【第256話】未来あるもうひとつの名前 / 深井次郎エッセイ

 

ペンネームのつけ方いろいろ

 

「どうやって決めたらいいでしょう」

小説を書き始めたフリーライターのメンバーから、ペンネームのつけかたについて質問がありました。彼女は今までのライター業は本名でやってきましたが、小説はペンネームでいきたいとのこと。

昔は別名があるのは、作家や芸能人などでしたが、現代はWEBがありますから別名をひとつ以上持っている人も多いですよね。WEBで使うハンドルネームや、ラジオネームなら飽きたら気軽に変えられるので、脱力してつけられますが、小説家のペンネームとなると長く使う前提なので力が入ってしまいます。

ぼくもネーミングはかなり時間がかかるほうで、大事な会社名や商品名など名前に関わることは半年とか考え続けてしまいます。「オーディナリー」は本気で考え始めてから1年以上かかりました。その前につくった会社「オレンジ」も半年以上はかかっています。無理矢理〆切をつくったから決められたようなもので、なかったら永遠に考え続けていたかも。

 

なぜペンネームを必要とするのか

 

さて、小説家や表現者のみなさんは、ペンネームをどうやって考えているのでしょうか。まず、そもそもあなたはなぜ本名ではなくペンネームを必要とするのか。目的からずれないように、いま一度確認しましょう。

・小説の作風に合わせたいから

作品の世界観をより際立たせるため。本名だと違和感がある場合があります。やわらかい作風なのに本名がものすごく固いとか。

・読みにくい、覚えにくいから

読者を困らせないようにとの配慮で変える場合もありますね。アーノルド・シュワルツェネッガーは初めての映画出演のときにアーノルド・ストロングと芸名をつけたことがあります。ですが、すぐに本名に戻しました。「覚えにくい名前は、忘れにくい名前でもある」というのが理由です。

・有名人、同業者の名前とかぶるから

すでにいる人と混同されたりすると、活動する上で不便ではあります。

・私生活と表現活動を分けたいから

病院で自分の名前をアナウンスされ周囲に注目されてしまったり、通販で恥ずかしい買い物をしにくいとか、有名人になるとプライバシーでの苦労があります。村上春樹さんは本名なのでそのへん苦労もありそう。

・仕事モードを意識しやすいから

名前を変えることで、素の自分とは違う自分になれる。本名とペンネームがまったく離れているほど、違うキャラクターになれる気がします。

・毛色の違うジャンルの仕事をするから

「お笑い下ネタ記事」と「真面目なビジネス書」というように、筆者が同一人物だと知られたくない場合があります。

・組織に迷惑をかけないようしたいから

会社員としての仕事に影響のないように。複業をよく思わない会社もありますし、個人の発言なのに、会社を背負っての発言ととられてしまっては支障があるとか。

・失敗しても致命傷を負わないから

ペンネームなら替えがききます。昔の同級生や会社の同僚にもバレないので、あたらしい自分になって、より自由奔放な表現ができる。もし悪い評判が立ってしまっても、ペンネームを変えれば再起できます。

・批判が刺さらないから

なにか表現すれば、批判もあります。ペンネームであれば別人格、仕事モードの意識が自分の中で分けられるので冷静でいられます。全人格を否定されたような直接的ダメージを受けないで済む。古代日本では呪いの力が信じられていて、呪いをかけるには本名を知っている必要がありました。なので陰陽師たちは、不用意に自分の本名がバレないように偽名だったのです。当時で言ったら、本名も生年月日も公表しているということは、いつ呪い殺されてもおかしくない不用心なことでした。たくさんの敵を作りそうな過激な発言をする人は、本名を隠したほうがいいかもしれませんね。

 

 

ペンネームを考えるときの5パターン

 

では、具体的にペンネームをどのようにつけていきましょうか。まわりを見渡すと、やはり自分にまつわるものをつけることが多いように思います。

1. 本名にちなんだパターン

漢字の本名をカタカナやひらがなにしたり、高野さんが片野さんになったり、江國香織さんのように結婚前の旧姓をそのまま使ったり、母方の姓をつかったり、ゲッツ板谷さんみたいに英語をつけたり。友だちから呼ばれているニックネームをつけたり、本名の一字を使って別名にしたり。

2. 好きなものにちなんだパターン

アメリカの作家エドガー・アラン・ポーからつけた江戸川乱歩さんとか、中島らもさんは、俳優、羅門光三郎からつけています。恩田陸さんは『やっぱり猫が好き』というTV番組の恩田三姉妹と会社員時代の先輩の名字からつけたそうです。

3. 出身地など地名にちなんだパターン

昔の人は、その人の住んでる土地から名字をつけたりしました。漫画家の石ノ森章太郎さんは、出生地の石森(いしのもり)町からつけています。本名は小野寺章太郎ですね。ちなみに、ペンネームをつけた理由は、当時活躍していたイラストレーターに小野寺という同姓がいたので、それを避けて石ノ森にしたようです。

