かどを曲がるたびに【第5通目】「40代のロンドン留学で変わったいくつかのこと」/ たなか鮎子

往復書簡たなか鮎子 かどを曲がるたびに

でも逆に40歳すぎての留学だから良かったということも、いろいろありました。自分なりの判断基準ができているというのは、新しい場所にいく時とても役に立つものです。自分の問題がハッキリしているので、目の前で起こることを冷静に判断でき
往復書簡  ヨーロッパでの挑戦と創作をめぐる対話

第5通目 「40代のロンドン留学で変わったいくつかのこと」 

 

fukaijiro_icon鮎子さんへ

ロンドン芸術大学での大学院課程が、(2015年)9月に無事修了したとのこと、おめでとうございます! 厳しい教授、多くの課題などでずいぶん大変だったようですが、修了してほっとひと息ついた感じでしょうか。今回は、あらためて学校生活を振り返って、変化したことをメールインタビューでお聞きできればと思います。

聞き手:深井次郎(ORDINARY発行人)

 

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私にとっては新しいことばかり、怒涛の一年… でしたが、終わってみるとあっというまでした。クラスメイトもちりぢりになり、ニューヨークや韓国へ戻った人、ロンドンに残る人、国際結婚の決まった人までさまざまです。
私の方はというと、(2015年)11月から夫婦でドイツ・ベルリンに引っ越しました。主人の仕事や連れてきた猫の体調を気づかっての選択でもありますが、私自身、もうしばらく欧州の文化の中で自分の創作を見つめ直してみたい… という思いがあって。
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40歳を過ぎてからの留学でした。早かった、遅かったなど、留学時期について何か思ったことはありますか? 

転職や人生設計を変えるために留学するなら、若い方が絶対いい。たぶんベストなのは、すこし社会経験を経てから… 30代始めくらいで海外留学するのが一番いいんじゃないかな、と思います。 私ももっと早く来ていたら… と思ったことは何度もありました。そうすれば、仕事にももっと取り入れられたのにな、と。

でも逆に、40歳すぎての留学だから良かったということも、いろいろありました。

まずは、今の若い人の時代感覚や価値観を、彼らと同じ目線から見られたのは大きかったと思います。若い世代にとって当たり前のことが私には新鮮だったり、私にとっては使い古されたようなアイディアや意見が、彼らにとっては衝撃的だったりする。始めは年上として当然持っている違和感も次第に消えて、同じ目線からものを見られるようになってくる気がする。向こうはそう思っていないかもしれませんが(笑)。

移り変わる世代のサイクルを取り入れることができたのは、とても有益だったと思います。若い世代だけじゃなく、上や同年代、いろんな世代を並べて見られるのも、40代で学ぶことのおもしろさなんじゃないでしょうか。

また、短時間でやりたいことに集中できるのは、人生の経験者ならではのメリットだと思います。 いろんなことを経験している、自分なりの判断基準ができているというのは、新しい場所にいく時とても役に立つものです。

自分の問題がハッキリしているので、目の前で起こることをひとつひとつ冷静に判断でき、見逃すこともありません。自分がどのステージにいるのか理解しながら、これまで疑問に思っていたことや、スッキリできずに悶々としていたことなどを解決していけたのもよかった点だと思います。

大学院のクラスメイトと

大学院のクラスメイトと

 

 変化したことその1として、ズバリ何があげられますか? 

しばらくはふりかえる余裕もなかったのですが、少し時間を経てみてなんとなーく思うのは、ものを見る目がすこし変わったのかな…ということです。 アートを見る目も、世界や日本の状況を見る目も、日本にいた時とはずいぶん違うかも。

 

 ものを見る目、視点が変わった、と。

はい。大学院で研究テーマを追求したり、海外のクリエイターやその作品と接したおかげで、自分の作品を見る目がすこし厳しくなりました。また、海外の人々の好みや考え方、日本とのちがいなども、クッキリ見えるようになった気がします。

ただ、より賢くなった、より知識が豊富になった… というのともちょっとちがう。より自分中心になった、というか。ある意味ワガママになったのかもしれません。必要なものと、必要でないものの判断などがしやすくなったような気もします。

ものを見る「目」がどれだけ成熟しているか、自分らしい視点に立てているか。 自分なりの「目線」を持てるかどうか、というのは、これからのクリエイターにはとても大事なことなんじゃないかと思っています。

「目線」というのは、単にセンスがいいとか、目が肥えているというのとはちょっと違って、クリエイターとしての自分の目に、理想があるか、哲学が伴っているか、ということ。私のいたイギリスでは、技術やうんちくよりも、これはずっと重視されるポイントでした。

だから、たとえば絵を描く腕だとか、プレゼンの得手不得手だとか… は、未熟でも大丈夫。もちろん、うまいに越したことはありませんが(笑)。でも、自分のアイディアや作品をジャッジする目が厳しく、客観的であれば、おのずと技術やうんちくはついてくるのかな、という気がします。

 

 変化その2として、「必要なもの」と「そうでないもの」が明確になってきたということでしょうか。たとえば、これまで必要だと思い込んでいたけど必要なかったと気づいたものはありますか?

