TOOLS 102 好きなことの本質に気づく方法 – 起業すれば自由になれるのか? / 若杉アキラ

若杉アキラ / iPhone写真家起業して3年、がむしゃらに働きやっとの思いでつくり出した、自由な時間。しかしそれも「もし再び仕事が上手くいかなくなったら」という恐怖心から、結局はまた仕事に使うだけとなり消えてしまった。いま思えば必要のなかった「提案資料の作成」や
好きなことの本質に気づく方法
– 起業すれば自由になれるのか? – 

若杉アキラ ( iPhone写真家/不動産会社経営 )

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自由に生きるために
恐怖から逃れるためではなく、喜びから始めよう


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内容紹介「起業すれば自由になれるのか?」
6年前、残業地獄から逃げたい一心で会社を辞め、起業した。ぼくの考えは甘かった。起業して半年後には資金が底をつき廃業ギリギリまで追い込まれてしまったのだ。今でこそ会社もなんとか軌道に乗せることができ、最愛の妻と幼い娘ふたりと穏やかな日々を過ごせている。必要以上を望まなければ週3日働けば十分まわっていく暮らしの基盤もつくることができた。そんなぼくの小さな起業物語が、自分で何かをやり始めようとしている人にとって少しでも役に立つかもしれない。そう思い、起業してから今日までのありのままを書いていきます。


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あんなに欲しかった「自由な時間」
その「時間だけ」を手に入れても、幸せではなかった

 

起業後すぐ倒産の危機に陥ったぼくは、いつも恐怖に追い立てられていた。

「家族を守るため、自分のプライドのため、絶対に会社を潰すわけにはいかない」

<倒産>の二文字をいつも背中に感じながらぼくは、猛獣から逃げる草食動物のごとく、がむしゃらに走った。

「とにかく、今日を生き延びなければならない…」

歯を食いしばり、預金残高とにらめっこしながら3年ほど走ったおかげで、ようやく欲しかった「自由な時間」を手に入れることができた。

ようやく、自由な時間ができたのだ。

必要以上の拡大を望まなければ、週3日働けば十分に暮らしていける。まだまだやらなければいけないことも多いけれど、確かに自由な「時間は」できた。ただ、自由な「時間は」できたものの….. ぼくの「心は」まだ幸せからは程遠いものであった。おかしいぞ、と考えていくうちに、満たされない原因がわかってきた。

「せっかく自由の身になったのに、したいことが何もない」

自分のやりたいことが分からない… これが大きな原因だったのだ。

起業して3年、がむしゃらに働いていた頃は、見て見ぬ振りができた。目の前の仕事に打ち込むことで、今日より明日が良くなると信じていた。いや、正確に話せば、「信じていた」のではなく、「信じていたかった」。そう信じていなければ、休みもろくに取らずに働き続け、家族と過ごせる時間を犠牲にし、古い友人からの誘いにも不義理をし、目の前にあった喜びに蓋をしてきた自分自身を受け入れることができなかったのだ。

「自由な時間をつくりたい」

もともと、その思いで事業方針は「規模の拡大」ではなく、「事業の自動化」を目標として、自分の身を解放することに集中し、目標に向け一直線に突き進んできた。目の前にある喜びや楽しみは後回しにしても、目標の達成が全てを解決してくれると信じていた。

だから、できる限りのスピードで必要なだけの収益を上げて自動化し「自由な時間」さえできれば、おのずと自分のやりたいことも分かるだろうと考えていた。しかし実際に、自由な「時間は」できたものの、自分のやりたいことは分からないまま、ただ時間だけが過ぎていった。

「好きなことが分からないって、結構つらいな… 」

約3年もの間、自分のやりたいことが分からないまま「心は」モヤモヤとするばかりであった。結局、時間だけが自由になっても心の喜びが伴わなくては「本当の意味で自由になることはできない」ということを痛感した。

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モヤモヤする日々は、家族の存在に救われた

 

起業して3年、がむしゃらに働きやっとの思いでつくり出した、自由な時間。

しかし、その自由な時間も「もし再び仕事が上手くいかなくなったら… 」という恐怖心から、結局はまた仕事に使うだけとなり消えてしまった。いま思えば必要のなかった「提案資料の作成」や「経営分析の時間」に使い、仕事のための仕事が増えていくばかり。自由な時間を楽しむ心の余裕などは、どこにもなかった。

どんなに完璧な資料を準備しても、どんなに深く分析をしても「不安を埋めるための準備」には際限がない。不安にかられた人間は「まだ足りないのではないか」という不安の無限ループにはまってしまうことを痛感した。

ただ、そんな日々の中で唯一の救いは、家族と過ごす時間が以前より増えたことであった。毎日夕食を一緒に食べられるようになったり、子供をお風呂に入れることができるようになったり、一緒に遊びに行ける時間も増えた。

