旅って面白いの?【第17話】 目の前に広がる青空が教えてくれた、全てに終わりはあるということ 〈カンボジア〉

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自分にとって「書く」こと、「発信する」ことは特別な意味を持っていて、ずっとやりたいと思いながらもできなくて、20代早々で一度は諦めた夢だった。だからこの旅が自分にとっての再出発。しかし実際に旅を始めてみると、うまく進められないことが多くて、旅のブログもすぐに書くのを止めてしまった。

連載「旅って面白いの?」とは  【毎週水曜更新】
世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。

 

第17話   目の前に広がる青空が教えてくれた、全てに終わりはあるということ  〈カンボジア〉 

TEXT & PHOTO 小林圭子

 

 

 

 長いトンネルから抜け出せそうな予感 
 感じさせてくれたのはどこまでも広がる青い空 

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カンボジアはシェムリアップ。自然豊かな田舎の風景が広がり、歴史的にも価値の高い素晴らしい遺跡群に囲まれ、人々も穏やかで優しい。とても好きな場所のひとつ。中でも最も鮮明に記憶に残っているのは目の前に広がる真っ青な空の色。

シェムリアップに到着後、空港を出て、バイクタクシーでホテルに向かう途中、一瞬にしてその空が持つ清々しさに心を奪われた。バイクに振り落とされまいと、重い荷物を背負いながらしっかりとバランスを取る。一方、視線だけは常に上へ。そんな不安定な状態にも関わらず、なんだか不思議なほどに心は落ち着き、徐々に安らかになっていくのを感じた。

 

青空。雨期だったけれど、雨に降られることは少なかった。昼間はいつも目の前に青空が広がり、本当に気持ちよかった

青空。雨期だったけれど、雨に降られることは少なかった。昼間はいつも目の前に青空が広がり、本当に気持ちよかった

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「明けない夜はない」なんてよく言われるけれど、あの空を見たときに、「あぁ、私の夜もようやく明けようとしている」と、直感的にそう思わせられたのかもしれない。そしてこの時のぼんやりとした予感はいずれ確信に変わることになる。

 

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 サービス満点のホテル 
 こんなに安くて良いんですか!? 

 

さて、シェムリアップと言えば、物価が安く、バックパッカーにとっては長期滞在しやすい街のひとつ。たくさんの安宿がそこら中に点在している。その中で、私は繁華街のある中心部からは少し離れた、トゥクトゥクで10分くらいのところにあるホテルAを予約した。理由は、前回書いたタイのワークキャンプで一緒になった女の子がオススメしてくれたというのと、少し静かな場所でゆっくり過ごしたいと思ったからだった。

シェムリアップには有名な日本人宿がいくつかあるし、そのホテルAには日本人はあまりいないだろうな、と思って行ったんだけど、行ってみると意外にもお客さんの半分は日本人だった。聞いてみると、どうやらタイのタオ島でダイビングショップを経営している日本人オーナーがオススメしているホテルのようで、そこでダイビングを楽しんできた人たちがドバッとそのまま流れ込んできていた。

「バックパッカーが行く場所はだいたい似ているから、一度どこかで会えば、また別の国で再会できる可能性が高い」

なんて言われているけれど、こうやって行く場所行く場所で、いろんな情報交換をしながら移動しているからこそ、そんなふうに自然に再会することができるんだな、と納得させられた瞬間だった。

このホテルA、シングルルームで1泊10ドルだったんだけど、本当に申し分ないくらいサービスが良かった。ランドリー代も他のホテルより安いし、毎日部屋の掃除をしてくれてバスタオルまで無料で貸してくれる。(もちろん、自分のバスタオルは持っているけれど、無料で貸してもらえるならぜひ貸してもらいたいので、笑)この値段で部屋にバスタブが付いているのも、疲れた体を癒すのにとてもありがたかった。また、遺跡ツアーの代金も少しまけてくれたり、スタッフの人はみんなとてもフレンドリーだった。

 

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 自分にとって一番大事なもの 
 それは美味しい朝食です!(笑) 

