本当に公認会計士の仕事はAIにとって代わられるのか。すべてがそうだとは思いません。今後は「ただ数字を見る」ことよりも、その背景にある会社の業務プロセスや問題意識を理解し、「どういう改善策を提示できるか」という付加価値がより求められていく。コミュニケーション能力や問題解決能力がなくては淘汰されて行く時代にな
連載「しなキャリ図鑑」とは 【毎月2回更新 / 第2第4月曜】
「しなやかに生きる人のためのキャリア図鑑」の略称。キャリアカウンセラー舛廣純子が、イキイキと働く仕事人にインタビューし、その仕事に大切なチカラを中心にキャリア・仕事そのものも掘り下げます。10年後の未来に自分がどんな風に仕事をしているのかも見えづらくなった今の時代。インタビューを読むことで、自分の持っている力にも気づいたり、したことのない仕事に興味を持ったり、これから伸ばしたい自分の力を見つけられたなら、あなたの仕事人生も変化に対してさらに強くてしなやかなものになっていくかもしれません。
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第17話 公認会計士のチカラ
数字と会話から企業の課題を見つけ、問題解決に導く
TEXT : 舛廣 純子
教えてくれた人
岩波 竜太郎 公認会計士
1975年生まれ、東京都出身。大学卒業後、大手監査法人に就職。シニアマネージャーとして、国内外の大手金融機関を中心とした会計監査業務、内部統制監査および企業の業務プロセス構築に関するアドバイザリー業務を担当。ニューヨークでの海外事務所勤務も経験。監査法人退所後、ベンチャー企業において執行役員・管理本部長として、財務・経理だけではなく人事・労務・法務・総務も含めた管理業務全般を幅広く経験。2015年に独立し現在は、岩波公認会計士事務所代表、アイプラスアドバイザリー株式会社代表取締役。英語通訳案内士・Excelセミナー講師としての顔も持つ。
<公認会計士にとって大切な能力はなんですか?>
1. コミュニケーション能力 傾聴力・関係構築力・プレゼンテーション力
監査もコンサルティングもお客様側のニーズや本音を引き出し、背景を理解することが大事です。お客様のちょっとした言葉から、単なる帳簿のにらめっこではつかめない、お客様の困っていることや業務プロセスの問題点をキャッチすることもあります。外部の人間である私たちがお客様から本音を引き出すには、公認会計士としての能力的な信頼に加え、良好な人間関係を築き、信頼を獲得できるかということが大切です。
また、自分を支えて下さる方を多く持てるかも、特に独立する公認会計士にとっては大切です。私自身も、独立に際して、知人や前職の同僚からお客様になる企業をご紹介いただいたり、「うちの会社を手伝ってほしい」とお声がけいただき、本当に人のご縁に恵まれてここまでやってくることができました。独立しても、最初から新規開拓がどんどん決まるわけではないので、周囲と良好な関係性を築くことは、フリーの公認会計士には大切なことだなと実感しています。
あとは、公認会計士は企業の上層部の方の前でプレゼンテーションをすることも多いですから、プレゼンテーションするチカラという意味でもコミュニケーション能力は必要です。どんなに策を考えても、それを伝わるようにできないと仕事にならないですからね。
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2. 課題発見力 情報分析力・課題発見力
本質的な業務プロセスの問題を探っていく上で、コミュニケーションしていくことはとても重要ですが、クライアント企業の問題点を見つける最初の手がかりは、やはり「数字」であることは多いです。決算数字を見た時に、「この勘定は重要そうだな」とか、「固定資産がすごく大きい会社だから固定資産の業務フローをしっかりチェックしよう」とか、「やたらと数字が変動しているからおかしいな」とか、数字からその会社にとって大事なポイントを読みとることからスタートすることは多いかもしれませんね。
分析的手続というのですが、「この業界だとこれぐらいの数字のはずなのに」という物差しに照らし合わせてチェックもしていきます。ここは監査法人勤務時代に嫌というほど数字を見てきた経験値は大きいですね。経験値があるから、自分の中の物差しがあり、それに沿ってチェックしなくてはいけないフラグを立てることができます。数字とその会社の業務プロセスはリンクするので、数字から仮説を立て、業務プロセスをチェックしていく感じです。
業務プロセスを見ていくというのは、例えばある企業の売上数字がおかしいなと感じた時に、その企業がどういう環境にあり、どのように売上を普段計上しているのかを理解していくような作業になります。「上司からのプレッシャーが強くて、本来立っていない売上を立ててしまう」なんていうのは、企業のカルチャーや売上計上の仕方にも問題があるのが一般的です。この業務プロセスにある課題をいち早く見つけることが、問題解決への第一歩になります。