「今日はパパとお風呂に入りた〜い」

帰宅して玄関のドアを開けると3歳になったばかりの娘がパタパタと駆け寄ってくる。そんな日常のさりげない1コマを心から愛おしく思う。

いつも定時に帰れるパパなら当たり前の生活が、今まではできなかった。その理想とする生活が少しずつできるようになってきた喜びは、好きなことが見つからずモヤモヤと過ごす日々の中で唯一の救いであった。

だから好きなことが見つからずモヤモヤとする日々が続いても、家族という絶対的な心の支えがあることで、気持ちを落ち着かせ、今できることに集中しようと思えたのだ。

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ひとり静かに、心の声を聴いてみる

 

自分のやりたいことが分からない。好きなことすら何なのかも分からない。どうしたのだろう、もしかしたら長いこと自分の喜びに蓋をしすぎて、感情がなくなってしまったのだろうか。

ビジネス繋がりの人が「儲かるアイデア」を持ち込んでくれることは、たびたびあった。しかし、ただお金が得られるからという理由だけで何かを始めることはしたくなかった。中には一見ワクワクして楽しそうに見えるものもあったが、一人静かに自分と向き合うことで「そこに自分にとって心の喜びはない」と気づき、踏みとどまることができた。

いつものカフェにこもり、自分の内なる声に耳を傾けていく。それはただ一人、心静かな時を持つということである。

しかし、心の声はいつも聞こえてくるわけではない。聞こえてくる時もあれば、聞こえてこない時もある。いくら時間を費やしても、ただ悶々としている時もある。

そんなとき、自分の「内なる声」を引き出してくれるのは書物であり、その中で出逢う著者たちであった。ひとり悶々と悩み考えていたことも、本を読むことで新たな視点を得ることができ、また違う角度から物事を考えることができるようになった。

そして何より、本を読むことで受けた最大の恩恵は、著者という心の友ができたことであった。本の中に宿る心の友に、言葉にならぬ心の内を話していく。それは本の中にいる著者と対話をしているような感覚であった。

本という存在があったからこそ、ぼくは自分の心の声を聴き続けることができた。心の声を聴き続けることで「自分にとって取るに足らない生き方をしてはいけない」と自らを律することができた。

つまりそれは、自分にとっての本質を大切にして生きるということである。

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気分転換の散歩道で
iPhone写真を撮り始めるようになる

 

いつものカフェに向かう、いつも足早に通り過ぎていく、いつもの道。いつもと同じ席で、いつもと同じブレンドに口をつけてから本をひらく。ひとり心を落ち着かせ、自分の内なる声に耳を傾けていく。

それは2時間も3時間も、長い時は4時間くらい。ひとり心静かな時の中へ、深く奥まで入り込んでいく。

ただ長いこと同じ姿勢で椅子に座っていると、だんだんと体が痛くなってくるし、頭の中もくしゃくしゃになってくる。だから、体をほぐしついでの気分転換に、帰り道は近くの河原や公園を散歩するのがお決まりのコースとなった。

いつも素通りしていた河原に足を運び、いつも足早に通り過ぎてきた街並みを眺める。この街で慌ただしく過ごしてきた日々が嘘のように、ぼくが知る日常のすぐそばに穏やかな時は流れていた。

当初はぶらぶらと歩いているだけだったが、いつしか持っていたiPhoneで写真を撮るようになっていた。そして数年の時が経ち、今は日々撮った写真をSNSへ投稿することが自分の日課となった。

iPhoneを片手に街を歩くだけで、自分の心にアンテナが立つ。
その心のアンテナに触れる一瞬を、iPhoneで写真に収める。

そんな僅かなことで、いつもの見慣れた景色が、いつも違う景色だったことに気づき、毎日が愛おしく思えるようになっていった。

 

駆け抜けてきた街の中で、時は穏やかに流れていた

駆け抜けてきた街の中で、時は穏やかに流れていた

 

 

 

自分以外の何者かになる必要はない
好きなことは胸の中にある

 

「こんな単純なことだったのか…… 」

自分の好きなこと、本当にやりたいことは、どこか遠くにあると思い込んでいた。だから本を読み、見識を広げようともした。「今の自分の中に答えはない」と思っていたから……。

確かにそれは、一度立ち止まり自分を見つめ直す、大切な時間だった。しかし、答えを外に求めようとする姿勢が、これまで自分を苦しめていたことに、写真を撮り始めてやっと気づくことができた。

答えはこの胸の中に… 好きなことの本質は、自分の胸の中にあったのだ。それはどこか遠くにあるわけでもなく、誰かが与えてくれるものでもない。誰かと同じである必要もないし、自分以外の何者かになる必要もない。

ぼくの場合、写真を撮り始めたことで、毎日が「宝探し」となった。写真を撮ろうと意識することで心にアンテナが立ち、自分の見える世界が一変した。その心のアンテナに触れる一瞬を写真に収めるのが、今は楽しくてたまらない。

それでぼくは、やっと気づくことができた。
自分の好きなことの本質は「宝探し」だったのだ。

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本質は、子どもの頃から変わらない

 