 

その中でも私が最も心を奪われたのは朝食! なんと朝食が無料だったのだ。カンボジア料理であるクメール料理(チャーハンのようなものや、スープなどがあった)や、ボリュームたっぷりのサンドイッチなど、メニューも10種類くらいの中から選択できた。さらにドリンクとフルーツの盛り合わせも付いてくる。私はもともと「フランスパンが美味しいよ」と聞いていたので、初日の朝、早速、フランスパンをオーダー。ピーナッツバターをたっぷり塗ってひとくち食べた瞬間、

「うまっ!! 」

正直、驚いた。こんなに美味しい本格的フランスパンがカンボジアで食べられるなんて! 大きさも30cmくらいあって、はじめに見た時は「こんなに食べれないよー」なんて思ったものの、食べ始めると、あまりに美味しくてペロリと全て平らげてしまった。

フランスパン。このパンを求めてどれだけ迷走したことか…笑。だけど本当に美味しかった! もしまたシェムリアップに行くことがあれば、絶対このホテルに泊まって、このパンを食べたい

フランスパン。このパンを求めてどれだけ迷走したことか…笑。だけど本当に美味しかった! もしまたシェムリアップに行くことがあれば、絶対このホテルに泊まって、このパンを食べたい

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私はすっかりこのパンの虜になり、次の日も、その次の日も、朝食はフランスパンとピーナッツバターの組み合わせ。他のお客さんには、

「こっちも美味しいですよ」
「せっかくなんで、違うのも食べてみたら良いのに」

なんて言われつつも、私はそのフランスパンが食べたくて食べたくて仕方がなかった。きっとスタッフの人にも「あの日本人、毎日フランスパンだな」って覚えられていたと思う(笑)

   
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 ホテルの移動が災いの始まり 
 パンを追い求める旅スタート!? 

 

それが当たり前になってきた数日後、ふと「やっぱりもう少し繁華街に近いところに移ろうかな」と思った。毎晩、トゥクトゥクを掴まえて値段交渉してホテルに戻る、というやり取りがめんどくさかったのと、自分で歩いていろんなところに行けた方がラクで便利だな、と。

思い立ったが吉日。すぐにパソコンを開いてホテルを探した。繁華街に近くなる分、少し値段は上がるけれど、それは仕方ない。もちろん無料朝食付きのところを選んだ。あのフランスパンだけは絶対に譲れなかった。

とてもお世話になり、名残惜しさを感じつつも1件目のホテルAを出て、いざ2件目のホテルBへ。場所も部屋もサービスもこれまた申し分なかった。「これで歩いてどこでも行けるぜー! 」と喜んでいたのも束の間、翌日の朝、朝食に出てきたのは、なんとあのフランスパンではなく、普通のトーストにオムレツ、そしてフルーツ盛り合わせとドリンクのセットだった…。もしかしたらランク的にはこちらの方が上なのかもしれない。だけど、勝手にあのフランスパンが出てくるものだと思いこんでいた私は心の底からガッカリした。

「え! なんで…? どこのホテルでもあのフランスパンが食べられるわけじゃないの…? ホテルの値段はちょっと上がってるのに、パンがトーストだなんて…。このホテル、イケてないわ… 」

なんて、心の中でいちゃもんを付ける始末。でもこの時点ではまだこのホテルBだけがトーストで、他のホテルはどこもフランスパンを出しているのか、そうではなく、他のホテルも基本的にはトーストで、あのホテルAだけが特別にフランスパンを出しているのかが判断できない。私はフランスパンを求めて、またもホテルを替えることにした。同じく繁華街近くで、念のためもう少しだけ部屋の値段をあげてみることにした(バックパッカーとは思えないこのバカさ…。何にお金を使ってるんだか… 苦笑)

そして、このパン事件以外は何の落ち度も無かったホテルBを去り、近くにあるホテルCへ。一目見て、部屋は正直、ホテルBの方が良いな、と思った。だけど、私にとってそんなことはたいした問題じゃない。あのフランスパンさえ食べられれば、他は別になんだって良い、くらいの気持ちだった。

