ちいさなお店をはじめたこと。~等身大で、自由な働きかた~【第14話】美しいものよ、輝け! お母さんとの約束。

ちいさなお店をはじめたこと。

お金のことはいいの。それよりもどうか、どうかこのバッグをトーキョーに持っていって、みんなに見せてちょうだい。あなたたちふたりとも若くておしゃれだもの。きれいなお洋服を着て、そのバッグを持ってどんどん出かけてちょうだい。

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第14話 美しいものよ、輝け お母さんとの約束。

 

こんにちは。ノマディックラフト ヨメです。

今回は少数民族の手仕事に関わる、とても個人的な、それでいてとても大切な思い出をひとつ記したいと思います。

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街の奥にひっそりとある
ミュージアムを訪れて

それはもう何年も前、店主とヨメが旅の途中で「少数民族の歴史がわかる小さなミュージアム」と、ガイドブックに記された場所を訪れた時のことです。どこの国のなんという場所か、については故あって伏せさせていただきますが、観光客もそう多くない中型都市にあるうえ、駅からさらにバスかタクシーを使わないと行きづらい立地。なんとなく想像はしていましたが、たどり着いたミュージアムの敷地内に人の気配はなし。来客の様子を察した売店のお母さんが、奥の座敷からのんびり腰をあげた程度で、お世辞にも賑わっているとはいえない雰囲気でした。

ミュージアム自体は年季の入った(そして手入れもあまりされていない様子の)古ぼけた建物でしたが、少数民族の人たちの生活用具や、彼らの昔の暮らしぶりがわかる希少な写真などが飾られており、私たちにとってはたいへん興味深い内容で。埃をかぶった手彫りの民具や、精神的な支柱であった祭祀(さいし)の道具など、夢中で眺めるうちあっという間に時間が過ぎてゆきました。

大満喫のあとミュージアムの外に出てあらためて敷地内を見回すと、地元の植物を用いて昔ながらの技法で作られた伝統的な住居が再現されていました。「うわあ、すごいねえ」と思わず声をあげ、住居の中に入ろうとしたところ、隣にあった母屋のような建物の陰から背の高い男性がふらりと現れました。目があったので「こんにちは」と声をかけたのですが、彼は何をいうでもなく、ぷいと顔を背けてまた母屋に入ってしまいました。

あらら、あまり感じがよくないわ? 聞こえない距離でもないのに。正直ちょっぴり寂しかったのですが、でもなんというか、ぷいといなくなってしまう感じに変な納得がいくほど、この場所を覆うムードが少々暗いのです。あんまり人が来ないから?だったらなおさら、ぷいっとじゃいけないよ! なんて余計なお世話的ことをぼんやり思いながら、先ほどお母さんがいた売店をぷらぷらと覗きに行きました。

旅をしていると、思わぬ場所で思わぬ手仕事との出会いがあります。

旅をしていると、思わぬ場所で思わぬ手仕事との出会いがあります。

 

売店のお母さんと
手仕事話で意気投合

寂れた雰囲気ながらも決して品揃えは悪くなく、むしろ私たちにとって興味ありありの、地域の少数民族の手仕事はひととおり見られるようになっていました。といっても、ラインナップの7割は絵はがきやキーホルダーなど、空港や駅のまわりの土産物屋にあるような品々。

しかし、店のあちこちに点在するショーケースや棚の奥にちょいちょいと、おそらく職人が作ったであろう精巧な木彫りの器や、見事と言うしかない美しい手織りのタペストリーなど、めったにお目にかからない品々が飾られ、それだけでも十分な見応え。掘り出しものを探す気分で、店主とヨメはそれぞれのペースで隅から隅までじっくり店頭を眺めていました。

メガネをかけ、白髪交じりの店番のお母さんは、おそらく60代後半〜70代くらいでしょうか。最初はあまりこちらに関心を示しませんでしたが(自由に見させてくれていた、とも言えるかもしれません)、奥まったところにある工芸品や手仕事の類を熱心に見る私たちに少しずつ「これはね、木の皮で作るのよ」など、声をかけてくれるようになりました。

「あんたたち、ずいぶん熱心ねえ。珍しいわ。どこから来たの? 」

「東京です。こういう手仕事が大好きなもので」

「あら、都会の人が興味を持ってくれるなんて嬉しいわ。どんどん見ていって」

お母さんはすっかり喜んでくれた様子。「この人の作品を見るなら、こっちにもっとすごいのがあるわよ」と棚の奥からあれやこれや取り出してくれ、それがいちいち私たちもツボに入るもので「すごい! 」「ステキですね! 」と私たちも歓声。なんだか3人でウキウキといろんなものを見てまわっておりました。

