帆船で長い航海をしていると、楽しい反面疲れもたまってきますし、慣れない作業や共同生活でストレスを感じることもよくあります。当然、乗船してきたゲスト同士でいざこざが起こることも。そんな時、スタッフとしてどう対応するかというと
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは 【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。
第8話 クルーは何もしません!?
TEXT : 田中 稔彦
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帆船のメディア化を考える中で、セイルトレーニングとは何かについても当然考えていかなくてはならなくなっていました。
「セイルトレーニングってなに?」
2013年前後はこのテーマについてもずいぶんと考える時間がありました。
世界観のブレ
去年は「君の名は」や「この世界の片隅に」など、アニメ映画が話題になりましたね。ぼくはどちらの作品もみていませんが。この2作品だけではなく、ここ数年アニメ作品は基本的には見ません。それはアニメにある違和感を感じるようになったからです。
お仕事の都合で、1年に20本くらい演劇を見ます。
映画や劇場アニメは1~2本くらいしか見ません。
10年くらい前からずっと、演劇作品を見た時には感じない違和感をアニメ作品に感じていたのですが、数年前に細田守監督の「サマーウォーズ」を見た時にその理由が分かりました。
作品の内部で世界観が徹底されすぎているのです。
当たり前ですが、クオリティーの高い作品ほどその傾向があります。登場人物のキャラクター、ストーリー、作画、作品の隅々まで、作品の世界観や監督の美学がしっかりと貫かれています。
世間一般では、そこはプラスに評価されるのだと思います。でもそこがぼくにとっては身体を掻きむしりたくなるような違和感を呼び覚ますのです。
演劇の場合、当然脚本家や演出家の世界観や個性は作品に反映されます。けれども生身の俳優が役を演じることによって、それぞれの個性や作品への感覚も作品世界へ反映されています。
作品の芯を貫く大元の世界観にそれぞれの俳優の解釈が付加されることで、作品としての純粋さは損なわれるのかもしれません。しかしその一方で、そこから生まれる作品のブレや膨らみ、そこから生まれてくるハーモニー、そういうものにぼくは魅力を感じるのです。
セイルトレーニングって、実はそういうものでもあるのです。
マニュアルとかはありません
帆船で長い航海をしていると、楽しい反面疲れもたまってきますし、慣れない作業の連続や共同生活でストレスを感じることもよくあります。当然、乗船してきたゲストどうしでちょっとしたいざこざなどが起こることもあります。そんな時、スタッフとしてどう対応するかというと、たいていは「何もしません」。
セイルトレーニングという帆船での体験航海プログラムにボランティアクルーという立場で関わっていました。具体的な役割は、ワッチオフィサーやワッチリーダーと呼ばれる、ゲスト乗船した人のサポートでした。ゲストは「ワッチ」と呼ばれるいくつかの班に分かれて、交代で船で暮らすための様々な作業を行います。それぞれのワッチにワッチリーダーとしてクルーが一人づつサポートに入ります。
ゲストの多くは船で暮らすことなんて全く初めての人たち。限られた時間のなかで、船でしかできない体験をできるだけたくさんしてもらい、船で過ごす時間をできるだけ有意義なものにする、ぼくはワッチリーダーとしてそんなことを考えていました。
実は、ぼくが関わっていた2隻の帆船では、ワッチリーダーとして活動するための、具体的なマニュアルやメソッドというものはありませんでした。もちろん、最低限の安全管理についての共通認識はあります。しかしワッチオフィサーとはどういうポジションで、どう振る舞うべきか、どうゲストと接するべきか、その点についてのはっきりとした規定はなかったのです。
ボランティアクルーは基本的には過去にゲストとして乗船し、セイルトレーニングを体験した人から選ばれます。そしてそれぞれの経験や個性に基づいて、自分がサポートするワッチのメンバーとの関わり方をそれぞれが作り上げていくのです。
クルーの間には帆船での航海経験とそこからなにがしかの感動を受け取った者同士の共通認識はあります。その想いだけが唯一共有されているものでした。
航海の雰囲気は船のサイズや設備によっても変わってきます。ぼくは日本の二隻の船で同時期にボランティアクルーをしていました。外からみた大きさはそれほど違っていませんが、設計思想やその事業を開始するまでの成り立ちには大きな違いがありました。
