TOOLS 100 今だから言える、寂しさの正体 – 起業すれば自由になれるのか? / 若杉アキラ

若杉アキラ「パパがお仕事がんばってくれているから、ママたちはご飯が食べられるんだよ」と妻に言われている娘は、いつも仕事ばかりしているぼくに「公園に行きたい」とは言えなかったのだ。あぁ、ぼくは何も分かっていなかった。妻の気持ちも、娘の気持ちも。
今だから言える、寂しさの正体
– 起業すれば自由になれるのか? – 

若杉アキラ ( iPhone写真家/不動産会社経営 )

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自由に生きるために
心を喜ばせながら進もう


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明日、生活に困るわけでもなく。

逃げ出したいほど嫌なことがあるわけでもない。

ただ何か満たされない。

そんな日々が3年くらい続いた。

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「起業すれば自由になれるのか?」 内容紹介
6年前、残業地獄から逃げたい一心で会社を辞め、起業した。ぼくの考えは甘かった。起業して半年後には資金が底をつき廃業ギリギリまで追い込まれてしまったのだ。今でこそ会社もなんとか軌道に乗せることができ、最愛の妻と幼い娘ふたりと穏やかな日々を過ごせている。必要以上を望まなければ週3日働けば十分まわっていく暮らしの基盤もつくることができた。そんなぼくの小さな起業物語が、自分で何かをやり始めようとしている人にとって少しでも役に立つかもしれない。そう思い、起業してから今日までのありのままを書いていきます。



時間を取り戻すために

 

2011年にひとり立ち上げた不動産会社は3年くらいがむしゃらに働き、なんとか軌道に乗せることができた。不動産の仕事は好きだったが一生それだけをやっていく人生は想像できなかった。

そもそも起業した目的は、「自分の時間を取り戻し、人生の主導権を握り、自分の人生を思いのままに生きられるようにすること」だった。だから軌道に乗りはじめた事業を今後どうするか考えた時に、これからは「事業規模の拡大」よりも、事業から自分を解放し、「自由な時間を作り出すこと」を優先していこうと考えたのだ。

その時間を使い、自分が本当にやりたいことは何なのかを知りたかった。

起業して3年、日々やらなければいけない事に追われる暮らしの中では、純粋に自分のやりたい事など見つけることはできないと思ったのだ。

それを知るためには、生活費の問題や日々やらなければいけない義務的な事から、できる限り自分の身を解放させる必要がある。これまで自分でやっていた仕事を外注や自動化、省略化など工夫し、数年かけて少しずつ自由に使える時間を増やしていった。

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掴みかけた自由

 

独立当初は仕事に追われる毎日で、ほとんど休みなく働いていた。そんな自分にとって仕事をコントロールし、自由な時間を持てるようになったことは大きな変化だった。

平日も休日も関係なく自分の働きたい時に働き、休みたい時に休むことができる自由。
平日のすいている時間帯に買い物に行ったり遊びに行ける自由。
満員電車に乗らなくてもいい自由。
目覚ましを掛けないで眠れる自由。
仕事を選ぶことができる自由。

まだまだ道半ばだが、自分にとってはかけがえのない自由を経験することが出来た。

しかし、その自由も自分にとっての必要量を超えると退屈に思え、時間はあるのに何をしたら良いのか分からず、社会からポツンと取り残されているような気がした。

自分の進みたい方向も分からず、ただ時間だけが流れていく…

毎日が不安で押し潰されそうだった。

ただ自由な時間を持つだけでは、心が満たされることは無いということを痛感した。

やっとの思いで掴みかけた自由の先に、こんな苦しさが待っているとは夢にも思わなかった。

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独りぼっちの自由

 

当時、ぼくには自分の考えていることや思っていることを打ち明けられる仲間や友人がいなかった。

仕事で関わる人はたくさんいて、声が枯れるまで話をすることもある。
でも、これだけ話をする人は多いのに、自分のことを話せる人はいない。

物理的に関わる人は多かったが、精神的には孤独で寂しかった。

独立後は、働く時間を確保するため友人と会う時間も減り、仕事で関わる人たちともプライベートな関わりを持つことは少なかった。

自分の目的は、会社を軌道に乗せて自由な時間を作り出すこと。そのために目の前の自由にできる時間は削り、目標を達成するために一直線に突き進んできた。いま思えば、自由な時間を作るために、自由にできる時間を削ってきた数年間だった。

