TOOLS 36 肯定のループが育む賑やか5人家族 / 諸星久美(小説家、エッセイスト)

3人の子どもたち

諸星家、3人の子どもたち

大恋愛の渦中にいる時、人は喜びの量に眩暈すら感じるものなのだと知ったのは、彼(主人)に出逢ってからでした。25歳だった私は、12年つき合っていた人と別れて、つき合いはじめて2週間の彼と結婚することを選びました。「まっすぐそこへ飛び込んで行けっ! 」

TOOLS 36
肯定のループが育む賑やか5人家族 
諸星 久美  ( 小説家  /  エッセイスト )

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自由に生きるために
心が自由でいられる場所をみつけよう

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 大きな波が来た時は 
 全力でその波に身を委ねてみよう 
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大恋愛の渦中にいる時、人は喜びの量に眩暈すら感じるものなのだと知ったのは、彼(主人)に出逢ってからでした。

25歳だった私は、12年つき合っていた人と別れて、つき合いはじめて2週間の彼と結婚することを選びました。つき合いはじめて2週間といっても、同じ幼稚園で3年共に働いていたことで人となりは分かっていましたし、何よりも私は、クラスの子ども達が彼(幼稚園体育指導員)と遊んでいる時に部屋を満たす空間が、心地よくて好きだったのです。

特に、お迎えの遅い子たち数人と彼といる時はその濃度が増しました。そして、もう1人の体育指導員の先生と同じシチュエーションになった時に、そのような想いが芽生えることはなかったのですから、単純にもう、私は彼が好きだったのでしょう。

そんな疑似家庭体験に似た時間を重ねるうちに、私は、この空間の中にずっと身を浸していたい、と思うようになりました。だから、長くつき合った人に別れを切り出すことへの申し訳なさは生まれても、後悔は微塵もなく、2週間で結婚を決めたことへの躊躇もありませんでした。ただ、「動き出した! 」という強い実感に、心身ともに従ったに過ぎなかったのです。

あの、全神経が、「何も疑わずにまっすぐそこへ飛び込んで行けっ! 」と指令を出しているような時間の中で、喜びの渦に巻き込まれながら大きな流れに身を委ねて過ごした日々は、新たな私の誕生の瞬間でもあったのだと思っています。そして、彼と人生のパートナーになることを望み、その望みに全力で手を伸ばしたことは、私の人生で一番正しいセレクトだったと感じています。

その大きな波の中にいる間、私は、彼が愛しくて、彼を愛しいと想う自分も愛しくて、彼を選んだ自分を褒めてあげたくて、彼に選ばれた自分も褒めてあげたいという想いを、何度も何度も心の中で抱きしめ、この素晴らしい時間の中を生きている喜びを、この先ずっと手放してはいけない、と自分に言い聞かせてばかりいました。

そんな新婚の日々の先で、2002年に長男、2年後に次男、その3年後に長女が誕生し、私と彼は、賑やかな5人家族になりました。

 

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 たまたま今世では 
 母親と子どもとして時間を重ねることになった 
 魂同士の繋がり 
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けれどどうにも不思議なことに、私は3人の母親になった今でも、「母親」という自覚が持てずにいるのです。

私は子どもの前でも、悲しい時、悔しい時に限らず、嬉しい時も、涙を隠さずエンエンと泣き、時として、子どもを楽しませようという思いより、自分が楽しみたいという思いが勝ってしまうこともあります。

それは単純に、大人になりきれない未熟さでしかないのかもしれませんし、「たまたま今世では、母親と子どもとして時間を重ねることになった魂同士の繋がり」という感覚がいつも私の中にあるせいで、自覚としての芽生えが訪れないのかもしれません。もしくは、その両方を抱えたままの私を、私自身が好きだということが、母親になり切れなくても一向に構いません、的な思考を育てているとも言えます。

 

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 自己肯定感を与える
魔法の言葉 

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彼(主人)はそんな私に、「そのままでいいよ」と言う魔法の言葉をくれるのです。この言葉を貰うたび、自分の存在を認められているような力強さを感じます。そして、そんなふうに私を認めてくれる彼に、応えたいという意識が高まるのです。それは、彼を裏切りたくない、という思考へ繋がり、裏切らない自分になるにはどうすれば良いのか? という自問を、常に自分の中に持ち続けることになるのです。そして、本当に意見すべき時はしっかりと意見し合うという関係性が、私と彼の間で築かれていることが、その魔法の言葉の効力をさらに強めているとも言えます。

