井戸とラクダ 第10話 「一人旅をするという事」 恩田倫孝

井戸とラクダ

旅が残り1ヶ月となった現在、もの凄く寂しい。この寂しいという感情は、だから正しいものだ
第10話 一人旅をするという事 

TEXT&PHOTO :  恩田倫孝

 

旅の準備をする時に、どの本を持っていこうなかと選ぶのは結構好きで、本棚を適当に眺めながら、うーんと少し唸ってみてから、ぱぱっと決める。読み慣れているものと、新しい本を。分厚いものと、薄い本を。小説と、歴史書を。等と、バランスを取ろう等と考えているのだけれども、この直感により選ばれた本達が全て読まれた事は無い。旅先でぱらっと捲っただけの本を、宿に寄付する事は僕の趣味なのかもしれない。

ただ、今回の旅では、電子書籍Kindleを持ち歩いており、ある程度の本が手に入ってしまうものだから、その選ぶ楽しみが少し薄まってしまったような気もするが(と言いながら、大分多くの時間、電子書籍で本を読んでいる)、それでも手元にある紙媒体の本というのは、なんだか愛着があって手放す事が出来ない。書き込みをしたり、折り目をつけたりして、自分だけの本へとしていくのである。自分と本だけの秘密をこっそりと書き留めて。それを旅が終わってしばらくしてから、見返すのもまた楽しいのである。

今回は、旅が1年という事もあるので、何度も同じ本を読み返す事になり、その度に書き込みも見返す事になる。たった1年という間でも、その書き込みに共感したり、或はもう全く違う事を思ったりするものだから、人間はよく考えが変わるものだなと思いながら新しい書き込みを加える。こうして、すこしずつ本が汚れていくのが、なんだかいいのだと自分に勝手に言い聞かせ、読書をするのである。

 

砂漠に佇む枯れ木と

砂漠に佇む枯れ木と

 

残り1ヶ月のいま、もの凄く寂しい

一人旅をしていると、よく「寂しくないか」と聞かれるが、正直最初の11ヶ月(一年の旅なのでもう殆どと言っても過言では無い)は全くなかった。自分でも、寂しくなるというのはどんな感覚だろう等と思いながら、「いや、寂しくないよ」なんて答えていたのだが、旅が残り1ヶ月となった現在、もの凄く寂しい。

今は、アフリカを1ヶ月近くかけて南アフリカからタンザニアまで北上するツアーに参加しているのだが、夫婦、恋人、友達と来ている人が殆どだ。一人で参加しているのは、数ヶ月前に婚約破棄され鬱憤を晴らしたいアイルランド人、クレイジーに働くコンサルファームを辞めて来たアメリカ人、1メートルくらいあるドレッドをなびかせるニュージーランド人と、1年旅を続けている肌が異常に黒い、日本人だけである。その集団に属している事にはなんだか少し抵抗があるのだが、大きな括りとしてはそうなってしまう。一人旅をするのは、欠けた何かを埋めるためにやっている人が多いように感じるが、まあ特に気にはしない。

 

大地の渓谷

大地の渓谷

 

この寂しいという感情について

つい、先日マラウィという国で誕生日を迎え、一緒にいるメンバーからケーキにバースデーカードという欧米の人々に欧米な方法で祝ってもらったのだが、やはりどこか少し寂しい。おまけに、ネットも繋がらない田舎にいるため、日本から多分来ているだろうはずのメッセージを見る事も叶わない。いつも以上にビールを飲み、安室奈美恵のTRY MEを聞き、日記を日本語で綴り、少しでも日本をと探しながら、日が変わる深夜にはテントの中で眠っていた。

ただ、その寂しさとは何かと考えてみると、それは旅の終わりが近づき、日本に帰る事が頭にしっかりとしたイメージとして浮かんでいる事かもしれない。日本に置いて来た色々な事を今に近づける事。それを思い出す事にぐっと力を入れてこちらから近寄る事により、そのイメージの鮮明さが、寂しさを刺激する。

この寂しいという感情は、だから正しいものだと思っているし、さらに必要なのだと思いながら、今、自分を慰めている。勿論、その寂しさをあたかも試す為に、一人旅に出た訳ではなく、街を歩く時や自然を眺める時は、一人が好きな事も多々ある。それは、どこか本を読む事や音楽を聞く事に似ていて、ちょっとした集中力も必要とするし、圧倒的な世界観に埋もれたい時は、一人の世界が欲しい。知らぬ力を持ったものに、引きずり込まれていく瞬間が欲しくなる。今後、一人旅の機会がどれだけあるのは分からぬが、不定期に欲する時が来るように思う。
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母と子

母と子

 

旅中で空いた時間(それは移動時間であったり、何かバスを待っていたり、結構多くある)は嫌いではなく、大体、本を読む、文字を綴る事(それは日記を書く事も含む)をしている。そして、これらが普段の日常と比べて僕は劇的に増える。確かにその空いた時間に出来る事というのは、そんなに多くなく、他には携帯やPCをいじったりする事くらいかもしれない。或は、ただ何も考えずに外の景色を眺めていてもいいのかもしれないが。でも、旅をしていると、とにかく、それらが強く、強く掻き立てられるのである。

 

民族のダンス

民族のダンス

 

勿論、読書も、文章を書く行為も一人で行われる行動だが、この一人の時間というは何か大切な事に感じる。別に特別な事を言いたい訳では無い。一人で過ごす時間が大切なのではないかと、文字以上の意味は無い。ただ、その時間は誰とも連絡を取らず、というのは近くの携帯をいじりながらというものでは無く、自分だけの空間で自分のリズムで過ごす事である。静かにじっと。

 

湖の夕暮れ

湖の夕暮れ

 

 

※ 今回は筆者、恩田くんがアフリカにおり、ネットにつながらなかったため更新が遅れました。
恩田くんは、いよいよ9/13に一年間の世界一周旅を終え、帰国します。

 

連載バックナンバー

第1話 旅に出てから3回泣いた (2014.4.21)
第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ (2014.5.5)
第3話 砂漠に溢れる星空の下で (2014.5.19)
第4話 ラム酒に溶けゆく孤独  (2014.6.2)
第5話 過去を美化する病を抱えながら、病を自覚する事(2014.6.16)
第6話 ケーブルカーの下に (2014.6.30)
第7話  なんでもある街から外れた、大地の渓谷で(2014.7.14)
第8話    和太鼓の音を聞きながら、ロスアンジェルスで(2014.7.28)
第9話 ニューヨークは、ニューヨークだった(2014.8.11)

恩田倫孝くんが世界一周に出るまでの話
第1章 僕が旅立つその理由 
第2章 編集部が訪れた恵比寿ハウス
第3章 いってらっしゃい、世界一周へ

 

 


恩田倫孝

恩田倫孝

おんだみちのり 旅人。 1987年生まれ。新潟出身。慶応大学理工学部卒業。商社入社後、2年4ヶ月で退社。旅男子9人のシェアハウス「恵比寿ハウス」を経て、現在、「旅とコミュニティと表現」をテーマに世界一周中。大学4年時に深井さんの講義「自分の本をつくる方法」を受講。旅中の愛読書は「サハラに死す」と「アルケミスト」。