普通の日常が、ちょっとだけ架空の空間に変わる。そういう瞬間って、誰にでもあるんじゃないでしょうか。がむしゃらにがんばっているスキマの時間、ちょっと疲れて外を眺めたりしたときに、ふと目にはいった風景をみながら、不思議な想像を
往復書簡 ヨーロッパでの挑戦と創作をめぐる対話
第8通目
「絵本作家が立体を作りはじめた理由」
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立体を作りはじめた理由
それは「物語のもつ奥行をさらに探求したかった」から。
ロンドンで新たに出会った表現が立体でした。
これまで「物語」から想起するさまざまな場面… 絵本や童話、小説などをイラストにする仕事をしてきましたが、物語の世界のもつ、不思議な「奥行」を思うように表現できないのが残念だな、と思うことがありました。私が物語を読んだ時に広がる、架空の空間の持つ雰囲気と、描いている平面のイラストに、ギャップが生まれることがあったんです。単純に自分の力不足でもあるんですけど、それをどうやって埋めたらいいのかがわからなくて、悶々としていました。
ロンドンへいってから、美術館やギャラリーで立体やインスタレーションをみる機会が増え、空間をつかってメッセージを発信することに、目がなじむようになってきました。ギャラリーの一部屋もしくは一角で、立体作品やビデオ、音響などを組み合わせて、たくさんの現代アーティストが表現を試みていて、とてもおもしろかった。
平面の絵と立体の世界とでは、観る方の「体験」の種類がちがいます。存在感も。立体をひとつ立たせることによって、何もない場所が、不思議な空間に変わりますよね。
立体以外の空間も雰囲気をもち始めるのも、不思議です。影とかうしろ側、すきまとか…。これまで気にしていなかった空間のよさに気づくきっかけとなりました。そして、物語の表現としても、こういう体験ができる場を作りたいな…と漠然と思うようになりました。
そんな時に、大学院の講義のひとつで、ちょっとしたワークショップがあったんです。「VOID(ヴォイド)」をテーマにしたものでした。
VOIDって、いろんな意味があります。辞書で調べると、
「からの、空虚な、欠けた、むだな、空虚、虚無感、喪失感、落とし穴…」
おもしろい。すごく空間的な感じのする言葉ですよね。
この授業では、この言葉をテーマに「ここ(学校のキャンパス)に無いもの」を考える練習をして、実際に粘土で制作しました。この学校にあったらいいなと思うものを自分で実際に作る、ということです。最終的な狙いとしては、「自分の研究にたりないもの」「自分に欠けているなにか」に気づく…という流れだったように記憶していますが、最後は粘土の合評会をやって、割とグダグダに終わったような。英国のアート教育って、なんかそういうのが多い気がします(笑)。
このとき私は、あくせくするカリキュラムに疲れていたのか、「ゆっくり瞑想できる迷路」を図書館内に作りたい、とかなんとかいって、こんなのを作りました。
いやー、ぐだぐだですよね。
でも私は、こんな迷路があればいいなあ… ここを歩きながら、いろいろと考えごとをできたらいいなあ、と思ったんです。壁が崩れそうで、瞑想どころじゃないかもしれないですね。
ちなみに全然関係ありませんが、リチャード=セラというアーティストが、私のやりたいことをそのまま体現したようなすばらしい作品を作っているので、こちらをご覧ください。
いいですよねえ。この迷路、庭にひとつほしいです。
というわけで、このワークショップを通して、心理的な空間と実際の空間をつなげる作業って、思っていた以上におもしろい作業だな、と思うようになりました。下手くそながら、自分の想像する空間が立ちあがってくる瞬間を味わったからかもしれません。
でも、この粘土作品の出来をみて、大学院での発表に立体をつかうのは時期尚早と判断しました…(笑)。締切を考えると、平面のコラージュで動画を作るのが精一杯でした。(卒業制作については第5通目にて)
で、卒業してまっさきに、立体を作り始めました。
とは言っても、ずっと平面でやってきた人が、立体もとなると、また勝手が違います。やってみようとは思ったものの、どこから手をつけていいかわかりませんでした。頭の中にあるものと技術を擦り合せるのは難しいですね。
