【第244話】焦げない餃子 / 深井次郎エッセイ

 


それはキミの手柄じゃないぞ

 

ずっと抱えてた悩み。それは餃子がどうしても焦げてしまうことです。適度な焦げならシズル感があるけれど、フライパンに皮がくっつくのは勘弁です。皮が破れた餃子。せっかく具をこねて、皮を一個一個ていねいに包んだのに、手間ひまかけたものがボロボロになる姿をみるのは、かなしいわけです。なので、手作り餃子は、もう長いこと避けていました。

ところが昨夜のこと、スーパーで買い物をしていたら、「焦げない餃子」なる商品が目に留まりました。普段はいかない冷凍食品のコーナーです。

「こ、焦げない餃子だと…?」

どんな加工がしてあるのか、なぜ焦げないのか、その理屈はよくわかりませんが、商品名にうたうほどなのだから、相当な自信なのでしょう。興味がわいてきました。成分表示をみても、いちおう最低限キケンなものは入ってなさそう。レジに直行です。

家に帰り、料理を開始。さっそく裏面に書いてある作り方をよく読み、フライパンに油もたっぷりしき、「よし、パリパリの餃子に焼きあがるかな? 」 すべてレシピ通り、焼き時間も正確に、久しぶりに良い仕事したな、と自分を讃えたくなるほどの流れ、段取り、完璧でした。

さあ、気になる出来上がりは… 焦げました。フライパンに皮がくっついて、へらでゴリゴリはがしました。いつものように、ボロボロの餃子です。この地獄絵図を見せたいくらいですけど、ショックで呆然としていたので写真撮り忘れました。

「焦げない餃子が、焦げてる!」

笑うしかない。でも悔しいので、手順が間違っていなかったか、もう一度すみずみまで確認したんです。すると、衝撃的な1文が小さな字で添えられていました。

(この商品は焦げない餃子です。ただし、焦げないフライパン使用の場合に限ります) 

「ん…?」

そりゃ、焦げないフライパン使えば、何だって焦げないでしょう。いやー、面白いなー、ありなのか、これは。「おれは焦げない」っていばってるけどね、それはキミのじゃなくて、フライパンの手柄だから。

たしかに、ぼくのフライパンはよく焦げます。もし運勢で仕事運、恋愛運に続いて「フライパン運」というものがあるとしたら、それだけはゼロで、テフロン加工の焦げないと言われているフライパンだって2、3回つかうともう焦げてきます。何本もそれをくり返してきたので、もうフライパンは焦げるもの、と諦めていました。

期待しない、と決めていたのに。もう夢なんて見ない、辛くなるだけだから。そうやって36歳まで生きてきたんです。「焦げない餃子のバカ… 」大人をからかうんじゃありません。甘い誘惑に夢を見させられてしまいました。

ああ、もし、絶対焦げないフライパンをご存知の方は教えてください。多少高くても買います。ほぼ毎日フライパンは使ってますので、毎回のストレスを考えれば、元はとれるはずです。 …なんていうくだらない話で、今週のエッセイ終わりか、と思ったら違います。失敗してもただでは起きない深井次郎。悲しみもすべて書いて洗い流すのです。

この「焦げない餃子理論」って何かに似てるなー、と思ったら、たとえばコンサルタント。先生と呼ばれるたぐいのお仕事でした。

コンサルタント(先生)が評価される基準は、クライアント(生徒)がどのくらい成果を上げたかです。 コンサルタント業界で「成功請負人」として名高い人物がいるのですが、彼の言葉を思い出しました。

「わたしにかかれば100%、クライアントの業績をアップさせます。ただし、クライアントは選びますが」

才能のあるクライアントしかとらない、というわけです。彼は高額のセミナーを開催し、お客を絞っていきます。その額を払ってでも学ぼうという人は、モチベーションも高いしそれだけ意欲があるし謙虚に学び、素直に聞いて実践する力もある。極端な話、放っておいても時間の問題でなんとかやってしまうであろう素養のある人たちなのです。

その中から、契約をする前に面談でよく吟味して、伸びそうな可能性のある経営者とのみコンサルティング契約を結びます。コンサルティングビジネスをうまく回していく一番のコツはこれだと。才能のあるクライアントといかに出会うかなのです。 どんなに先生が良くても、素養のない生徒では伸びません。

「もう業績が悪くて、どうしようもないんです、助けてください」

そうすがってくる経営者に手を差し伸べてはいけないのです。自分で考えるのを放棄して、他人に依存するタイプ。これはいっしょに泥沼にひきづりこまれるだけ。才能のある「焦げないフライパン」に出会えれば、何を炒めても焦げない。ということを考えると、先生ってなんだろう、と思ってしまいます。

先生という職業はいろいろあります。学校の先生はもちろん、弁護士、医者、スポーツのトレーナーもそうですね。占い師もそうかな。外科医の手術成功率だって、確実に成功する手術しか選ばなければ100%は可能です。難しい手術には手を出さない医者、いるんじゃないかと思います。だから高い成功率を誇る人の中には、腕がいいんじゃなくて、ただ選球眼が良いからという場合もあるでしょう。ベンチャーキャピタリストが、伸びそうな会社に投資するのと同じです。すでに「焦げないフライパン」を持っている人を見つけて、投資する。

育てるというよりも、才能ある人材と出会えれば仕事の9割は終わった。そんな先生では、ちょっとつまらないです。ビジネスはそれでもいいかもしれませんが、教育の場でもそうなっているのは、どうなのか。私立の強豪運動部は必死に才能のある芽をスカウトしてきます。才能がある人は、どんな状況でも勝手にうまくやっていくんです。才能のある選手と、選球眼のある先生と、そういう一握りの人たちだけがうまくやっていく状況はつまらない。

やっぱり先生の仕事として価値があるのは、「焦げやすいフライパン」でも焦がさないことなんじゃないでしょうか。成功率が高い、というだけで評価されるのもどうなのか。無難な仕事ばかりこなしているとも言えます。逆に失敗が多い先生は、それだけギリギリの勝負をしている。選ばずに、来る人みんなに対応しようとしたら失敗は必ずあるんです。

ボール球には手を出さないのがビジネスの正解でも、教育や人を助ける慈善事業としては、ボール球を打ちにいってなんぼじゃないですか。ぼくもいろんな先生にとってボール球だったんです。

世の中には「焦げない餃子」のような商法がたくさんあります。すべてフライパン(お客)の力なのに、自分の手柄にしてしまうのです。先生も上司も「あいつはワシが育てた」と言いそうになったら気をつけねばなりませんね。「彼にはもともと才能があったんです。その才能にちょっときっかけを与えただけ」そういう謙虚な気持ちが必要ですね、教育者には。

知人が難しい手術を受けたことがあります。幸い成功したので、担当の外科医の先生に

「さすが、先生のおかげで… 治していただいて… 」

涙ながらにお礼を言ったら、こんなことを言われたそうです。

「わたしの腕のおかげじゃありませんよ。あなた自身に治ろうとする強い力が備わっていたからです。よくがんばりましたね」

「わたしが治してやった」ではない、その正反対のことを言われたそうです。それを聞いて「やっぱりこの先生にお願いしてよかった」と改めて尊敬した。そして彼は、病弱な自分にも強い力があるのかもしれない、と信じられるようになったのです。

 

 

(3000字)
PHOTO: Bram van Rijen


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。