【第025話】死ぬまでに聴きたい曲をつくる話

『PEDAL LIFE』の1ベージ。(原価10万円、2010年制作)


文ならそれが可能かもしれない


「死ぬまでに聴きたい曲。それを自分たちでつくりたかった」

夕方、ラジオJ-WAVEで、あるミュージシャンが語っていた。今回のアルバムでは、そんな自画自賛の曲たちをつくってまとめたという。すごく高い目標を持つことで、自分たちのやりたいことがはっきりするというのはある。今回の制作ではそれを狙ったのだという。

自分が欲しいものをつくる。ひたすらこれを追求できる人は幸せだ。ぼくもそういう仕事しかモチベーションが沸かない。

「俺が死ぬまでに食べてみたい最高のそばをようやく実現(40年かかりました) 店主より」
店の前にこんな看板があったら、そのそば屋に一度は入ってしまう。どんな作品なんだろうとワクワクが止められない。でも実際は、売り物にしようと思うと難しいのかもしれない。最高の食材で味を追求したら、原価がものすごいことになってしまう。「1杯3万円です」という話になってしまうかもしれない。それならそれで食べる人も出てくるとは思うけど、継続させるのは現実的ではない。経営の上手い人ならできるのかもしれないが。

たとえば最高のバイオリン、最高のカメラ、というように、物質のものだと材料費があるので、難易度はあがる。最高のものをつくるのにも限界があるのかもしれないなぁ。つくるところまではなんとかできるかもしれないけど、売るとなると難しいという問題がある。

その点、最高の本というのはどうだろう。これも紙とデザインにこだわると1冊10万円とかありえる。実際に、過去『PEDAL LIFE DESIGN』の豪華本を1冊10万円でつくったことがある。原価が10万円だ。これもみんなが手に入れられる値段ではない。それでもバイオリンやカメラに比べれば、本なら工夫次第では、やりやすいと思う。

値段も現実的で、材料も問題もクリアできて、みんなが手に入れることができる。そんな最高のものをつくりたい。

紙の本ではなく、ぼくがいま書いているような文章のみだったらどうか。これなら、物体ではないので、材料費はかからない。死ぬまでに絶対に読んでみたい最高の文章をつづることはできる。これなら自分の意志と才能と努力次第。つまり可能なのだ。そういう意味で、すごく夢がありませんか。あなたにも実現できる可能性はある。一生をかけるに十分すぎる夢だ。最高の文章を書いて死にたい。自分が読みたいものを書く。自分がやばいと思えるような言葉をつむぎたい。

経営コンサルタントの船井幸雄さんが亡くなったようだ。81歳。具合いがずっとよくなかったようだから、ああついにか、という思い。本物研究所で、不思議現象も研究していたし、最先端の波動とか健康法もいろいろ情報が集まっていたようなのに、やっぱり人間は亡くなるんですよね。不老不死は実現していない。ぼくらが死ぬというのは、今のところ避けられないようです。

全員がアーティストになって、自分が欲しい最高のものをつくったらどんな世界になるだろう。政治家だったら、自分が住みたい国をつくる。経営者なら自分が働きたい会社をつくる。アプリクリエイターだったら、自分が欲しいアプリをつくる。銀行の窓口担当なら、自分が来たい窓口にする。

死ぬまでに聴きたい曲をつくる。ジャンルによっては難しい人もいるかもしれませんが、そこを目指すことからはじまります。ぼくもオーディナリーでいつか最高の一冊をつくります。というわけで、あなたも書きはじめたらどうか。文なら材料費はかかりません。エッセイでも詩でも物語でもいい。自分が読みたい最高のものを。どなたでも挑戦できるんです。

(約1500字)


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。