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3. 問題解決能力 情報収集力・構想力
見つけた課題をどう解決していくか。企業の会計処理に関わる問題解決の場合、企業側もやはり他社の先例をとても参考にされる部分があります。そこで大事になるのが、問題解決のためのデータベースをいかに自分の中に構築できているかということになります。たとえば、「国際会計基準を導入したい」という企業のご相談に対して、「A社さんではこうやっていた」とか「B社さんではこうやっていた」とか事例を出したほうが説得力もあり、納得のいく解決策を選んでもらうことができます。
そういった問題解決策のご提案をできるようになるためには、日頃から自分のやってきた仕事から自分の中に、データベースを作る意識は大事ですね。何か問題に遭遇した時に、その問題の本質を考え、自分の中で整理して収納していく。それが自分のデータベース、経験の引き出しになります。引き出しが多ければ多いほど解決策を提案することができます。監査法人とベンチャー企業勤務を通じて、多くの企業の業務プロセスを見てきたことは自分自身の引き出しになっていますし、いきなり公認会計士の資格をとったばかりで独立してコンサルティングをしようとしてもそれは無理だったと思います。
もちろん何から何まで経験することはできないので、自分の守備範囲でないことについて相談できる人のネットワークも必要です。自分の知識と経験+それらで補えないものについては誰かの知識と経験を借りながらソリューションを出す問題解決能力が、コンサルティングをする公認会計士には必須だと思います。
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<なぜ公認会計士になったのですか?>
もともと数字に強かったこともあり、大学は理系入学でした。ただ、理系を勉強する中で、より実社会に近いところで数字を扱える「経済学」に興味を持ち、在学中に文系に転向しました。そんな中で「公認会計士という仕事は数字の分析が多そうだし、資格を持っているとより安心かな」という軽い理由で興味を持つようになりました。単に「得意なものに関連した資格をとって、それを活かして仕事をしてみよう」そんな公認会計士としてのスタートだったのです。恥ずかしながら新卒時に「どういう公認会計士になりたいか」という明確なビジョンはありませんでした。
試験に合格後、縁あって監査法人に就職していろいろな企業の監査を経験したことは、新鮮でしたし、学びの連続でした。私の場合は上司や同僚にも恵まれ、海外勤務も経験でき、充実した仕事生活ではありましたが、シニアマネージャーにもなりキャリアを重ねる中で、組織にいることにだんだんと窮屈さを感じるようにもなりました。「公認会計士」として期待される「役割」だけでなく、公認会計士の仕事を軸にしながらも、もっと自由に自分が持ついろいろな力を活かしたい、そんな思いが私の中に芽生えてきていました。
もちろんそのまま監査法人にいれば、キャリアもさらにステップアップし、それとともに年収もあがり、生活の安定はある程度約束されていたかもしれません。でも、私が自分に向き合って出した答えは、「独立して本業を軸にしながら自由にいろいろな活動をしていこう」というものでした。また、独立したら、公認会計士として通常期待される監査業務よりも、むしろ「監査業務の中で得てきた知見を活かして、コンサルティング的な仕事を主にしていこう」と考えていました。
ただ一つ、独立に向けての懸念点は、それまでの自分のキャリアを振り返った時に「経験が偏っている」ということでした。監査法人時代は、金融機関関連の仕事が多かったのですが、金融機関は一般企業とだいぶ異なり、監査の仕方も特殊です。自分の中で足りないものを補うために、一度事業会社で中からの経験をし、かつ仕事の守備範囲が広く企業経営というものの近くで仕事ができる「ベンチャー企業」に転職をしようと決めました。ベンチャー企業では執行役員・管理本部長として、経理・財務だけでなく、労務や総務など、幅広くカバーしなくてはいけないため、常に新たなインプットと経験ばかりでとても大変でした。でも、だからこそ短期間でいろいろ学ぶことができました。
また、「外から企業を見る監査法人」とは立場が異なり、事業会社の中に入り、「実際に自分で手を動かす立場」になったことで、クライアントの立場からもより物事が見えるようになりました。大変な経験でしたが、いきなり監査法人から飛び出して独立するよりも、ワンステップおいて独立したのは正解だったと思っています。特に、私の場合は経営コンサルティングをしたかったので、事業会社の経営の中枢で仕事ができたことはとても有益でした。
