらにお兄さんになれるよ。彼らだってまだ幼くて、いろんなことを学んでいるところだからね。そして、痛い思いをしたことを忘れないでいようね。それから、どんなことがあっても、君が本気で正しいと言い切れる時は、パパもママも絶対的に君の味方だっていうことも、忘れないでいてね」

そう伝えながら、長男の中に潜む(かもしれない)、人に嫌な思いをさせてしまう要素がないかどうかをじっくり見ていく、ということが、今後の私の課題だと感じていました。

それから1年後のバレンタインデーも、サツキちゃんは1人で長男に会いに来てくれ、今年もまた、家のチャイムを鳴らしてくれたのです。その日は家族で出かけていたので、何度か足を運んでくれたのだろうか…… と想像すると、切なくて、可愛くて、泣けてきました。

チョコを貰う時、長男はどんな表情を見せ、どんな言葉を彼女にかけたのでしょう。ほんのりと心が温かくなるようなバレンタインデーの夜を、彼はどんな想いで過ごし、眠りについたのでしょう。いつか彼がうんと大きくなった時にでも、尋ねてみようかな……。そんな思いつきは、未来を楽しみにしてくれます。

人との関わりによって痛みが生まれ、人との関わりによって癒される。その繰り返しが人生なのだとしたら、痛みを与える側よりも、癒す側の子(人)でいて欲しいと願うばかりです。そう心から願う時、「痛みを知って良かったね」と、初めて言えるのかもしれません。

そして、あの冬の日に次男が泣いたように、兄妹の誰かが経験した痛みを疑似体験することで、彼らは多くの学びを得るのかもしれません。できることなら、その学びの中から、自身の中に生まれる感情のふり幅を知って欲しいとも思います。小さなふり幅は自分で治め、大きなふり幅は、親を含めた周囲の大人たちに手を差し伸べてもらいながら治めていく。そのような経験を重ねることで、辛い事に直面した時に、「いつまでもこの状況は続かないぞ」と自分を励ますことができると思うからです。

3人兄妹と過ごす日々は疲れることもありますが、3人分の経験が、各々の刺激になり、各々の経験値を豊かにすることへと繋がっていくのであれば、私の疲れなど何でもないではないか、と思えるのです。

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自分で考えて行動する子に育てる方法
1.  自分と対話する時間が持てるよう、言葉がけをする
2.  ジャッジの基準になる存在を、自分の中に持たせる
3.  自分で考えて行動した結果を、受け入れるところまで見守る

 (編集部注: プライバシーに配慮し、本文中の人名は仮名です)

 PHOTO : ajari (2枚目)

 


諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ) 小説家、エッセイスト。1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。IID世田谷ものづくり学校内、スノードーム美術館に自費出版著書『Snowdome』を持ちこみ、置いてもらうようになる。また、インディーズ文芸創作誌「Witchenkare」のイベントに参加し、寄稿のチャンスを貰うなど、「書くことが出逢いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、三児の母。