ただ闇雲に、「そのままでいいよ」と日々言われる関係性では、その言葉の効力は半減するでしょう。私たちは、様々な事象を通して、その時の自分の表現できうる言葉を用いて気持ちを伝え合ってきました。そして、いつも自分の想いだけが正しい訳ではない、という考えを互いに持ちながら、謝るべき時は素直に謝る(できるだけ早めに)ことを心がけてきました。

その結果、本気で心をぶつけ合った後は、いつも新しい彼を発見して嬉しくなりましたし、彼との対話によって、私自身が私自身の新しい一面と出会う経験も重ねてきたと思っています。

そして何より、私の中に、彼の全てを知り尽くしたいという願望がないということが、彼との信頼関係を育てていく上で、大切なキーポイントになっていると思います。40歳を前にして、自分でさえ、「知り尽くす」ということはないのに、男性であり、私とは違う環境で育った一人の人間である彼を知り尽くすということは、この先どんなに時を重ねても起こりえないでしょう。

そして、ラッキーなことに、彼自身も私に対して、全てを知り尽くしたいという願望を持ち合わせていない、ということが、良い意味で緩く、互いを尊重し合える関係性を育てているとも言えるのです。

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主人と子どもたちの背中。去年の夏。鎌倉の鶴岡八幡宮にて。

主人と子どもたちの背中。去年の夏。鎌倉の鶴岡八幡宮にて


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 自由でいられる環境に
身を置けることの幸せ 

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「そのままでいいよ」この言葉がもたらす安心は、私に大きな自由をくれます。もちろん、全てにおいてそのままでいい訳でもなく、自由と身勝手さとを履き違えているようでは、お話になりません。

母親の自覚がないと言っても、朝食&夕食はほぼ手作りですし、子ども達の生活リズムをしっかり管理しながら育てていると自負しています。また、小学校のPTA役員も2年務め、現在所属するミニバスチームのバックアップも、断ることを優先せずに、今自分ができることは? と自問しながら行っています。

そして、もしも子ども達の誰かが失明しそうだとか、怪我をして足を切断しなければならないというような危機に直面した場合、そこに神様が出てきて、「お前がそれ(目や足)を差し出せば、子どものそれ(目や足)と交換してやろうぞっ! 」という夢のような展開が目の前で起きたなら、私はきっと「はい、喜んで! 」と即答すると思います。

もしかしたら、それこそが母親の自覚ということなのかもしれませんが、私はやっぱりどこかで、母親だろうが子どもだろうが対等、という意識があるのです。実際、この13年程の私を育ててくれているのは子ども達なのです。彼らとの時間を通して、私は考えることが増え、思い通りにならないことに耐える忍耐力が身につき、自分に与えられた時間の大切さを知りました。それに加え、心を痛める経験も、喜びに触れる感動も、一人で感じるものより遥かに質が上がっていると感じています。

大切な彼と、その間に生まれた3人の子ども達が、確実に私の人生を豊かにしてくれている、という実感は、私も彼らから、私が彼らの人生を豊かにしていると思われたい、という強い願望へと繋がって行きます。

そして、その願望は、いつも私を律するのです。
「家族に恥ずかしくない生き方をしているか?」と。

人や情報に翻弄されている間は、些細なことに惑わされて、安易に心を消耗させてしまいますが、そのバロメーターを持ってからというもの、ジャッジがシンプルになった私の生き方や育児は、本当に楽になったと感じています。

「そのままでいいよ」

彼が与えてくれる、自己肯定感を育む魔法の言葉を、私も、子ども達に伝えていきたいと考えています。いつか彼らが成長した先で、また他の誰かにその言葉をかけてあげられるように。そのループの中で生きる自分自身の人生を、心から喜べるように。

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肯定のループで幸せな家族関係を築くには
1.  相手も自分も「そのままでいい」と肯定する
2. 「家族に恥ずかしくない生き方をしているか?」と自分を律する
3.  子どもと対等に接することで、自己肯定感を育む

 

 

 


諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)小説家、エッセイスト。1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。