いろんなものが絡み合っているので、ひとことでパッというのはむずかしいんですが…。

たぶん、まずは「便利さ」。あまりに便利なことは必要がない… というより、生活にも創作にも、悪影響すらあたえるのでは… と思う今日この頃です。

始めイギリスに引っ越したときは、生活のいろんな部分での不便さにびっくりしました。ポンコツな道具や電化製品に始まり、修理の人がいつまでたっても来ないとか、来ても遅刻するとか。宅急便が別の家に届くとか、日が暮れると勝手に店が閉まるとか…。ドイツも同じで、日曜日はお店が全部閉まりますし、ネットの開通をお願いしても、担当者がくるのが2週間後とか。日本のようなコンビニとか、キンコーズもないし。

今でも日本と比べてしまうと、心底腹の立つことも山ほどあるんですが、これが不思議なことに… 慣れてくると、心地よくなってくるんですね。「あいつもダメなんだから、こっちもダメ人間でいいや」みたいな感じで、お互い優しくなれるんです(笑)。

また、もうひとつ「必要なかったな」と思うのは、あまりに社会の目を意識しすぎること。 自分を余計に「律して」しまったり、人の話を聞きすぎると、作品がどんどん他人本位になってきてしまう。すると、いざ岐路に立った時に、自分の勘が働かない。で、また人の意見を借りる… という循環に陥ってしまっていたのかな、と思います。

 

 変化その3、大切に育てるべきは、自分の勘だと。とかくビジネスシーンでは「勘」というワードは、浅はかなニュアンスで、まだまだ歓迎されてないですね。ロジックや前例、思慮深さのほうが重要視されてしまいます。

自分の勘が働かない、というのは、クリエイターとしても、人間として…  動物としても致命的なことです。私の場合、そこがすこし鈍ってきていたのかな、と思います。キャリアの始めにはわかっているつもりだったことも、長年必死で仕事をしているうちに、少しずつ曖昧になってきていたようです。

ちょっと話がズレますが、何度か話に出た、大学院の同級生と話していたときのこと。

彼女は霊感が強くて、あれこれ見えるはずのないものが見えたりするのだそうです。私はそれを半信半疑で聞いていたのですが、彼女から「鮎子さんも、霊感は絶対あるよ。こういう仕事をしている人なら、皆あるはずだよ」と言われて。

始めはなんのことだかピンとこなかったのですが、今はよく分かるんです。むしろ今は、私の霊感は相当強いな、と思うようにすらなりました。 霊感というより、「勘」でしょうか。野生の勘。理屈も理論も、通念もトレンドも関係ナシです。動物として「匂う」ものがあるか、という部分です。

鼻を効かせる、耳をすます。すると、たいてい答えはもうそこにあるんですよね。理論やらうんちくは、それを補うためにあとから勝手についてくる。すぐに見つからなくても、焦らずに待っていれば、そのうち向こうから勝手に出てくるかもしれないし。

責任ある大人として社会で生活していると、難しいことのようにみえますが、たぶんこの「勘」というのは、たいていの日本人には生まれつき備わっている能力なんじゃないかと思います。日本人は、研ぎすませばすごく自然に近い感性を持っているんですよね。そこは、西洋の人が逆立ちしても真似できないユニークなポイントだと思います。

彼らには、わりとそのあたりが難しいのか、必死で感じないものを感じよう、その感覚を理屈にしようと努力しているように見えることもありました。そういう素直なところが、私は大好きでしたし、言葉にして人に伝えようとする努力は、私ももっと見習わなきゃいけないな…と思いました。

 

 勘を野生レベルに研ぎすますには、どうしたらいいと思いますか?