監査法人にいる時は、公認会計士でいることが「監査の仕事しかできない」という点ですごく窮屈に感じていましたが、独立してからは逆にすごくありがたいなと思うようになりました。「公認会計士」という本業がしっかりと自分の仕事の軸としてあるからこそ、そこからいろいろ派生させていくことができると思っています。今は「EXCELセミナー」の講師や通訳案内士としての活動も徐々に広げています。
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<公認会計士とはどんな仕事?>
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監査法人時代は「会計監査」をずっとしていましたが、独立してからは基本的には会計・財務を中心とした「コンサルティング業務」に特化しています。IPO(新規株式上場)支援・内部統制構築支援・IFRS(国際会計基準)導入支援など、幅広い会計アドバイザリー業務をしています。
コンサルティング内容によってもちろん違いますが、基本的にはまずはクライアントのニーズや状況のヒアリング、業務フローの見直しや提案、導入後の運用チェック等をしています。
監査法人時代にしていた監査の仕事は、決算書が正しいことを証明することが目的の仕事です。期中に変な売上が計上されていないかとか、原価が少なくなっていないかといったことをチェックします。決算書のチェックや一つ一つの帳票の突合せ、根拠に則って会計処理ができているかといった「数字のチェック」は監査の一つの柱です。
もう一つの柱は「業務プロセス、業務フローのチェック」です。会社としてしっかり統制がとれていないと決算の数字がおかしなことになってきてしまうので、数字だけでなく、内部統制がしっかりとれているか、会計につながる業務プロセスがしっかり機能しているかということも見ていきます。例えば、あるべきところにきちんと承認がないと、実体のない売上を積み上げていくことも可能になりますし、帳簿をつける人と入出金をする人は別々の人がやらないと不正も生じやすくなります。そうやって、組織としてうまくいくためのポイントを見て、アドバイスをしていきます。
今は監査そのものはしていませんが、この監査法人時代の経験を土台に、内部統制の仕組みづくりを考えるウエイトが多いですね。
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<一日の仕事スケジュールは?>
日ごとに違う顧問先に行き、時間契約でお仕事をさせていただくことが多いです。顧問先では通常、経理部や内部監査部など、社内の人たちと同じように席に座って仕事をしています。
たとえばある一日の流れだと、
9:00 顧問先A社出社
10:00 経理部と打ち合わせ
11:00 フォローアップ等の作業
12:00 昼食
13:00 内部監査部と打ち合わせ
14:00 顧問先A社退社、移動
14:30 顧問先B社出社、経営会議に参加
16:00 フォローアップ等の作業
18:00 顧問先B社退社
19:00 顧問先C社と会食
時間契約の仕事スタイルは、限られた時間の中で成果を出さなくてはいけないプレッシャーもありますが、効率的にやることが好きな私にはそのほうがメリハリもついて、いい面が多いです。
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<仕事のやりがいや面白みはどんなことですか?>
監査法人の時は、会議室の中で監査をしている時間が長く、お客様とやりとりをする時間の割合は少なかったですが、独立した今は、お客様からのご相談対応など、お客様とのコミュニケーションの時間は長くなりました。そして実際に会社が改善していく姿を目の前で見ることができ、そういった改善を通して、お客様に喜んでいただけたり、感謝の言葉を直接いただけるのは大きなやりがいです。
あとは、独立して時間を自由に使えるようになったことも、精神的な満足感としては大きいですね。
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<もっとも嬉しかった経験はどんなことですか?>
創業間もないベンチャー企業のご相談で、「管理会計の仕組みを構築したいのだけれど相談に乗ってほしい」というご相談を受け、一年ぐらいかけて一緒に作り上げていったときは、出来上がった時に、大きな達成感がありました。管理会計のシステムが入ったことで、会社の利益や売上予測がしっかりと把握できるようになり、会社としても経営判断をしっかりでき、戦略も立てやすくなったので、先方にもとても喜んでいただけたのが、何より嬉しかったです。導入した今も、会社の方とすごく良好な関係で食事をご一緒させていただいたり、そうやって信頼関係ができていくこともとても嬉しいことです。また、そこから契約の継続や、他社をご紹介いただいくこともあり、とてもありがたいことだなと思っています。