ただその目標に対する強烈な思いの背景には、起業半年で廃業寸前まで追い込まれた苦い経験があり、その恐怖心に突き動かされ、働くことを止めたら何もかも無くなってしまうような気がした。

しかしその、周囲のことを顧みず目標へ一直線に突き進む行動が、自分の心から周りの人の心を遠ざけていた。

だから、独りぼっちになったのも当然だった。
それは自業自得だと納得もしていたし、自覚もしていた。

ただ頭では理解していても、心は寂しさを隠せなかった。
独りぼっちの自由を得たところで、心が満たされるはずもなかった。

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過ぎ去った時間

 

目標へ一直線に突き進むことができる。
それは自分の長所なのかもしれない。

しかし、一直線に突き進むことで、それ以外のどこかに歪みが生じることへの自覚が足りなかった。

「自分の時間を取り戻し、家族との時間も充実させたい」

そんなことを頭では思っていても、行動には繋げられない自分がいた。

ぼくは自由な時間を持てるようになってからも、働くために学びを深めることに必死で、せっかく作り出した自由な時間も、結局は働くために消えていった。

そんなある日、妻に娘と公園に行ってほしいと言われた。

「公園?」

それもどうやら家のすぐ近くにある公園らしい。考えてみたらそれまで娘と2人で出掛けたことはなかった。

正直、当時3歳になる前の娘と2人で出掛けるのは緊張した。妻がいない状況で、自分一人だけで面倒が見れるのか心配だったのだ。

公園に着くと、娘は駆けまわり、好きな遊具から順に遊んでいく。

(ちょっと見ないうちに成長したなぁ)

そばで話すママさん達の会話を聞きながら公園のベンチに座っていると、ぼくもパパなんだなぁと実感した。

娘は楽しそうに、ママと公園であれをしたこれをしたと教えてくれる。

(ぼくは何もしてないなぁ)

そう思い娘の成長を振り返ると、過ぎ去ってしまった日々の重さに胸が痛んだ。

その後、帰宅して妻に話をすると、娘の友達は休日にはパパと2人で出掛けることも多いという。そんな話を聞いた娘が「パパと2人でお出掛けがしたい」ということになったようだ。

普段から「パパがお仕事がんばってくれているから、ママたちはご飯が食べられるんだよ」と妻に言われている娘は、いつも仕事ばかりしているぼくに「公園に行きたい」とは言えなかったのだ。

(あぁ、ぼくは何も分かっていなかった… 妻の気持ちも、娘の気持ちも… )

ぼくは「自分の目標が家族の目標」であるかのように錯覚して、いま目の前にある喜びを後回しにして、ただ目標に向け一直線に突き進んできた。

その結果、経済的には家族の暮らしを守ることはできたかもしれないが、精神的には寂しい思いをさせてしまった。

ただその寂しさを薄々感じていた自分も寂しかった。

寂しかったが「きっと生活の安定が心の安定になる」と自分に言い聞かせ働きつづけてきた。起業して3年間働き詰めの毎日が、自分は家庭人でもあることを忘れさせてしまったのだ。

「夫」や「父親」であることよりも「起業家」としての自分ばかりが顔を出し、娘の成長と共にあったはずの家族の時間を失ってしまった。

掴みかけた自由の先で、そこに至るまでに失ってきたものの尊さに気づいた。

何処かに辿り着くまでも、時間は止まってはくれない。
そんな当たり前のことですら大切な時間を失ってから気づくことになった。

ただ、こんなぼくを妻と娘はずっと見守ってくれていた。

ずっと「自分が守っている」と思い込んでいた家族に守られていたのは、ぼくの方だったのだ。
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心と行動の不一致

 

自分の好きなことも、進みたい方向も分からない。
当時は、テレビ、雑誌、SNSなどを見ることが憂鬱だった。

同世代の起業家がメディアを賑わせていれば気になるし、自分も何か大きなことをやらなければと気持ちばかりが焦っていた。

あの人みたいにならなくては…
何か立派な志や大義を持たなくては…
大勢の前で上手く話せるようにならなくては…

この「〜にならなくては」という強烈な気持ちが、自分自身を否定し苦しめていた。

「あの人みたいになりたい」とは思うのだが、心の底では同意していない。思ってはいるが行動するができない、という心と行動の不一致に陥っていた。

正直に話せば…

ぼくは誰かに認めて欲しかったのだ。

それも出来るだけ多くの人に…

だから社会的に成果を上げている人が羨ましかったし、自分も何とか肩を並べたいと思っていた。そのためには、あの人みたいに立派な志や大義を掲げ、大勢の前で上手く話せるようにならなくては、と思い込んでいた。