わくわくしながら、翌日の朝、朝食が食べられるレストランへ。すると、ここの朝食はなんとビュッフェ形式だった。長テーブルにトースト用の食パンや、フルーツ、チャーハンや焼きそばなど、いろんなものが所狭しと並べられている。

「……!?」

このときの私の衝撃といったら… 苦笑。ビュッフェなのだから、当然、食べたいものを食べたいだけ食べて良い。他の宿泊客は喜んでモリモリ食べていた。だけど、そこに私が食べたいものはひとつも無かった。

「私はただあのフランスパンが食べたいだけなのに…。あーぁ、こんなことならはじめからホテルを替えなきゃ良かった…。私って何てバカなんだろう… 」

部屋に戻って、ひとり、ベッドの上でのたうち回った。だけど、もうホテルAに戻ろうという気は無かった。そこで戻ってしまうと、なんだか人生ゲームで「振り出しに戻る」みたいな感じがしてイヤだった。

結局、「やっぱり二兎を得るものは一兎をも得ないんだな… 」というよくわからない結論で自分を納得させることにした。

 

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 腐った自分に降り注がれた一筋の光 
 連載のオファーと心の葛藤  

 

さて、一人でそんなバカ丸出しをやっている中、今、こうやって旅エッセイを書かせてもらっているWEBマガジン『ORDINARY』の編集者ふじたさんから連絡をもらった。もともと日本にいた時から親しくさせていただいていたふじたさんからの久しぶりの連絡に、なんだかとてもホッとして、少し泣きそうになったのを今でもよく覚えている。何て言うか、「あぁ、まだ見放されていなかった」という安堵。

「旅はどうですか? 楽しんでますか? 」

という優しいふじたさんに対して、私は迷いつつも、正直に答えた。

「腐ってます」

別にフランスパンが食べられなくて、それに対してふて腐れているという意味ではない(って当たり前か、笑)。日本に出て、約5ヶ月。何の結果も出せてない自分にずっと焦りを感じていたし、やると言っていたことも全然できていないし、そのうちだんだん自分に自信がなくなって、旅の目的も見失ったまま。「なんで世界一周してるんですか? 」の問いにすら、もはや答えられなくなっているような状態だった。ひとつがうまくいかなくなると、他のものも全てうまくいかなくなってしまうのが、自分の悪い癖。いつの間にかバランスを崩し、修正できなくなっていた。もがき疲れて、本当に「今の自分、腐ってるな」と感じていたところだったのだ。

初日に見たシェムリアップの青空に心惹かれたのは、単にそれが美しかったからだけじゃなく、今のダメな自分を上から温かく包んでくれているというか、受け入れてくれているというか、そんなふうに思ったからなのかもしれない。

「腐っているなんて…笑。持て余しているんでしょう。良かったら旅の連載やりませんか? 」

というふじたさんのさらに優しい言葉に、驚きとためらいを覚えつつも、

「やりたいです!」と即答した。

だけど、その後すぐに心の中で葛藤が起きた。「連載… できる? できない? できる? できない? 」を繰り返す。「できるはず。いや、でも自信がない。旅の中で何もできていない自分に、ここから何ができる? そう、そんなのできないよ」そんなことを考えているうちに、やっぱり断ろうと思った。編集部の皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 


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書く」ことへの強い想い 
 諦めた夢再燃した夢 
 いつでも大切なのは一歩踏み出す勇気  

 

なぜ、そこまで思い詰めるのかと不思議に思われるかもしれないけれど、自分にとって「書く」こと、「発信する」ことは特別な意味を持っていて、ずっとやりたいと思いながらもできなくて、20代早々で一度は諦めた夢だった。だけど、こうやって旅に出ることになり、「自分が見たもの、聞いたもの、感じたことを自分の言葉で発信してみよう」と、そういう意味では、この旅が自分にとっての再出発になるはずだった。それが実際に旅を始めてみると、思っていたほどうまく進められないことが多くて、旅のブログもすぐに書くのを止めてしまった。

