目を丸くしたわたしの表情で全てを察知した店員さん達がみんな笑っている。ローカルなベトナム料理のお店に来た日本人が、ランブータンを食べて喜んでいる。ただそれだけなのに、彼らにとって相当おもしろく、そして珍しかったんだと思う。
連載「氷が溶けるまで」とは 【3週間に1話 更新】 ヨーロッパひとり旅と写真を専門とし、働きながら「自分にしかできない一点物の旅」を10年以上続けてきた武谷朋子さんが、突然夫の転勤によりベトナムはホーチミンに移住することに。(本当はヨーロッパが好きなのだけど…. )知り合いもいない、そして、もともとそんなに興味が持てなかった国で始まった、すべてが新しい暮らし。彼女は導かれたその状況をどのように「楽しみ」に変え、はじめての街の魅力を発見していくのか。まだ知られていない本当のベトナムとは。ガイドブックには載らない、暮らしてみてわかった小さな魅力の種を綴ります。 |
第6話 気持ちだけじゃない、ベトナム式の贈りもの
TEXT & PHOTO 武谷朋子
夜道とわたしとランブータン
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ある夜、わたしは実のついたランブータンの枝木を握りしめて歩いていた。この1時間で起きたことを思い出してにやにやしながら。
夜ごはんを食べていたベトナム料理のお店。閉店まであと30分ほど、店内のお客さんもだいぶ少なくなってきたところで、店員さん達がなにやら集まりだした。楽しそうに話している集まりの中心に見えたものは… 果物。マンゴーをはじめ、数種類のフルーツが置かれている。どうするんだろうか… と思っていたら、その場で果物をむき始め、そしてみんなで食べ始めた。
まだ、一応営業時間内ではある。でもみんな楽しそうなのだ。果物をむいてはおしゃべりしつつ食べる店員さんたちに目が離せなくなり、麺を食べながらも、目線は店員さんたちの果物タイムを追っていた。
誤解のないように言っておくと、店員さんたちは決して仕事をサボっているわけではない。お客さんが呼べばすぐに動き、仕事はテキパキとこなしている。閉店時間も迫り、お客さんも少なくなってきた。簡単に言えば店員さんの数が余っている状態ではあった。状況を見る限り、「特にやることもないから、じゃあ果物でも食べようか。」ということになったんだと思う。おそらく。
果物が乗ったテーブルを囲むように集まり、男性女性関係なく本当に仲良く楽しそうに食べている姿がなんだかとても微笑ましかった。わたしがちょうど麺を食べ終えた時、トゲトゲがついた赤い実の果物がどっさりテーブルの上に追加された。日本のスーパーではお目にかかることはなかった、枝木についたその赤い果実… きっとあれはランブータンだ。枝木から実をもぎ取り、おしゃべりしながらもモグモグと食べ続けている。
ランブータン。その存在は知っていはいたけれど、実はこれまで食べたことがなかった。だから、枝木からもぎ取った実をどのように食べるのか、その様子をじーっと見つめていた。
(どんな味がするんだろうか… そもそも、おいしいのかな… ? )
そんなことに興味を持ちながらも、麺をしっかり完食してお会計を済ませた。せっかくだし、果物の写真だけでも撮らせてもらおうと店員さんの輪に近づいて
「これおいしいの? 」
とついでに聞いてみると、ランブータンの実を一粒くれた。トゲトゲがついた外の皮をむいてみると、艷やかな白い実があらわれた。いざ食べてみる。
「おおおお!これおいしい… ! 」
目を丸くしたわたしの表情で全てを察知した店員さん達がみんな笑っている。ローカルなベトナム料理のお店に来た日本人が、ランブータンを食べて喜んでいる。ただそれだけの事実なのに、その状況は彼らにとって相当おもしろく、そして珍しかったんだと思う。そうこうしていたら、店員さんのひとりが近づいてきて目の前にあったランブータンの枝木の一部をポキっと折った。
「これ、あなたにあげるよ。」
「え、わたしにくれるの? 本当にもらっていいの? 」
というような、ほぼジェスチャーのみのやりとりをして、たくさんの実がなった枝木をもらってしまった。なんて優しい人たちなんだろう。みんなにお礼を言ってからお店を出た。手にランブータンの枝木をしっかり握りしめて。

トゲトゲのある赤い皮が特徴のランブータン。味はライチのような感じでさっぱりしていて美味
月餅ばかりがあふれるシーズンに感じた「贈り合う」習慣
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贈りものが習慣になっている行事でいえば、9月にある中秋節(ちゅうしゅうせつ)。この時期には人に月餅(げっぺい)を贈る。どうやら、お世話になった人に月餅を渡すのがこの時期の恒例になっているらしい。「お世話になっている人」とはどこまでの人を指すのかなと気になってベトナム人の友達に聞いてみたところ、それには友達も含まれるのだとか。
中秋節の時期にはたくさんの月餅を買って友達をはじめお世話になっている人へ月餅を贈る。だから8月くらいから月餅を売り出すお店が増え、臨時の月餅専門店まで出る。街中に月餅が溢れ出すシーズン。

