氷が溶けるまで【第7話】迷いを楽しむ不思議なアパート 武谷朋子

ベトナム在住トラベラー武谷朋子の氷が溶けるまで

古アパートカフェはこの3段階になっているという法則を発見した。途中「不安におとしいれる」というのがまたにくいところ。悔しいけれど、この一回気分を落としてからの驚きがたまらない。短い時間に下がったり上がったり、気持ちが忙しい。

連載「が溶けるまで」とは  【3週間に1話 更新】
ヨーロッパひとり旅と写真を専門とし、働きながら「自分にしかできない一点物の旅」を10年以上続けてきた武谷朋子さんが、突然夫の転勤によりベトナムはホーチミンに移住することに。(本当はヨーロッパが好きなのだけど…. )知り合いもいない、そして、もともとそんなに興味が持てなかった国で始まった、すべてが新しい暮らし。彼女は導かれたその状況をどのように「楽しみ」に変え、はじめての街の魅力を発見していくのか。まだ知られていない本当のベトナムとは。ガイドブックには載らない、暮らしてみてわかった小さな魅力の種を綴ります。

 

第7話  迷いを楽しむ不思議なアパート  

TEXT & PHOTO 武谷朋子

 

日々、迷ってばかりいる。探しているお店が見つからないのだ。海外に旅に出ても道を覚えるのは早い方だと思っていたし、目的のお店には地図さえあれば辿り着ける自信があった。見知らぬ土地で迷うなんて、よくあること。むしろ旅なんて迷うことが楽しいんだよねと思っているんだけど、でもなんだかちょっとホーチミンでは様子がおかしい。


おもしろい場所は、いつも隠れている

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ホーチミンの街のおもしろさはたくさんあるけれど、そのうちのひとつは間違いなく「隠れすぎて見つからないカフェ」がたくさんあることだと思っている。結果、迷うことになるんだけど、だんだん迷うことすらおもしろくなってくるからこれまた不思議。それは単に「今どこにいるんだろう?」という道に迷っている類のものではなく、「明らかにこの通りにあるはずなのに見つからない」というもどかしさを含んだ迷い。そうなると、ここまで来ているんだから絶対見つけたい! と逆に思えてくる。

そんな「隠れすぎて見つからないカフェ」は古いアパートの中にひっそりと存在していることが多い。「古いアパートの中に、リノベーションしたおしゃれなカフェがたくさんあるんだよ」と言うとなんか聞こえがいいけれど、実際はそんな耳ざわりのいい表現でイメージするものなんかじゃない。

この「古いアパート」といわれる建物。中には築100年以上経っているアパートもあって、そんな中にカフェがある。アパートに足を踏み入れてすぐに感じる「ここは本当に入っちゃって大丈夫なのかな… 」という一抹の不安。ホーチミンに遊びに来てくれた友達を連れて行ったら、

「これは廃墟なんじゃないか… と思って、アパートに入った瞬間にものすごく不安になった」

と後でこっそり教えてくれた。廃墟という言葉に含まれる ”あやしさ” は確かに感じられる。いや、はっきり言って ”あやしさ満点の古いアパート” なのだ。そういうカフェはだいたい2階以上にあり、そして入口がとても分かりにくい。

 

古いアパートカフェの下がって上がる法則

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古アパートカフェのおもしろさを知るきっかけになったカフェがある。外観から、カフェのロゴもしっかり出ているので3階にあるその位置はすぐに確認できた。問題は入口。アパートのまわりには上に登る階段が全く見当たらない。

LOFTカフェの外観。私が古アパートを知るきっかけにになったカフェ

3階のLOFTカフェに行きたいのだが…

「カフェに行くためにはどこから入ればいいのか… 」

と思っていたら、矢印がついたカフェの看板を見つけた。どうやら矢印の方向へ進めばいいらしい。そう思ってその方向に歩き始めたところでイスに座るおじさんと目があった。

おじさんの後ろ側には多数のバイクが見える

おじさんの後ろ側には多数のバイクが見える

 