その「誰かに認めて欲しい」という欲求を成就させるために、ぼくは自分以外の誰かになろうとしていたのだ。

今ならはっきりと言える。

本当の自分を置き去りにして表面的に取り繕ったところで、自分の心が満たされることはない。

自分を認め、受け入れ、心と行動を一致させること、近づけていくことが、心の自由を得るためには必要だったのだ。

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自由は胸の中に

 

起業半年で、廃業ギリギリまで追い込まれた。

胃はキリキリと痛み、食事も喉を通らない。
頭は月末の支払いをどう乗り切るかでいっぱいだった。

売り上げも上がらず仕事もないので、自由にできる時間はたくさんあったが月末の支払いもできない切迫した状態では、それが自由な時間になるはずもなく、お金を稼ぐために営業先を飛び回っていた。

とにかく苦しかった。

そして数年の時が経ち、やっと自由な時間を持てるようになった。

「自由な時間をつくる」

その思いで事業方針を「規模の拡大」ではなく、「事業の自動化」に目標を変え、自分の身を解放することに集中し、目標に向け一直線に進んできた。目の前にある喜びや楽しみは後回しにして、目標の達成が全てを解決してくれると思っていた。

ただその目標であった自由を掴みかけた先に待っていたのは、「心の喜びがない」という虚しさだった。

共に喜びや楽しみを分かち合える仲間もいない。
誰かに認められようと誰かのように振舞ってみても、自分の心は追いつかない。
娘の成長と共にあったはずの家族の思い出も叶わずに消えてしまった。

ぼくは目標に向かい突き進む過程で「今を生きる」ということを忘れ、心の喜びを見失い、結果として空虚な時間だけを作り出してしまった。そんな空虚な時間に最も足りなかったのは、そこに辿り着く過程で見失った心の喜びだったのだ。

たとえ自由な時間を手に入れても、その状態を自由だと思える心が無ければ、心からの自由を感じることは出来ない。

自由とは、時間やお金があることでも、社会的に成功することでもなく、誰かに客観的に評価されるものでもない。

自由とは、自分の心が感じる主観的な感情の中に見いだすものだったのだ。
それは掴むものではなく、気づき感じるものなのかもしれない。

これが掴みかけた自由の先に見た景色だった。

 

 

日々歩き、心の喜びを見つけていく © Akira Wakasugi

日々歩き、心の喜びを見つけていく © Akira Wakasugi

 

 

寂しさの中からわかったこと
1. たとえ自由な時間やお金を手に入れても、心の喜びに繋がる活動や人間関係が無ければ、寂しさはつのる
2. 先の目標ばかりに気をとられていると、目の前にある大切な時間を失ってしまう。
(そしてそれは二度と戻ってこない)
3. 本当の自分を置き去りにして表面的な社会的成功を取り繕っても、心が満たされることはない。

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起業すれば自由になれるのか? / バックナンバー
TOOLS 93  妻子あるぼくが会社を辞めてわかった3つのこと
TOOLS 97 廃業寸前、見栄もプライドも捨て去って見えた景色

 


若杉アキラ

若杉アキラ

iPhone写真家/不動産会社経営。1983年生まれ、妻ひとり、子供ふたり。大学在学中にバイトで始めた料理の世界に魅了され卒業後は飲食店に勤務。しかし、週90時間労働などの激務が続き体調を崩す。その後、家族との時間を確保するため25歳で不動産業界に転職。安定した固定給と定時退社が魅力の会社に入るものの、サービス残業の日々が続く。27歳で自由を求め独立起業。不動産会社の経営で週3起業を実践。しかし、自由な時間が増えても、それだけでは心が満たされることはない現実に虚しさを覚える。31歳、悶々と過ごす日々の中、写真の世界と出会い、iPhoneだけで写真を撮り始める。2016年の夏には初の個展を開催。同年12月にもスポーツジムと共同で写真展を開催する。「週3起業家」として不動産会社を経営する傍ら、iPhone写真家として個展や写真展の開催を精力的に行なっている。ブログ「好きなことをして生きていくために」執筆中。