バイクで店頭まで来てヘルメットを被ったまま月餅のお買い物。種類が多いのでみんな悩んでます
老舗の人気店に行けば店頭は月餅を買い求める人で大混雑。ヘルメットを被ったまま店頭に押し寄せ、普段はイートインスペースのあるお店も、この時期だけは店内が月餅倉庫となり、その箱は山のように高く高く積み上がっていた。
(どれだけ売れるのさこれ… ! )
個別包装のバラで買う人、箱詰めのものを買う人、大きさや味の種類など多種多様なものから、相手にあわせて選ぶ。そんな月餅がまさに飛ぶように売れていくのを目の当たりにした。雰囲気だけでも十分楽しめたけど、もらうことはないかな… と思っていたら、ある日ベトナム人の友達が大きめの月餅をひとつくれた。
「伝統的な味のやつはもしかしたら苦手かもしれないと思って、”現代的な味” の月餅にしたよ。 」
なんというすばらしい気遣い…! 実は正直に言うと、月餅は数少ない苦手な食べ物のひとつだった。もらって純粋に嬉しかったんだけど、おいしく食べられる自信は無い… 。どうやらベトナムの伝統的な味付けの月餅は日本人も含めて外国人はその味をおいしいと思わない人も多いようで「もらっても困る… 」という一品であるようなことも度々聞いていた。そんな月餅が苦手&ベトナム月餅初心者のわたしのために選んでくれた現代的な味がするらしいこの月餅。
(ああ… そもそも食べられるかなあ。)
とはいえ、何でも経験しておくべし! と思い恐る恐るひとくちかじってみた。… これがまあびっくり。素直においしかった。
(あれれ、全然食べられるじゃないか… ! )
黒ゴマの風味がとてもおいしくて、結局全部食べてしまった。どうやら ” 現代的な味 ” を選んでもらったのが功を奏したらしい。いやはや、ありがたい。
8月から9月にかけて街にあふれる月餅。中秋節の日より前にフライングで食べ始めていたり、カフェのお茶受け的なモノになっていたりと、月餅の扱いは人それぞれ。でも、習慣がよりカジュアルになっていたりしながらも、「贈り合う」という行為自体は時代にあわせて変化しながら続いている。ベトナムの良き「贈る習慣」を、中秋節でも体験することになった。

月餅は大きさや中身によって値段がかわる。外からだと全部一緒に見えますが…
贈りものに込められたもうひとつの意味
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そういえば、月餅に限らず、(食べ物の)贈りものをよくもらう。ベトナム人の友達とごはんに行く約束をして待ち合わせ場所に行ったら、
「これ買ってきたからあげるよ。ねえ、食べてみて!」
と言われたことがこれまで何度もあった。
(もうこの後ごはん行くのになぜいま食べ物を… ! )
と最初の頃は思っていた。でも、わざわざ買って来てくれたからと、食事前にその小さなおみやげを一緒につまんだりした。
食べ始めると質問が止まらない。
「これは何? どんな食材で作られてるの? 」
「普段からよく食べるの? 」
「どうやって料理に使うの? (調味料の場合)」
というわたしの問いからベトナムの食文化の話が始まる。そしてまた一緒に食べる。いわゆる有名なベトナム料理・レストランで出る料理などとはまた違う。短い旅行ではまず知ることのなかったベトナムの生活のヒトコマを、この「ごはんの前のおみやげ」をきっかけにたくさん知ることができた。
どうして、いつも気持ちよく贈りものをしてくれるんだろう。モノがなくたってその友達との関係性が変わったりはしない。だとしたら「贈る」という行為の本当の意味ってなんだろう。きっとそれは、「一緒にいる人と楽しい時間を過ごす」ということに深く関わっている気がする。”一緒に” 楽しむことにみんな全力を注いでいるのだ。
そんな楽しくて嬉しい時間をたくさん受け取ってきた。だから今度会った時は、日本から持ち帰ってきた色鮮やかな金平糖をあげるのだ。喜んでくれるかな。(了)

ランブータンは人気の果物。たくさん売っている。

ムイネーという街に行った時は、ガイドさんから豆腐デザートをいただきました

10月20日のVietnam Woman’s Dayの時には、男性から女性に花束を贈る習慣があります

ベトナムの友達にもらった初めての月餅。お茶と一緒においしく食べました

普段はイートインスペースのある老舗店でも中秋節のシーズンだけは店内が月餅倉庫に
(次回もお楽しみに。3週間後、更新目標です)
武谷朋子さんがキュレーターをつとめる講義
自由大学「じぶんスタイル世界旅行」 – 旅軸のある、ひと味違う世界旅のつくりかた – 詳細は https://freedom-univ.com/lecture/world_travel.html 自分の好きなことややりたいことを軸に、自由に世界を駆け巡る。それが世界を舞台に自分が主役で楽しむ「じぶんスタイルの旅」。ただの観光や放浪の旅ではなく、未来に繋がる自分にしかできない旅のつくりかたを一緒に学んでいきます。 |
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連載バックナンバー
第1話 ベトナムで暮らそうと言われても(2015.9.24)
第2話 ホーチミンのおもしろさは、きっとバイクの後部座席にある(2015.10.14)
第3話 思い込みが溶けていく、ベトナムコーヒーに隠された甘い時間の過ごしかた(2015.11.5)
第4話 手を伸ばすと深みにはまる、素顔のベトナム料理(2015.11.26)
第5話 どうしてベトナムのイスは低いのだろうか(2015.12.17)
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武谷朋子さんの旅エッセイもどうぞ
TOOLS 29 海外へは乗継便で飛ぶ。ファイナルコールまでにもう1カ国味わう方法
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