そのアパートはロの字型の建物で中庭があり、そこが駐車場になっていた。そう、おじさんは駐車場の管理人だった。矢印の方向通りに進むとそこは中庭の駐車場。バイクがびっしりときれいに駐車しているが、カフェへの入口がまだ見つからない。とりあえず駐車場をどんどん奥に進むと、一番奥に薄暗い階段があるのを発見した。

(こんなところにちゃんとしたカフェなんてあるのかな… あやしいカフェだったら引き返そう… )

薄暗い階段を登りながら不安になる。昼間なのに外からの陽の光もあまり入らないから、建物全体が薄暗い。そんな薄暗さと建物の古さから生じるあやしさが不安をさらに掻き立てる。ようやく3階に辿り着いて入口の扉を開くと、そこは辿り着くまでのあやしさとは真逆の空間が広がっていた。

(な、なんだこのおしゃれなカフェは… ! )

ギャップがすご過ぎる。おしゃれな街並み、すてきな建物の中の1階にこのカフェがあったのならこんなにも驚くことはない。「すてきなカフェだね」で会話はきっと即終了していたはず。

そもそもどこから入ればいいのか迷い、ようやく見つけた入口から階段を登る最中の薄暗さとあやしさに不安になり、そしてお店に辿り着いたら想像以上の空間が広がっていて驚く。

ホーチミンの古アパートカフェはこの3段階になっているという法則を発見した。途中「不安におとしいれる」というのがまたにくいところ。悔しいけれど、この一回気分を落としてからの驚きがたまらない。短い時間に下がったり上がったり、気持ちが忙しいったらもう…! (でも最後はちゃんと上がるからよかった)

 

これがLOFTカフェの中。アパートの中とは思えない。

ようやくたどりついたLOFTカフェ。アパートの中とは思えない

 

 

前のめりに覗き込んだ先に見つけたもの

 

入るのがとても難しかったカフェに、高級感のあるジュエリーショップの店奥にある階段を登らなければ辿り着けないというのがあった。お店の奥の階段なんて… 。

まさかそんな所に入口があると思わず、アパートのまわりをぐるっと周って階段らしきものを確かめたり(なかった)、入口がありそうなところを何往復もウロウロと歩いてみたり(目の前にいたおじさんがそんなわたしをずっと見ていた)。

結局階段は見つけられず諦めかけたその時。お目当ての2階にあるカフェのちょうど真下にあるジュエリーショップの一番奥に階段が見えた。

「まさかここなんじゃ… ! 」

と思って店員さんに一応断ってからきらびやかなジュエリーの横を通り過ぎ、奥の階段をおそるおそる登った先についにカフェを発見したのだった。

(いやいや、これ難しすぎるでしょう… )

しかもこのアパート、他にもカフェやアパレルショップなど、ひとつひとつがまた雰囲気のあるお店が入っていた。2階にあったカフェとお隣のアパレルショップを発見して気を良くしたわたしは、3階にも上がってそんなお店を端から覗いていった。そうしたら次の瞬間、家の中で寝転んでいるお母さんと目が合った。アパレルショップのお隣は、一般の民家だったのだ。

よく考えたらアパート。普通に人が住んでいても不思議じゃないのに、「まだまだ隠れたお店がありそう! 」なんて前のめりに覗き込みながら歩いていたもんだから、急に生活感あふれる人の家を思いっきり覗き込んでしまって、変にドキドキしてしまった。

お店、お店、人の家、お店。

ここには隠れたお店の隣に人の暮らしもある。なんとも言えないこのごちゃまぜ感。

 

人気のあるカフェを目当てに今日もたくさんの人がアパートへ

人気のあるカフェを目当てに今日もたくさんの人がアパートへ

 

 

まっすぐ前を見るより、目線はもっと上に

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古アパートにあるカフェは人通りは多い場所にあることは多いけれど、とにかく見つけにくい。逆に ”あえて見つからない戦略” を取っているんじゃないかと思うくらい。でも、そんな古アパートカフェには不思議といつも人がいて、おしゃべりする声で溢れている。

すてきなお店の情報はだいたい友達から聞くのだということを、何人ものベトナム人の友達から教えてもらった。ネットにはお店情報すら載っていない場合も多い。そんな表に出ない、でも知っているとうれしい情報が、ローカルの人の中で今日もたくさん飛び交っている。本当にいい場所は、いつでも人から人へ伝わっていく。だから、いいカフェがあればアパートの奥にだってちゃんと人が来る。