平面の絵では、装飾や色を自由に使って、気のおもむくままに描いていましたが、立体はもっと不自由です。妥協点をみつけながら、きちんと計画、設計することが必要になります。立体では、どちらかというと、グラフィックデザイナーとしての脳をつかっているように感じます。メッセージをしぼって、効果的に配置したり、空間感を楽しむような。
立体制作にあたり、何から取り組んだのか
「技術的なことは独学で試行錯誤」
アイディアの起こし方は、イラストを描くときと基本的には同じです。私の場合は、物語を前提にしないとイメージが膨らみません。
既存のストーリーでもオリジナルの物語でも、だいたいの流れがわかったら、連想するキーワードをどんどんリストアップします。少しずつ気になる言葉をしぼりながら、サイズや素材と相談して、ラフスケッチを描いていきます。
技術的なことは、全部独学です。ググったり、フィギアづくりの本をみたり。たぶんいろいろまちがっていたり、無駄も多いんじゃないかと思います。
はじめは、つかう道具すらよくわからなかったので、まずはいろんな粘土を取り寄せたり、ちょくちょく画材屋に出かけて、自分のやり方を模索しました。ドイツは画材も豊富で質も良く、ロンドンにくらべて値段も安いので、理想的な環境です。
最終形として何を優先するかも考えました。イラストレーションなら、スピード感、手軽さなどが大切ですが、売る作品なら、耐久性も必要になります。はじめから両方実現するのは無理だと判断し、まずはイラストレーションとして、撮影までを想定した作品=小道具として、いろいろ試すことにしました。世界観もできて、売ることを考えられるようになったら、セラミックや型取りを学べばいいかな、と。
ちなみに粘土については、こんなリンクが役に立ちました^ ^
私は樹脂系の粘土がイメージに合わなかったので、人形やフィギアづくりに適した石粉粘土をつかっています。石膏の粉がまじっていて、紙粘土のように削ったり、水で溶かしたりできます。
あ、ちなみに日本は粘土天国です! 石粉粘土は、ドイツにもイギリスにも売っていませんでした(涙)「あるよ!」という方がいたら、ぜひ教えてください。
立体づくりの一番のおもしろさは、なんといっても手ざわりです。よく「土をいじると心が癒される」とききますが、本当にその通りだと思います。冷たく柔らかい粘土を手で触るのって、とても楽しいです。私は、考えすぎてすぐ頭でっかちになってしまうタイプなので、目の前にはっきりした素材がどーんとあると、いい具合に腹がすわります。あれもこれも… と夢想せずに、淡々と現実と向かい合うことができるのが、立体制作のいいところだと思います。
実際の作品を例に、具体的な制作プロセスを紹介します
1. 立体と動画を組み合わせた「DAY OF THE DEAD」
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この作品は、メキシコの祭日「死者の日」をテーマにした展覧会に出品したものです。死者と生者の対話(ダイアログ)をテーマに、次の生を予感させる明るいストーリーを思い描きながら、作りました。亡くなって卵の中で次の生の準備をしている女性が、恋人にメッセージを送る。
「心配しないでね、私はもう次にむかって動きだしてるから」
と…。
そのあとで、展覧会にいけない人にも物語を感じてもらいたいな… と思い、小さな動画も作りました。
最近はゲームでも3D映画でも、「臨場感」のある映像がどんどんでていて、その技術たるや、私なぞ足元にも及ばない… ものだったりするんですが、私の表現したいものは、たぶんそれとはちょっとちがっていて。なんでしょう、普通の日常が、ちょっとだけ架空の空間に変わる… その瞬間みたいなものを、観る人に感じてもらいたいと思っています。
そういう瞬間って、誰にでもあるんじゃないでしょうか。がむしゃらにがんばっているスキマの時間、ちょっと疲れて外を眺めたりしたときに、ふと目にはいった風景をみながら、不思議な想像をしたり。小さな路地にすいこまれそうな感覚をおぼえたり、ちいさな置物が動きだすような錯覚におちいったり。嬉しかったり、悲しかったり、その時の自分の心の持ちようによって、日常の風景がちょっとだけ変わる瞬間です。
