波紋は重なり、周りの木々が静かに揺れるのを見た。
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新しい国に入る時、水面を叩く。
波紋が静かに広がりゆくのを、僕は眺める。
僕の波紋が、他の波紋とぶつかる。
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第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ
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TEXT & PHOTO 恩田倫孝
上空から遥か下に見える街を眺めていると、おもちゃのように小さな車が動いているのが見える。あの小さな車はどこに向かっているのだろうと思いながら、窓に顔を近づける。まだ、あそこに見えるものの中に足を踏み入れる事ができるかどうか分からぬ。しばらくして、遠かった景色が近づく。そして、少しずつその世界に足を踏み入れる。それは、小説と現実とを溶かす作業だ、と隣にいる彼は言った。
大体、空港がある場所は街の中心から離れているので、さらに1時間程かけて移動する事になる。街に着いた後は、空港で両替した少しのお金を握り、出店へと向かう事が多い。
「これ、いくら?」
なんて、聞きながら新しい通貨を眺めるのだが、結局大きいお金を払ってしまう。そして、大量の小銭を握りながら、メモ帳に記した宿の住所を見直す。街を静かに見守る交差点で、通りの名前を確認し、宿まで歩く。どの国も、始まりはこんな感じでひっそりと始まる。
日本を離れて半年以上が経つが、改めて日本は平和だなと、何度も感じた。山の手線の電車の中で財布を忘れても、忘れ物センターに行くと手つかずの状態で戻って来たりする。「治安」という事を考えた記憶がない。しかし、日本の外はそんな常識は当てはまらず、今回の旅中にも僕の周りで盗難やら強盗やらは、度々起こっていた。旅人は海外にいる時、警戒心を解いてはいけぬ。誰にも見えぬコートですっぽりと自分を覆い、自分の身を自分で守らねばならぬ。お酒は飲み過ぎない。夜遅くは出歩かない。極力一人で動かない。ただ、この分厚いコートは時に旅を窮屈にし、彼らの日常を遠ざける。
東南アジアのラオスにルアンパバーンという町がある。メコン川が静かに流れ、町全体が世界遺産になっている、心落ち着く所だ。ラオスのビール、ビアラオを飲みながらメコン川が流れるのを眺めている人を多く見る。宿からいつも決まった場所に向かい、大きめのサンドウィッチを買っていたのだが、いつも決まった場所に昼から酒を飲み倒しているおっちゃん達がいた。ガソリンのような匂いのする40度近くある「ラオラオ」を大きなポリバケツから小さなコップに継ぎ、陽気に笑っているのである。何日かこの様子を眺め、このラオスのおっちゃん達と無性に友達になりたくなった。
僕ともう一人の友達で彼らに絡む。彼らの言葉は、何も分からぬ。ただ、そこへ座れと指示され、僕らは彼らの近くに座った。そして、目の前に注がれる透明なお酒。彼らが笑うと、所々歯を欠いた口の中が見える。そして、僕らはなんだか分からない内にその酒を飲まされる。お酒を勧める雰囲気というのは、どこでも似ている。しかし。不味い。僕が顔をしかめると、彼らはまた陽気に笑う。見ず知らずのおっちゃん達と日本人2人での宴会。しかも、道端に座りながら。しばらくして、僕らは、彼らに「昼から酒なんて飲んでないで働け!」と、笑いながら日本語で言ってその場を去った。
時に人を疑う。なぜ、自分に話しかけるのか。何を考えているのか。警戒心で覆われた僕の心は、彼らの気持ちを拒否する。悲しい事だが、仕方ない。彼らの所に行くには、知らぬ森に踏み入れねばならぬ。この森は彼らが作ったものなのか、自分が作ったものなのかは、分からぬ。ただ、僕らは森の中を潜り抜けた先に、湖があるのを見る。
彼らと最初にする事で、挨拶というのは忘れられない。勿論、その国に行けばその国の言葉がある。彼らの言葉で挨拶をすれば、みな返してくれる。その後は、言語は勿論そうだが、他は日本で僕らがしている事とあまり変わりないように思う。彼らが、何者なのか。それを知るためには、彼らと一緒のリズムのステップを踏む事でしか、知る事が出来ないようだ。彼らと一緒に食事をしたり、家に泊めてもらったりしながら、同じ空気を吸う事で徐々に音を合わせる。
理解と歩み。
波紋は重なり、周りの木々が静かに揺れるのを見た。
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(次回もお楽しみに。隔週更新です)
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連載バックナンバー
第1話 旅に出てから3回泣いた (2014.4.21)
第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ (2014.5.5)