「旅してたら、ブログ書くのも大変だよねー。絶対途中で書かなくなっちゃうよねー 」

なんてあっけらかんと言う旅人も多いけれど、自分の中では、ただ書くのがめんどくさいとかそういうことではなく、書こう、書こう、と思えば思うほどに書けなくなっていった。あんなにやりたいと思っていたことができなくなっていった。そこから、それに対する焦燥感はどうやっても拭い去ることはできなくて、親しい友人から

「私は圭子のフィルターを通して見えたもの、感じたものがおもしろいと思うよ。待ってるから書きなよ」

と言われて、「そんなふうに言ってくれるなんてありがたいな」と思いつつも、それでもなかなか復活の兆しは見えなかった。

そんなときに自分のもとにやってきた連載の話。「できない」の想いを覆したのは、「それでもやりたい」という熱い気持ちだった。もし本当にこれを断ってしまったら、私はきっと二度と書くことをしないだろうということがわかっていたし、それによってますます気持ちが落ち込んでしまうことも目に見えた。だから言い方は悪いけれど、「この連載は自分にとってリハビリのつもりでやろう」と思うことにした。そこには、イヤでも書くことでまた情熱が戻ってくるかもしれない、との希望もあった。

その後、編集部の方々といろいろ話をして、この連載は無事にスタートをきった。上手い下手とか、おもしろいおもしろくないとか、ではなく、こうやって自分が書きたいことを素直に書いて、それをたくさんの方に読んでもらえるなんて、こんなに嬉しいことはないな、という想いで、今も書かせていただいている。

 


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 きっとまた夜はやってくる 
 それでも「明けない夜はない」 

 

どんなに苦しくても「明けない夜はない」。今回も結局、自分の力ではなく、ふじたさんはじめ、編集部の皆さんに手を差し伸べてもらって、なんとか少し浮上するきっかけを掴めた。旅に出て物理的には離れていても、なお、こうやって日本にいる人たちと繋がっていられるご縁とタイミングには本当に感謝しないといけない、としみじみ。そして、夜明けを予感させてくれたシェムリアップの青い空と、どこまでも追い求めたフランスパン。きっとこの先も忘れることはないだろう。(了)

 

トンレサップ湖。雨期なので水の量が多い。湖の上で暮らしている人たちがいて、そこで生活の全てが完結してしまうなんて、信じられない世界。たくましいと言うか何と言うか、ただただ驚き…

トンレサップ湖。雨期なので水の量が多い。湖の上で暮らしている人たちがいて、そこで生活の全てが完結してしまうなんて、信じられない世界。たくましいと言うか何と言うか、ただただ驚き…


 

パブストリート。夜は昼以上に人が多く、どこのお店も観光客で大賑わい。カンボジア料理だけでなく、欧米系のレストランも多い。食事には全く困らなかった

パブストリート。夜は昼以上に人が多く、どこのお店も観光客で大賑わい。カンボジア料理だけでなく、欧米系のレストランも多い。食事には全く困らなかった

 

ローカルマーケット。シェムリアップの中心部からかなり離れたところにあったマーケット。ここでは、赤い看板をよく見かけることが多かった

ローカルマーケット。シェムリアップの中心部からかなり離れたところにあったマーケット。ここでは、赤い看板をよく見かけることが多かった

機織りする少女。シェムリアップでは、いくつかこういう物作りをしている施設を訪れた。少女たちが布や小物を作って、施設の隣りのお店などで販売。商品はなかなか丁寧に作られているし、可愛いものも多い

機織りする少女。シェムリアップでは、いくつかこういう物作りをしている施設を訪れた。少女たちが布や小物を作って、施設の隣りのお店などで販売。商品はなかなか丁寧に作られているし、可愛いものも多い

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青空教室。ホテルの近くで毎晩のように無料開放されていた学校。子どもたちが熱心に英語を勉強していた