それは、私たちの想像力が動きだそうとする瞬間なんだと思います。育ててあげると、きっと、いつもとちがう自分を感じることができるでしょう。それで自分の視点を変えるきっかけになるとしたら、それって、私たちの心と頭にとってとてもいいことだと思うんです。
体をリフレッシュさせるために運動するように、思いっきり心を解放して、新鮮な風を吹かせてあげる。楽しい経験ですよね。しかもそれによって、自分とはちがう考え方を理解したり、他人に優しくなれるとしたら、さらにいいことだらけですよね。
もちろん、妄想もほどほどにしないと、危ないことは危ない。車や往来の人には気をつけてくださいね(笑)。
2. 半立体レリーフで構成した「海から来た人」
「半立体」の作品も作っています。これまでの絵画のイメージからあまり遠くない「2D半」くらいの世界観を目指して、チャレンジしている表現方法です。大英博物館にバビロニア文明のすばらしいレリーフがあるんですが、そういうところからインスピレーションを得ました。
劇団机上風景さんのお芝居は、これまで数回拝見していて、その静かな佇まいや凜とした空気感がとても好きでした。人魚が海から上がって町で暮らし、何を感じているか。そういうことを想像しながら作りました。
レリーフは、フルの立体ほどの奥行きが出ない分、平面イラストのようにわりと自由に描いたり、ディテールを表現することができます。平面の絵が立ち上がってきたようなおもしろさがある点も、気に入っています。(ちなみに、次のお芝居「乾かせないもの」では、レリーフではなく、うしろまで作り込んだ立体作品で構成しています。)
この作品は、今年度のアメリカのイラストレーション協会のコンペにも入選して、年鑑に載せていただけることになりました。新しいチャレンジを認めてくれる方が海外にもいる、というのは大きな励みになりました。
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新宿演劇祭上演作品
『乾かせないもの』
脚本 古川大輔 / 演出 長島美穂
2017/3/11(土)19:00[1回公演]
http://neo-kijoufuukei.wixsite.com/kijoufuukei/next
立体完成までの3つの工程
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完成までの工程は、おおまかに分けて3つです。粘土での立体制作、撮影、デジタル加工。私の場合、立体を作って完成… ではなく、イラストレーションとして成立させないといけないので、撮影と加工は、立体づくりと同じくらい大切なプロセスだと思っています。
1. 粘土での立体制作
まずラフスケッチを描きます。形が決まったら、それを元に立体を立ち上げます。フル立体作品なら、芯棒や針金で骨格を作ってから、粘土をつけていきます。はじめは細部にこだわらず、ざっくりとした形を作ります。
粘土が乾くのに2~3日かかります。
乾いたら、彫刻刀、ヤスリ、電動グラインダーで削りながら細部を整えます。ここが一番時間がかかるし、気も使います。
途中、予想していなかったこともたくさん起こるので、スリル満点です。乾く過程でゆがんだり、彫塑の時、力が入りすぎてポキッ…。何度絶望の雄叫びをあげたことか…。
納得できる形になるまで、ひたすら削ったり盛ったりをくり返します。ヤスリ作業もなかなか過激で、顔も髪も部屋も真っ白になります。ありがたいことに、今はアパートの大家さんの木工室を使わせてもらっています。ゴーグルとマスクをつけて作業しています。
最後は、紙に絵を描くのと同じことをやります。ジェッソで下塗りし、うっすらとアクリル絵の具で着彩します。
2. 撮影
立体作品と、箱や台などのセットができたら、撮影します。最近、写真家の友人に特訓してもらいつつ、試行錯誤中です。撮影はとても重要で奥深いプロセス。写真の出来で、立体の見え方が全然ちがってしまいます。
3. デジタル加工
その後、土台や継ぎ目などをデジタル上で修正し、色調やエッジを自分好みに調整します。RAWデータで写真を撮っておけば、Photoshop でとても細かい調整が可能です。マスクを使って、細部の光や色を強調したりすることも可能です。
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初のインスタレーションに挑戦「コペルニクスの箱庭」