 

「これをトーキョーに」
そう話したお母さんの思いに打たれて

案の定すっかり長居してしまい、そろそろ行かなければという時間に。こんなに長居してさんざん説明もさせて、何も買わずにさようならではあまりに失礼。とはいえ、見せてもらっていた工芸品は喉から手が出るくらい素晴らしいものでしたが、素晴らしすぎてお値段もそれなり。

もう少し、買いやすい値段だったらなあ… さてどうしよう、と店内をもう一度見回すと、棚に置いてあるバッグに目が止まりました。大作にばかり意識が行っていましたが、そのバッグは小脇に挟むのにちょうどいい大きさのクラッチ型のデザイン。干した木の皮を用いた織の上に、真っ赤な糸で民族独特の文様が印象的に刺繍されています。民族的ではありながら、ワンピースやジーンズなどふだんのコーディネートにもしっくり似合いそう。そんな思いで、手にとってじっくり眺めていました。

すると、お母さんが静かに私の隣にやってきて、誇らしげに言いました。

「これはね、私の親戚が作っているの。素晴らしいでしょう」

「本当ですね。素敵だし、とてもおしゃれです」

そう答えたとき、お母さんはさっとそのバッグを取って、いきなり私に握らせました。

「これ、いいから持って行きなさい」

え? いま、なんて? あまりのことに、一瞬頭が真っ白になります。

「お金のことはいいの。それよりもどうか、どうかこのバッグをトーキョーに持っていってみんなに見せてちょうだい。あなたたちふたりとも若くておしゃれだもの。きれいなお洋服を着て、そのバッグを持ってどんどん出かけてちょうだい。そして誰かに『ステキなバッグですね』と言われたら、少数民族の手仕事だ、と伝えてほしいのよ。だから、ね」

「いやいやいや、お気持ちは嬉しいですが! 」

「遠慮なんてしなくていいのよ」

私も少数民族の手仕事を扱うはしくれとして、そのバッグにどれだけの手間がかかっているかは大体想像がつきます。さらに美しさの価値を加味すれば、東京のセレクトショップに3~5万の値段で置いてあっても納得がいくようなバッグです。タダで受け取るなんてとんでもありません!

「お母さん、こんなことしちゃダメです! これは素晴らしい価値があるものですから! 」

そう言って思わずお母さんの手を握ると、彼女はにっこり笑って言いました。

「そうやって言ってくれるのが嬉しいのよ。だってね、このバッグはもう何年も置いてあるの。誰も見ていってくれないんだもの。ここで埃をかぶっているより、都会の人にたくさん見てもらうほうが物だって嬉しいはずでしょう。だからね、お願い」

こんなやり取りをなんど繰り返しても、お母さんは頑なに意見を変えません。とうとう私のほうが根負けしました。

「分かりました。それでもタダでは絶対に受け取りません。せめて1万円は受け取ってください」

お母さんは一瞬何か言いかけてから

「分かった。じゃあ5千円もらうわ」

と言って、「ありがとう」とすまなさそうな表情を浮かべました。

「そんな顔しないでください。こちらのほうがありがとうございます」

と、そんなやり取りをするうちお互いちょっぴり涙ぐみ、そして最後にはふたりで「なんだろうね、私たち」と笑いあいました。

東京に戻ってから、普段のお出かけや時には友人の結婚式など(クラッチ型なのでドレスにも似合います)さまざま場面で、お母さんのクラッチを使わせていただいています。このバッグを持っていって「かわいいバッグ! どこのですか? 」と聞かれなかったことは見事なほど一度もありません。そのたびに必ず「どこの少数民族が、どのように作っているものなのか」説明すると、多くの人が興味を持って「今度旅行に行ったら気にして見てみようかな」と答えてくれます。

そのうち、何人が実際に手に取ってくれるかは分かりません。ただ、そのたびにあの時一生懸命に思いをぶつけてくれたお母さんのことを思いだし、最後に泣き、笑った場面を思い出し、胸が温かくなります。