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<逆に今まででもっとも大変だった経験や辛かった経験は?>
監査法人時代は業務量が非常に多く、3月決算後の4月5月などは、夜中まで仕事をしたり、土日も出たり、体力的に大変でした。今、多くの会計事務所や監査法人は慢性的な人手不足に陥っています。世の中で不正が起きると、毎年どんどん監査に対する要求水準があがり、チェック項目が増え、やらなくてはいけない仕事、残さなくてはいけない書類も増えていき、ものすごく大変になるのです。
監査という仕事はクオリティが求められるので、とても緻密です。私が就職した時から比べると今の仕事量は5倍くらいになっていると思います。これは今後も増えていくでしょう。そういった働き方から決別しようと思ったのも独立しようと思った一つの理由ではあります。
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<公認会計士の仕事の未来はどうなっていくと思いますか?>
「公認会計士の仕事は、AIにとって代わられる」なんて言う人もいますが、決してすべてがそうだとは思いません。現状の公認会計士は書類作成の量が非常に多く、人手不足ですが、この書類作成の部分は必ずしも生産的な仕事とは言えないですし、むしろ早くAIに代わっていったほうがいいと思います。AIの今後の発展次第ですが、決算数字を入力すると、「ここがチェックしないといけなさそう」というアラートがたったりするようになるのであれば、現状人手不足な公認会計士の世界も、逆に数字をチェックする部分については、人が余る可能性はあるかもしれませんね。
今後は数字を見ることよりも、その背景にある会社の業務プロセスや問題意識を理解し、それに対して「どういう改善策を提示できるか」という付加価値がより求められていくのだと思います。コミュニケーション能力や問題解決能力のない公認会計士は、淘汰されて行く時代になっていくのではないのでしょうか。
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<今の仕事と同じように向いていそうな仕事はありますか?>
専門性を活かしてコミュニケーションをする仕事はあっていると思います。海外赴任なども通して、英語が好きになったこともあり、通訳案内士に関心を持ち、実際資格も取得しました。英語は胃が痛くなるような契約交渉のシーンではなく、もっと楽しい局面で使いたいので、今後は会計士の仕事を軸にしながら、通訳案内士の仕事も増やしていきたいなと思っています。
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キャリアカウンセラー舛廣純子の シゴトのチカラ考察
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岩波さんのお話を伺いながら、公認会計士というのは会社の経営面でのお医者様みたいな存在なのだな、と思いました。監査は人間でいうところの健康診断、コンサルティングは生活指導や投薬、場合によっては外科手術を施すことに似ているなと思ったのです。企業は生き物、ならばそこに企業を健康に長生きさせるためのお医者様は必要不可欠な存在です。
お医者様に研修医時代や勤務医時代があるように、岩波さんの監査法人時代も圧倒的な量の仕事の経験と知見豊かな先輩からの学びがあり、だからこそ今独立して成功をおさめられているのだと思います。士業は資格さえとれば仕事になるわけではなく、開業してもクライアントに信頼されるアウトプットを出し続けるには、やはりそれ相応の経験が必要であることを岩波さんのキャリアは物語っていると言えるでしょう。
AI時代に生き残れる公認会計士に必要なのは「コミュニケーション能力」と「問題解決能力」-岩波さんはそうおっしゃいました。監査の事務処理的な部分や数字から「課題発見」することはAIに代わっていくのでしょうが、コミュニケーションの中から課題に気づくことや、企業の考え方や風土を理解すること、最適な問題解決策を考え、企業に提案し、ともに実行に移しながら検証していくのには、人のチカラが必要です。AIの台頭に怯えるのではなく、単純で時間のかかる仕事はAIに任せ、その分働き方を見直し、余暇や学びの時間を持つことで、よりインプットを多くする。そして、生産的な仕事に私たちは集中したり、複数の仕事を持ち、人生を豊かにしていく。公認会計士の仕事を軸に、通訳案内士やEXCEL講師もしている岩波さんの姿からは、そんなこれからの働き方のヒントを得ることができるのではないのでしょうか。
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(次回もお楽しみに。毎月2回、第2第4月曜更新です)
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