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2月なかばより、銀座のギャラリーで初の立体の展示をやります。2畳半ほどの、とっても小さなスペース(のぞき部屋のような… )での展示です。
大学院から取り組んでいる「心の空間」を視覚化してみたいと思っていたときに、この小さくてうすぐらい、箱のような空間を見つけて、イメージにぴったりだな… と思いました。
モチーフは、昔から好きな天文学者のひとり、ドイツのお隣のポーランドの天文学者であるコペルニクスを選びました。16世紀、 地動説を唱えて世界の人々の物の見方を180度転回させたコペルニクス。世の中の人が「地球が宇宙の中心で、他の星は地球のまわりを回っている」とあたりまえのように思っている時代に、「いや、回っているのは地球の方ですよ」といってしまった人。
私は、こういう頭の柔軟な人が大好きです。というわけで、コペルニクスの脳内空間を、私が勝手に銀座の階段下に再現させることに。現代の若者がうっかりコペルニクスの想像力の世界に入り込み、その空間を歩き回るストーリーを、小さなインスタレーションで展開しようと思っています。びっくりするくらいの極小空間なのですが、もしお近くに寄られるタイミングなどありましたら、ぜひ立ち寄っていただけたら嬉しいです。
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たなか鮎子小品展 「コペルニクスの箱庭」
AYUKO TANAKA ‘The Box Garden of Copernicus’
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16世紀、 地動説を唱えて世界の人々の物の見方を180度転回させたコペルニクス。
その想像力のかけらを巡る物語を、二畳半ほどの小さなスペースに立体インスタレーションとして展示いたします。
2017年 2月13日(月)~ 2月18日(土)
12 : 00 ~ 19 : 00 (最終日は 17 : 00まで)
巷房・階段下
〒104-0061 東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル
Tel / Fax 03-3567-8727
巷房ホームページ http://gallerykobo.web.fc2.com/1943.html
たなか鮎子ウエブサイト http://ayukotanaka.com
たなか鮎子ブログ http://blog.ayukotanaka.com
Twitter @ayukotanaka
Tumblr http://ayukotanaka.tumblr.com/
連載「かどを曲がるたびに」とは
「こちらロンドンは、角を曲がるたびに刺激があふれています」絵本作家たなか鮎子さんは2013年冬、東京からアートマーケットの中心ロンドンに活動拠点を移しました(2016年現在はベルリン在住)。目的は、世界中にもっと作品を届けるため。42歳からロンドン芸術大学大学院(著名アーティストやデザイナー、クリエイターを多く輩出している)で学んだり、ファイティングポーズをとりながらも、おそるおそる夢への足がかりをつかんでいく。そんな作家生活や考えていることをリポートします。「鮎子さん、まがり角の向こうには何が待っていましたか?」オーディナリー発行人、深井次郎からの質問にゆるゆると答えてくれる往復書簡エッセイ。 |
連載バックナンバー
第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)
第2通目 「創作がはかどる環境とは」(2014.9.29)
第3通目 「新しい自分になるための学びについて」 (前半)(2014.12.20)
第4通目 「新しい自分になるための学びについて」 (後半)(2015.3.9)
第5通目 「40代のロンドン留学で変わったいくつかのこと」(2016.5.7)
第6通目 「何度も読みたくなる物語とは」(前半)(2016.10.22)
第7通目 「何度も読みたくなる物語とは」(後半)(2016.11.22)
特別インタビュー
PEOPLE 05 たなか鮎子「きのう読んだ物語を話すような社会に」(2013.12.31)