ひとつの星座 – 3児のママが小説を出すまで【第11話】 動き始めた! 2017年~ / 諸星久美

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「君、幸せでしょう? 幸せな人が書くものって、つまんないんだよね」と言われたことで刺さった棘は、刺さったままでいいと思っている。刺さったまま、幸せに見えたまま、そして私自身が幸せに満ちたまま、感謝を持って吉満さんから貰ったチャンス
連載 「 ひとつの星座 」 とは  【毎月25日公開】
母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。

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第11話   動き始めた! 2017年~

TEXT : 諸星 久美

 

 

2017年の3月。
センジュ出版の代表、吉満明子さんに私の原稿を託したところまでが前回のお話。

 

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 ずっと、この時を待っていた

 

新人賞に応募した場合、締め切りから結果が出るまでは、だいたい半年から1年ほどかかる。だから、多忙な吉満さんから講評をいただけるのであれば、1年でも2年でも待つつもりでいたというのに、ありがたいことに、5月の連休明けに、吉満さんからのメールが届いた。

メールには、原稿についての講評の中に、本になるべき作品という嬉しい言葉が記されているも、センジュ出版からの刊行は難しいというコメントが続いていた。

これまで、何度も賞の落選を経験していたこともあり、「ああ、またダメだったか……」といつものように落胆し、「でも、読んで頂けただけでも、本当にありがたいな」と、次に続くメール文に目を通したところで、私は大きな、大きな、ため息をついた。メールには、これからも作品を書き続けて欲しい、という励ましの言葉に続いて、相談が一件続いていたのだ。

北千住が舞台のドラマの脚本を、小説に書き起こしてみませんか? と。

歓喜による長いため息を吐きだしながら、私の心はとても静かだった。内容をしっかりと把握するために、何度も吉満さんからのメールを読み返し、「ああ、これだったのか……」と、年の暮れから漠然と抱いていた予感が、形となって目の前に現れたことを静かに受け止めていた。

胸中では、受けさせてもらうことは決まっていた。ノベライズはやったことがないから……と断ってしまったら(逃げてしまったら)、必ずや後悔でのたうち回るだろう、ということは容易に想像できたからだ。

けれど、返事を返す前に整えておくことがあった。北千住にあるカフェ&ベーカリーの職場の、休憩時間にそのメールを読んでいた私は、すぐに上司に相談した。

「来月から仕事量を減らすことは、契約上可能でしょうか」と。

子どもたちの学費捻出のため、4月より仕事を増やし、行く行くは扶養を抜けて働けるよう、上司に取り計らってもらっている最中だったからだ。詳しい内容は伏せたまま、私が長きに渡り欲してきたものが、今、目の前に差し出されていて、そこに全力を注ぎたい旨を伝えると、「大丈夫、バックアップしますよ」とありがたい言葉を上司から頂くことができた。

家に帰り、夫にも報告。「先にできないことをあげるのはずるいけど、このチャレンジに挑む間、家事がおざなりになるかもしれない」と告げた私に、「大丈夫。手伝いますよ」とまたしてもありがたい言葉をもらった。
 

 

 環境は整った 

 

「大丈夫」という言葉は不思議なもので、安堵とエネルギーを与えてくれる。家庭と職場で「大丈夫」をもらい、依頼を受ける場が整ったところで、私はまたセンジュ出版へ向かった。そして、無名の私にチャンスを与えてくれたことに感謝を述べ、受けさせてもらいたいと告げ、胸の内にある不安も吐露した。そんな私に、

「大丈夫、絶対に書けるから」と吉満さん。

その一言が、全てだったように思う。吉満さんのもとで本が出せる人は幸せだろうな、と思い、吉満さんのもとで本を出したい、と願っていた私にとって、吉満さんがくれた「大丈夫」は、私の中に残っていた不安を払拭してくれるに充分な言葉だったのだ。

初めてのチャレンジに挑むことを報告すると、深井さんをはじめ、オーディナリーのメンバーは自分のことのように喜んでくれた。横里隆さんは、「無名の君にそんなチャレンジをさせてくれるのは、良い編集者だね。頑張るんだよ」と励ましてくれた。

私は満ちていた。感謝が胸の中に満ち満ちて、痛いほどだった。

 

 

 棘は刺さったままでもいい

 

「君、幸せでしょう? 幸せな人が書くものって、つまんないんだよね」

かつて、ある方に言われた言葉は、小さな棘のように私の胸に刺さっていた。その言葉をくれた人の真意は分からない。会話の流れでその言葉が生まれたにせよ、???は私の中でぐるぐると渦巻いていた。

見た目の判断で、「君、幸せでしょう?」と問うたのならば、それはとてつもない賛辞であろう。けれど、その先に続く、「幸せな人が書くものって、つまんないんだよね」という言葉は、私の中にしこりのように残り、そうなのだろうか? そうかもしれないな…… でも、本当にそうのなのだろうか……と、長い間自問を繰り返させた。

幸せの反対が不幸ならば、不幸な人はおもしろいものが書けるのだろうか?
そもそも、不幸とは何なのか?

生きていくのも辛いほどの日々に身を浸している人を不幸と呼ぶならば、私だってそこそこ身を浸してきているし、危うい時間も超えてきている。人に公言しないだけで、命が果てることでしか開放されない呪縛のようなものも抱えているし、ふらふらと開放される方へ歩んでしまいそうな日々だってあった。

ただ、それを表に見せて生きることを、美しいことだと思ってこなかっただけのこと。
辛い日々を顔に刻印して生きるより、内に刻んで自らの糧に変えたかっただけのこと。
表に見えるものと、内に刻んだものの痛みの量は、目でみただけでは測れないはずなのに……。
 
とはいえ、このように棘が刺さった時に、物事を深く考えることができるのも知っている。痛みや怒りは、なぜ? を幾つも自身の中に生むからだ。そして、普段はスルーしてしまうような感情を、ぐっと覗き込むきっかけもくれる。

だから私は、「君、幸せでしょう? 幸せな人が書くものって、つまんないんだよね」と言われたことで刺さった棘は、刺さったままでいいと思っている。刺さったまま、幸せに見えたまま、そして、私自身が幸せに満ちたまま、感謝を持って吉満さんから貰ったチャンスを全うすると決めたのだ。

 

 

 インタビュー掲載

一人ひとりが輝く未来のウェブマガジン「STARRY FUTURE」にて、中安加織さんにインタビューしていただきました。連載と合わせて読んで頂けると嬉しいです。
「妻であり、母であり、私である」諸星久美さん(主婦・保育士・小説家志望)

 

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<本の紹介> 「千住クレイジーボーイズ」諸星久美
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。

本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。              

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<ドラマの紹介>

ドラマ「千住クレイジーボーイズ」【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』2017年8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ  ウェブサイトはこちら   .  

(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー

ご意見ご感想をお待ちしています 編集部まで


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諸星久美

諸星久美

(もろほし くみ)1975年8月11日 東京生まれ。東京家政大学短期大学部保育科卒業後、幼稚園勤務を経て結婚。自費出版著書『Snowdome』を執筆し、IID世田谷ものづくり学校内「スノードーム美術館」に置いてもらうなど自ら営業活動も行う。またインディーズ文芸創作誌『Witchenkare』に寄稿したり、東京国際文芸フェスティバルで選書イベントを企画するなど「書くことが出会いを生み、人生を豊かにしてくれている!」という想いを抱いて日々を生きる、3児の母。2017年8月25日、センジュ出版より『千住クレイジーボーイズ』ノベライズ本出版。オーディナリー編集部所属。