青空教室。ホテルの近くで毎晩のように無料開放されていた学校。子どもたちが熱心に英語を勉強していた

遺跡へGO! 有名なアンコールワット遺跡群。ウワサどおり見応え抜群で素晴らしかった。だけどいろんな遺跡を見すぎて、結局何がどうなのか、その違いはよくわかっていない(笑)

遺跡へGO! 有名なアンコールワット遺跡群。ウワサどおり見応え抜群で素晴らしかった。だけどいろんな遺跡を見すぎて、結局何がどうなのか、その違いはよくわかっていない(笑)

ベンメリア遺跡。映画「天空の城ラピュタ」の舞台になったと言われている。遺跡の中で一番好きな場所。一歩入り込むと、別世界が広がっていて冒険心がくすぐられる

ベンメリア遺跡。映画「天空の城ラピュタ」の舞台になったと言われている。遺跡の中で一番好きな場所。一歩入り込むと、別世界が広がっていて冒険心がくすぐられる

遺跡にいた子どもたち。たくさんの子どもたちが遺跡の中で遊んでいて可愛らしかった。カメラを向けると笑顔でポーズをとってくれる

遺跡にいた子どもたち。たくさんの子どもたちが遺跡の中で遊んでいて可愛らしかった。カメラを向けると笑顔でポーズをとってくれる

(次回もお楽しみに。毎週水曜更新です)
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連載バックナンバー

第1話 世界一周、ふたを開けたらため息ばかり(2014.10.8)
第2話 旅は準備が一番楽しい。出発までの10ヶ月なにをしたか(2014.10.22)
第3話 ダメでもともと、初めての協賛(2014.11.5)
第4話 出発まで5日。ついに協賛決定!(2014.11.19)
第5話 最初の国の選び方。わたしの世界一周はフィリピンから(2014.12.03)
第6話 カスタマイズ自由が魅力のフィリピン留学(2014.12.17)
第7話 出国していきなりの緊急入院で知った、フィリピン人の優しさと健康に旅を続けていくことの難しさ(2014.12.31)
第8話 世界の中心でハマったいきなりの落とし穴 。負のスパイラルに突入だ!【オーストラリア】(2015.1.14)
第9話 いきなり挑むには、その存在はあまりにも大きすぎた! こんなに思い通りに進まないなんて…【オーストラリア(2015.1.21)
第10話 いざ、バリ島兄貴の家へ!まさか毎晩へこみながら眠ることになるなんて…【インドネシア】(2015.1.28)
第11話 今すぐ先入観や思い込みを捨てよう! 自分で見たものこそが真実になるということ<インドネシア>(2015.2.4)
第12話 心の感度が鈍けりゃ、人を見る目も曇る。長距離バスでの苦い出会い  〈マレーシア〉 (2015.2.11)
第13話 海外に飛び出すジャパニーズの姿から見えてくる未来 〈マレーシア〉(2015.2.18)
第14話 欲しい答えは一冊の本の中にあった!「旅にも年齢がある」という事実 〈マレーシア / タイ〉(2015.2.25)
第15話 ボランティアで試練、身も心もフルパワーで勝負だ! 〈タイ / ワークキャンプ前編〉(2015.3.4)
第16話 果たせなかった役割と超えられなかった壁 〈タイ / ワークキャンプ後編〉(2015.3.11)


小林圭子さんが世界一周に出るまでの話

『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため(2014.5.19)

 


小林圭子

小林圭子

1982年、大阪生まれ。米国公認会計士の資格取得後、ベンチャー企業および楽天にて約5年半、会計業務に従事。同時に会計士の専門学校では学習カウンセラーを、自由大学でキュレーターをするなど、パラレルキャリア志向が強い。2014年3月末で楽天を退社し、同4月より約2年間かけての世界一周の旅に挑戦。世界中の多様な働き方やライフスタイルに、刺激を受ける日々を送っている。 「一身上の都合」小林圭子さんの場合 http://ordinary.co.jp/series/4491/ https://instagram.com/k_co_ba_326/