ひとつは、「北の国から」を見ることです。これ、冗談じゃなく。いや、冗談かな(笑)。まあ、見ればきっとわかります。

クリエイターとしての自分は、冒頭でも話したように、まず「目」を肥やすことから始めました。とにかく、見て見て見まくる。いろんなアーティストの作品、ビデオ、画集、お店の商品、街の空間、そういうのを見られる限り見ました。妥協せず、ワガママになって、好きなもの、質の良いものだけ見るように心がけます。ネットや本、あとはいろんな場所へも実際に出かけてみたり。

その時に、なぜそれを選んだのか、なぜそれが好きなのか、徹底的に考えるといいと思います。どんなコンセプト、どんなバックグラウンドで作られたものかも吸収しておく。自分と同じだと思うところ、違うなと思うところを、言葉で理解するのも大事かもしれません。

今度は、それを選り分けて選り分けて、残ったものを並べる。なぜその数点を選んだのか、そこにどんな「つながり」があるのかを自分なりに決めてしまって、短い言葉にしてみる。

そういうのを続けている間に、「あれあれ? なんか匂うな~ 」とか、「確実にここには何かあるな」とか感じるようになってきます。そしたら、そこにしがみついて離れないこと。ヨーロッパ人はしつこいです(笑)。諦めたらそこでおしまいです。

 

 ヨーロッパのクリエイターは、しつこく考え続ける力があるのですね。

さっき海外の目という話をしましたが、日本で当たり前の考え方やものの見方が、必ずしも別の場所ではスタンダードではない、ということを肌で感じるようになりました。

日本というのは、外から見ても、特殊な国だと思います。極東で、海に囲まれている。独特の文化を持ち、経済も、他の国と比べれば国内でまかなえているし。ある意味、外からみるとつけ入るスキがないほどに。

その分、目線も特殊になります。それはそれで素晴らしいことで、実際他の国からも一目置かれています。ただ、そういう海外からの目が、日本の中にいると分かりづらいのは、もったいないことだな… と思います。

 

 日本のクリエイターのもったいなさはどの辺に感じますか。もっとこうしたらいいのに… と思うところは?

前にもすこしお話しましたが、すべてを「つながり」の中で考えることができると、今以上に、自分のセンスやアイディアに深みを持てるかもしれません。素晴らしいインスピレーションや感情の起伏はあっても、それを前後の文脈と絡めるのがあまり上手くないクリエイターが多いのかな、と思います。

たとえば、新しいアイディアやモノが出てくる背景には、かならず歴史とのタテのつながりや、世界とのヨコのつながりがあります。

それを意識するだけで、自然と日本の文化や歴史への共感が生まれ、同時に未来に向けての新しい試みの意味も見えてくるかもしれません。

イギリスでは、こういう意識が人々の中にかなり徹底して根付いているように感じました。健康な愛国心と、地域への自然な愛情は、見ていてとても気持ちのいいものでした。しかも、そのおかげでたくさん外国から観光客がやってきて、お金を使ってくれます。投資したお金の元は取れている(笑)。日本もこんな風に、教育の中で歴史遺産に触れたり、市民が地元の文化遺産の保護に積極的になるといいのにな…と思ったりします。

一方で、ドイツの人は、「人間らしさを奪う」ものは敬遠する傾向がある…と聞きました。何が人間らしさを奪うかの判断は人によってさまざまだと思うんですが、とりあえず便利すぎるものや、自主性を損なうものはNG。 寸止めでセーブできるのが、ドイツ人の精神力のスゴさです。

不便だと、生活もシンプルになるし、モノもあまり買わなくなります。東京のようにモノが溢れていないので、必要のないものを買うこともなくなりました。そういうルーティンをくり返すうち、ゆっくり自分の心の声を聞いたり、自分のペースが掴めてきたり。お坊さんのような心境(笑)なんですかねー。

もうひとつ気になるのは、情報活用のしかたです。

世界には有益な情報がものすごくたくさんあって、日本を一歩出ると、国の垣根を越えて、皆それを当たり前のようにシェアしています。一方日本人は、日本のメディアのニュースに一喜一憂し、日本語で提供される教材やメッセージしかシェアできない。

これは、もっと普通に英語を生活に取り入れることで解消できる問題です。日本独特の、社会に溢れるなんともいえない閉塞感は、世界共通の情報をシェアすることで、たぶんある程度解消できるんじゃないか… と私は思います。

日本人はすでに英語ができる人がほとんどなので、めんどうでも、普段から英語の情報に親しむクセをつけるといいんじゃないでしょうか。会話よりも、読解力UPを目指すした方が、結果的には英語でのコミュニケーションに断然役にたつと思います。

古いものを大事にしつつ、新しい情報を取り入れて自分をどんどんリフレッシュさせていく。このバランスがよいのが、ヨーロッパの人の素敵なところかもしれません。

 

 日本からヨーロッパへ拠点を移したこと、ロンドン留学は、やはり鮎子さんにとって、多くの学びがあったようですね。

そうですね。私には、とても大きな経験になりました。

でも、誰もが留学したり、大学院に行ったりする必要などないと思います。ちょっと住む場所を変えたり、情報の入れ方を変えたりするだけでも、目線が違ってくるものだと思います。

