井戸とラクダ 第6話 「ケーブルカーの下に」 恩田倫孝

井戸とラクダ
笑う事はよく見るのだが、泣くという光景というのは、あまり見ない。

第6話 ケーブルカーの下に

TEXT & PHOTO  恩田倫孝

 

海外で、待ち合わせをしていて、しばらく経っても相手が来ないとなんだかそわそわしてくる。「where are you now ? 」という文章をメール欄に用意する自分に、隣の友達から、「いやいや海外ですから多少の遅刻はありますよ」と言われ、携帯をカバンの中にしまう。だいたい、その後しばらくすると、相手は現れるのだけれど。これは、日本人らしさなのか、僕の性格なのかは分からない。

今は、中米のコロンビア
メデジンという場所にいる

コロンビアのイメージは、正直来る前は治安の悪さ、ドラッグ、美女という少し危険な独特の甘い匂いのする国というものだったのだが、来てみると電車からは大きな建物が並んでいるのを見る事は出来るし、車の交通量も東京と何ら変わりない。ポプラドと呼ばれる公園には、多くのレストラン、バーが並んでおり、ブラジルW杯の現在、多くの人がお酒を飲みながら騒いでいるという雰囲気で、なんら普段の休日と変わらない。

日本が負けた時、町中を歩いていると数少ない日本人で目立ったのか、「ハポネス!パポネス!」と陽気に呼ばれ、多くの人と写真を取る事になり、こちらは負けて悔しいのだからほっといてくれと少しは思いながらも、なんだか多くの人と写真を取っている間に、そんな事など忘れ、このW杯でコロンビアがずっと勝ちすすむ事を願うようになった程だ。

 

ケーブルカーの下に

ケーブルカーの下に

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メトロを乗り継ぎ、ケーブルカーで山の頂上へと行く事が出来る。勢いよく飛び出すケーブルカーに少し驚きながら、しばらくすると一つの山を越える。そしてそこには、今までと少し違う景色が見える。足下には多くの家、スラムという程酷くは無いが、隣の家との隙間が無い程びっしりと土地は家だけで埋められている。

どうやら、ここメデジンは、その層と一緒に共存できる街として賞されているようだが、これを共存と呼ぶのかは、僕には分からなかった。隔離に近いような気がした。とこのように、陽気さと、僕には知らぬ闇の一部を見る事が出来た気がする。
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コロンビア人とレストランへ

コロンビア人とレストランへ (右端が筆者)


ここ、メデジンに

1人の日本人が住んでいる

不思議な妖精のような方がメデジンに住んでいるという情報を旅の途中に聞き、家を訪れた。【かおり】さんという名の小樽出身の女性。今は、ここコロンビアの大学で日本語を教えていらっしゃる。インパクトの強い妖精で、やはり海外に住んでいる日本人は中々変わっていらっしゃるようだ。

ある日、かおりさんの大学で映画鑑賞があるというので、一緒に付いて行った。

「おくりびと」という日本の映画だった。映画に明るくないので、いくつもの賞を受賞していると後で知った。かおりさんの教え子20人程とかおりさんの家に泊まっていた日本人とで観た。映画の最中に、主人公の決意をする際の葛藤や人が亡くなるシーンの家族の描写で、何度も目頭を抑えてしまったのだが、一緒に見ていたコロンビアの学生も涙していたのには驚いた。この映画の中で表現されている悲しみというのは、日本独特のように思えたのだが、彼らも共感できたのであろうか。

そう言えば、旅をしながら現地の人が笑う事はよく見るのだが、泣くという光景というのは、あまり見ない。どんな事に悲しみを覚えるのか、というのは、僕の旅ではあまり知る機会は無かった。そして、心のどこかで、この遠い南米の人達とは、考えている事・感じる事が違うと僕は、思っていたのもかも知れない。遠い国の人として。この映画を見終わってから、勝手にコロンビアの周りの学生に対して不思議な親近感を抱いた。喜怒哀楽。当然の事だが、どの国にも、どんな人にもある。
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ルームメイトと子供

ルームメイトと子供

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他の人の感情を知る術等ないのだが、時々不思議に思う事もある。これだけ世の中に人がいて、違う背景を負っていながらも、喜ぶタイミングであるとか、悲しい事というのは、一緒なのだろうか。多分、多くの人が家族の死に対しては、悲しみに浸されるだろうし、友達と過ごす時間というのは、楽しいだろう。そう考えると、なんだか僕らは似ているのかもしれないと。似ている所が思っていた以上に多いのが、今回旅で感じたことの1つかもしれない。

最近は、日本ってどんな国?と聞かれるのが、一番答え辛い。日本にしか無い、特別なものはなんだろうと探りながら、海外の色々な場所を見ているのだけれど、他を知る程なんだか印象がぼんやりして来る。お祭りとか食事とかその場所特有のものは、あるのだけれど。アイデンティティという言葉を出すとなんだか難しく聞こえてしまうのだが、何なのだろうと、最近は思ったりもする。

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(次回もお楽しみに。隔週更新です)

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連載バックナンバー

第1話 旅に出てから3回泣いた (2014.4.21)
第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ (2014.5.5)
第3話 砂漠に溢れる星空の下で (2014.5.19)
第4話 ラム酒に溶けゆく孤独  (2014.6.2)
第5話 過去を美化する病を抱えながら、病を自覚する事(2014.6.16)


恩田倫孝

恩田倫孝

おんだみちのり 旅人。 1987年生まれ。新潟出身。慶応大学理工学部卒業。商社入社後、2年4ヶ月で退社。旅男子9人のシェアハウス「恵比寿ハウス」を経て、現在、「旅とコミュニティと表現」をテーマに世界一周中。大学4年時に深井さんの講義「自分の本をつくる方法」を受講。旅中の愛読書は「サハラに死す」と「アルケミスト」。