4. メッセージや生きる姿勢をこめたパターン

作家、阿佐田哲也さんは「朝だ、徹夜だ」という徹夜もいとわないほど人生に突進していく覚悟ですね。麻雀で徹夜のことが多かったようです。有名どころだと二葉亭四迷は、自身を「(こんなダメな自分なんて)くたばってしまえ」と卑下したことでつけました。

5. 尊敬する人につけてもらうパターン

師匠から名前をつけてもらうのは落語や伝統芸能の世界ではありますね。自分で決められなかったら、近しい人につけてもらうのもいいかも。作家の森絵都さんは親戚のおばさんが考えてくれたようです。本名は森雅美です。

このように、なにかしら自分に関係するものを使っていくのが、愛着が持てるので良いでしょうね。そうやって決めたら、あとはこれらも最終チェックするといいかも。

 

ペンネームの最終チェック

 

・読みやすいか、言いやすいか

名前はつかってもらってなんぼなのでユーザビリティーが大事。読者が口コミで発音しやすかったり、検索しやすかったりしたほうが、便利です。あとは英語表記しやすかったり。深井次郎だとJIROなのかJIROHなのかJIROUなのか。複数パターンがあるのでルビをふるときに「どれ?」と編集者さんにひと手間かけてしまいます。

・記憶に残るか

ちきりんさんは、ビジネス書の著者にしてはゆるい名前なのでインパクトありますね。山崎ナオコーラさんは、山崎直子だと目立たないので、好きなコーラをつけたそうです。

・運のいい画数とか

気にする人は、みてもらったり、調べたりしましょう。宮部みゆきさんもペンネームを占い師に見てもらったそうです。運のいい画数なんだと思うと、気持ちも乗りますよね。伊坂幸太郎さんは、好きな作家、西村京太郎と同じ画数にしたようです。

・音が好きか

サ行とラ行が、女性ウケがいいと言われます。ガギグゲゴなど濁点は男っぽくて、重い。あと、水にまつわる名前も女性向けの仕事に向いてるのだと、ある名物編集者が言ってました。深井はサンズイと井戸と両方とも水に関わるので、女性向けもいけるかもしれません。演歌の氷川きよしは本名が山田清志ですが、このままだったら売れてなかったのかなぁ。

・デザインとして好きか

文字をデザインとしてみたときに、たとえば「左右対称が好みなんだ」とかそれぞれありますよね。田、奈、森、空とか。あとは重さ軽さも。陸という字は画数が多くて重い。十は軽いとか。

・愛されやすいかどうか

ぼくが書き始めた当初、精神科医で作家のゆうきゆうさんにペンネームをどうやって決めたのか聞いたことがありますが、「アイドルネーム」というものがあると教えてくれました。姓も名前も、両方名前っぽいものってありますよね。真矢みき、さくらももこ、美保純、奈美悦子、美空ひばりとか。こういうのは可愛くみえて、アニメのキャラクターとかにも多いのだそうです。なんで愛されるのかな、と考えると、たいてい初対面だと姓を呼びますよね。たとえば「深井さん」が普通です。でも距離が縮まってくると、下の名前で「次郎ちゃん」とか「ジロタン」とか呼ばれることもあります。アイドルネームな人は、さくらさんとか美保さんとか姓を呼んでるのに下の名前っぽいんです。なのでなんだか初対面なのに距離が縮まってくるのでは、と分析しています。

 

さいごに。なぜぼくはペンネームを使わないのか

 

深井次郎は本名です。もう少しかっこいい、今風のお洒落な名前に憧れたこともありますが、書き始めた23歳の頃から本名で、ペンネームは使ったことがありません。

すべて本名で発言している一番の理由は、発するすべての言葉に責任を持ちたいからです。WEB上の些細なコメントふくめて、本名以外で発言したことはありません。表も裏もありませんし、本名で言うのが恥ずかしいような発言はしたくないですし、なにか事件を起こしてしまってニュースになったらまずいぞ、だから良識のある言動を、という戒めもあります。

ぼくは小説ではなく、主にノンフィクションで、しかも実用コンテンツをつくる人です。なので自分の考えや経験を語るときに、本名で顔出したほうが読者にとっては説得力があるし覚悟が伝わると思います。この人は適当なウソは言ってないな、という。ビジネス書や実用書は、「だれがそれを言っているのか」が重要です。

「人生一回、悔いなく生きろ」と顔の見えない匿名希望さんが言うのと、本名顔出しの人が自分の経験ふまえて語るのとでは、ずいぶん違います。同じ言葉でもだれがどういう態度で言うかで、相手に届くかどうかは変わるのです。

本名で行くにしろ、ペンネームで行くにしろ、よく考えて納得のいく名前で行きましょう。では、たのしい表現活動を!

 

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深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。