誰でも、好きなことや人生をかけて追求したいことがあるのではないでしょうか。もし今ピンとこなくても、無理して探さなくても、そのうち心の奥の方から、そっと声を発する時があると思います。そんな時は、ぜひその声を拾ってあげてほしいし、大切に育ててほしい。人生のプロジェクトとして、一生研究するつもりで追求してみてほしい。それでも自分は自分。人とちがって当たり前。

社会との折り合いや、大人らしさを言い訳を理由に、そういう宝物を潰してしまわないでほしいと思います。

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<写真でみる ロンドン芸術大学院での生活>

卒業制作展の設営中。

卒業制作展の設営中。

 

アニメーションの一場面。普段のイラストではなく写真のコラージュで画面を構成しました。立体も取り入れたかったのですが、一年のコースでは、残念ながらそこまで到達できず。次の課題です。

制作したアニメーションの一場面。普段のイラストではなく写真のコラージュで画面を構成しました。立体も取り入れたかったのですが、一年のコースでは、残念ながらそこまで到達できず。次の課題です。

 

物語を読む時に浮かびあがる心理的な「影」をビジュアルにしたのがこちらです。

物語を読む時に浮かびあがる心理的な「影」をビジュアルにしたのがこちらです。

 

「音」をテーマにしたワークショップにて。コワいうちの教官(右)と、ゲストのアーティスト(左)

「音」をテーマにしたワークショップにて。コワいうちの教官(右)と、ゲストのアーティスト(左)

 

こちらも「音」のワークショップで。この時はなぜか「影」に着目して、移り変わる影をトレースしたスケッチを数点描きました。

こちらも「音」のワークショップで。この時はなぜか「影」に着目して、移り変わる影をトレースしたスケッチを数点描きました。

 

こちらが卒論。中身より見た目重視? と思いきや、中身もしっかりジャッジされていたようです。

こちらが卒論。中身より見た目重視? と思いきや、中身もしっかりジャッジされていたようです。

 

卒業制作展での私の作品。「物語が心に与えるもの」をテーマに、8つほどの短いアニメーションを作り、壁やテーブルに設置したスクリーン数枚に投影しました。観た人に、読書中の心の中をのぞいているような気分を味わってもらうのが狙いでした。

卒業制作展での私の作品。「物語が心に与えるもの」をテーマに、8つほどの短いアニメーションを作り、壁やテーブルに設置したスクリーン数枚に投影しました。観た人に、読書中の心の中をのぞいているような気分を味わってもらうのが狙いでした。

 

韓国人の同級生と。すごく人懐っこい子でした。今頃自分の国で就職して、必死で働いていると思います。

韓国人の同級生と。すごく人懐っこい子でした。今頃自分の国で就職して、必死で働いていると思います。

 

 

連載「かどを曲がるたびに」とは

「こちらロンドンは、角を曲がるたびに刺激があふれています」絵本作家たなか鮎子さんは2013年冬、東京からアートマーケットの中心ロンドンに活動拠点を移しました(2016年現在はベルリン在住)。目的は、世界中にもっと作品を届けるため。42歳からロンドン芸術大学大学院(著名アーティストやデザイナー、クリエイターを多く輩出している)で学んだり、ファイティングポーズをとりながらも、おそるおそる夢への足がかりをつかんでいく。そんな作家生活や考えていることをリポートします。「鮎子さん、まがり角の向こうには何が待っていましたか?」オーディナリー発行人、深井次郎からの質問にゆるゆると答えてくれる往復書簡エッセイ。

 

 連載バックナンバー 

第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)
第2通目 「創作がはかどる環境とは」(2014.9.29)
第3通目 「新しい自分になるための学びについて」 (前半)
」(2014.12.20)
第4通目 「新しい自分になるための学びについて」 (後半)」(2015.3.9)

 

 特別インタビュー 

PEOPLE 05  たなか鮎子「きのう読んだ物語を話すような社会に(2013.12.31)

 


たなか鮎子

たなか鮎子

たなかあゆこ 絵本作家、銅版画家 1972年福岡県福岡市生まれ、宮城県仙台市育ち、東京都在住(2013年よりロンドンへ)。 福島大学経済学部、東京デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業。ロンドン芸術大学チェルシー校大学院修了。デザイン会社勤務を経て、個展を中心に活動中。2000年ボローニャ国際児童図書展の絵本原画展入選。JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)会員おもな絵本に『かいぶつトロルのまほうのおしろ』、『フィオーラとふこうのまじょ』など。書籍装画に『1リットルの涙』『数学ガール』など。2013年より、世界中の人に作品を届けるため活動拠点をロンドンへ。2016年現在ベルリン在住。 たなか鮎子公式サイト ayukotanaka.com 公式ブログ ayukotanaka.com/blog/ アプリレーベル 「ピコグラフィカ」 picografika.com