一隻は日本での帆船イベント開催を契機に、行政主導で国内で建造された船。もう一隻は海外のセイルトレーニングを日本にも導入しようと民間団体が海外で建造されたものを購入した船でした。
それぞれの船には明確な個性がありました。元々の設立理念の違いはありましたが、それに加えてそこで育ったメンバー、その船の運用を支えていたクルー、ボランティアクルーに共有されていた明文化されないあいまいな共通認識、それが船ごとのカルチャーの違いを生み出していたのです。
海は全てを教えてくれる
セイルトレーニング帆船に関わっていてよく聞く言葉に「海が全てを教えてくれる」みたいなニュアンスのモノがあります。クルーが積極的にゲストに関わるよりも、海、船で暮らす体験の方が、よほど雄弁に大切なものに気づかせてくれる力がある、そんな意味合いでよく使われるのです。ゲスト同士のトラブルに対して積極的に関与しないのもベースにそうした考え方があるからです。
もちろん、トラブルに対してクルーが完全に見て見ぬ振りをしているのかというとそんなこともありません。毎日、クルー同士でミーティングを行っていますゲストの体調の変化、周囲との関係性、メンタル面など、クルー全員がゲストと関わる中で感じたことは全体で共有されます。そうしたミーティングを繰り返す中で、どういうプログラムを行うのか、ゲストとどう関わっていくのか、その都度クルーで考えて航海をデザインしていきます。
ゲスト間のトラブルについてもこちらが介入して事態をまとめるよりも、当事者や周りの人々で自主的に解決の努力をしてほしいというのが基本のスタンスです。もちろん、放置することが適当ではないと判断したことについてはキチンと対応はします。クルーや船長が積極的に関与することもあります。
けれど基本的には航海の中で起こる、船の運航や人間関係の様々なトラブルと出会うことで人は自然に成長する、それがセイルトレーニングの考え方なのです。そして成長するのはゲストだけではなく、クルー、スタッフも日々の航海や出会いの中で個性やその人なりの哲学を育んでいく、そう期待されているのです。
何度か、海外の帆船にも乗ったことがあります。もちろん船によってスタンスは様々ですが、海外の帆船の方がこの「海」に全てを委ねる考え方は強いように思われます。日本の船では航海中にいろいろなプログラムやレクリエーションを行ったりしますが、海外の船では船を動かすこと以外はほとんどなにもしないところが多いです。
船の上で考え続けた
自身がクルーとしてセイルトレーニングに携わっている中で、この「海が全てを教えてくれる」という考え方には共感と違和感の両方を持っていました。
ゲストとしてボランティアクルーとして、言葉の表現するものを実際に体感する瞬間も数多くありましたし、それだけでは通用しない現実にも何度も出会いました。
その度ごとに悩み、自分の行動を振り返り、他のクルーの振る舞いを観察し、話し合い、そんな風にしてぼくは帆船で暮らしていました。
悩んだりあがいてきたことに意味があるのか、そのことが何らかの成果に結びついたのか、そのことは分かりません。ただそうした時間に意味があると自分自身が感じていたからこそぼくは20年近くの間帆船で暮らしていたのだと思います。
セイルトレーニングに関わり続けた理由、冒頭で話した演劇作品のように、世界観のブレや膨らみを許容するものだったからかもしれません。自分自身の存在が、いちボランティアクルーとしての悩みが、セイルトレーニングを形作る一要素として必要なものだと感じられたからかもしれません。
改めて、セイルトレーニングについて考える中で、こういうセイルトレーニングのあり方はとても現代的なのではと思うようになりました。ひとつの柱となる明確な価値観に、そこに関わる人がそれぞれの価値観を付け加えて育っていく。
一時期はセイルトレーニングという言葉を使うことにためらいがありましたが、むしろいまの時代にあった新しいセイルトレーニングのあり方を考えて提示していけばいいのでは、そう考えるようになっていきました。
新しくセイルトレーニングを語る言葉をみつけること、セイルトレーニングの事業化を考えるなかで、そのこともぼくのテーマのひとつになっていったのです。
(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です)
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