少年時代、虫採りや魚釣りが大好きだった。夏になれば、学校が始まる前でも早起きしてクワガタを探しに自転車を走らせ、魚釣りに行く日は、雨が降っていてもカッパを着て外に飛び出していった。雨でずぶ濡れになることよりも、魚釣りに行きたくて仕方なかったのだ。

いま思えば、どちらも自分にとっては「宝探し」であった。虫採りも魚釣りも、自ら考え行動を起こさないと「宝探し」の「宝」となるクワガタも魚もつかまえることはできない。

・絶対的な答えのない世界で、
・自分の心に触れる「宝」を掲げ、
・自分の頭で考え進み続けること。

これが、ぼくの好きなことの本質であり、好きな生き方なのだ。

そう改めて考えてみると「宝探し」の要素は、ライスワーク(食べていくための仕事)として続けている不動産業にもしっかりと結びついていた。

ぼくは、新しい物件や値下がりした物件をいち早く見つけ購入するために、毎日朝昼晩と欠かさず新着物件のチェックをしている。自分が好む「小さな不動産を何戸も集め貸し出すスタイル」は、一般的には「手間もかかり面倒な仕事」という位置付けで、同業者はあまりやりたがらない。

しかし、ぼくにとっては毎日が「宝探し」という感覚なので、まったく飽きることがない。だから、「手間もかかり面倒な仕事」を飽きずに6年以上もやり続けてこれたのだ。その気持ちは今も変わらず、新しい物件を探すことは、毎日楽しみの1つである。

お金を稼ぐためだけのライスワークだと思っていた不動産の仕事。しかし、その中にも自分の好きなことの本質である「宝探し」の要素がしっかりと組み込まれていたのだ。

たとえ始まりがライスワークであったとしても、その中に自分の好きなことの本質が見い出せたら、それは自分のライフワーク(天職、生涯の仕事)に変わっていくのかもしれない。

 

 

人間はひとりひとり違う
あなたの本質はなんだろうか

 

好きなことが分からない時間は、苦しかった。しかし、あの苦しかった日々があるから今の自分があるのは間違いない。独立して全力で駆け抜けた創業期から、一度立ち止まり自分を見つめ直すことで、「自分が本当は何を求めているのか」を知ることができた。

もし、あのまま全力疾走を続けていたら、事業規模こそ大きくなっていたかもしれないが自分の時間も家族と過ごす時間も無く、何のために仕事をやっているのか本当に分からなかった。それはおそらく、自分にとっては不幸だったと思う。

ぼくの場合、写真を撮り始めたことで世界を見る視点が変わり、自分の好きなことの本質が「宝探し」だと気づくことができた。

しかし、好きなことの本質は人それぞれ違う。ぼくの場合は「宝探し」だったけれど、あなたの場合は、例えば「わかりやすく教える」かもしれないし、「未知の法則を発見する」かもしれない。

他にも、

・弱者を助ける
・愛情で包み育てる
・新しい提案で驚かせる
・注目を浴びて表現する
・自分の限界を超える
・美しくつくる
・収集して共有する… などなど

ひとりひとり違うので、それは自らの心に問いかけ、見い出していくしかない。

ただ、好きなことの本質を見つけるカギは、日々純粋に好きなことをやり飛びまわっていた少年時代が握っているように思う。

幼い頃、夢中で遊んだことはなんだろうか。
時を忘れ、日が暮れるまで熱中したことはなんだろうか。

きっとその中に、自分の好きなことの本質は眠っている。

 

 

今日は少年に戻り、ただ好きなように歩いてみる

今日は少年に戻り、ただ好きなように歩いてみる

 

 

好きなことの本質に気づく方法

1. ひとり心静かな時を持ち、自分の内なる声に耳を傾けてみよう。読書をしながら著者と対話をするように自分と向き合っていくとやりやすい。
2. 仕事や日常生活の中で「飽きずに長年続けていること」をリストアップしよう。複数あった場合、その共通する部分に好きなことの本質は眠っている。
3. ただ好きな遊びに夢中になっていた子ども時代の記憶を呼び覚ますために、ひとり思い出の場所に戻り、いつもよりちょっと力を抜いて歩いてみよう。

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「起業すれば自由になれるのか? 」 バックナンバー 

TOOLS 93   妻子あるぼくが会社を辞めてわかった3つのこと
TOOLS 97   廃業寸前、見栄もプライドも捨て去って見えた景色
TOOLS 100 今だから言える、寂しさの正体

 


若杉アキラ

若杉アキラ

時間ミニマリスト/週3起業家/シニア不動産コンサルタント。1983年生まれ、妻と娘ふたりの4人家族。会社員時代、終電帰り、サービス残業、週90時間労働の疲労と心労がたたり体調を崩す。27歳で不動産会社を起こすも週7日労働で時間に追われる。「忙しさに振り回される人生から抜け出そう」と奮起し、時間のミニマル化を実践。現在、週3日だけ働き、「歳をとっても安心して借りられる住まいの提供」をモットーに、シニア不動産事業を展開し、県や地域からの信頼も厚い。また、iPhone写真家として、日常をテーマに作品提供や個展開催を定期的に行っている。 Instagramは @akira_wk