玉川タカシマヤに出店したときの様子。都会に住む人たちが、少数民族の手仕事が持つ素朴な魅力を新たな解釈で引き出してくれる気がします。

玉川タカシマヤに出店したときの様子。都会に住む人たちが、少数民族の手仕事が持つ素朴な魅力を新たな解釈で引き出してくれる気がします。

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万が一にもお母さんに迷惑がかかるようなことになってはいけない、との思いから場所とバッグの写真はあえて載せない決断をいたしました。読んでくださる方にとっては不親切で申し訳ありません。

ただ、それがどの民族かということはあれど、少数民族の文化から生まれた素晴らしい手仕事の魅力が気づかれずに消えゆこうとしている場合がある、というところはひとつ共通の問題です。その地域ではなかなか需要がないけれど、地域や国が変わればまた違う目線から価値が見直される、そんなケースは少なくありません。少しでもそんな手仕事に光が当たるよう、願いながら活動を続けていこうと思います。

というわけで次回こそ、店主が生産者さんを訪ねた時のお話などをお届けしますね。どうぞお楽しみに!

 

 

 ノマディックラフトのイベント出店情報 

安穏朝市
@東京中央区・築地本願寺前広場
12月20日(日)  9~15時
詳細は http://annon-asaichi.blogspot.jp
毎月1度、本願寺さんの広場で開かれる暮らしの温もりや匂いを感じる素朴な朝市です。採れたての産直野菜から暮らしの雑貨までが揃います。私たちも看板犬レラと一緒に、ゆるゆると出店中。築地の場外市場からも歩いてすぐ。気持ちいい休日の朝、ぜひ足をお運びください。

 

(次回もお楽しみに。隔週土曜更新です)
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 連載バックナンバー

第1話 家=店。人が思うよりもずっとちいさな投資でお店をはじめてみた(2015.6.13)
第2話 店から出て人に会う、出会いをつくる。〈イベント出展篇〉(2015.6.26)
第3話 1人2役 × 2。兼業夫婦は不安定? 時間も予定も「自由」のメリット・デメリット(2015.7.11)
第4話 なんで「少数民族の手仕事」? それはやっぱり「好き」だからです(2015.7.25)
第5話 暑さに負けず蚊に負けず。探して洗って、よみがえる古布たち 〈 仕入れ旅篇 〉(2015.8.8)
第6話 どうしてそんなに自由なの!? 現地の人たちと商品を作る(2015.8.22)
第7話 モン族の女性に聞いた、美しい刺繍の裏側にある物語(2015.9.5)
第8話
 小商いでも管理は大切。入るお金、出ていくお金何がある?(2015.9.19)
第9話 ショップカードにネームタグ… 地味だけど重要度は大! お店まわりのこまごま小物(2015.10.3)
第10話 大切さは名前と同じ。自分たちのロゴマークはどう作るか<デザイナー編>(2015.10.17).
第11話 大切さは名前と同じ。自分たちのロゴマークはどう作るか<実践編>(2015.10.31)
第12話 どこまでを手作りと呼ぶ? 手仕事を求める楽しさ、難しさ <買い付け編>(2015.11.14)
第13話 お客様との新たなつながり。看板犬レラが教えてくれたこと。(2015.11.28)

 


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オーディナリー編集部がノマディックラフト参加の展示会を観に行った話

【レポート】遠い国の伝統的な手仕事がいっぱい!

 

【関連サイト】
ノマディックラフト ウェブサイト http://nomadicraft.com/
ノマディックラフト 店主ブログ http://blog.shop.nomadicraft.com/
ノマディックラフト Facebook https://www.facebook.com/nomadicraft
木内アキ(ライターとしての仕事) ウェブサイト http://take-root.jp/

 

 


ノマディックラフト ヨメ

ノマディックラフト ヨメ

自然・旅・民族をテーマに、タイ、ベトナム、ラオスの山岳地帯に住む少数民族の手仕事を扱う、西小山のアトリエショップ『nomadicraft』を店主であるダンナとともに運営。母から子へ、脈々と受け継がれてきた素朴で美しい手仕事を紹介しながら、作り手である女性たちに仕事の機会を提供し、貧困の和を断ち切るための支援も行っている。ふだんはフリーランスのライター・木内アキとして「女性にまつわる人・旅・暮らし」をキーワードに、雑誌や書籍を中心に執筆活動中。目標は「キチンとした自由人」。 ノマディックラフト 店主ブログ http://blog.shop.nomadicraft.com/ 木内アキ ウェブサイト http://take-root.jp/