それなら、そういう古アパートカフェはローカルの人向けのものかと思いきや、どこも英語メニューが必ずと言っていいほどある。隠れすぎているアパートの中だって、いつでも世界中の人に開かれているのだった。

そんな隠れたカフェは、前だけを向いて歩いていても気づけない。隠れすぎていてさらりと素通りしてしまうんだけど、その奥にすてきな場所がたくさん潜んでいる。

もっともっとこの街に迷い込んでみたい。だから今日も思いっきり目線を上げて街を歩くのだ。次なる ”楽しい迷い” の入口を求めて。(了)

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【写真で知るベトナム】

座り心地のよいソファがあるとつい長居してしまうのです

座り心地のよいソファがあるとつい長居してしまうのです

 

アパートにはまだ少ないスペシャルティーコーヒーのお店も

アパートにはまだ少ないスペシャルティーコーヒーのお店も

日が暮れると店内はまた違った雰囲気に

日が暮れると店内はまた違った雰囲気に

このアパートにはカフェをはじめ外から見えないたくさんのお店が

このアパートにはカフェをはじめ外から見えないたくさんのお店が

たくさんの看板があれば、そこはおもしろいアパートのサイン

たくさんの看板があれば、そこはおもしろいアパートのサイン

 

(次回もお楽しみに。3週間後、更新目標です)

武谷朋子さんがキュレーターをつとめる講義 

自由大学「じぶんスタイル世界旅行
– 旅軸のある、ひと味違う世界旅のつくりかた –
詳細は https://freedom-univ.com/lecture/world_travel.html
自分の好きなことややりたいことを軸に、自由に世界を駆け巡る。それが世界を舞台に自分が主役で楽しむ「じぶんスタイルの旅」。ただの観光や放浪の旅ではなく、未来に繋がる自分にしかできない旅のつくりかたを一緒に学んでいきます。

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 連載バックナンバー 

第1話 ベトナムで暮らそうと言われても(2015.9.24)
第2話 ホーチミンのおもしろさは、きっとバイクの後部座席にある(2015.10.14)
第3話 思い込みが溶けていく、ベトナムコーヒーに隠された甘い時間の過ごしかた(2015.11.5)
第4話 手を伸ばすと深みにはまる、素顔のベトナム料理(2015.11.26)
第5話 どうしてベトナムのイスは低いのだろうか(2015.12.17)
第6話 気持ちだけじゃない、ベトナム式の贈りもの(2015.1.7)

 武谷朋子さんの旅エッセイもどうぞ 

TOOLS 29 海外へは乗継便で飛ぶ。ファイナルコールまでにもう1カ国味わう方法
TOOLS 31 バルセロナで学んだ充実した “食の時間” のつくり方
TOOLS 34 ドゥブロヴニクで学んだ ”心の振れ幅” をもっと自由にさせる意味
TOOLS 38 パリの美術館で学んだ、捨てる視点の養い方
TOOLS 41 イギリスで小さな手荷物と不安な夜を乗り越える
TOOLS 44 ワンテーマに潜る旅の方法 – 海外建築めぐり篇 –

 


武谷朋子

武谷朋子

(たけたにともこ)自由大学「じぶんスタイル世界旅行」キュレーター/トラベラー。『自分にしかできない旅をする』をキーワードに、大学時代から主にヨーロッパへカメラ片手に旅を続け、これまでにバルト3国からユーラシア大陸最西端まで20ヶ国50都市以上を訪れる。社会人になってからも働きながら年1回のペースで自分らしい一点物の旅を創り、旅を続けている。渡航歴は10年以上。ここ数年は旅の経験を生かして"テーマを持ったひとり旅"のおもしろさを伝える活動を行っている。旅先で見て感じた空気を写真に残すことを続けており、撮った旅の写真は1万枚以上に及ぶ。現在では旅以外に、企業・雑誌広告などでの撮影も行っている。2014年冬より生活拠点をベトナムに移し、旅とはまた違った視点で世界と繋がる日々。活動の詳細は自身のWEBサイト 「TRANSIT LOUNGE」にて