井戸とラクダ 第5話 「過去を美化する病を抱えながら、病を自覚する事」 恩田倫孝

井戸とラクダ
世の中は偏っているのかもしれないという話である。
第5話 過去を美化する病を抱えながら、病を自覚する事

TEXT & PHOTO  恩田倫孝

 

記憶とは不確かなものだし、過去を美化したくなるものかもしれない。
そして、これは、世の中は偏っているのかもしれないという話である。

宿で他の人と会話をする心地よい時間が好きだ。会話をする時、旅を振り返りながらどの話をしようかなと思い選ばれるのは、ほとんど良い思い出ばかりになってしまうのだが、それは多分、良い思い出を話した方が、自分も楽しくなるからだと思う。そして、話をしていると、殆ど行った国が好きになっている事に気付く。

だが、話を終えた後に過去の旅に勿論嫌な事もあっただろうと思い出してみるのである。しかし、中々思い出せない。記憶の中で誰かが勝手に自分の思うような配置で並び換え、勝手な削除を行っているのかもしれない。

たしかに、記憶上、全ていい事で埋め尽くされていれば、もしかするとそれはそれで幸せなのかもしれないと思いながらも、いやいや、と言い聞かせて日記を読み返す。そして、過去に書かれた文字を追いながら、その文字に紐づいている過去の感情をそっと手繰り寄せて、再びその記憶と対峙するのである。

移動手段

移動手段

日記を毎日書こうと意気込んで旅に出て来たのだが、毎日書く事は大変である。僕の日記を読み返してみると、そもそも最初の国の記録が無い。日本を出て、アメリカへと最初に入るのだが、その数日後に新しい日記を買ったものだから、無いのである。

日本を出国して、最初に入国したアメリカで感じた新鮮な気持ちを記録していない旅日記等、なんとも不完全で、その欠けた場所から他の思いでも溢れてしまいそうである。急に、ベトナムのハノイから始まっている。このように日記に対して執着があるのかどうか、かなり曖昧なのだが、少しずつ書き溜めている。

時には、何時間も日記を書いている日もある。まあ、書きたくなったら書くという姿勢が一番気楽でいいのかもしれない。ルーチン。の逆。書きたい事が無い状況というのも、少し問題だとも思うのだが。と、このようなスタイルとも言えぬ、スタイルで日記を少しずつ増している訳である。

日記帳

日記帳

日記を読み返してみると、汚い字と小綺麗に書かれた文字がある。ページに依って違う。小さい頃から、学校の先生にも通信簿に「もっと丁寧に字を書きましょう」と何度言われたか数えられぬ程だが、他の人は勿論、時々自分でも読めない事がある。何故なのか分からぬが、文字を早く書きたい性分なのかもしれない。それほど、書きたい事が強烈であり、記憶が鮮明で色を帯びている内に書きたいという表れであると、言い訳をする。

ただ、よく読んでみるとそこには「凄い」であるとか「感動した」という文字があるのだが、この汚い、子供が覚えたばかりのような短い文章を読んでいても、なんの事だったかよく分からぬ。その少し後に、その感情に少し熱を帯びさせながらも、小綺麗な文字で違う言葉で書いてあるものを読むと、ああ成る程このような事を感じたのかとやっと分かるのである。

心を突き動かした、その初めての衝撃のような感覚を言葉にするのには、少しの日時が必要なのかも知れない。時によっては1ヶ月も後だったりするの。いや、ただ書く事を忘れていたのかもしれないのだが。そして、最後に纏めるときは、こうして機械的な文字があるので、多くの人が頭を悩ませずに読めるので、安心して日記には気持ちの籠った味のある文字が書ける訳である。

砂漠のお祭り

砂漠のお祭り (一番左が筆者)

さて、日記の最初の頁には、自分が出会った人物紹介ページがある。旅中に会った、人物辞典でも作ろうとしていたのだろうか。なぜこの辞典のようなものを書き出したのか詳しくは忘れた。ただ、アメリカから東南アジアというルートで最初の旅は進むのだが、そこで出会う人が少し、いや大分変わった人がいたからだったと思う。

・もの凄い穏やかな話し方をするが、全身入れ墨が入っており、過去に少年院にも入った事がある大柄な男。
・カバンの中に佐々木さんと名付けられた、ぬいぐるみを入れながら旅をし、アフリカに生息するハシビロコウとういう名の鳥が好きな女。
・シンガポールを拠点としながら、海を愛し、東南アジアの海を長期間、釣りをしながら移動し、酒のあては海で釣る魚が一番と語る親父。

と、彼らを追えば一つのドキュメンタリーが取れてしまうのではないかと思う程、不思議でありながら、魅力的な人が多いようだ、と書かれている。その後は、詩が書いてあったり、淡々と書いてあったり、反省があったり。

ブラジルのビーチ

ブラジルのビーチ

と、このように久しぶりに読み返す日記は楽しい。そして、僕は全てを読み返し、日記を閉じた。懐かしい気持ちを思い出しながらも、やはり再び感じるのだ。何かが欠けている。このように思うのは、少し僕が捻くれているだけかもしれない。

ただ、均等さに美しさを感じるので、違和感があると言うだけだ。圧倒的なこの偏りに。良い事が多すぎる。さらに、過去に覚えた、嫌などんよりとした感情を思い出してさえも、なんだか過去の自分が可愛く見えてしまったりする。今なら、そんな事が起こっても何事も無かったかのように対応できると言わんばかりに。大体、旅から帰って来た人からは、楽しかったと聞くのは、同じような事なのだと思う。

旅が偏っているのか、或は世の中が均等で無いのか。

或は。

(次回もお楽しみに。隔週更新です)

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連載バックナンバー

第1話 旅に出てから3回泣いた (2014.4.21)
第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ (2014.5.5)
第3話 砂漠に溢れる星空の下で (2014.5.19)
第4話 ラム酒に溶けゆく孤独  (2014.6.2)


恩田倫孝

恩田倫孝

おんだみちのり 旅人。 1987年生まれ。新潟出身。慶応大学理工学部卒業。商社入社後、2年4ヶ月で退社。旅男子9人のシェアハウス「恵比寿ハウス」を経て、現在、「旅とコミュニティと表現」をテーマに世界一周中。大学4年時に深井さんの講義「自分の本をつくる方法」を受講。旅中の愛読書は「サハラに死す」と「アルケミスト」。